無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

七五三掛

2010-07-30 13:05:27 | 映画・TV
地滑り災害が起きてから、ずっと気になっていた鶴岡市の七五三掛へ行ってみた。以前から高速道路を通る度に、家の屋根や地面に覆われたブルーシートが目に着いていた。七五三掛地区に行くには、月山自動車道路から、大きく書かれた「注連寺」の看板を頼りに、脇道に逸れる。注連寺は、弘法大師が湯殿山を開山した時の寺であり、鉄門海上人の即身仏で有名である。





道路は大網地区を抜けて、七五三掛へと向かう。道路の脇には、工事用の仮設事務所が目に着く。地滑り止めの作業の為だろうと思う。



注連寺に着く。私は過去に何度か訪れていた。確かに鉄門海上人の即身仏にもお会いした。その時の感想は、酒田市内の海向寺の即身仏さんの方が、ずっと男前だったと思った。(何やら東京でも、自ら即身仏になりたいと言っていた方の遺体が見つかったとか)









まずはお参りする。



ここは、作家森敦が小説「月山」を書いた場所でも有名である。それを記念して、森敦文庫が建っている。



注連寺に向かって左側の丘に、大きな桜の木が見えた。



七五三掛桜だそうだ。



地滑りのあった七五三掛地域



高速道路から七五三掛が見えるのならば、こちらからも道路が見えると言うものだ。
現在はこのように景観に馴染んできたが、工事中の時にはかなり目障りだったろうと思う。
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重点港湾・酒田港

2010-07-30 09:52:49 | 建築・都市・港
Kさんから電話を頂いた。「今朝の新聞の1面に、酒田の重点港湾の記事が載っているよ。おめでとう!」と言うものだった。近々載るだろうと言われて来たのだが、昨日も一昨日もなかったのだ。本当だ!嬉しい!!

国土交通省は7月29日、全国の103港ある重要港湾の内、42港を重点港湾に指定した。当初は40港に絞る予定であったが、のりしろを考慮して42港になった。正式発表は8月3日の予定である。

前原大臣は、原則として1県1港としていたが、海のない県や、大きな都市を背後に抱える特定重要港湾がある5府県を除いた。酒田港はこれを踏まえて、更なる発展をしなければならない。
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寒河江市のトルコ館

2010-07-29 12:30:53 | 建築・都市・港
山形市での会議が終わって、どうせ高速道路を使うのならと、一般道路を使って寒河江市のチェリーランドへ廻ってみる事にした。ここには、サクランボの原産国のトルコとの友好を記念して、トルコ館が建っている。



チェリーランドは道の駅でサクランボやラ・フランスを中心にした加工品や、産直野菜、おみやげなど、量も種類も幅広く販売されている。ここで有名なのはアイスクリームなのだが、今回はそちらを食べるつもりはなかった。冷房の効いた店舗の他に、外気にさらされた屋根付き(冬はアルミサッシが閉まる)の店舗は、ファーストフードの厨房もあり、真夏の暑さにプラスした熱気でムンムンしていた。ここには、トルコの伸びるアイスクリームやケバブも並んでいた。



トルコ館の建物は、オスマントルコ時代の代表的な形式だと言う。設計者もトルコの方で、内部のタイルも、石もトルコから運んできたのだそうだ。確かに言われてみれば、コンヤの辺りでこのような建物は見ることが出来る。トルコの建物の代表だと決めつけて良いのかは判らない。きっと異存のある人もいると思う。トルコって、こんな建物ばっかりなのかと思われても困るだろう。また、玄関の脇に、トルコ帽を被ったマネキンが立っていた。トルコでは、トルコ帽を被った人にまったく出会っていないと言うのに・・・。
まぁ、日本も世界の人が想像するように、丁髷を結ったり、刀を差したり、着物を着ている人は・・(いるけど)、実際とは違う。それと同じ事が言えるのだろう。



内部は、一応撮影の許可は頂いた。日本語の堪能なトルコ人の男性が、説明してくれた。「今ならこれが安いから。2枚だともっと安いから。」とそばに寄り添うように付いてくる。以前、チャイの容器が欲しくて、ここに買いに来た当時から見ても、品物の種類も豊富になったと感じる。環境が道の駅のお土産屋のレベルなので、価格も飛びっきり高い物はない。チャイのカップも種類が増えたが、欲しい形の物は無かった。絵付けのされた皿やタイルもとても綺麗だった。トルコ音楽のCDも並んでいた。アルバム1枚2500円は、妥当なのかは判らない。最新流行の物でもなさそうだ。

建物の内部も、タイル貼りだった。トルコらしいのだろうが、あの歴史の宝庫のような、あの広大な土地を代表するような印象は伝わらない。
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高速道路無料化社会実験

2010-07-28 08:36:40 | 建築・都市・港
山形市で会議があったので、無料になってから、初めて高速道路を走って行くことにした。鶴岡の櫛引PAには、上りの車線にだけ産直の店がある。今まで、時間の都合で素通りしていた。今回は時間に余裕を持って、入ってみることにした。



店の人に断らずに、隠し撮りをする。野菜などは無く、青リンゴと葡萄とメロンが並んでいた。他は普通のお土産が並んでいる。上りの車線にだけと言う所がミソで、帰りに買えないのでは、私にとって魅力はない。

山形県の高速道路の普及率は、全国で46番目だそうだ。今回の社会実験では、県内の90%の区間が無料になる。平日だと言うのに、酒田の料金所を出る時点で混んでいた。高速の山形道は月山の脇を通り、一度自動車専用の月山道に降りなければならない。変則的な高速なので、便利だと手をたたく程ではない。4車線は少なく、月山を含めた山々を抜けるので、標高差がかなり有り、私の車のように、スピードが出ない機種は辛い。いつもは「追い抜け!」と騒ぐのに、今回はどうしたら抜いて貰えるかと気を遣った。軽油は一般道を走るよりも、目に見えて減っていく。



高速道路自体が混み合っているのに、月山自動車道路では3カ所ほど工事中だった為、40km/hでノロノロ走るのか、停止させられているのかが多くて、ストレスを感じた。私の車はETCを付けておらず、途中の料金所は徐行して抜けたが、西川料金所で初めて通行券を受け取った。ストレスを感じた分、高速は楽ちんだ。あとはスムーズに走って行ける。思い切り走って県庁付近で降りると、300円の通行料を取られた。しまった!無料区間は、山形北インターまでだったのだ。どうりで、急に交通量が少なくなった訳だ。

無料化社会実験区間

帰りは、思い切って酒田みなとICまで走ってみた。酒田ICからは12kmもあると言う。走って結構長かった。高速道路から見下ろす庄内平野の緑が、猛烈に美しかった。我が家からどちらのインターが近いかと言うと、僅かながら酒田みなとICが近いが、山形市へ行くには余計な道を走ることになる。新庄からの高規格道路が繋がるジャンクションが出来ると、かなり便利になる。でもそうなったら、高規格道路の方が、断然山形には短い距離で繋がる事にもなる。
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タシケント・ナヴォイ劇場(←カタカナの大きさがバラバラに見えるね)

2010-07-24 10:48:56 | 建築・都市・港
間寛平ちゃんが、ウズベキスタンのタシケントで、カザフスタンへの入国の為、足止めを食らっている。ビザが出るのに時間が掛かっているのだろう。それにアースマラソン最大のピンチが起きたんだそうで、10kmほど走ってはいけない地域があるのだと言う。考えてみると、ここはキルギスの隣で、政治的にも色々と問題があるのかも知れない。危ない地域と言われれば、その通りなのだろう。

足止めの時間を利用して、寛平ちゃんはタシケントの観光に出かけた。ここにはナヴォイ劇場と言う石造りの建物がある。1946-47年頃に建設され、そのあとの66年頃の地震にも耐えたのだが、なんとそれは日本人達が建てた物だった。(同じ頃に建てた建物が、軒並み潰れたらしい。)

