無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

もしも自分の子供が

2018-04-25 13:59:00 | 音楽・芸術・文学

もしも自分の息子が、高校を卒業して大学にも行かず就職もせずに「ギターのプロになる。」と言ったらどうするか。

悩んだ母親が新聞の身の上相談に投書した。それが下の文章である。

この18歳の息子というのが、ロックバンド・RCサクセションの忌野清志郎である。この時、母親が彼を止めていたら、伝説のロックミュージシャンは生まれなかった。

YOSHIKO祭りで、「雨上がりの夜空に」を演奏したバンドがあったので、思い出したついでに書いてみた。

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GOGO YOSHIKO祭り

2018-04-25 12:13:28 | 音楽・芸術・文学

日曜日の午前中は、ついにタイヤを取り替える。暑い日だった為、汗が目に入って大変だった。

お昼を過ぎて、市民会館希望ホールへ向かう。

相馬樓の前を通る。

この催しは、ひょんな事で出演者の方からチケットを分けて貰い、中身を深く知らないままに彼の出演する時間をめがけて会場に入ったのだが。

酒田市の一個人が、終日市民会館を借りることの偉大さに驚嘆する。集まってくれた仲間たちや、ホワイエにはまるで学園祭を思わせる出店もあって、大賑わいだった。午前中の歌謡教室の発表会は観なかったが、午後からは酒田にこんなに沢山のミュージシャン(卵も含めて)がいたのかと驚いた。音に厳しい面々なのに、ちょいとマイクからの集音が気になるところがあった。

収穫は、えらく音楽的なセンスのある職人のようなドラマーを見つけた。素人にしておくには勿体ない腕と気になったが、きちんとプロ活動もしていたようで安心する。

帰りは日和山公園を通る。高校生たちが自転車で、小幡の坂を猛スピードで降りてくるのは、見ていて気持ちが良かった。今どきの自転車のライトは、まだダイナモで回しているのだろうか。ならば、このスピードはマックスの光が出ているだろう。風も感じているのだろうなと思った。
夜も遅くなったのに、広場ではまだまだ賑わっている。

今年は花見が延期になった。桜ではなくて、どんな花を見ながらの宴会になるのだろうか。

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世界一と言われた映画館

2018-04-16 12:39:10 | 音楽・芸術・文学

グリーンハウスが存在した酒田で、先行上映された「世界一と言われた映画館」を総合文化センターに観に行った。14日には計3回の上映がある。その初回に入場したのだが、ホワイエに入ってすぐに大杉漣さんの献花台が設けられていた。

この映画の上映時間は60分強。山形ドキュメンタリー映画祭に間に合うようにと、短期間で作られた証言集である。中には良く知った方もおられたし、同級生の顔もあった。皆それぞれにグリーンハウスを思う気持ちは熱い。映画の開始前に流れたムーン・ライト・セレナーデは、単に音楽と言うよりも、グリーンハウス内の珈琲の香りと一緒に、あの華やかだった記憶を甦させる。

総合文化センターの劇場に集まった人は、年配の女性が多かった。40年前に失われた映画館を、若い人達が知らないのは道理だろう。スクリーンに映る写真や音楽、それに証言で、懐かしさを満喫していた。

 

初回の上映だったので、映画が始まる前の監督の挨拶と、終わった後に監督とプロデューサの対談を観ることが出来た。短期間でこの映画を作った為に、写真などの資料が少なかったこと、一部画面には映ったが、グリーンハウスの図面が平面図しか手に入らなかったことが悔やまれるようで、第2弾を作る為にも資料の提供が欲しいと話されていた。特に図面では立面図や断面図があれば、3Dでグリーンハウスを蘇らせることが出来るとの呼びかけがあった。私は帰り際に、A設計事務所を紹介した。構造設計の面から彼はグリーンハウスに携わっていたはずだから。ただ、昔のことゆえ、図面が残っているかは定かではない。

 

もしかすると、消防署に高さ関係のわかる図面が保管されているかも知れないと、プロデューサーの方は言っておられたが、A設計事務所と消防署で図面は見つかったのだろうか。

昭和53年に酒田市が編纂した「酒田大火の記録と復興への道」の中に、出火現場であるグリーンハウスの記事が載っている。その中に、消防署で作成したグリーンハウスの模型の写真があった。記事には図面が無くて、証言を集めて模型にしなければならなかったとある。この模型は現在も残っているだろうか。40年も昔のことだもの。

 

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世界一と言われた映画館

2018-03-03 14:56:50 | 音楽・芸術・文学

 

