読書など徒然に

歴史、宗教、言語などの随筆を読み、そのなかで発見した事を書き留めておく自分流の読書メモ。

調所広郷のこと

2010-05-30 13:36:45 | 歴史
調所広郷は江戸後期の薩摩藩士であった。彼は藩主の島津重豪(しげひで)の茶坊主であったが後、側用人に抜擢された。更に天保四年(1833)には家老にまで昇格した。藩主の重豪はオランダ被れで、その関係の書物などの購入に藩費を浪費した。結果、藩の経済は破綻状態になった。自分が招いたこの経済危機状態の財政の立て直しを重豪は広郷に命じたのである。広郷は出雲屋孫兵衛などの経済専門家をブレーンとして十年間に五十万両の貯蓄と五百万両の借用証文の回収に乗り出した。大阪、江戸の商人から借用証文を取り上げ二百五十年の年賦でしかも無利子での支払いに切り替え、目標を達成している。基地問題で話題となっている徳之島など黒糖やコウゾ、菜種、ウコン、ローソクなども専売制を強行した。二十年間に渡るこの改革により藩は負債を償却したが、それだけではない。彼は贋金さえ作り、また琉球を経由して中国との密貿易を行い道路などのインフラを整備し、藩邸も修繕した。後の倒幕の資金源ともなったのである。が贋金つくりと密貿易は後に広郷の命取りとなった。