寛平ちゃんの映像・ナヴォイ劇場

第2次世界大戦の後、満州から旧ソ連に抑留された日本兵の手によって、建設されたのだと言う。旧ソ連の抑留と言うと、シベリアを真っ先に思い出す。捕虜となって過酷な重労働と粗末な食事で、大方が栄養失調になって倒れていった。そんな話は沢山聞いてきた。まさか、ウズベキスタンでもそれが行われていたとは知らなかった。このナヴォイ劇場の建設途中に亡くなられた人達の墓地も、残っていると言う。他の国の捕虜達が不平不満を言う中、日本人捕虜は黙々と作業を続け、地震に耐える立派な建物を建設した。たとえ捕虜になっても、日本人としての誇りを失わなかったと言う話なのだ。

タシケントの人達は、日本人の建築技術の確かさ、勤勉さ、その労苦を讃え、記念碑に残した。(それにしても、旧ソ連って、何て国なんだろう!我が家のハヤブサ飛行兵も、ロシアが最もやり方が汚いと今でも言っている。)
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山で見かけた花

2010-07-22 12:17:37 | 動物・自然
山で見かけた花を撮してきた。風が吹くと揺れてピンボケになる。
この他にも、ガクアジサイなどもあったが、少し時期が遅れていて、花びらが茶色に変色していた。



山菜としては、ヤマブキショウマの方が美味しいが、花はトリアシショウマの方が断然美しい。双方とも、葉も花も似ているのに、ヤマブキショウマはバラ科で、トリアシショウマはユキノシタ科と、まったく別物なのである。



この花の名前は何だっけと考えた時に、頭に浮かんだのがトラノオウ。その名で調べてたら、全然似てもいない植物だった。実際はオカトラノオ(サクラソウ科)名前はちょっとだけ似ていた。少し花の時期が遅すぎたかな。



地見興屋から小林温泉へ抜ける山道で、頭が重くて道路に垂れ下がっていた山百合。



ワラビに押されて咲いていたのは、オニユリ。葉の付け根に、ムカゴが着いているのが、オニユリなのだそうだ。



まだ花が咲いていないが、フジバカマだと思う。



この花には笑った。何でこんな山の中で咲いているの?ジャガイモ君
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はやぶさ

2010-07-21 12:55:28 | 社会
小惑星探査機「はやぶさ」の後継機「はやぶさ2」について、 文部科学省は14日、開発計画の検討に入った。 計画では14年7月~15年に打ち上げ、H2Aロケットによる 打ち上げを含む総事業費は270億円。
はやぶさ2は、はやぶさが到着した小惑星「イトカワ」より形成年代が古く、 有機物や含水鉱物に富むとされる小惑星「1999JU3」を目指す。

こんなニュースが7月14日に発表された。これはこれで喜ばしい。全国で公開されている「はやぶさ」の映画も好評らしい。また相模原のJAXAでは、はやぶさの等身大模型(私の中で擬人化してるw)を見るために訪れる人が昨年の数倍に上っていると言う。これも喜ばしい。

ところが、ここに来て、喜ばしいと言うより、香ばしいと言うか、焦臭い記事が出た。

財団法人日本宇宙フォーラムでは、はやぶさの帰還を記念して、記念メダルを発行するという。メダルは3種類。大型の純金製(直径45ミリ、60グラム)は50個で1個52万5000円。他に小型の純金製(同26ミリ、12グラム)が200個で同10万5000円。純銀製(同55ミリ、85グラム)は1000個で同2万1000円。金銀セットは200組で、1組12万6000円。

いったい何なんだよ!日本宇宙フォーラムなんて、知らないし。
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田沢ダム

2010-07-21 12:38:28 | 建築・都市・港
私たちが山菜採りに通った坂本林道が、田沢ダムの建設によって、あの山野草もこの山菜も沈むと騒いだのは、いつ頃の事だったろう。ミスミソウを移植しようと、平田町の愛好家達も活躍した。坂本林道には、あんなに足繁く通ったのに、ダムが出来てからは、数える程しか行っていない。人間の記憶も薄れるもので、新しい道路では、ここが何処か、走っていても見当がつかない。



田沢ダムは、治水の為と言うより、酒田市の水道に供給する為のダムである。以前の酒田市の水道は、最上川から引いていた。おかげで水が涸れる事はなかったが、県内唯一流れる最上川は、清らかな物も、県民の汚物も、一緒くたに運んでくれて、それを消毒するために入れる薬剤の量も多かったのだろう、県内一美味しくない水道と言われてきたのだ。



