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朝鮮逓信使

2014-09-05 | 日本語教育史
信、よしみを通わす使者として派遣された、というので、朝鮮通信使と言う。辞書の解説では、朝鮮国王が日本に派遣した外交使節団となる。次いで、江戸時代、主に将軍の代替わりの際などに来日し、慶長12年、1607年から文化8年、1811年まで12回を数えた。この朝鮮使節の回数は江戸時代においてのことである。その歴史は、足利義満が、日本国王として、朝鮮と対等の外交関係を開いてから、明治維新にいたるまで、その関係を続けたとされる。


記憶には朝鮮逓信使の語があって、どうもそれは使わない。検索すると、用語に朝鮮総督府逓信局、朝鮮逓信省、朝鮮逓信会社などがヒットして、北朝鮮の逓信局また1910年、明治43年10月1日、韓国併合にともない朝鮮総督府が設置されると、所属官署として通信局が置かれた、と言う、その通信局が、明治45年4月1日、朝鮮総督府逓信官署官制施行にともない、通信局は逓信局に改称した、という説明があって、逓信と言う用語は総督府の所属機関名であることがわかる。ウイキペディアによる。



>世界大百科事典 第2版の解説
ちょうせんつうしんし【朝鮮通信使】
李氏朝鮮の国王が日本国王(日本の外交権者)に国書を手交するために派遣した使節。日本では朝鮮来聘(らいへい)使とも呼ぶ。1404年(応永11)足利義満が〈日本国王〉として朝鮮と対等の外交(交隣)関係を開いてから,明治維新にいたるまで,両国は基本的にはその関係を維持した。この関係にもとづいて,朝鮮からは通信使(派遣の名目によって回答使とされることもある)が来日し,日本からは〈国王使〉が派遣された。しかし,両国王使節の頻繁な往来は〈文禄・慶長の役〉までであった。


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