無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

ごひごひ

2018-02-20 11:25:43 | 社会

咳が出て、鼻水が出て、節々が痛くなった。その3日前に、S氏が家族から感染しただろうインフルエンザで仕事を休んだ。

私は、ぜっ~たいにインフルエンザにはなりたくない。ヨーグルトのR-1をガブガブ食べて暖かくして寝た。おかげで今朝は雪かきが出来るほど元気になったのだが、吐き気も下痢も高熱もなく、きっと軽い風邪なのだろうと思う。

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黎明の人

2018-02-16 09:50:45 | 音楽・芸術・文学

本間群兵衛さんの事が知りたくて、色々と検索をかけてみるのだが、これと言った本は見つからない。唯一、石堂秀夫氏(父は越後柏崎、母は酒田出身で、本人は東京生まれ)の書いた「黎明の人」があった。どこかで買えないだろうかと探すも、古本でさえ見つからず、ついに酒田の図書館を検索した。3冊あった。1冊のみ貸し出し可で、いつ検索しても貸し出し中だった。

先日の第6音楽隊の帰りに図書館に行き、図書カードを作って貰った。その時も、かの本は貸し出し中だったが、予約すれば優先的に連絡すると教えて貰い、予約した。そして、ついに読むことが出来た。

結論は、小説だった。作者は、酒田は勿論のこと、長崎、薩摩と足を運び、資料を探しまくった。その上での創作なのだろうが、肝心の最後の方が、私の聞いていた物とは違っていた。しかも尻つぼみだし・・・。本間家本家にも出向け、薩摩商社の説明も出来た後、庄内藩の鶴岡で幽閉されるとある。こんなんじゃないだろ!!ぶつぶつぶつ・・・。

ただこの本は、幕末の知った名前の人物がごっそりと出てくる内容だが、世間でもてはやされている坂本龍馬を、ならず者と呼んでいるのが小気味よい。龍馬の暗殺を政治的な圧力として司馬遼太郎あたりが書きだしたのが原因だが、彼は武器を撃った金をネコババして、責任を取らされて死んだ者も出て恨まれていたと言うのは、案外本当かも知れない。

作者の後書きで、本間群兵衛さんの資料文献が本当に少ないことに嘆いていた。酒田の生家や田村寛三氏からの資料提供に加え、薩摩商社の詳細は長谷川洋史氏(私がお目に掛かったあの方かしら)など、各地域での協力者に感謝している。私ももっと沢山の話を田村寛三さんから聞いておくべきだった。

同じく暗殺された清河八郎とて、記念館があって万民が知る事が出来るのに、陰ながら庄内を救った本間群兵衛が何も無く、知られないのは何故だろう。

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津波避難タワー

2018-02-14 10:05:47 | 防災

津波避難タワーの見学で、酒田共同火力発電(株)に出かけた。

避難タワーは、共同火力の石炭埠頭の近くに建っている。津波の到達予定時間は8分で、石炭埠頭から会社まで1Kmあり、走って逃げることが不可能と判断された為だ。

通常は施錠されているが、緊急時にはプラスチック板を破って入る事が出来る。イタズラをされないのかと心配したら、各箇所に防犯カメラが付いていて、会社で受信しているらしい。

この日は風が強かった。

階段を登って3階の避難室に入る。広間と物置とベンチが設置されていた。

 

飾られていた図面。

椅子の中からは、100人数分の毛布。

こちらは布団

物置には、100人が1日に使用する物資と煮炊きのコンロも可能なストーブ。隣には、自家発電装置。

北東側。

南西側

南側

南東側

東を見る。

北東側。どの辺りの位置かわかるだろう。

屋上に上がる。

簡単な風力発電とソーラーパネルが見える。

県道の向こう側には、巨大なソーラー発電所が見える。

県道側にだけ、津波避難タワーのマークが見える。タワー自体は地味な色合いになっており、避難タワーの存在が廻りにもっと知られれば良いなと思う。

共同火力の事務所に戻り、詳細を聞く。その帰りに、避難タワーを県道側から見ることにした。

相変わらず、海は荒れている。

離岸堤脇を走る。

これが県道側から見たタワー。

酒田共同火力発電(株)

宮海埠頭側からタワーを見る。風力発電の風車の間に、姿は見える。勿論、こちら側からは辿り着けない。

この宮海埠頭は、耐震岸壁になっている。

 

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2月10日

2018-02-13 15:25:25 | 社会

台町を歩く。

道路に、謎の記号があった。これは何だろう?