新しいダムが出来ても、やっぱり他の地域の水の方が美味しいと、私は思う。

以前、走っていた旧道も水の中に沈んだ。ダム湖の向こうに見える道路は、そのまま湖に沈み込む形になっているので、前からとても気になっていた。行ってみたいと思った。
この辺だろうと、見当をつけて降りて行くと、最終が広場になっていて、対岸からダムが見えるようになっていた。下りの道路の先の、右に見える立て札が広場の辺りである。で、湖に突き刺さる道路の方は、関係者以外立ち入り禁止のゲートの奥になっていた。車では行けなかったが、歩いてなら大丈夫だろう。ただ、休日にもかかわらず、この広場にも道路にも、人っ子一人いないのでは寂しすぎる。



ピントが何処にいったやら~♪。
甘い木イチゴのような実を着けているのは、コウゾらしい。(和紙の原料)



マタタビの実は、虫コブになっていた。
漢方薬としては珍重されるだろうが、私はやっぱり普通の形のマタタビの方が良い。



これは田沢湖ダムから随分と離れた某地域の水汲み場。
庄内には、名水と呼ばれる湧き水の出る所が沢山あるが、ここの水が今のところ一番美味しいと思う。
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旧阿部家

2010-07-21 00:38:24 | 建築・都市・港
旧平田町の阿部家の事は以前から知っていた。何度も家の前を通った事があっても、寄った事はなかった。それは、阿部家の前を通り抜けた奥に、坂本林道と言う、山菜と茸が沢山採れる楽園があったからだ。坂本林道の奥の奥で、20数年前に見たナメコの群生は、今でも脳裏に焼き付いている。高さ1.2mチョイ、切り口は約60cm、根元はそれの3倍ほどのブナの切り株に、傘の直径が5cmに満たない同じサイズのナメコが、根っこの裏側にもびっちり隙間なく覆っていたのだ。全体が黄金色に輝いていた。これほどの光景には遭った事がなかった。あの頃は、一緒にキノコ採りに行っていた母も元気だった。このナメコだけで、3人のリュックがパンパンになった。ま、そんな話はまたの機会にすることにして、今回は酒田市指定文化財の阿部家へ寄ってみよう。



手前が馬屋のある土間の入り口で、奥の壺のある所が客用の玄関である。



建物は平屋の茅葺きで、建坪75坪位だと言う声が家の中から聞こえてきた。他の客に説明しているらしい。右奥には、稲蔵の建物がある。



土間に近づくと、中から「どうぞお入り下さい。」と声が掛かった。土間の奥の囲炉裏で、男性が薪をくべていた。内部は撮影可能だそうで、遠慮無く撮させて貰った。

右側に馬が繋がれている。農耕馬は家族同様に大事にされる。母の実家も同じように馬がいた。噛まれると危ないから触るなと言われても、真っ先に馬に挨拶し、米ぬかや飼料の草を与えながら、ベタベタ撫でたものだった。馬の瞳は優しく睫毛は凄く長かった。この阿部家にはもう馬はいない。ハリボテの作り物の馬がいたり、人間の代わりのマネキンに出会うと、ビクッと逆に驚いてしまう。



単に写真を撮るのではなく、時間があったら、一つ一つ道具を見ていくと、面白いとおもう。



一坪か一坪半ほどのせまい機織りの為の部屋があった。



部屋の形は田の字型をしている。ただ神棚があったが、仏間がない。



座敷の大黒柱は面白い位置に立っていた。この方が見せ場はあるのだと思うが、四方から大鴨居が突き刺さっていないだけ、ちょっと物足りない。



神棚の後ろの部屋は、通常一家の主の寝室になる。現在は、そちらの部屋で「土人形」を飾ったり、作ったりしていた。



瓦屋根の部分が単独の大きな仏間だった。浄土真宗なので、絢爛豪華と言うわけにはいかない。以前見学した柏倉邸には及ばないが、個人の仏間としては、立派なものだった。きちんと挨拶し、拝んでくる。



蔵の入り口についた。



生活用品が沢山並んでいる。



この年代物のとっくりには、憧れる人が多いのだろうなと思う。



御猪口も良いが、昔懐かしいかき氷のガラスの食器も味わいがある。



鉄瓶の数々。あれ?アイロンが混じっていないか?