SNSでシェアしたお知らせ。これは観たいと思う。

 

【大杉漣さん最後のナレーション作品】

山形国際ドキュメンタリー映画祭2017で
見逃した方に朗報‼️

41年前の酒田大火の火元となり、
僕は見たことのない世界一の映画館
「グリーンハウス」

昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で
限定上映されましたが、今回酒田で先行上映🎦

大杉漣さん最後のナレーション作品とのこと。
これは観ておきたいですね。

 
 
Koichi Satoさんが写真2件を追加しました。
2月28日 19:50 · 
 

惜しくも大杉漣さん最後の映画ナレーション作品となった「世界一と言われた映画館 酒田グリーンハウス証言集」
山形県先行上映が決定しました!! シェア大歓迎です

●酒田先行上映       
上映日時:2018年4月14日(土)
①13:00〜 ②15:30〜 ③18:30〜
上映会場:酒田市総合文化センター ホール

●劇場公開:2018年4月20日(金)〜5月3日(木・祝)
上映劇場:鶴岡まちなかキネマ、フォーラム山形

主催:山形放送、山形国際ドキュメンタリー映画祭
協力:庄内ドキュメンタリー映画友の会 

鑑賞料金:共通前売券 一般1,000円(当日券1,300円)
小学生以上高校生以下、当日のみ500円 
※共通前売券は、3月中旬から発売開始となります。
ご注意ください。
[共通前売券取り扱い予定所]
鶴岡まちなかキネマ、フォーラム山形、みずほ八文字屋
[お問合せ] 023-666-4480
山形国際ドキュメンタリー映画祭

【予告編】https://youtu.be/Nyi94VYPQtg

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黎明の人

2018-02-16 09:50:45 | 音楽・芸術・文学

本間群兵衛さんの事が知りたくて、色々と検索をかけてみるのだが、これと言った本は見つからない。唯一、石堂秀夫氏(父は越後柏崎、母は酒田出身で、本人は東京生まれ)の書いた「黎明の人」があった。どこかで買えないだろうかと探すも、古本でさえ見つからず、ついに酒田の図書館を検索した。3冊あった。1冊のみ貸し出し可で、いつ検索しても貸し出し中だった。

先日の第6音楽隊の帰りに図書館に行き、図書カードを作って貰った。その時も、かの本は貸し出し中だったが、予約すれば優先的に連絡すると教えて貰い、予約した。そして、ついに読むことが出来た。

結論は、小説だった。作者は、酒田は勿論のこと、長崎、薩摩と足を運び、資料を探しまくった。その上での創作なのだろうが、肝心の最後の方が、私の聞いていた物とは違っていた。しかも尻つぼみだし・・・。本間家本家にも出向け、薩摩商社の説明も出来た後、庄内藩の鶴岡で幽閉されるとある。こんなんじゃないだろ!!ぶつぶつぶつ・・・。

ただこの本は、幕末の知った名前の人物がごっそりと出てくる内容だが、世間でもてはやされている坂本龍馬を、ならず者と呼んでいるのが小気味よい。龍馬の暗殺を政治的な圧力として司馬遼太郎あたりが書きだしたのが原因だが、彼は武器を撃った金をネコババして、責任を取らされて死んだ者も出て恨まれていたと言うのは、案外本当かも知れない。

作者の後書きで、本間群兵衛さんの資料文献が本当に少ないことに嘆いていた。酒田の生家や田村寛三氏からの資料提供に加え、薩摩商社の詳細は長谷川洋史氏(私がお目に掛かったあの方かしら)など、各地域での協力者に感謝している。私ももっと沢山の話を田村寛三さんから聞いておくべきだった。

同じく暗殺された清河八郎とて、記念館があって万民が知る事が出来るのに、陰ながら庄内を救った本間群兵衛が何も無く、知られないのは何故だろう。

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夜行バスに乗るまで

2018-01-30 15:39:35 | 音楽・芸術・文学

大会が終わって、会場にて酒田チームは解散した。どうやら飛行機は飛びそうだと羽田に向かう人を見送りながら、私は夜行バスまでのなが~~い時間を潰す方法を考えた。寝ている間に連れて行ってくれる有り難いバスではあるが、往復とも22時半ごろの出発なのである。とりあえず、上野に向かった。どこかで面白そうな企画展があればと探すことにした。

西洋美術館は前回と同じだったし、博物館もさして触手が動かない。今回は科学博物館の古代アンデス展を見ることにした。パンフレットの表には、痛々しい少女のミイラが載っていたので、裏側をスキャンする。

