無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

花火大会

2018-08-04 17:37:11 | 酒田

今夜は花火大会かな。

これは直径6cmのアザミの花。もしかしてアーティチョークかな?でもなさそう。なんだろう?

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酒田祭り・宵祭り

2018-05-20 11:41:40 | 酒田

立山鉾は、清水屋前にあった。

中央公園では、プロレスのリングの準備がされている。今日は裸になったら凍えてしまう寒さなのだが。

 

南三陸への応援団の古い着物販売の準備の真っ最中に寄ってみた。

手伝いもせずに、孟宗汁をご馳走になる。

お菓子は岡山からのお土産。20日に着物販売は始まる。

 

 

雨降りなので、客足は少ない。

ちょいと蛇足で、本間家本邸の門。

この辺りは昔堀があった。

 

 

 

 

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酒田祭り・神宿

2018-05-20 11:28:09 | 酒田

酒田祭りの下の日枝神社の神宿は最上屋旅館が会場である。

宵祭りの19日は、冬型の低気圧で小雨だったが、傘が拉げるほどの風が吹いていた。おかげで賽道の幕にはビニールが掛けられていた。

 

西郷どんにちなんだ展示になっている。

 

鶴岡の松が丘では、展示されていた南州さんの掛け軸が全て印刷だったのに引き替え、ここの展示は本物だった。尋ねると南州神社からお借りしたものらしい。

 

 

 

 

次に、上の日枝神社の神宿に向かってみる。会場は上本町の秋葉神社らしい。

 

秋葉神社に着いたが、神宿らしい賑わいはない。さて、間違えたかとググって見る。酒田に秋葉神社なるものが3軒もあった。

新井田川沿いにそれはあった。ここは裏側

こちらが表側

ここは、内部に入れるらしい。最上屋さんでは外から眺めるだけだった。

 

 

錦絵は赤穂浪士のものらしい。

 

 

御神酒は戴かずに、するめと昆布を戴いてきた。

 

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コミュニティ新聞の記事から

2018-04-06 12:31:07 | 酒田

山王森の北東の隅に、戊辰戦争ゆかりの墓石が並んでいる。薩摩藩の物だと長年思っていたが、官軍兵士の物だった。所謂、戊申戦争後の進駐軍で、酒田は第2次世界大戦後と合わせて2度進駐軍の支配を受けたことになる。

まぁ、そんな事は別にして、我が町内の自治会長さんが、地中に埋まった墓石を発見しどなたの物か探した、その経緯がコミュニティ新聞に載っていた。見つかって良かったと思うと共に、歴史は繋がっているのだと実感した。

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酒田寒鱈祭

2018-01-17 09:39:25 | 酒田

今月の27-28日、酒田市の中町を中心に、「第31回酒田日本海寒鱈祭」が開催されます。

寒鱈祭りに併せて、様々な催しも開催され、前売り券が絶対にお得です。抽選会も楽しいですよ。

1月27日、清水屋デパートの5階催事場では、さかた木づくり夢ネットで家造り相談会を始め、グッズを造ろうなど楽しい催しを計画しています。ぜひお出でください。

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庄内ミュージアム・シンポジウム

2017-12-23 19:44:47 | 酒田

Facebookで、庄内ミュージアム・シンポジウムの開催を知る。平日の日中で、特別の動員もない。ただ、交流会の方には酒田港女みなと会議から、お誘いがあった。遠方からのお客様も出席する為だそうだ。

いつもの、よく調べて行かない癖が災いして、会場が公益ホールではなく3階の301教室なのに、土門拳記念館の方に車を停めて走る事になる。

時間はちょい押して、始まった。開会の挨拶は、協議会会長の酒田市長が議会中で、庄内町長の原田さんが行った。

庄内支庁長の挨拶

基調講演は、元山形県副知事の後藤靖子氏で、現在はJR九州の常務取締役を務められている。元副知事は色んな方がやられていたが、講演会やら何やらで呼ばれることの多い方である。「九州から山形庄内を思えば」と言う題で講演された。

庄内に多くのミュージアムがあるのは、地域の力と文化があるからだと思う。地域には個性がある。人柄、文化、気候、風土が違う。自分は国内外を合わせて22回引っ越しをしているが、東北の人と九州の人はまったく違う。東北の人は、こつこつと粘り強く始めるまでは遅い。九州人は考える前に動き、粘り強くはない。これは長い冬と雪が影響を与えているからではないか。文学者の数も違う。手仕事が上手なのは東北で、九州は朝鮮が近いので陶磁器などは発達しているだけである。

JR九州では「七つ星」と言う豪華列車を運行している。そこにも各部屋に有田焼の洗面ボールなどを設置している。東北にもJRで「四季島」を運行しているが、途中の停車で、どのようにお客様におもてなしをするのかで、東北の町の人が九州に視察に来た。お客様が降りなかったら、景品の受け取りは、買い物はしてくれるのかと心配ばかりする。九州人は何も考えていないと言うより、列車の通る至る所で手を振ったり、ウエルカムの笑顔を振りまく。自分たちが楽しいから電車の来る所に出かけて行って対応する。福岡の幼稚園では毎回列車が通る度に、大きな垂れ幕やパネルを掲げ、手を振ってくれた。そんな人達のいる場所が100箇所以上もあり、JRの人達とも繋がりが出来た。それらをJRの職員が尋ねてお礼を言って回った。これが九州人のやり方で、表現するのが得意で、悪い事があってくよくよしない。割り切るのが速い。東北の人は酒の力を借りないと表現が苦手だ。

庄内の人は勉強熱心だと思うが、物事を深刻に考え、こだわりがある。歴史のある地域は重みもあり芯がある。新しい地域は経済が豊かでももろい。庄内には山も川も海も条件は揃っている。

 

さて、シンポジウムであるが、この壇上にぎゅうぎゅうに 10名が並んだ。庄内には50のミュージアムがあるが、今回は8施設から出て頂いた。こんなにパネラーが多いと、話はバラバラになるのではと思ったが、コーディネーターの熊坂さんがうまく誘導して、3廻りも出来た。それぞれに面白い内容だった。

 酒田市実術館:西日本と東日本(東北人)では、描く絵が違っている。庄内らしさは色や構図に現れている。

土門拳写真記念館:「おしん」が流行った頃に酒田に来て、そのまま記念館に入った。自分の仕事は学芸・広報・事務をしているが、他のミュージアムと連携を取れるのはありがたい。

加茂水族館:加茂水族館は3回建てられた。前の水族館ではラッコやピラニアもいたが、客は減るばかりだった。アマゾンの珍しい魚を飾っても、それはホームセンターで売られている。何度も来ようとは思わない。或る日サンゴの水槽の中に見た事の無い生き物がいた。それがクラゲの子供だった。現在は近くの海で獲ってきた生物を展示している。珍しい物は東京に叶わない。地元の物をと、最近はふぐを食材にし安価でレストランで出すことで県外からもお客様が来るようになった。小波渡小学校が廃校になった時にピアノを頂いて、月に1回ミュージシャンを呼んでコンサートを行っている。好きなことを好きなだけ行おうと思っている。

内藤秀因水彩画記念館:庄内町で、図書館と併設で美術館があり、自分は図書館の学芸員も兼ねている。図書館や町の施設との繋がりも大切だが、もっと庄内を俯瞰してみて、各館の魅力や役割を出したい。ネットワークを使って交流して行こうと思う。

いでは文化記念館:良い郷土の三原則は、山良し人良し食良し(酒も)である。それが揃って良い場所と言える。庄内にはそれがある。庄内を県外の人にPRするにも、そこへ辿り着ける公共交通手段がかなり不便である。(特に羽黒はそうだろうと思う)出羽三山の中でも湯殿山に行くには、鶴岡駅からのバスが土日祝日しか運行しなくなった。これでは生まれ変わりが出来ない。庄内の景観の素晴らしさを、もっとSNSで発信して行きたい。

今井アートギャラリー:東京空襲で家が焼け、子供達を連れて故郷に帰ってきた。子供達は4姉妹で末の娘がこの美術館(鶴岡市の古い土蔵を買いバラして羽黒に建てた。)を継いだ。一度閉館したが、再度開館し運営はボランティアに任せているが、美術館があったから今でも絵を見ることが出来る。庄内が好きだから今井は家族を連れてきた。文化の密度は高い。現在は長崎で年に1度個展を開いている。

致動博物館:昭和25年にこれからは文化が必要だと、自らの酒井家宅を博物館(美術館)にした。古代の恐竜は滅んだが、これからの人類は伝統文化を守りつつ新しい物を取り入れて行くバランスが大事だ。庄内で繋がるのは有り難いこと、各施設が縦糸や横糸になる良い機会だと思う。

本間美術館:本間美術館は70周年になる。昭和22年、すさんだ時代に日本人の誇りを取り戻したいと、本間家別荘を美術館にした。酒田の住民と共に作って来た。本館では古美術が多いが、現代美術も何でもやってみよう、自然と美術の融合した美術館にしようとやってきた。博物館離れが進んでいる中で、庄内には良い時間が築かれた歴史がある。それに新たな要素を付け加えようと思う。

★この後、課題も話された。

庄内は人口も減り産業も衰えていく中で、どうやって文化や自然を守っていけるのか。

最近は時間とお金の使い方を知らない人達が増えた。他の人と共感できる物を見に行き個性がない。万人受けする施設ではなく、尖っても良いから個性が必要だ。

ミュージアムは人に足を運んで貰う物。地域の宝をどうやって伝えていけるか。庄内のミュージアムが繋がる実験的な取り組みで、2つのミュージアムが同じ内容の展示を行ったことがあった。これは有り難かった。

ミュージアムの運営で単に作品を飾るのでは無く、スマートフォンを使っての説明が出来るなど、新しい楽しい場所を提供したい。

ミュージアムはどんな場所か、心が動く、ざわつく、想像する、心地よい空間を大事にしたい。感動が人を動かす。

 

 時間の有りったけを使っての意見交換だった。最後に遊佐町長からの閉会の挨拶があった。

 公益大学には、こんな場所もあったんだと、秘密の通路を通って交流会会場に着いた。

乾杯やら挨拶やらが賑やかに行われた。ここでも重要で面白い話題が繰り広げられた。ただし、メモが出来ない為に書けない。私は耳で聞いて記憶することが出来ない人間だったのだ。

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酒田甚句流しパレード 会場から

2017-08-05 21:10:10 | 酒田

酒田甚句流しパレードは、19:30から21:00までだと言う。それならと20:00過ぎに出かけるいつもの私。どうしようもない奴である。

中町に急ぐ私の耳に、東風に乗って流れてきた酒田甚句は、家々の壁に反射して様々な方向から聞こえて来た。まるで町中が酒田甚句に酔っているようである。

祭りのぼんぼりや、踊りへのライトに照らされ、一段と明るい清水屋の前に着いた。

歩道の人だかりの隙間を抜けてカメラを向ける。

曲がひとしきり巡ると、小休止がある。

ようやく人のいない場所を見つけるも、発電機の熱風が吹き荒れる所だった。これは居られない場所だ。

と、思ったのもつかの間、パレードは終わった。まぁ、こんなものである。

道路の上に白いテープが貼られ、区分けをしている。これからS-zinkuが始まるとアナウンスがあった。

5組ほどに分けられたグループが、自らの振り付けでzinkuを踊る。

小学生から一般まで、思い思いの踊りを披露する。

 

 

 

グループを替えて、3回行われたのだが。1箇所から、全部のグループを撮ることが出来ないので、動いて回ることにした。

ともかく、歩道からは、人の波で中が見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、若者達のS-zinkuは終わった。見物人も、こんなに暑いのだから、踊っている人他達はもっと熱いだろうなと思う。

閉会のアナウンスを聞きながら、帰途に着く。

屋台村も熱かった。

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酒田甚句流しパレード

2017-08-04 15:55:39 | 酒田

8月4日、今夜は酒田甚句流しパレードが行われる予定である。小雨決行だそうだが、雨どころか猛烈に暑い夜になりそうだ。

何時に、どの辺りからのパレードになるのだろうと、酒田市のHPからお祭りのサイトに入ってみた。

最終更新日 7月11日の日付で、時間と大体の場所は書いてある。しかし、私は見つけてしまった。

地図のマーカーリストの所で「●コースの詳細は決まり次第お知らせします。」と書いてあった。

今日は当日やないかい!

 

私の叫びが聞こえたようで、酒田市のFacebookに、5分前に地図がUPされた。めでたし、めでたし。


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その頃中町では・・

2017-08-03 10:30:26 | 酒田

コスタ ネオロマンチカの入港で、小湊埠頭と酒田中町との間に大型バスで乗船客をピストン輸送した。中町では、露店や花魁道中でおもてなしを行っていると言う。この暑いのに、花魁道中って・・・と言いながら中町に向かった。