清水屋前には、キャノピーと言ったら良いのか、アーケードと言ったら良いのか、広場の上に屋根が掛かるように工事がされている。

旧国道を渡ろうとすると、中通り商店街で、何か催しがされている。ちょっと寄ってみることにした。

美味しそうな匂いがした。はんこたんなの女性がいた。

そっか、タイからの観光客をおもてなしの最中だったんだね。(そう言えば酒田着物プロジェクトの皆さんも3日間に渡り、古い着物の販売や着付け、タイの皆さんも一緒に花笠音頭を踊ったらしい。)TVクルーもいた。

松尾芭蕉の奥の細道に出てくる不玉亭跡。

希望ホールにて、東根市神町駐屯の陸上自衛隊第6音楽隊のコンサートを聴く。前列から2番目に陣取って、思う存分音を楽しんだ。第6音楽隊って、どんなかなと思った方はこちらをどうぞ→組曲「宇宙戦艦ヤマト」 編曲もすばらしく、ともかく楽しい。皆さん芸達者だった。

比べて聴いちゃ駄目だよ。→海上自衛隊東京音楽隊「宇宙戦艦ヤマト」

ぬかるんだ雪道を、せっかく来たのだものと総合文化センターの中央図書館に寄る。貸し出しカードを作って貰い、本間群兵衛の「黎明の人」を予約する。

文化センターは、私の母校の琢成小学校があった場所に建っている。そこからの帰り道は、昔懐かしい道なのである。

弁天さんと呼び親しんだ厳島神社。子供達はだれも厳島神社なんて呼ばなかった。

参道。

この石の中は、いつでもカラッカラだった。なるほど、穴が空いていて、これでは水は溜まらない。

 

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2次会

2018-02-13 15:22:46 | 食べ物

○月×日、某新年会があった。スタッフは宴会時には飲み物を運んだりと忙しい。

2次会で兵六玉に入る。

箸袋が可愛い。

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重い雪

2018-02-13 15:19:24 | 動物・自然

重い雪を除雪車が置いて行ってくれた。

斜面に乗り上げてくれるのは有り難いが。重い雪の塊は、凍ると歯が立たない。

鉄製のスコップで無いと、割れない。

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食べるぞ!

2018-02-08 12:31:08 | 食べ物

節分前に某スーパーに行ったら、長さ60cm幅40cm高さ30cmほどの圧縮袋に入った落花生が売られていた。こんなに大量に買う人がいるんだ。どこかの保育園や団体で豆まきをするのかなと思ったが、一度に見た量の多さに驚いた。

我が家は宗教上の理由から豆まきをしないのだと教えられてきた。それでも節分になると、床の間の掛け軸の前には大豆の入った枡が置かれていたりもした。何時の頃からか、大豆が落花生に変わった。一年中売られている落花生も、この時期は美味しい。

紙を敷いてバリバリ食べていたら、3つ子の落花生が見つかった。あら珍しいと思ったら、また見つかった。二つ黄身の玉子が嬉しいように、3つ子の落花生も嬉しい。

「ビ~♪ りんごはまだビ~♪ ビ~ビ~!!」と高飛車でうるさいヒヨドリが啼いた。

リンゴをバキッと割って、いつもの椿の枝に刺した。すぐにヒヨドリはやってきて、盛んに突っついている。ヒヨドリって、こんなにデブだっけ。

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若者が動けば社会が変わる。

2018-02-08 11:48:26 | 社会

伝わってくる沖縄名護市長選挙は、現職で変わらないのだろうと思っていた。(頭のどこかに相撲協会の理事選挙の結果が残っていて、体制を変えるのは難しいのだろうとも考えていたからだろう。)