週末の午後とあって、混んでいた。会場はフラッシュ無しで、映像とミイラを除けば撮影は可だった。おかげで出品物の前で撮影の行列が出来ていた。赤い色を塗られた頭蓋骨や少女のミイラは何体かあったが、生け贄にされたと言う先入観があったせいか、悲壮感に溢れた目でしか見ることが出来なかった。湯殿山界隈の日本の即身仏とはまるで違う。私は即身物の方が良いな。

アンデスで生まれた5つの古代の文化を、堪能した。アンデス展は、2月18日までの開催である。

国立科学博物館に入るのは始めてだった。アンデス展を見終わって、常設展や日本館なども一緒のチケットで廻れると、そちらにも行くことにした。(行きも帰りも、荷物が重い。)

子供達が騒いでいた。これは子供の方が楽しいかなと思う。まずは恐竜の化石に出迎えられる。

改めて、シオナガスクジラの大きさに驚く。

一番の驚きは、この松ぼっくりの大きさだ。色もカラフルなのがある。

ヘラジカは大きい。

あれ、もしかして・・・・。はやぶさ君だった。

そうして、出口を散々迷いながら外に出た。

上野公園から見るスカイツリー。転げるように、アメヨコへ行ったが、もう店じまいの最中だった。アメヨコも店が沢山あって面白いと思っていたが、築地場外市場に比べるとあまりに小さい。そして、東京駅に行く。

東京駅のタイ料理屋に入る。

生米麺の料理を食べれば良いのに、おかゆのようなのを選ぶ。トムヤンクンのお米バージョン。熱いし辛いし(唐辛子の掛けすぎ)でも美味しい。パクチーに挑戦するも、撃沈する。

まだまだ時間はたっぷりとある。

皇居の方面。広場は綺麗に出来上がっていた。

何とか、時間を潰そうと、kitteビルに入ったり、喫茶店に入ったりするも、どちらも閉店で追い出される。夜行バスの悲しさである。

仕方がないので、外のベンチで時間を潰す。東京の人達は寒波が来た、寒いなどと言っているが、雪国の私には平気な寒さなのである。

高架の上も下も、電車が通って行く。右の木の下の自転車が置いてある付近が、鶴岡酒田への夜行バスの停留所なのである。時間になると、乗客がわらわらと集まってきた。若い女性が多い。帰りのバスでは熟睡出来た。

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チケットが届く

2018-01-24 11:07:37 | 音楽・芸術・文学

御丁寧にも、入場券が封書で届く。私の場合は申し込んだのが1枚だけだったから、申し訳ないなと思ったが、事業所単位では何十枚も予約することがあったのだと思う。自動車で来る人の為に、詳細な駐車場の案内も入れてくれている。遠方からは有り難いと思う。もちろん私は徒歩で向かうつもりだ。

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北斎から北曜へ

2018-01-16 11:05:31 | 音楽・芸術・文学

NHKの大河ドラマ「西郷どん」が始まった。もしかすると本間群兵衛が出るかもと、酒田生まれの私は期待した。ところが2回目を終了した所で、作者と脚本家の名前も見比べて、このドラマは史実に基づくと言うよりもファンタジー展開するんだろうなと諦めた。まぁ、後半で出てきてくれれば儲けものである。

人間の人生は、100人いれば100人分、10万人いれば10万人分全部違ってそれぞれに面白い。西郷さんの人生も壮絶だが、本間群兵衛も負けてはいないぞと、ドラマにしても面白いだろうなと思うのだが。そんな訳で久しぶりに本間群兵衛さんをググってみた。すると長崎フルベッキ研究会なるものが出てきた。フルベッキは本間群兵衛の英語の先生と言われていたが、これを見ると本間群兵衛が日本語の先生とある。しかも東北訛りでひらがな使いが変で困ったともあると書いてある。それは面白い。
そうか、長崎の人達はフルベッキを研究していたのか。酒田も、もっと群兵衛さんを研究するグループがあれば良いのにと思った。酒田には群兵衛さんの親戚筋の方も残って居られるし、彼は多才な人だから、芸術や語学や経済学からも研究出来るだろうにと思う。もっと詳しく知るにはどうしたら良いだろうと考えていたら、こんな本が目に留まった。