これは重箱などの塗り物。



上段は曲げ物。秋田の曲げわっぱが有名だと思う。
面白い形の湯たんぽがあった。



これは抹茶茶碗。(もっと良く見てくれば良かった。)
私たちが作った本間焼きを並べても、見栄えがするとか・・・。←こらこら



これは蔵の2階。階段は箱階段のような上等な物ではなく、普通の階段だった。
人形や女性の髪飾りなどが多く展示してあったので、そちらは撮さなかった。←こわがり



この展示は良いのだろうか。この時代は密造酒なんて、取り締まりはなかったのか。
正真正銘の地酒は、さぞかし美味しかったろう。



蔵の錠前



蔵の扉の金物



鍵の部分の裏側。どうなっているのか触ってみたが、動くことはなかった。



台所にかまどはなかった。普通に調理台が着いていた。それは近年まで使われていたからだろうと思う。湯殿も見つからなかった。現在阿部家は、公民館のような使い方をされている。



これは離れの稲蔵の展示品。馬の鞍や、真ん中に見えるのは、消防用のポンプではないだろうか。面白い物が沢山あった。



土蔵を撮す。窓が中央ではなく、少しずれている。見せるために作った住居ではなく、古い物を保存した物なので、見せ場の写真を撮るのは難しかった。道路からだと土蔵も入れて全景を撮ることも出来るのだろうが、入り口に新しいトイレがあって、それが邪魔で写せなかった。

最後に、少し気になることがあった。建物や生活用品などは、民俗学の立場からも、指定文化財として残して展示する事に、何のためらいもない。ただ、あの仏間の仏壇や仏像も、そのまま残っている事に違和感があった。阿部家の子孫は、必要としなかったのだろうか。いやいや、詮索はしない方が良いのかも知れない。
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最上川と橋

2010-07-20 01:52:11 | 建築・都市・港
国道47号線の白糸の滝ドライブインから酒田寄りに、珍しい橋が架かっている。正式には「最上川さみだれ大堰」と言う、国内最大級のラバーダムなのだそうだ。
それを渡ってみることにした。

奥に見えるのは国道47号線のスノーシェルターで、単なる屋根だけと思っていたら、長い年月の末に、草ぼうぼうで木まで茂っている。普段は見えないので、気が付かなかっただけだ。最上川沿いに走る国道は、地域の大動脈であるにも関わらず、道幅はそれほど広くなく、川の形に沿ってうねったカーブが多い。冬の吹雪の夜は、走るのに本当に恐い。川のギリギリまで山が迫っている為に、このような雪崩止めのシェルターが必要になる。



その山肌には、この時期に咲く白い山百合でいっぱいだった。



この橋の左右には魚道がついていて、その他の中央部はご覧の通り、落差が付いている。
連日の雨で濁った濁流が、威勢の良い音を立てて流れていた。



橋を渡った先に、施設があり、川の魚を展示しているので、自由にご覧下さいとの看板があった。私の頭の中では、川の中に通路があって、実際の水中や魚が見られるのかと思ったら、どうもそうではなさそうだ。



館内は無料だそうで、ただし入場した時に、現住所の市町村名と人数をノートに書く事になっていた。うむむむ。これは、真っ先に仕分けの対象になりそうだ。



私んちの水槽の方が、もう少し綺麗だぞと思う水槽の魚は、人なつっこくウワッと寄ってきた。
それはそれは可愛い。土管の中でアフアフするヨシノボリも可愛い。



施設を出て、最上川沿いを遡ってみた。最終集落までの行き止まりの道路なので、途中で折り返して来た。これは田圃の畦に咲いていたカンゾウ。日差しは真夏だった。
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戸沢村の巨木