あっ、カラスが歩道を歩いている。

こいつは近づいても逃げない。可愛がられているのかな。

だから、もっと前に出てくれば良いのにと、またしても思う。中町では撤収が始まっていた。

清水屋の前

清水屋の向かいのビルは、酒田市の観光案内所になっていた。

居合抜きの二人。右の若者は高校の剣道部員らしい。彼の持っている刀は長い大刀で、どの位長いかと言うと。

177mm程の長さだと言う。模擬刀ではあるが、持っている彼の父が作ったものだそうだ。佐々木小次郎が持っていたと言う刀よりも長い。

その為、鞘から刀を抜くのが難しいと言う。確かにそうだ。普通の刀でも抜くのは難しい。ならば、早速抜いて貰おう。

若者は、いとも簡単にスルッと抜いた。2-3回練習したら、抜けるようになったのだそうだ。「彼は優秀だ。」と、持ち主は仰った。

観光客にも、持って貰う。これは家族がカメラを向けている。

外国の方も記念写真。

港からのバスが停まるバスストップ。通常のバスもここ(清水屋前)に停まる。

中町通りは、交通規制をかけて、道路に露店を準備した。

良い香りがしてきた。

浜焼きが行われていた。

実に、美味しそうなのである。

別のバスに変わっていた。

こちらの露店も美味しそうな物が並んでいる。

花魁道中の気配さえしなかったので帰ることにした。

今日は海向寺さんの夜会式だ。暑い中、陽を浴びながら坂道を上ってきたので、ここで日枝神社に曲がる。

日枝神社の随神門。本来は門のある方が正式な参道になる。

石垣が一部壊れているようだ。この石垣は生き物を保護する。雀の巣(賑やかな雛の鳴き声がしたので、近寄ったらピタッと止まった。まるで親に教えられたように黙ったので、どこに巣があるのか見付けられなかった。)や、その天敵の蛇の巣もある。

ユリが咲いている。夏だな~。

 

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酒田花火ショー

2017-07-31 11:25:16 | 酒田

8月5日、酒田市の最上川河川敷で花火大会が開催される。

会場と交通規制

プログラム。

無事に楽しく行われれば良いな。それと、お天気も良ければ良いな。

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下の神宿と上の神宿

2017-05-23 00:56:58 | 酒田

 パレードの途中、次の行列がなかなか来ないので、(縁石に座っている尻も痛くなり)移動することにした。下の神宿は清水屋の6階で開催されている。

エレベータの前にはベビーカーを押した夫婦や数人が待っていて、これは載れないかなと思い階段で上ることにした。3階辺りで、荷物がこんなに重いと気がついた。

ヘトヘトになりながら到着する。この体力では羽黒山の階段は無理だなと思う。

神宿会場の右側に神棚。前面に見えるのは錦絵だ。明治の頃の女性達の錦絵で、綺麗な状態で保管されている作品だった。

 若瀬川の化粧まわしを見て、先に進む。

 

 酒田祭りの山車の絵。印刷ではなさそうだ。

皇紀2600年だとすると、西暦で何時になるのだろう。

 

昭和がどっさり。

窓から向かいのビルの屋上を見る。あんな特等席で祭りの宴会をしてる。

次は、北里町で開かれている上の神宿を目指す。暑い。荷物が重い。あの男性のいるあたりから左に折れる。

こちらにも、随分とぼんぼりの数が多いなと思った。

到着。

まず、目に付いたのは、グリーンハウスのパンフレットだった。聞く所に拠ると、これで全部ではないらしい。

 

 

実物を見るのは何十年ぶりだろう。大火前の話だ。パンフはもっと大きいと記憶していたが、実際は小さなものだった。映画を見る前に、楽しく読んだ覚えがあった。

奥では酒盛りが始まっていた。正確には、来てくれた客に御神酒を振る舞っているのだそうだ。私も仲間に入れて貰った。

その御神酒があの樽酒。枡に注いで、スルメと昆布を頂く。

 

グリーンハウスの話。柳小路の話で盛り上がった。

 

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酒田祭り・露店と着物

2017-05-23 00:46:52 | 酒田

 

 

 

江戸朝顔が売られていた。

南三陸応援団の酒田着物プロジェクトに寄る。

ちょっと地味目の袋帯が欲しかった。欲張って3本買うも、移動する時に重さが堪えた。

明らかに、去年とは数が大幅に増えていた。もっと長居をしたかったが、目的は撮影だったので諦める。

反物も1000円。大島紬も見られた。和裁の才能があれば良いのになと思う。

トルコの伸びるアイスで、からかわれている若者達。

 

 

 

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酒田本祭・上下日枝神社神宿から花魁道中まで

2017-05-21 17:26:54 | 酒田

 

 

さて、酒田囃子保存会を先頭に、山車行列が始まった。

まずは、上の日枝神社の行列である。あら、天狗さんの下駄が2本歯だわ。

 

 

 

 

 

最近は街中の過疎化が進み、神宿を受ける地区が少なくなり、合併が進んでいる。その為何十年に一度巡ってきた受神宿が数年に一度となり、負担は広がっている。

さて、これからがお稚児さん。本来は町内の子供達が参加していたが、最近は申請知人から借り集めている。 

 