石堂秀夫著の「黎明の人」である。石堂氏はこの本を書き上げる上で、徹底して取材を行ったと書かれている。手っ取り早く群兵衛を知るには持って来いなのだろうと、幾つかの本屋やAmazonを当たったが、出版されたのが1999年と、中古でも見つからない。酒田市出身なら酒田図書館にはあるだろうとこれもググって見た。貸し出し中が1冊。あとは貸し出し不可が2冊あった。うむ、図書館に行かねばならないか。それにしても「黎明の人」とは、上手い題を付けたものだなと感心する。

 

さて、タイトルの北斎から北曜へだが、北斎とはあの葛飾北斎である。ここ最近の私は北斎づいていてすみだ北斎美術館に行ったのも、西洋美術館で催された「北斎とジャポニズム」もしかり、日本画にあまり興味がなかった私でも「とんでもない天才がいたんだ。」と北斎について思っていた。その北斎の最後の弟子のように言われるのが、北曜つまり本間群兵衛だった。北斎は北曜の才を見込んで可愛がっていたようだ。

公益財団法人佐野美術館所蔵 葛飾北斎画「着衣鬼図」(こちらでもっと大きな画面で見ることが出来ます。)

北斎が亡くなる前年89才の作であるが、これには「嘉永元戊申年(1848年) 六月八日 門人北曜子おくる 齢八十九歳 画狂老人卍筆」と書かれており、北斎が北曜に送った絵画で、北曜は酒田の本間家に薩州商社の設立助成を呼びかける時にも携えていたと言われている。また佐野美術館には北曜が描いた北曜手控帖」も残っており、彼の才能が偲ばれると言われている。酒田に彼の絵が残っていないのかと心配する事はない。本間美術館には北曜の描いた黒船来港の絵があり、私もなんとか見てみたいと手ぐすね引いて待っているのである。

おまけ:ローマで開催される北斎展のポスター

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芸術に値する。

2017-12-27 15:50:08 | 音楽・芸術・文学

先週22日の山形新聞のローカル版に、「これは!」と思える写真があった。この写真は残しておかねばと、スキャンしてみた。ただ、写真だけを残しても内容が分からないとと思い、記事も再度スキャンしてみた。

この子供達の表情が、記事の内容が吹っ飛ぶほど、もう個性的で可愛いくて面白い。この写真を撮ったカメラマンは、新聞のカメラマンでいるよりも、独立して芸術家になった方が良いのではと思う。

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ゴッホ展があるんだって。

2017-11-18 16:23:12 | 音楽・芸術・文学

夢が叶うなら、タイムマシンがあるなら、ゴッホを一度日本に連れてきたかったなどど思って見る。

 

他の美術館案内に並べられていたパンフレットの中に、ゴッホ展の案内があった。勿論時間の関係で行ける筈も無いが、一枚手に入れる。

 

興味のある方は、是非!

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国立西洋美術館

2017-11-18 15:40:51 | 音楽・芸術・文学

実は昨年までは酒田みちみらい女性の会には、酒田市の女性担当者Aさんも同行し、色々と面倒をみて頂いた。今年から若い男性イケメンに変わったのだが、彼は前日からの陳情組に合流し、私達3人組は放し飼いにされた。私とIさんは1便で、Hさんは2便で上京し、各々別行動になった。私は朝一でAさんから教えて頂いた安藤忠雄展に行き、IさんとHさんは奇しくも東京藝術大学大学美術館で開催されている「皇室の彩」に前後して入場したらしい。

Iさんと私は帰りが最終便だったので、その待ち時間を利用し、また別行動になった。私は急いで上野に降り、西洋美術館を目指した。開催されている展覧会の北斎とジャポニズムを観るためである。

「閉館時間まで、あと1時間です。」とチケット売り場で念を押され、西洋美術館に入った。北斎は両国のすみだ北斎美術館でも見てきたが、彼を筆頭とする日本の浮世絵が西洋画に与えた影響は大きい。今回の展示は、それをまざまざと示す物だった。


北斎の影響を受けて描いた西洋画の巨匠と呼ばれる人達のタッチの弱さは、北斎の物と作品を並べて展示すると言う意地悪な手法に、歴然と現れていた。北斎はどれだけ天才だったのを知る事となる。

北斎に関するヨーロッパでの文献の展示も珍しい。浮世絵ならずとも、北斎漫画を模倣した習作も並べるなんて酷な話である。北斎の迫力は彼らの手で可愛い物に化け、人物の骨格をも裏打ちされたデッサン力や構図も、当時の印象派の画家達は度肝を抜かれたと思う。遠い未開の東の国だった筈のジャポニスムは、起こるべきして起きたと思う。

