無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

上喜元の新酒お披露目

2024-06-26 21:59:23 | 食べ物





主催者の上喜元の酒田酒造社長で杜氏の佐藤正一氏の挨拶で始まった。


来賓の酒田市長のご挨拶


山形県立農業総合研究センターの大渕氏のご挨拶で、庄内には各市町村にそれぞれ独自の酒米があり、独自の酒があるのに今まで酒田にはそれがなかったこと。
酒田には本間家の農場があり、米の品種改良が古くから行われていたが、一般の農家でもそれが行われていて、57の農家で175種の新たな米が出来ていたこと。
1軒の農業者が素晴らしい数の品種改良の実績もあることなどを話された。


今回の「酒田早生」も、作られる農家も少なく、酒米ではないこと。
社長さんのお話では、酒を造るのにある程度の量がないと(米を削ったりするる為)不可能になること。
今回は一課さ小さな樽を探し出して造った。昨年の天候の性もあるのだろうが、米自体が固くてなかなか水を吸ってくれなかったことなどを話された。





皆の手元に酒田早生の振る舞い酒が渡され、乾杯となった。
呑んで一言「旨い!」が正直な感想だった。



酒田早生の他に左側が日本の杜氏達の憧れの酒米「山田錦」を使ったもの
右側が山形の米つや姫の弟分の「雪若丸」を使った酒である。ちなみに雪若丸は酒米ではない。おにぎりにして冷めても美味しい米である。


翌日の山形新聞の記事。



おまけ:最近飲んだ美味しい酒


おまけ 路で出会った酒田舞娘と芸鼓の小梅さん


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

酒田港第1回漁火祭

2024-06-14 13:24:00 | 酒田




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドン!と鳴った花火だ・・

2024-06-11 10:23:04 | 防災


いや、地震だった。
ドンと大きな縦揺れが1発、他は無く細かな揺れもない。
地震の警報もなく、何かが倒れたのか、地滑りかと騒いだが、TVからの情報もなかった。
震源地は鳥海山の麓、まさか噴火の前兆か・・となれば恐ろしい。




11日10時1分に起きた地震の震源地は北緯39.0度、東経140.0度
明治27年(1894)の庄内地震の震源地は北緯38.9度、東経139.9度
ほとんど同じ場所なのである。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松山薪能

2024-06-10 12:12:54 | 音楽・芸術・文学


晴天に恵まれた土曜日、松山の薪能を観に向かう。
城跡には、数々の幟が旗めいていた。
時間に余裕が無いわけではないが、駐車場は前回同様に随分と遠くに誘導される。


能舞台を収容する松山城址館に入ると、呈茶が振る舞われていた。
最後尾の椅子に座るも取り残され、「空いている前にどうぞ!」の掛け声で客が進み、お茶が運ばれるまでじっと待つことになる。



久しぶりの野外での薪能である。
太陽が燦然と輝き暑い日だった。



幟に書かれている人名は、能に纏わる人達だと思う。
酒井家の面々は代々続く酒井家の当主達。松平三郎信康は家康と築山殿の間に生まれた長子で、二十歳で自害させられた御方である。



舞台を清め


ご奉行と副奉行が僉議(せんぎ)を行う。


狂言「附子・ぶす」が始まった。
附子とはトリカブトから作られた猛毒のこと。主人は太郎冠者次郎冠者に留守を申し付ける。
附子には触ったりしないように、風下にいても危ないと告げるが。

主人は斉藤則子氏、二人の若手は中学二年生の女生徒である。


本当は容器には附子ではなく、黒砂糖が入っている。
それを取られないようにと申し付けたのだが。


興味津々の両冠者は、扇で風を送りながら、容器の蓋を開ける。
良い匂いの黒糖に、堪らず舐めて、食べてみる。
気がついた時には、空になっている始末。
さてどうしよう。



