前向きな人生の整理整頓

人生も後半、一日が短いです。明日やると思っても、若者のようには明日はたくさんないのかもと気づいた今日この頃

丁寧に、そして感謝して

2018年02月25日 17時24分56秒 | 本・漫画
ああ、昔からみんな同じことを言っているのだ・・・そう思いました。
なんのことかと申しますと、
こころ彩る徒然草 ~兼好さんと、お茶をいっぷくという本を読んで感じたことです。
時代は変わっても、人の営み、心の在り方、悩み、その悩みの果ての苦しみ・・・
そんなのは人の基本なのだと思わせてくれる本でした。

そして話は初めに戻って、素敵だな尊敬できるなと思うひとは皆言葉は違えど、
同じことを言う。
そんな風に思いました。
まさに、存命の喜び日々楽しまざらんや 今、生きている。この喜びを、日々、楽しもう。
悩みは尽きねども、それによって苦しまなくていいこころの置き場所が見えた気がます。

生きていると嫌なことは避けられません。
でも、悪口を言われても言った人も、聞いた人もすぐに死んでいきますから気にしなくてもいいのです。本当ですね。

そして、独生独死文字通りです。
著者の木村 耕一さんという方も現在のブログだったか?ツイッターみたい
というようなことを書かれていましたが、素敵な人のブログやツイッターには
ぱっと目を覚まさせてくれる部分がありますね。
そしてみなさん、一日を大切に丁寧に過ごしていて、一日の無事を感謝で終えている。

仏教に帰依するとか信心とかはまた別の問題でわかりませんし、
深く入っていくつもりもありません。
でも、歳を重ねていくと、それは今日や明日ではないかもしれませんが、
今日でも明日でも不自然ではなく、起こりうる死を心の片隅に置くようになります。
そこをチラチラ意識して、大事に丁寧にそして感謝して過ごしたいです。

因みにイラスト写真入りで非常に読み易くすぐに読み終わります。



旧暦のお正月 ゴール、そして

2018年02月17日 15時02分25秒 | 四季折々
昨日はお正月でした。???
変に思う方も多いことでしょうが、ここ数年わたしは旧暦のお正月を一年のゴールにしています。
勿論、お正月は人並みに過ごしますが、ほとんどお客さんみたいにしている人が居て、
日常の生活者としてのことが倍にも二倍にもなってしまって、
心をいったん休めて、改める作業が自分の中でできません。
すればいいのでしょうけれどそんな気になれないのです。

昨日も今日も同じ一日なので、同じように大事に過ごすことは大事だと
こんな年齢になってくると強く思うのですが、何かに区切りをつけてここまでとか、
ここから新たに始めようとか何か印になる日が欲しくもあります。
それが10年前位からできずにずっとストレスに感じていました。
三年くらい前にふとああそうだ、お正月の間のイライラ、慌ただしさも通過点にして、
旧暦の元旦をゴールにしようと。
わたしの一年はここから始めようと思ったら嫌々過ごし、自分には不利益に感じていた
時間も軽くなり、少しだけその間も有意義に過ごす方法を見つをけました。

勿論おせち料理があるわけでもないし、お鏡があるわけでもありません。
でも、旧暦なので昔のお正月ってこんな感じだったのかな?と思いつつ
根菜を使った煮物と松前漬けを今年は準備しました。
日本酒も少々、そして今年は懐かしいケーキ。

凄く頑張っている人から見ると、何がって感じではありますが、まあ自分にお疲れ様。
そして、
この一年続けてきたことに区切りを一つつけて、それを見直すことを考えました。
お札やお守りもここから改めます。

世の中、例えば
ご主人の親と同居で子供もいてという方、遠くへ行っている子供たちが帰ってくる
という方、様々な家庭環境の中でお正月にどっと一人負担がかかる方は多くいらっしゃるずです。
自分のことは後回しになって、日々が過ぎてしまう。
わたしなど大したことではないとも言えましょう。
でも、一日こんな日を作って一年をしっかり見つめるのって結構お勧めです。

新しく始めること、改めること本格的に始動。


忘れて暮らしていても

2018年02月11日 15時07分27秒 | わたしの思い
普段はもう本当に忘れて暮らしている。
でも、生きているかぎり、時折あなたのことが耳に入り、目に入る。

世の中は三連休。そんなわけでわたしも昨夜は遅くまでお酒が入ってしまった。
ちょっといい気分だった。
そしてあなたのことを聞いてしまったのだった・・・
そして知らん顔をしていたけれど。
そして自分があまりに冷静なのに驚いたけど。