遠い沖縄の選挙が気になるのは、尖閣諸島や沖縄自体が中国に侵略され始めているからであり、各市町村のみならず、県知事をしっかりしないと、本当に危ないなと感じていたからだった。沖縄の新聞2誌は、朝日新聞が緩く見えるほど真っ赤で、その新聞以外に情報を持たない人達は変わらない。

ところが、ネット社会になって、外から見た情報が若い世代に入ってくるようになった。その結果が今回の選挙である。年代別に見た投票の割合がこれだが、明らかに50代と60代を境にして割合が変わっている。自民党からの応援演説の小泉氏の動画を見たが、高校生に混じって中学生も演説を聴いているようだ。横一線に並んでいる筈が、大きく差が付いた。2000人ほどの住民票の移動では、間に合わなかったとみえる。

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台湾地震

2018-02-07 14:40:32 | 防災

数日前にも台湾で地震があったが、その後の2月6日に、もっと大きな地震が起こったようだ。

台湾の花蓮で震度6.0の直下型地震に見舞われ、多くの建物が倒れて救助活動が行われている。阪神淡路の震災のように、階がまるっと潰れている。日本からも救助隊が向かったようだが、余震の続く中、二次被害の起きないように気を付けられて過ごして欲しい。現在死者4名に増えているそうだが、お気の毒に思う。心からお見舞いを申し上げたい。

↓ 台湾のテレビ局のニュースが流れる。言葉は聞き取れなくても、画面の漢字で内容は理解できると思う。

台灣民視新聞HD直播  

 

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大阪万博応援団

2018-02-07 09:47:57 | 社会

先だっての全国みちづくり女性団体交流会議で、久しぶりにお会いした元国交相道路局長をされていたN氏が、このカードを手渡して下さった。大阪万博の誘致の応援団をもされているのだそうだ。

N氏が道路局長の時にご挨拶をしたら、名刺を見ながら「日沿道は大丈夫、繋げるよ。」と仰った。この方も新潟に赴任されていた経験があり、新潟に限らず東北の特に山形県の道路事情も詳しかった。その後、とんとん拍子に事は運ぶようになったので、お会いする度に言葉を交わすようになった。

国交省を退職されて、NEXCO西日本に行かれた事を知り、NEXCO西日本とTOTOとの共同開発のエコ男子便器を買うことが出来ないか(TOTOに問いあわせをすると、権利がNEXCO西日本にあり、一般人は買えないとの回答あり)を尋ねてみた。2-3日後、メールで「売ることが出来るよ。」とのお返事を頂く。ただ、数と予算の面で、設計に入れ込むことは出来なかった。

