日本語の音韻は 音素レベルで行うとすると、国語の音韻は仮名レベルで行うと、それぞれの分析法を便宜捉えることになる。そして、音素分析は音素文字すなわち発音記号に、仮名分析は音節文字すなわち仮名のカタカナを種類するとわかりよいようであるが、音韻論の考え方が発音の最小単位である単音をことにすることにあるので、日本語の音韻にも単音表記をするラテン文字すなわちローマ字表記が選ばれる。しかし仮名文字が音節の単位であるから、その音のまとまりを意識するわたしたちには単音でとらえる個々の音に異音を持つという音素の分析が行われる。50音図の発音にタ行はtのほかに、ch、tsの二重子音を持つと解釈して、本来の日本語発音の議論とともに外国語音の影響をとらえることにもなる。同様に、サ行、ハ行、ラ行などを発音をして、訓令式ローマ字表記が統一音の表記にほかならず、ヘボン式ローマ字表記にも英語発音との対応であるかのようでそれで十分ではない側面がある。日本語の5母音に外国語の7または8母音の対比を考えてみればそこにある発音には違いがある。
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
異音
いおん
allophone
音声学的に異なるいくつかの音が同一の音素に該当するとき,それらの異なる音をその音素の異音であるという。変異音ともいわれる。[kaba](河馬)と[ᶄiba](牙)において,二つの子音[k]と[ᶄ]は主として口蓋化の有無の点で互いに異なる音であるが,これは同じ音がそれぞれの環境に応じてとった姿と説明され,同一の音素/k/の現れと解釈される。このとき[k]と[ᶄ]はいずれも/k/の異音であるという。このような場合,違った音声記号が用意されている音だけを取り上げがちであるが,[ka][ku][ke][ko]の各[k]もすべて違うこと,子音にかぎらず母音もすべて,異なる環境にある異音はすべて異なることを忘れてはならない。英語の例をあげると,cup[kʌp](茶わん)と cap[ᶄæp](縁なし帽子)において,同一の音素/k/が音的環境によって[k]と[ᶄ]という二つの異なる音(異音)として実現される。
デジタル大辞泉の解説
い‐おん【異音】
1 《allophone》構造言語学の音韻論で、同一音素の変異形のうち、位置ないし条件によって変異するもの。例えば、英語で keep[kiːp]とcool[kuːl]の二つの[k]は調音点を少し異にする同一音素[k]の異音。
2 機械・機器などから出る、通常とは異なる音。「パソコンから異音がする」「異音を確認しての緊急停車」
大辞林 第三版の解説
いおん【異音】
構造言語学における音韻論の術語。同一音素に属する様々な音声学的実現を指す。例えばザ行子音は「ざる」のように語頭では破擦音 [dz] だが、非語頭では「ひざ」のように摩擦音 [z] になる傾向がある。この場合に [dz] と [z] を、同一音素 /z/ に属する異音であるという。
精選版 日本国語大辞典の解説
い‐おん【異音】
〘名〙
① 言葉の音が違うこと。異なった語音。
※随筆・秉燭譚(1729)三「論語の大車小車を、大きょ小しゃとよみ来れり。〈略〉しかればしゃときょとは古今の異音にて」
② (allophone の訳語) 音声学・音韻論で、ある音素の変異形のうち、位置や条件により変異するものをいう。たとえば、は行の「は」「ひ」「ふ」の子音で、音声学的に区別される[h][ç][Φ]は、音韻論的には同一の音素 /h/ の異音と認められるなど。
③ 言語学で、同一の音連鎖環境には決して現われることがないように分布している、ある音素の二つ以上の実現例のすべて。広い立場では、社会的・個人的な自由変異体をも含めて、すべて同一音素の異音であるとする。
世界大百科事典内の異音の言及
【音韻論】より
…日本語の/u/はこれに非円唇の音響的特徴をなす非変音性が加わり具体的な母音[ɯ]となる。このように音素が音声として実現したものを異音という。
[アメリカ系音素論]
アメリカではアメリカ・インディアンの言語を調査するにあたり,異質の未開言語を表記するための客観的方法を確立する必要に迫られ,そこで音素の研究が推進された。…
【音素】より
…これら三つの音[ɸ][ç][h]はいずれも無声摩擦という性質を共有し,しかも5母音[a,i,ɯ,e,o]との結びつきが相補う分布をなしている。このように類似したいくつかの音が同じ音声環境に立たないとき,これらの音声は同一音素の異音allophoneと見なされる。すなわち[ɸ][ç][h]は音素/h/の位置異音である。…
【日本語】より
…すなわち子音[h][ç][ɸ]は,相補う形で五つの母音と結合しているのである。この場合,前記の〈発音レベル〉あるいは音声学的レベルでは明らかに存在する,子音[h][ç][ɸ]の音声的相違は意識されず,単一の音素/h/(/ /でくくることにより音素であることを示す)が三つの異なる形〈異音〉で実現したものと受けとめられる。このように相補分布をなす類似した異音は,一つの音素により代表されるのである。…