もう、わたしのこころの中には大切にしている部分がなくなったみたいな気になった。
この部分を何か暖かいもので埋めないといけない気がした。
何か一心に取り込める物で。

今日は仕事をいただいたので、お仕事中。
そんなに急がないし、少ないのでのんびりやっているけど
もう少し何かできるのではと思いはじめるといけない。
目の前のことを大事にしないと。

何だかあなたはお父さんぽくなっちゃったね。
まあ、昔からお父さんだものね・・・仕方ないか。
きっともうあの頃みたいに苦しんだり、何かを欲したりしていない。
目の前のことに取り組んでいるだけ。
わたしもそんなふうに過ごしていきたい。

春の日 雛人形と

2018年02月09日 16時26分24秒 | 四季折々
立春も過ぎ、今日は大安なのでひな人形を出しました。
今、コーヒーブレイク中。

昨年までもう二十年くらい出していなかったのですが、
いつものことですが、何か前を向きたかったのですね。

今年は自分で節を作りたいと年頭に語りましたので、お雛様にもみてもらいたい。
これから後何度出せるかわかりませんし、わたしがいなくなれば・・・
後を継いでくれる人もいないことを詫びつつ飾りました。

亡くなった父とデパートに買い行った日のことを今でもよく覚えています。
学校に上がる前の年で、引っ越した家も狭いから、段飾りが欲しいわたしに、
あれやこれや言って、段飾りをあきらめさせた父。
気に入った品が売約済みで、それより少し大きい上等なものになりました。
でも、実は顔が気に入らなかった
全て思い出になって蘇ってきます。

大人になったからわかるのですが、先日もデパートで見たものはコンパクトでした。
やはり住宅事情がありますね。出したり仕舞ったりも楽そうです。
そして、よく見ると、よく見なくてもわかりますが、ちょっと粗末に見えます。
今見ると、衣装やしつらえがわたしには勿体ないくらい立派で、
贅沢な雛人形を父が買ってくれたことがわかりますし、段飾りじゃなくて良かったです(笑)
後に、母が子供の頃からあまり物を欲しがったり強請ったりしなかっから、
お父さんが奮発したのだと言っていました。ありがとう。

今あらゆるものを片づけていかねばと思って暮らしていますが、
こういったものはと季節とこころは最後まで大事にしたいと思います。

因みに、お嫁にはもう行かないので、三月三日を過ぎだお天気の良い日まで
居ていただきます(笑)
幸せな春を一緒に過ごしたいと思っています。

人生の終え方を考える

2018年02月06日 15時04分51秒 | わたしの思い
有賀さつきさんが亡くなっていました。
お子さんのことを思うと、色々と思い残すこともきっとおありだったと思います。
それなのに、訃報を聞くと、死へ赴く人がこんなに意志的に
一人で決めて一人で進んで行けるものなのかと、その強さに対して、感服しました。
いや、ご本人は治すという強い意志をお持ちになっていたのかもしれません。
だから誰にも告げなかったのかもしれません。
どちらであっても、病気に負けて諦めている姿は浮かびません。

五十二歳、そんなにわたしと年齢も変わりません。
時々思います。病気になって、明日を絶たれるような気になることが
自分の身に起きたとき、自分はどうするのだろうと。

今日一日が平穏に終わり、明日があるということがどんなに幸福なことなのかと
噛み締めるのです。
どんなに辛くても、挽回できる明日があると・・・

若い頃の有賀さんはテレビの中でとても印象的でした。
そして、伸びやかに見えました。
やりたいことを大切にしているようにも見えました。
短いけれど、充実はしていたように思えますし、そうであって欲しいです。

わたしも四十代の残りが短くなってきて、何だろう?
あまり年齢による焦りなんて感じたことがなかったのに、
それを感じるようになりました。
五十代なんてまだまだという先輩もいますし、そうだったらいいなとも思います。
有賀さんもそう思って始めた五十代だったかも?しれません。
毎日を大事にしたいです。

ご冥福をお祈りします、なんていうのは簡単ですけれど、その代わりに、
わたしは、残された娘さんが、これからの日々を大切に幸せに過ごせることを祈りたいです。
どんなに言葉を尽くしても死は死であって、人は蘇ることはありませんが、
心構えのある立派な終え方というものを感じています。ありがとうございました。

暖かくなるために聴いてみた『初夏の頃』愛奴

2018年02月04日 14時41分18秒 | 音楽
立春大吉
春がやってきたと、思いたいけれど寒いし、雪が舞ったり強風が吹いたりしています。
それでも何となく春と聞くと気持ちはあがりますね。

愚図愚図しないために何かいい方法はないものかと、いつも気合、気合と自分に言い聞かせはするものの、
背中を丸めて、ノロノロと動いています。
ふと、テレビから蝉の声が聞こえてくるシーンが・・・
あっ、あの暑苦しさを今感じたい、何かいい方法はないものであろうか?

