江原ひであき

新社会党

6月12日(日)。 脱.原発デモと新聞。 委員長選挙。

2011-06-12 | Weblog

6/12、 曇り。

◆脱.原発デモと新聞報道--東京新聞も言動不一致!                                        昨日の集会やデモは、「6.11 脱原発百万人アクション」 の名の下に全国各地で取り組まれたもので東京でも何カ所かで行われた。芝公園の集会も会場からはみ出したほどで近年にない盛り上がりだった。 夜の新宿アルタ前もいっぱいだったが、人びとが立ち止まれないように警察官が厳しく規制したため群衆のふくれあがりを阻止された。テレビや新聞記者も大勢いたと思うが報道もままならないほどだった。                                 それだけに、今朝の朝刊記事を注目したが、全くの拍子抜け! 社会面に申し訳程度に載せただけだ! 警察の過度な規制を厳しく批判的な視点で捉え報道すべきだ! 東京新聞などは脱原発に舵を切ったのではなかったのではないか。 村上春樹が日本社会の知性の欠如を悔いたではないか!                                                   日本の支配層は基本的に国策としての原子力政策を転換しようとは思っていない。こうした利益追求の権化と化した日本支配層に打ち勝つためには、これを転換させようとする側の総力を結集した一大闘争を展開しなくてはならない。 マスコミも有識者たちも口先だけでは変わらないことを知るべきだ!

◆委員長選挙--論理と知性の復権を。                                        村上春樹の「悔恨スピ-チ」を我が党党員ひとり一人が自らの生きざまと照らし合わせて欲しいな。福島原発の事故は戦後日本の存在(国際社会の中での地位)や日本と日本人を壊しつつある。村上が言うように、原爆はアメリカ(他国)によって投下されたが原発は自ら(日本)が選択した。そして今、原発は無惨な状態に陥っている。村上がいう、“原発推進派の論理(効率、安心、安全)のすり替えを許してきた日本人の倫理と規範の敗北である”。                                                                 対置して、我が党の10年参院選は 「政党の在りよう」 という視点に立つとき、「倫理と規範」は損なわれていないか! 本気で考えて欲しい。 なぜなら新社会党員は 「個の確立」 ができている?ハズだから...。