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百歳に向かってもう一度世界一周

百歳に向かってもう一度「歩いて世界一周」に挑戦したい。日中友好董存瑞育英基金を充実したい。富士登拝・・・

ノルディックウォーキングは飯山寺めぐり

2012-06-23 17:29:24 | 自分史

  6月2(土)  平成17年1月1日より 2,740日目
         歩いた歩数        その距離
本日     18,349歩      12,844m
総計 38,324,632歩 26,827,242m
ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランスパリを経てカレーに向かう、後 76,116m

 

苔寺

 

 今週の土曜日は湯の入り荘のパソコンの日と思い込んで居て、午前か午後かを聞いたところ、今日はパソコンではなく、月一度のノルディックウォーキングの日だという。9時集合だが、今月は飯山寺巡りなので、無理に湯の入り荘まで来なくともイイ。正受庵出発だから、そこで待ち合わせましょう。湯の入り荘をバスで出発する時電話するから正受庵で会いましょうと親切なごあいさつ。感謝してそれに負んぶした。

 リーダーが正受庵の説明をした。忘れて居たことも思い出して良い勉強になった。ただ、【蹴落とし坂】の説明で白隠禅師が修業中に、正受老人にしごかれて、蹴落とされたと説明されたが、私は白隠禅師が高田で修業した帰り道、正受庵に立ち寄った際、白隠禅師は正受老人に慢心の心を見透かされて蹴落とされ、改めて正受老人に教えを乞うたと聞いていたので異様に感じた。私は私の娘が此処、正受庵で結婚式を挙げたと話すと皆さん驚いて居た。

 忠恩寺では殿様の墓を案内することになっていたが、通り過ぎたので、私はあれが殿様の墓地ですよと指さした。実はそこは代々の住職の墓地で、その隣に殿様の墓があった。殿様の墓には【院殿】と【大居士】の戒名がある、私の仲人親も隣のお寺だが院殿大居士を頂いている、と話すと皆さんビックリしていた。

 

 隣の称念寺は苔寺といわれ境内は一面の苔で梅雨時一段と青みを増し、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。参加者の中に檀家の夫人が居て大和尚が亡くなって今月お葬式を済ましたばかりと残念がっていた。

 妙專寺の和尚市川達譲師は高田でスキーをレルヒ少佐に習い飯山に伝えた。今年はその百年の年と説明された。次いで光蓮寺では、大雪で本堂が潰れて今はコンクリート造りになってしまったと説明があったが、有名な画家「雲室上人」の話は出なかった。

 やがて、展示試作館に着いた。此処には金のトイレがあるので有名だ。参加した子供たちはもう目標は金のトイレだけだ。ここでトイレ休憩とお茶の接待を受けてタイムアウト。湯の入り荘へ電話すると、バスは既に城山下の下の駐車場で待機中という。今日のウォーキングはこれで終了。


月末の記

2012-05-31 20:40:30 | 自分史

 5月31日  平成17年1月1日より 2,717 日目 
        歩いた歩数       その距離 
本日       15,283 歩       10,698 m
総計 37,999,167 歩 26,599,417 m
ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランスパリを経てカレーに向かう、後  303,941 m 

                
                        田植えは終わったようだ

 【歳月人を待たず、光陰矢の如し】というが、早いもので今年も5か月が過ぎてしまった。自分で描いたように世の中は動いて呉れないし、自分も考えたようには動いて居ない。でも時間だけは容赦なく決められた通りに過ぎて行く。真剣に決めたた通りに動いている心算だが、少しづつ遅れて来ている。月末ともなれば反省する事しきり。

 〇 朝、妹から電話が掛って来た。今は亡き弟の嫁が、神田の家から娘の家の近くに引っ越すという。「引っ越すというからには家を売ったに違いない」と曲解したが、妹が言うには「嫁も寄る年波、脳疾患で倒れることもあって、体調も悪く、独り暮しでは娘も不安、いっそ引き取って近くで面倒見ることが良策と考えての決断と言う。妹の筋道の通った話に納得、溜飲を下げる。

 〇 木島平小学校で催していた【中国学童の作品展が本日で終わるので、午後1:30片付に行くことを教頭先生と打ち合わせて置いたので、副理事長・会計・事務局長と雁首揃えて到着したところ、既に会場には展示品は無く、校長と教頭がニコニコ顔で出迎えてくれた。二人で片付けて呉れたのだ。好評でしたと云う声に、児童の作文をお願いして引き揚げる。

 〇 近くの会計さん宅で、訪中を含めた行動計画のための常任理事会を開いて協議。訪中準備・日中児童の作品と文通の交流・基金運営の基本姿勢・近隣友協への呼びかけについて熱のこもった話し合いをした。帰途、日中の柳沢副会長宅に立ち寄り、作品展推進のお礼・無事終了の報告に加えて、新規合流の木島平地区役員の育英基金加入の推進を依頼する。    

 

 


 

 

 

tp。


中国学童作品展 木島平小で開幕

2012-05-22 18:14:17 | 自分史

 5月22日  平成17年1月1日より 2,708 日目
           歩いた歩数          その距離
本日     15,438 歩       10,807 m

総計 2,124,306 歩 26,499,323 m
イタリヤ・オーストリヤ・ドイツ・オランダ、ベルギーを経てパリに向かう、後 86,196 m

  今日から月末まで木島平小学校のランチルームで中国学童の作品展を開くことのなっているので、日中友好日中友好育英基金の三役で設営に出掛けた。学校側が主体で私たちは応援するという気構えで行った所、飾り付けには学校側は一切ノータッチだった。これには少々面食らった。しかし、すべて任されたことで気楽に飾ることが出来たし、満足した。