夜寝る前にストレッチを日課としていますが、中々これも寒くていい加減なやり方になりかねないこの頃。
ラジオや自分の持っている音源やら、カウント替わりに流します。
そこで、蝉の声はないけれど、夏の曲にしようではないかと思い立ちました。

あっさりと、チューブとかにすればいいではないかと自分でも思うけれど、
これは本当の夏に取っておきたい?気がして、
選びましたのは、全然夏っぽくもない、タイトルだけ夏が付く、初夏の頃
恐らく、CDを買ったきり一度しか聴いていないはず。
それが久しぶりに聴いて凄く気に入ってしまいました。
ここ数日毎晩聴いています。

極稀なことですが、音楽がこころをどこか遠い場所に運んでくれる時があります。
自分の経験した過去だったり、誰かの悲しみの場所だったり、全く知らない所、時代。
それはいつも、決して未来ではない気がします。そして何故かやさしい。

ずっと昔にレンタル落ちしたCDを買って、あまり聴き返すこともなかった一曲が今回
わたしのこころを真冬の寒さからどこかに運んでくれました。

CDは愛奴というバンド、その中の二曲目初夏の頃です。
そんなに説明するまでもないし、詳しくもないのですが愛奴は浜田省吾がデビューしたバンドだったかと。
ちなみにこのCDを買ったのはバブル期で当時流行のドラマに、浜田省吾の曲が使われていた頃でした。
このアルバムの中で有名なのは多分二人の夏でしょうか?
同じタイトルに夏が付くけれど、こちらはよく耳にしていた気がします。
わたしが当時気に入っていたのは『恋の西武新宿線』で何か一つことが終わった
ある夏の日、次なる展開を思いつつ、駅のホームに立っていた自分を思い出す曲です。
が、他はあまり聴きませんでした。そこがテープやレコードではないCD時代だなあと今は思いますね。
何だろう、時代も時代だったせいもありますが、素人っぽいっというか、インディーズバンドの
アルバムみたいで、色々試す試験的な印象を持ったまま仕舞い込んでいました。
まあ、聴いている耳も素人耳ですから、こんな稚拙な感想しか持てませんが。

でも、今回『初夏の頃』聴いてみてよかったです。
この歌詞の世界は一体何を表現しているのでしょう。
いや、知らなくていいことなのです。
何か不思議な気持ちにさせてくれます。
前向きな感じでは決してありません。
でも、湿った感じもありません。
だから初夏なのか
本当の意味や伝えたいことはわたしにはわかりません。
むしろ、この曲を聴いたひとがどう感じるのかをたくさん聞いてみたい気がします。



立春に向けて

2018年02月02日 16時48分00秒 | わたしの思い
もう二月に突入。二月は短いから頑張らないと。
毎日本当に寒くて、動くのが億劫になります。気力、気力と言い聞かせても、
なぁんだか動きが緩慢になるから何をしても時間がかかってしまいます。

小さな仕事が入って、あー今年初仕事じゃなんて思ってやっていると、近所で
お葬式ができて、お手伝い。
こればかりは・・・お世話になったのでお返しせねばと・・・

実のところ自治会というものには思うことがあって、苦手なところもあります。
特に都会暮らしだった時代もあるので、田舎の何でも知っていないと、という
近しい懇親会的なものがとても苦手です。
が、お葬式は別です。一生懸命お手伝いさせていただきました。
その他助け合うということなら賛成ですが、慣れあうというのは苦手。
噂好きな人たち、こういうのどうすればやり過ごせるのでしょう。

兎にも角にも、何か人々に振り回されること多く、結局一月も終わってしまったのです。
まあ、。こころが折れていないから良しとします。

『1年間続けると人生が変わるほんの小さな16の習慣』という記事を見ました。
全部は無理ですが、こんな風にこころの中に何か絶対続けることを持つことは
こころを強くすることだと思うのです。
わたしもいくつかありますし、この中のものを立春なので加えます。

人って、辛くても、嫌なことがあっても、悩んでいても、そこを通過するとき
健康かどうかで随分違うとわたしは思っています。
元気だとやっぱり立ち向かう力が大きいものです。
二月、一番体調を壊しやすい時ですが、この点気を付けて日々励みたいです。

また、気に入った曲や本のことなど書きたいことがありますので後日。