2010-07-19 19:05:43 | 動物・自然
「戸沢村の或る山の上に、巨木があるんだって。」と言う話は、以前から聞いていた。ローカル番組でも特集を組んだこともある。興味はあっても、なかなか行く事が出来なかった。かなり山を登った所にあるのだろうと、登山覚悟で考えていた。先日、山形市からの帰りに、国道47号線を走っていたら、「幻想の森」への標識が見えた。行った人の話を聞くと、すぐ近くまで車で行けるらしい。それならと、この休みに出かける事にした。



国道から細い道が急カーブで続いている。



カーブの続きで、羽越西線の鉄橋の下をくぐる。



すると、すぐに道路が二股に分かれていた。右の道から車が降りてきたので、そちらの方へ向かってみる。



舗装されていない山道を、ぐんぐんと登って行くと、明らかに枝振りの違う杉が見えだした。終点には立て札があり、先客がいた。



羽黒山の真っ直ぐに伸びた杉と違って、こんなに自由に枝を広げて成長するのかと驚く大振りの杉があった。



歩道にはおが屑が敷かれ、根を傷めないように工夫がされていた。



これが中でも最も大きな杉である。4本の杉に見えるが、元々は1本で、根元で全てが繋がっていた。なるほど、大きい。



想像していたよりも沢山の杉が見られた。どれも個性豊かな姿をしている。



奥の方の普通の杉林と比べると、その違った成長ぶりが判る。



前を歩く親子連れで、杉の大きさが判るだろうか。



落ち葉の下から顔を出したトカゲ。この森には、オニヤンマなどのトンボがよく似合う。



帰りはゆっくりと降りてきたので、廻りを見渡す時間があった。
杉の幼木の林は、夥しい数のワラビ畑だった。(こんな事を書いて、良いのだろうか。)
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隣の芝生

2010-07-17 09:36:59 | 動物・自然


中央の黒ずんだ所が、少しくぼんでいて、オオバコが沢山生えていた所。
見事に綺麗に草が刈られている。
綺麗になった芝生も、雨と日光が当たれば、すぐに元のように盛り返してしまうのだろう。



刈り取られていない場所では、探してみると結構ネジバナは残っていた。




湿った天気のせいで、こんな物がポコポコと顔を出していた。
随分と大きく育つものだ。
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ネジバナ

2010-07-16 15:27:20 | 動物・自然


雀達の隠れ家的餌場の、オオバコの群生の中に、ネジバナが咲き出した。数年前には1-2本しか見あたらなかった物が、今年は大小様々、あちこちの場所からピンクの花を見せている。こんなに増えたのなら、少しぐらいは頂いても良いかなと、小雨の降る中スコップを振るった。

それから2日後の朝、6時頃から芝刈り機の爆音が聞こえた。ギュンギュン、バリバリと、大きな音が網戸の外から部屋に侵入してくる。草刈り機で藪の中でも綺麗にしているのかなと思ったら、子供の広場の芝生に、平行線でも描くように模様が着いていた。オオバコは勿論、ネジバナも綺麗さっぱり刈られていた。根が残っているから、来年も咲いてくれると思うのだが、種が出来ないから増えることはなさそうだ。私が植木鉢に移植した花は、保護したことになったのだろうか。私が撮したこの花も、今はない。
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酒田港と重要港湾

2010-07-16 13:20:30 | 建築・都市・港
酒田港は、古くは一介の漁港に過ぎなかったが、源頼朝によって滅ぼされた奥州平泉の藤原家の子孫と、それを警護してきた家来の三十六人衆の働きで、商業港に変貌する。唯一山形県を流れる最上川の舟運を活かし、内陸の紅花や庄内の米を元に、日本海の西回り航路にに依る「西の堺、東の酒田」と並び称されるほどの港へと発展した。しかし、明治の頃になって、鉄道や陸路の交通の発達と共に、徐々にその勢いは衰えてくる。

 浚渫船(しゅんせつせん)

