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敬語を考える

2014-01-01 | 日本語百科
敬語のとらえ方をかえてみよう。敬語の考え方を問い直して敬語を現代の敬語にふさわしく述べてみる。それは尊敬と言われた用法を尊敬とは何をどうすることであったかと思い直してみれば必ずしも言語の用法にあった説明ではないことになるし、同じく謙譲と言われた用法を謙譲とは何かを改めて見直してみればそれは現代の社会現象にそぐわない説明をし続けていることになって、尊敬も謙譲も言語現象は現代敬語に合わないと思う。

それでは丁寧はどうなのかというと、丁寧は平民がいたとすれば、庶民と言ってもよいが、その階層が使い始めた言語使用の発話における工夫であったと知ることになるから、これはそのままで丁寧と用法を説明してよいだろう。しかしその丁寧も実は敬語を用いる階層に視点を宛ててそれは現代につながると考えることによって認めようとするので尊敬、謙譲と並べて理解をするわけではない。丁寧は日本語の優れた話法としてみるべきである。この話法が日本語を統一してきたと言っても過言ではないだろ。

それでは考え方をもう少し進めて現代の敬語の用法をどうとらえればよいのであろうか。尊敬を豪族貴族の社会言語、謙譲を武家家臣の階級言語と見れば、丁寧は平民庶民の発話現象であって、それを時間的に一つにしようとした時代が日本の近代化の歩みに加えられようとして、そこで起こった現象は方言による言語統一のことがらであって、どの方処言をもって国語とするかの国字問題は、その混沌の中でも貴族の復活による華族士族などの階級言語になるべく近代敬語を一方で王族言語として展開しようとしてきた。いわば皇室敬語を発達させて来たようであるのは、帝国の国家体制の必然でもあったと言えるだろう。その流れに近代敬語は位置づけられるのである。

それでは敬語をどのように捉えようとするのか。日本語の現象がおよそ1600年近くを保ってきた事実を見れば、あるいはこの約160年を世代にさかのぼってわかってみれと、とらえ方の核となる日本社会に変わらないところがあり、大きな変化があってもそれはゆるぎなくわたしたちの現在に伝えられている。そこでにわかに現われたのが敬意表現なる謂いである。敬意をとらえた敬語はそれで敬語の理念として優れたものであると認めてよい。敬意表現にはいまだこれからの議論を尽くすものであるが、そこに見る敬意には皇室敬語からの近代、現代の変遷を読み取ることができる。



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