百歳に向かってもう一度世界一周

百歳に向かってもう一度「歩いて世界一周」に挑戦したい。日中友好董存瑞育英基金を充実したい。富士登拝・・・

刑台通過

2007-08-10 21:41:47 | Weblog

  8月10日  (金)  ①
                          平成17年1月1日より 952日目
                                       歩いた歩数      その距離
                          本日           14,183歩         9,928m 
                          総計   13,308,470歩  9,315,929 m
               北京より保定・石家荘刑台・を経て洛陽に向かう。邯鄲まで後 51,221m

                  刑 台 通 過 

 刑台は石家荘から南120km余り、邯鄲に近い市でだが、私は邯鄲に拠点を置いて移動していたので、常に通過点のため、特に紹介する資料の持ち合わせはない。強いて言えば、真夜中、邯鄲に向かって居た車中で、通訳の梁さんが「先生!まもなく邯鄲に着きます」というので、眠い目をこすりながらスニーカーに履き替えると、「後50kmです」という。流石、中国のスケールは大きいなぁ!と感じた。そこが刑台だった。記事がないので、中国便り第7便を転載する。

 (1990年) 8月31日 晴 気温21度~30度(昌黎~邯鄲)
 午前7時50分「来年も是非おいでください」という副所長・所長代理に送られて、昌黎果樹研究所を発つ。外国人研究員としての待遇で、今までの形から開放され、気分的に大変リラックス出来た3日間だった。

 昌黎訪問が何のためかさえ判らなかったのが、小生にも研究所にも納得出来る結果となったことは、予想もしなかった成果といっても良いだろう。私たち一行(出迎えの趙科長・昌黎の研究員2名と小生)は8時22分発秦皇島ー石家荘(快行)列車で、通訳の田さん・運転手の陳さんに見送られ昌黎駅を発った。

 車中、さくらカラー36枚撮りのフィルムが、終わった筈なのに自動巻取り装置が動かず開けてみると,フィルムが切れているではないか。昨日の観光旅行の記念すべき記録(山海關の万里の長城・渤海湾に沈み行く万里の長城・海水浴の写真等々)がすべてフイになり、泣いても喚いても、もう取り返しがつかない。こんなフィルムってあるんだろうか。残念無念!

 と、突然、前の老人から声を掛けられた。「どちらまで?」びっくりして「カンタン」というと「石家荘で乗り換えですネ」「ハイ!石家荘から車で行きます」これですっかり仲良くなり、車中退屈せずに行ける事になった。趙科長は日本語はダメ・昌黎の二人も片言のみ。この人は沈鵬遠さんという方で昭和13年ハルピン大学を卒業し、現在は石家荘高技術協会の仕事をしている70歳の方で、本人も高級工程師。鉄道関係の仕事をされていたようだ。

 「思い出の歌」の本を渡すと、バアさんが大声で読む。ジイさんが間違いを訂正する。なんとなく掛け合い漫才のよう。50年ぶりで、日本語を使ってみましたと、バアさん喜ぶ。旅は道連れ、世は情け。

 それにしても、中国に来ていらい3週間、すべては車の旅で、付き人に固められた生活から、やっと開放されて、列車に乗ることが出来た。列車は天津・北京・保定を経由して石家荘。午後7時を回るという。

 「先生、お昼!」見れば時計は11時。「早いヨ!」と言っては見たが、ついて行く。食堂車でビール12本をあけ満腹。「先生!食事」と再び。まだ3時なり。「イヤ、もう食べたくないヨ」「もう、頼みました。」と言うので、抵抗をやめて、再び食堂車へ。付き人たちは私をダシにして、またビールを飲む魂胆?10皿ほどの料理。今回は食堂車もカラッポで貸切。料理も皿の上に美しくキチンと並んでいる。そのうちに【じゅんさい」のスープが出てきた。北竜湖のじゅんさいをドブ水で煮て生姜とコショウで味付けしたような、見るからに薄汚れたスープだが、「ナンデモ挑戦」の突撃精神で平らげる。飯を平らげたのも、何のことはない。小生のみだった。照れ隠しに、おでこを、ひとつ叩いて、アッハッハ・・・みんなも一緒になって大笑い。

 【邯鄲では通訳着きます」「ソオー!女ですか?」「イヤ、おとこ」「ザンネン!」と言うと、みんな大笑い。「先生、女すきですか?」「大好き、大好き!」また大笑い。パット車中が明るくなったようだ。リラックスした付き人たち、禁煙車を忘れてタバコを吸う。オバタリアンの抗議にあって束の間の胸の裡もシュン。

 「先生食事!」「ダメ」と断ったが、みんな立ったので、三度、食堂車へ。例によってビール4本飲んで、モウ満腹と、バンドをはずし、コルセットをゆるめる。この芝居が効いたか、追加のビールは飲まずにうどんに挑戦することが出来た。このうどん、トマトときゅうりの油いために、ソーセージの千切りが丼から落ちんばかりに載っている。うどんは既伸びている。(中国ではこれが普通)半分くらい食べたところで、終点間近で食堂閉鎖となる。石家荘着は午後7時20分。

 邯鄲よりの出迎えの皆さんは私たちと一緒に食事をしようと待っていたので、作戦の行き違いから、出発は9時となる。石家荘のどこかに居る筈の刑春さんに何とか連絡をと思うが、それもならずヤキモキするばかり。

 石家荘から邯鄲までは160キロ。近いです。3時間です、と。大陸の物指しはサスガにデカイ!。邯鄲着は真夜中の0時10分。ホテルは冀南賓館。冷たいビールをと誘われたが、風呂に入って寝る。時に午前1時5分前。さぁ、邯鄲の夢枕、どうなることやら・・・。次の第8便にご期待を! 再 見