最上川の舟運が途絶え、川によって吐き出される大量の砂は、浚渫を怠ると大型船が入港が出来ない程になってしまう。また冬期間の季節風や荒波も障害で、決して天然の良港とは言えない。日本海側の主立った港が、県庁所在地や交通の便の良い位置にあるのに対し、酒田を含めた庄内は、政治的な派閥もあって、長く「陸の孤島」の様な扱いを受けてきた。それでも、酒田港は山形県内唯一の重要港湾であり、昨今はリサイクル施設やエコエネルギー基地として、その存在を高めてきた。

現政権に依る仕分けで、全国に103港ある重要港湾が、40港に削られようとしている。残念ながら、貨物の取扱量で決めると、酒田港は60番目であり、消えゆく存在になる。重要港湾から外されると言うことは、新規の事業(防波堤の延長など)が出来ないばかりか、現在計画されている事業も中止になり、補修や浚渫などの維持管理の費用もままならなくなる。世界の船舶事情を考えると、どんどん船は大型化しているのが現状だ。新規も維持管理も出来ないとなると、外国との貿易はおろか、2次的輸送のみの港となり、存在価値が極端に落ちる。これからの対東アジアへの経済戦略には、外される事になるのだ。

山形県内の政治の派閥と先に書いたが、庄内と内陸の文化の差は大きい。選挙の時に自分への票が入らない地域はなおざりにされる。また、山形を中心とする内陸では、顔を太平洋や東京へ向け、県内に港がある事を知らない県民もいる。物資の輸送にも陸路から太平洋側の港を使った方が便利と決め、高速道路を含むインフラも伸びる方向が庄内を向いては来なかった。転機となったのは、トヨタ系のセントラル自動車の工場誘致だ。東アジアへ向けて日本海側の港から輸出したいとの構想が持ち上がった時に、山形県は隣県に比べて、あまりにインフラの差が着きすぎていた。

事すでに遅しと前知事は慌てたが、選挙の結果、現在の吉村知事に代わると、酒田港の現状を聞いてくれるようになった。日沿道の酒田みなと-遊佐間の事業計画も、素早く動いてくれた。今回の重要港湾についても、単なる物資の輸送基地ではなく、県内全体の経済にも影響を及ぼすと、我々(酒田港女みなと会議)の要望も取り上げてくれた。

そして、8月には決着を見ると言う大事な時期に、酒田市に何度も足を運び、自らポートセミナーのプレゼンテーターとなり、市民を巻き込んでの運動を見せた。7月14日には、県内の主立った議員や商工会議所、市民と一緒に霞ヶ関に出向き、前原国交大臣に、「地域になくてはならない付加価値のある酒田港」を、重要港湾に残してくれるように要望した。県内のニュースにも、新聞にも、大臣とのツーショットが写っている。同行した面々には、山形県議会の議長は勿論、山形市長も一緒だったのには驚いた。酒田港女みなと会議のメンバーも入っている。酒田市議会の議長も当然同行したのだが、肝心の酒田市長は、ロシアの姉妹都市に出かけて留守だった。どちらが重要な事柄なのか、トップの判断はそれで良いのかと、市民の中から疑問の声があがっている。先に予定が入っていたのが、ロシアなのは勿論なのだが、港が無くなっては元も子もないだろう。北京オリンピックに、公費で出かけたのが思い出されて、嫌な気分になった。

 防波堤にて

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真夏の本当にあった恐い話

2010-07-15 21:44:27 | 動物・自然
↓これ、なぁ~~んだ!


ポチッと押すと、大きくなるよ。
でも、すっごく恐いから、気を付けてね。


マサキの生け垣に、蔓が絡んでいて、その葉をムシャムシャと食べていた虫。体長およそ6cm。初めて見る虫で、異常なほどに綺麗だけど恐い。何の幼虫だろうと、蝶の幼虫の図鑑を見てみたら、眺めている途中でギブアップしてしまった。爬虫類は平気でも、昆虫のニョロニョロ系は滅法弱かったのだった。ゾワッと鳥肌が立ち、息が止まるかと思った。


↓虫が平気な方は、ポチッと!
蝶(チョウ)の幼虫図鑑
それで、結局、何の幼虫なのかが判っていない。
今朝になったら、この虫の陰も形も消えていた。



このままだと、恐い印象しか残らないので、食べ頃になったブルーベリーの実を見ながら終わりにしたいと思う。

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