話が横に逸れた。名刺大のカードの両面に端的に記載されているEXPO2025。そうか、東京オリンピックと同じ位の時期だと思っていたが、2025年だったか。

ぜひ会員になって欲しいとのことだった。個人登録は無料なので、このバーコードを使って入って頂きたい。

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火曜日

2018-02-06 08:51:32 | 動物・自然

今日は火曜日。燃えるゴミの日である。ゴミ置き場の除雪は昨日ので済んだ。道路はキャタピラの跡が付き、バリバリと凍っている。

あれ?にゃんこがいる。ちょっと小さいから、新入生かな。

松の小枝だった。

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冷えてきた。

2018-02-05 17:22:51 | 動物・自然

今朝も冷えた。除雪車が来てくれるのは有り難いのだが、ガンガンに凍った雪(氷)を、家の前に置いて行かれるのは、大変なのだ。

あらまぁ、ピントがぶれてる。除雪した雪がうずたかく積まれており、その上に重ねて行くのも大変になる。

雪旅籠とか、雪灯籠祭りなんてもっての外で、雪だるまさえ作る気力はない。明日も降るのかな。

我が家の前は、まだ雪を捨てる場所があるから良いのだが。

夕方になって、また冷え込んできた。

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絞りたて

2018-02-05 17:17:41 | 食べ物

昨日、絞ったばかりの原酒を頂いた。本当にラベルに2月4日と記されてある。

火入れをしていない生酒なので要冷蔵なのだが、果たして冷蔵するまで残っているか心配だ。

美味しい所を早速に頂くことにしよう。加藤壽八郎酒造は、大山の酒蔵で、加藤清正の末裔だと言われている。

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今日も天気だ水が美味い

2018-02-03 15:54:10 | 動物・自然

正月に入って、羽黒の竹の露の井戸から頂いてきた水も尽きて、水道水でコーヒーやらお茶やらを飲んでいたが、久しぶりの好天にさんゆうに水汲みに出かけた。水質としては羽黒の方が美味いが、井戸のポンプからチョロチョロと出てくる水量で、汲みたい人が行列になっていると辛い。それに引き換え、さんゆうでは蛇口も一本ではないし、水量が豊富なので、ちょいと寒いが楽なのだ。

と、その前に遊佐の橋の所で鳥海山を撮してみる。ここは、映画の「おくりびと」で撮影場所になった場所である。私と同じ気持ちの人が2-3人居て、車が停めてある。残念ながら、鳥海山は雲が出て、山頂が見えなかった。

ダムのそばを通り、坂道に差し掛かる。ここは豊富な湧き水を利用しての道路融雪で、安心して冬でも登ることが出来る。

やはり先客がいた。私を入れて3つのグループが水を汲む。

奥は、鳥海山の山頂と、スキー場が見える。

ダムと赤い橋。

帰りがけに見た鳥海山は、雲が切れていた。ラッキーとばかりに寄り道をする。

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遊就館

2018-02-02 11:53:00 | 社会

今まで、なかなか時間の余裕がなくて、行けなかった遊就館へ今日こそはと向かう。

遊就館は、靖国神社の境内の右側にある。

山形県は内陸の酒蔵が献酒していた。

神社に入るまでに、鳥居が3箇所あるのを始めて知る。

入り口は、この建物の右側である。

入ると、ホールに零戦が飾られていた。玄関のホールと大ホールは、撮影可だそうだ。その他は駄目らしい。

2階の大ホールにも、零戦が展示されてあった。

遺品

陸軍の九七式戦車

人間魚雷 回天 

靖国神社に所蔵されている鎧兜を含め、日本の古代から歴史(主に戦争に関して)の展示から、近現代に於ける戦争の記憶が展示室1-19迄に渡って展示されている。歴史をなぞるように見て回るのだが、後半の16-19室に入ると、先の太平洋戦争で戦死された方々の遺影と、両親などに当てた遺書が飾られており、自分ながらべただなぁと思いながらもやっぱり泣けた。今回、千鳥ヶ淵墓苑と靖国神社を巡ったのも、遅ればせながら特攻隊の生き残りの父が、そちら側へ向かった事を報告し挨拶する為だった。

それにしても、居島一平氏が靖国神社は英霊の祀り方が偏っていると言っていたことが、何となく分かった気がした。主に幕末では朝廷側の英霊に重きを置き、幕府方はなおざりにされている。奥州列藩同盟がここでも極端に影が薄いのである。

太平洋戦争に於いてもどうも海軍中心に感じられる。父が陸軍だったからそう思うのだろうが、何故零戦だけ二機あって隼がないのか、圧倒的に展示品が海軍に特化しているように見えるのである。かの戦争では、海軍と陸軍は仲が良くなく、それが敗戦にも繋がったと聞いている。

遊就館の前の広場には、戦争に従事した軍馬と軍犬、それに特攻隊(航空兵)の像があった。

神社の裏には、庭があると聞いていたので、回ってみる。

奉納相撲があるそうで、相撲取りの像も建っていた。

池と廻りに茶室らしき建物が建っており、もちろん立ち入り禁止だった。

池には大きな鯉が泳いでいたが、鯉の餌売り場は冬期間は閉店されており、鯉が冬眠の為餌の販売は中止しますの張り紙がしてあった。池の奥には小さな滝も流れており、その前でサギが悪さをしていた。サギは結構大きな魚も捕まえるのだ。

池の周りを巡ると、こちら側にも茶室らしき建物があった。

梅も咲いている。神社にお参りし、御札を求めた。

 

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