時間がないので、走って回ったよ。

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Angelina Jordan

2017-10-05 11:49:05 | 音楽・芸術・文学

Angelina Jordan - New Performance! - Summertime - 23June 2014 - Norway 

このビリーホリディのサマータイムを歌っている女の子は、7歳だそうだ。

何故、こんなに幼い子が、こんな風に歌えるのだろう。

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由井秀子ソプラノリサイタル

2017-09-18 16:43:05 | 音楽・芸術・文学

萬谷の女将さんから電話が来て、近々講演をするので、その題材の1つで佐藤泰太朗を取り上げたいとのこと。私の知っている内容を話しに、久しぶりにお邪魔した。必要な話だけをちゃっちゃと終わらせることは出来ず、酒田の日和山の松の木から歴史、世界の問題にと取り留めもなく広がって、4時間も話してた。

松の木と言うのは、戦時中に女学生だった萬谷さんが、動員で松の木に傷を付けて松ヤニを集めた話。手間暇掛けて集めた松ヤニは、戦闘機の燃料にする物だったが、そんな物資のない時代に、戦局はシンガポール陥落と大本営は勇ましく、酒田でも提灯行列を行っていた。言っている事とやっている事が違うのじゃないかと若いなりに気がついた。それを口に出すと特高警察が目を光らせる。そんな中、ある人に会いに行けばと誘われた先に、石原完爾がいた。若い娘にでも判るように「この戦争は負ける。」と話してくれたと言う。今だから話せるけど、当時にそんな会合に出る勇気は大変な物だ。

戦時中の事は、私も知らない。中町に数百人収容の捕虜収容所があったこと、そこの所長さんは優しい人だったこと。樺太からの引き揚げ者用の共同住宅は酒田に3箇所あって、現在も残っているのは妙法寺さんの近くだと言うこと。戦争の切っ掛けは、石油などの経済封鎖で、仕掛けられたようなもの。戦後は教育で日本は卑しめられたこと。現在の若者はそれを知らない。戦争の相手さえ知らない。これではいけない。何とか日本人の歴史や心を取り戻さねばならないと、ここまで広がって時間切れになった。

女将さんはその他、特許を取った綺麗なコンパクトな仏壇の話から、可愛い孫と曾孫の話、それと自分の3番目の妹のリサイタルの話が出た。画像はそのリサイタルのチラシで、会場が東京なので、なかなか行けないだろうけどと言いつつ、私がネットに載せる約束をした。

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けんぞの落語会

2017-09-11 10:57:48 | 音楽・芸術・文学

けんぞの落語会が八幡タウンセンターで行われた。八幡タウンセンターの場所も判らず、灯りがついた建物の満杯の駐車場の隅に車を停めて走ったが、開会に間に合わずに遅れて入る。赤い毛氈が敷かれた高座の横のバラの盛り花が見えるだろうか、帰りに一人一人にバラの花がプレゼントされたのだった。

落語会場もけんぞの家から始まって転々としたが、もっとも豪華な会場になったのかなと思う。

講談のひまわり師匠は、いつもながらの聞きやすい語り口調で、清水次郎長の子分になった小政のいきさつを噺す。

春風亭昇之進師匠は、現代落語の洒落教室を語る。

出ばやしの川崎師匠は、長唄を。

トリの春風亭柳之助師匠は、出ばやしが鳴るのに、本人が現れない。なんと手ぬぐいを忘れたとかのアクセデントに見舞われ、会場から笑いが起きる。噺は吝い屋の枕から古典の片棒を。久しぶりの江戸弁が心地よく、客あしらいも上手く、ライブの醍醐味をこれでもかと味わうことが出来た。

楽しい様子が伝わるだろうか。

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旧友再開

2017-09-09 15:26:22 | 音楽・芸術・文学

建築士理事会は、何の問題も無くとはいかなかったが、そこそこ時間内に終わった。

お昼に、事務局長手作りの薄皮ナスの瓶詰めをご馳走になる。とても一口で頬張ることが難しい大きさだった。味も色も良い。あとでこっそりと漬け汁のレシピを教えて貰う。水2L、砂糖180g、塩135G、ミョウバン6g(5gでも良いそうだ)

会議の資料に紛れて、詩と言うか、歌詞カードが入っていた。見れば河島英五とアナム&マキの「旧友再開」だった。河島英五は好きだが、この曲の記憶はない。何だろうと考えていると、今月の末に行われる会長の表彰祝賀会で、皆で歌って欲しいとのリクエストだった。練習してきてね。だそうだが、河島英五の最後の曲、各自練習ぶっつけ本番で、うまく行くかな。

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