 

 

 

 

次は下の日枝神社

こちらの天狗は見事な一本歯。

 

 

 

 

こちらも3台。

 

 

 

 

 

 

御輿。もう八波会や獅子の会、それに別の法被も入り乱れている。

 

酒田の要人が続く。

松原小学校の酒田ばやし。子供達に伝承されているのは嬉しい。

リコーダーでの酒田囃子

 

 

 

お待ちかねの酒田花魁道中。花魁には応募した20歳の学生さんが扮装している。

 

残念ながら、ここできびすを返し、向こう側へと進んで行く。

ここは道中の出発点のようだ。

舞妓さん達。

 

 

 

 

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酒田本祭・式台の儀(少しだけ)

2017-05-21 15:26:58 | 酒田

 

 

人混みをかき分けて行くと、式台の儀は始まっていた。

 

亀ヶ崎は、酒田に亀ヶ崎城があった折りに、武士が住んでいた町である。

 

 

 

 

すぐ前に人が来た。え~ん   なので移動する。

奉行(酒田市長)が赤い布を獅子に渡す。

 

式台の儀・司会

上の日枝神社の神宿代表

下の日枝神社の神宿代表

奉行が神宿代表に酒樽を渡す。

若衆と巫女が来た。

御神酒を注ぐ。

市議会議員席・暑いのに正装で気の毒だと思う。(雨天よりは良いかな。)

きやり保存会。

平泉町長より、副町長が参加。奉行から記念品を贈呈

奥州平泉では、藤原の文治5年(1189)4代藤原泰衡が倒され、平泉藤原氏は滅亡を迎えた。源頼朝の追ってから逃れた秀衡の妹「徳の前」が、36人の従臣たちを従えて酒田へ落ち延びた。その家来達は後に三十六人衆と呼ばれ、廻船問屋を始め米や衣服問屋を営み、町人自治の町酒田を作った。その末裔は今も酒田に住んでおり、平泉の祭りには招かれると言う。

平泉町副町長挨拶。

司会のKさんも正装だ。

式が終わると、机や椅子は片付けられ、山車行列の準備は完了する。

その間をぬって、素早く着替えを済ませたKさんの行列開始の時を待つ。薄着をしても暑そうだ。

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酒田宵祭・港オアシス会場

2017-05-21 13:57:32 | 酒田

中町会場から港オアシス会場に向かう。海洋センターや海鮮市場の駐車場が今夜3箇所目の会場だ。

宵祭りを3箇所に分けて開催するのは、異例のことである。まぁ、竿灯は日和山公園では風が強いので、倒れるのを期待している人には良いが、演じる人達には気の毒なのである。街中で行うのは、本来の秋田市の竿灯らしい風情も味わえると思う。

会場に着いたが、山鉾に点灯はされていなかった。

若者や、足が達者な人なら3会場を駆け巡るのも良いのだが、一般の人だと大変なのだ。

さて、海鮮市場前に着いたとほぼ同時に、酒田青年会議所代表の挨拶が始まった。そして点灯を迎えるのだが、映像投影が先に行われた。横文字でプロジェクションマッピングと言うと、巨大な建物などに施された投影を想像するが、山鉾に設置された割りに小さなスクリーンを使ってらしい。

まずは、龍の玉から光り輝く。

全部に点灯されると拍手が起きた。

何故、この会場かと言うと、念願の山鉾巡業が出来るからだ。

江戸、明治、大正と創始400年に渡って伝えられた酒田祭りでは、京都の祇園祭に習い、それ以上の高さの山鉾を作り、街中を巡航した。時代が新しくなり電線が市内に張られるようになると、その高さが災いし巡行は不可能になった。言い伝えと写真が残っているだけだ。

今回はそれを可能にしようと、若者達は考えた。それがこの会場になった。

こうなると、駐車場の車止めは邪魔物以外のなにものでもない。

歩道橋の上から撮した来賓席。お坊さんは奥州平泉からの来賓だ。

 

 

観客が手を振っているのかと思ったら、そうではないらしい。

 

 

飛竜頭の上に載ったお兄さんが、飴を降らせているようだ。

巡行も踊りも終わりを迎える。

 

 

会場を後にして、帰路を辿る。

金曜日から日曜日までの、晴天に恵まれた3日間の祭りって、今まであっただろうか。

神宿の今日の行事は終了した。

日和山公園では、まだまだプログラムが続いている。

 

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