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「ナザレのイエス」というが・・・、

2013-11-27 12:53:21 | 日記
 題:『ナザレのイエス』というが・・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 キリスト教聖職者は説教する。そして、以下の事を言う。
 『イエスは、イザヤ書を愛読し、そらんじていました』
・・・と。
 そして、例としてあげたキリスト教聖書の聖句は3つで
した。
 下記は、その聖職者のあげた聖句の1つ(「ルカによる
福音書」4・17)です。
 そして、その聖句を読んでみると・・・、
 (「ルカによる福音書」4・17)には、
 「(イエスへ)預言者イザヤの巻物が渡され、お開きに
なると、次のように書いてある個所が(イエスの)目に留
とまった」・・云々。
 ・・・そして、ここを読んで感じたことが下記の(注)
でした。
 (注):
 ここの聖書の文は、
 イエスが、生まれ故郷のガリラヤで伝道を始めようとし、
 ガリラヤでの伝道をする様子を描いたところの文で、
 イエスが、ある会堂で、人々を前にして、ユダヤ教の聖
書を朗読をしようとして立った時、
 誰かからイエスへ巻物が渡されたという、
 ただ、その情景を説明している文・内容だけなのだが、
 そして、
 イエスがユダヤ教の聖書をそらんじていたなどと、この
キリスト教聖職者は説教していますが、
 上記の記述のように、「ある個所に目が留まった」とい
うことで、イエスの頭には予定して無かったことに目が行
ったという意味。
 この様な感じで、イエスは人々の前で話をするという事、
 ユダヤ教の聖書を朗読するという事をしていたという事
が分かる。
 そして、イエスが、目に留まって読んだところは、
 「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告
げ知らせるために、主がわたしに油を注(そそ)がれたか
らである」・・・。
 ここの「わたし」は、「イザヤのことを示している」。
 イエスのことではない。
 つまり、イエスは、『イザヤ書』を人々の前で読んだ。
 主人公は、『イザヤ』である。
 そして、そのイエスが読んだ中味は、
 「キリスト教の神が、イザヤのところに居る。
 そして、キリスト教の神は、イザヤに福音を知らせるた
めに、イザヤに油を注いで、『その行為をするのは、イザ
ヤ、お前だよ』と、キリスト教の神が言った」・・・とい
う箇所を、イエスは人々の前で読んだということ。
 つまり、イエスは、『自分がメシア(救世主)であると
いう意識より、伝道者である、福音を伝える聖職者である
という意識の元に人々の前に居て、イザヤ書を朗読したと
いう事。
 イエスには微塵にも自分がメシア・救世主という意識は
なく人々に聖職者・ラビとして立っている。
 (イエスは、弟子たちから、ユダヤ教の聖職者の事を示
す『ラビ』という聖職者の呼称で呼ばれていた)。
 そして、イエスは朗読した、聴衆に聞かせた「イザヤが
油を神から注がれたメシア(救世主)である」という事を。
 これは、イエスが、聖書を読んで聞かせて、イエスも納
得しているという事。
 ここではっきりしている事は、イエスには『救世主意識』
はなかったという事。イザヤなんだという文を朗読したと
いう事。
 因(ちな)みに、「油を注ぐ」という行為は、
 インドから、キリスト教の発生の地・イスラエル・パレ
スチナの地へ伝わっていったこと。
 キリスト教は、プロパガンダ(嘘宣伝)で、「一神教の
壁があるから、インドの多神教はイスラエルの地には伝わ
っていない」という嘘を言っているが・・、
 そして、油を注がれたもの=救世主という概念そのもの
も、インドから伝わっていったもので、インドの宗教儀式
のものだった。
 そして、何と、インドの「この概念をもつ宗教派閥の人
々」が、パレスチナの地へ移住をしている。
 「ナザレのイエス」と言うが、
 ナザレという名は、パレスチナの地にはなかったが、そ
の後、ナザレという町の名が出て来るが、この移住者たち
の町の名なのです。
 キリスト教はプロパガンダ(嘘宣伝)をしないこと、嘘
は言わないこと。
.
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://www.youtube.com/watch?v=1gWbIHhGUx8
http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /

非常に優れた書評

2013-11-27 01:55:26 | 日記
 題:非常に優れた書評
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
.
 書評:「捨ててこそ空也」
           梓澤要著、新潮社、2000円、
 評執筆:橋本五郎氏(本社特別編集委員)
             (読売新聞2013・11・10)
  非常に優れた書評であるので、書かせて戴いた。
 副題:全存在かけて人々救う
  梓澤要氏、略歴:(あずさわ・かなめ)、
  1953年生まれ。
  1993年、「喜娘」で歴史文学賞を受賞してデビュー。
  著書に「阿修羅」など。
 [評の内容]:
 コーン、コーン、コーン、
 木枯らしの吹きすさぶ京の町辻を金鼓(こんく)の音が
流れていく。
 十一面観音像を乗せた荷車を弟子が引き、
 落ちくぼんだ眼窩(がんか)、削(そ)げた頬の空也が、
金鼓を打ち鳴らし、ひたすら念仏を唱えながら歩いている。
 「阿弥陀聖」「市聖(いちのひじり)」とも呼ばれた空
也上人。
 醍醐天皇の皇子に生まれながら、
 父に疎まれ、
 帝の寵愛(ちょうあい)を失って錯乱する母に、虐待さ
れ左肘が折れ曲がってしまう。
 行き倒れの死骸を、荼毘(だび)にふしている集団に出
会って衝撃を受け、身分を捨てることを決意する。
 天災、飢饉(ききん)、疫病が襲い、
 盗賊が跋扈(ばっこ)する平安の世。
 空也は、播磨国で孤独に耐えながら、
 一切教を耽読(たんどく)、
 自らが進むべき念仏の道を見出(みいだ)す。
 絶海の孤島で苦行を重ね、
 東国で布教の旅を続け、
 全存在をかけて苦しむ人を救おうとする。
 この小説は、
 数々の仏典を、実に、分かり易く説明しながら、
 空也の精神的遍歴をたどっていく。
 仏教への深い理解がなければ、決して書き得なかった作
品だろう。
 空也自身が、三井寺の千観(せんかん)という僧に答え
る場面がある。
 「道理、善悪、知識、それらはすべて我欲。
 往生を願う心も、悟りを求める心も、おのれを縛る執心
も捨てねば、
 おのれを捨てることなどできませぬ」。
 悟りとは「なにもかも、捨ててこそ」可能なのだ。
 私にとっては、空也が「捨ててこそ」にたどり着くまで
の道程とともに、印象深かったのは、
 40有余年行動をともにする頑魯(がんろ)の存在だ。
 少しばかり、知恵が足りないのか、動作も鈍く、誰から
も馬鹿にされている若者だった。
 しかし、その頑魯にこそ、
 山にも水にも空にも、仏を感じる心があることを、空也
は知るのである。
 真の「佛」とは、
 ひたすら、誰かのために生きるところにあるのかもしれ
ない・・と、思わずにいられなくなる。
 多くのことを教えてくれ、
 自らの日常を振り返らざるをえなくなる小説である。
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   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://www.youtube.com/watch?v=1gWbIHhGUx8
http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /