読売新聞の地方版に、酒田に在った太平洋戦争当時の捕虜収容所の記事が載っていた。
本町に在ったとされる収容所の話は、萬谷さんの専務さんから教えて貰っていたので、耳新しい事ではない。
本町に在ったとされる収容所の話は、萬谷さんの専務さんから教えて貰っていたので、耳新しい事ではない。
(なんたって、萬谷さんは戦時中に女学校生なのに、石原莞爾の勉強会に潜り込んで「日本は戦争に負ける!」を聞いてきた人なのである。)
それでも新聞の記事では、このまま掘り下げねば歴史の渦に埋もれてしまうと、村田さんが本にしようと資料を集めているようだ。
酒田市史の下段に、その様子が僅かばかり書かれている。
確かにあまりに短い内容である。
きちんとした資料が、何処かに残っているであろうと思われるのだが、その辺見つけるのに酒田市は弱い。
捕虜だった兵士の方々も、何人ご存命だろうか。
収容所側の人達も、証言出来る人は何人いるのだろうか。
収容所側の人達も、証言出来る人は何人いるのだろうか。
毎年、夏休みになると楽しい筈のTV番組も、一斉に原爆・終戦に一色に染まって、戦後生まれにはつまらなかった。
いつまで、日本が悪いと言われ続けられねばならないのか。
いつまで、日本が悪いと言われ続けられねばならないのか。
そろそろ、きっちり何がどうなって戦争が始まり、敗戦に至ったのかを検証する時期に来ていると思う。ちと遅いが。
日本人にとって、終戦は8月15日だが、世界的には(得にロシア当時のソ連)には、その意識はなかったこと。
それもはっきりさせるべきだと思う。
●ayasiiojisannさんにご紹介頂きました「あなたの知らない過去の酒田」さんの記事から
どちらも素敵な内容でした。是非ご覧頂きたいと思います。
●新聞記事の中の村田則子さんの所属しているPOW研究会に、酒田の捕虜収容所に居られたオーストラリア人の方々の酒田訪問が載っていました。
https://akumisakata.exblog.jp/29639915/
および
https://akumisakata.exblog.jp/29342332/
「あなたの知らない過去の酒田」さんは、本当に知らないことばかりで、興味深く拝見しております。
せっかくですので、記事の方にも記載させていただきます。