主人が帰ってくる前に、太郎冠者は次郎冠者をそそのかして、大事な掛け軸や天目茶碗などを粉々にする。


主人に申し訳ないことをしたと、死んでお詫びをするとて、附子を食す。


食べても食べても死ねなかったと主人に言い訳を申すのだが。
主人は怒るも、自ら招いた結果に・・・・・。

狂言の古典でもある。


休憩を挟んで、火入れの儀が始まる。


打ち鳴らされる太鼓と共に。


松明を持った二人がやってきた。








さぁ、薪能らしくなってきたぞと喜ぶも、突風のような風が吹く。


わらわらと、俄に集まる消防署員達。
燃える薪の量を減らせと注意を促される。
近くにあった薪は片付けられ、バケツに入った水は準備され、物々しい様となる。



能 「船弁慶」が始まる。


平家との戦で大功を上げた義経は、戯言によって源頼朝に不信を買い、逃げ延びることになる。


義経役は中学二年生。初々しい義経である。


弁慶は舞台を圧倒するほど大きい。



都から西国へ海路を取るために、尼崎大物の浦から船出をしようとする。


そこへ義経の側室の静御前が、一緒に行きたいと追って来る。



時の白拍子(現在で言うところの宝塚歌劇の男役)で美しい静御前に。


義経は一緒には行けないと告げる。




弁慶からも諭され、静は都へ帰ることにする。


静は別れの舞を舞うのだが。


風はますます強くなり、静が被る筈だった烏帽子は吹っ飛び、静自体もヨロヨロと・・・。



大丈夫か、中の人!
踏ん張りが効かないとみた。














別れを告げて静は旅立つ。


船主に船を所望する。


義経主従は船に乗る。


船頭が漕ぎ出すと、見る見るうちに暗雲がせり出し、風は強まり、海はあれ出す。


そこに勢いよく現れたのは、義経に滅ぼされた平家の怨霊。


壇ノ浦での合戦で義経と戦い、海の藻屑となった平知盛は、怒りを漲らせて義経に挑む。

















義経は刀を抜き応戦し、弁慶は念仏にて怨霊を鎮めようと祈祷を繰り返す。








弁慶の祈りで友盛の亡霊も引き、海は穏やかになる。


幕に描かれた家紋は、酒井家のかたばみの紋。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

青原寺文化祭

2024-06-10 11:23:27 | 酒田


酒田市亀ケ崎にある青原寺は、酒田の亀ヶ崎初代城主の志村伊豆守の菩提寺である。
庄内では上杉勢を蹴散らした最上義光の家来で、長谷堂の戦いでも活躍した志村伊豆守が町政を担い、酒井家が入城するまでの間酒田を統治した。
現在も続いている「酒田祭」は、志村伊豆守が最初に行ったものである。



13:30から「やまがた愛の武将隊・志村伊豆守」が見参する。
青原寺には、志村伊豆守の遺品(鎧兜を含む)が保管されている。
当日はそれらもお目見えする。




16日、羽黒山の五重塔から急いで青原寺に向かう。


羽黒山を降りている最中から雨がポツポツ降ってきた。
酒田方面は空と地面が雲で繋がって見える。
しかし、青原寺の本堂には沢山の人が集まっていた。


丁度三味線のお披露目が終わって、皆で記念撮影をしているところに出会う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

近火御見舞に感謝です。

2024-06-02 22:32:10 | 酒田


近所で火事があった。場所は普段人が居ずに、時々集会場や選挙の投票所となる日和山公園の会館だ。
我が家から、確かに近いは近いが、消火も公園の入口から行ったようで、夕方の7時の事だと云うのに、家人の誰も気が付かなかった。



会館の右手には木造の招魂社があり。


左手には、これまた木造の旧白崎医院が建っている。
そのどちらにも延焼せず、強風も吹かず、山王森に飛び火もせず、不幸中の幸いだったと思っている。


会館も古い木造で、外壁も木板よろい張だったので、点火させ易かったのかなと思う。先日に見た寿町の建物もそうだった。
今回の火事も放火だろうなと思っていて、段々家に近くなるのは嫌だなとも思っていたら、犯人が捕まったようだ。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする