前向きな人生の整理整頓

人生も後半、一日が短いです。明日やると思っても、若者のようには明日はたくさんないのかもと気づいた今日この頃

悲しみの預け場所/杏里・砂浜

2009年12月02日 15時41分52秒 | 音楽
現実逃避 80年代に時間旅行というタイトルで書いていた頃の記事です


みなさん、お久しぶりです。
しばらくお休みしていましたが、その間に訪問してくださった方々、ありがとうございます。
これから再開いたします。またよろしくお願いします。

今回は、わたしの心の中にある<海>について書きます。

わたしは海とは無縁の山育ちで、磯の香りも、潮風も、水面からの照り返しも嫌い。
暑さも苦手で、海水浴も日焼けも真っ平。
でも、わたしの心の中には海が存在しています。
多分、それは中学生の頃に出会ったある歌の中に存在する<海>なのです。

わたしは子供のころから、くよくよ、ウジウジ悩む性質で、ひとり思い悩む時間が長く、
おそらくそれに関しては類を見ないほど、人生の無駄遣いをしてきたのではないかと思われます。

そんなウジウジした思いや、悲しみの預け場所が、心の中にあるその<海>なのです。

僕は 哀しみの夜や寂しい夜更けはいつも  砂浜で膝を抱えて 目を閉じている
杏里の『砂浜』の歌い出しです。

みんな見せかけの恋や 形だけの愛ばかりもう一度君に逢えたら この海見せたい

戸惑いながら生きるわたしに、どんなときも味方をしてくれた人は海が大好きでした。
今生を離れ、もう二度と会うことのできない人になってしまいました。
そう、『死』とはもう二度とその人に会えないことなのです。
当たり前のことですが、いまそれを強く、深く感じています。
語りかけたくなったり、相談したくなったり、尋ねてみたくなっても・・・
二度とそうすることはできないのです。
そこに行けば会えそうな気がして、わたしは心の中の海に出かけ、
砂浜で膝を抱え、散々クヨクヨ悩んだり、メソメソ泣いたり、謝ったりするのです。

海よ 元気でいろよと 強く生きろと一つ
言ってくれ そして夕陽で照らしておくれ


作詞をした伊藤薫さんという人が、どんな心持でこの詩を書いたのかはわかりません。
でも、80年代の杏里のアルバムで出会った<海>はわたしにとってとても大切な場所です。
みなさんも、心にそんな場所を持ってみませんか・・・・・

杏里 / 砂浜