 飾り終わってお茶を飲んでいると、児童たちが雪崩れ込むように入って来た。一しきり無茶苦茶に騒いでいたが、先生が入って来ると落ち着いた。先生は各自気に入った絵や書を選んでその前に座るように指示した。かなり時間が経ったが、二三人づつに別れて座った。児童は筆記用具を持って居た。先生は私がお願いしたように生徒の名前を記入してその子宛に感想文を書着ように指示した。

 私は校長先生に、「自分の名前を告げあって文通することがホントの日中友好だ。」と言ったことがある。校長先生は「子供が書いた日本文では中国の子供は読めないから、その文章をコンピュターに入れて中国語に翻訳して送るようにする」と私に告げた。ここまで考えて下さっていると知って嬉しかったが、受持ちの先生も私の気持ちを理解して児童を指導していることが有り難かった。今度の訪中の良いお土産になると思う。この事を地元の新聞社にも告げた。

 

中国学童作品展

 

 

 


金環食と訪中事前研修会

2012-05-21 20:56:34 | 自分史

 5月21日  平成17年1月1日より 2,707 日目 
            歩いた歩数        その距離 
本日      16,610 歩      11,627 m
総計 37,840,738 歩 26,488,517 m
イタリヤ・オーストリヤ・ドイツ・オランダ、ベルギーを経てパリに向かう、後  97,002 m 

          
                 テレビに映る金環食

 今朝は30分早くウォーキング。金環食に備えて早足走行。7時には戻った。ママは既に観測中。「もう欠けてるヨ!」と。私は飯山では金環食は見られないことは承知していたが、パパはテレビを見て、「飯山は最高だ!」雲一つない快晴を喜んでいた。昨日観測用の眼鏡を買って置いたし、飯山は7:37が最も欠けるタイミングと承知して準備していたので、慌てることは無く、、テレビに映る金星環食や雲行きを眺めていた。

 中国厦門の素晴らしい金環食や鹿児島あたりの雨で観測出来ない不運な人、突然雲の合間から覗く金環食に歓声を挙げる幸運な人たちをテレビで見て、やっと庭に出た。辺りが薄暗くなっていたのには納得したが、わたしは金環食を東京は何時何分、飯山は7時37分とズバリ正確に予報するまでに天文学が進歩したことに驚きと人知の素晴らしさに敬意を表した。

 今日は第3月曜日、26パソコン同好会の日。公民館へ行くと、部屋が変ったという。その訳は101号室でインターネットが受信できることになったというのだ。ところが各自のパソコンでは何としても繋がらない。私のパソコンが繋がったのが11時半。まだ繋がらない会員も居たが、長野行きを理由に早引きする。

 早昼飯で県日中の緑化訪中団の結成と事前研修会と云うことで、栗岩氏の車で駆けつける。総員8名、団長夫妻・記録係夫妻の4名と私たち育英基金3名に県から布施事務局長と合わせて8名と云うこじんまりした訪中団。申し合わせ事項は飯山から朝6時中央タクシーで行くこと。その代金は往復、22,800円旅行保険プラス共通のお土産代を決めて散会。忙しい一日だった、


育英基金の意義

2012-04-03 17:26:24 | 自分史

    4月3日 (火)  平成17年1月1日より 2,659日目
         歩いた歩数        その距離
本日      14
,512歩      10、158m
総計 37,085,714
歩 25,960,000m
イタリヤ・オーストリヤ・ドイツを経てオランダアムステルダムに向かう、後76
,568m

 3年目の日中友好育英基金の総会を控えて、泥縄ながら事業報告のまとめに入った。午後会計の島崎さんが来て、決算書の報告をしてくれた。前年度の総会資料と照らし合わせながら会計帳簿、預金通帳、収支資料を提示して説明してくれた。全てがキチンと整理されていて流石会社経営の責任者と見直した。

 次いで、監査会の日程を提案されて8日の常任理事会に合わせてやることにした。肝心の24年度予算案についての考え方を問われたので、本年度の運営方針の腹案を話しながら数字を入れて原案を練った。また新年度の総会資料の表紙を飾る写真の選定を会計さんに任せたので、巻頭のことばは私の宿題となった。

 昨年3月11日の東日本大震災に対する中国の支援は翌々日には中国国際救援隊が派遣され、温家宝首相が見舞いの意を表されると同時にテントや毛布の救援物資が到着、中国紅十字会からは救援金、政府からはガソリン・ディーゼル油などが緊急輸入され、また胡錦濤国家主席が犠牲者弔問のため大使館を訪問し、中国人民は「頑張れ日本」コール、募金活動・カンパと国を挙げて激励し、またメディアは日本人の我慢強さ・真面目さ・冷静さ・秩序を重んじる公共心など、日本人の優れた資質の感嘆の報道を伝えるなど東日本大震災を契機に日中間の交流も大いに好転の兆しが見えた。

 最近になって尖閣諸島の小島に島名が付けられたことや名古屋市長の「南京大虐殺の真偽発言が問題になって再び逆戻りの間が禁じ得ない。両国の間には2008年福田首相と胡錦濤国家主席との間に「戦略的互恵関係」を確認署名されていることを忘れてはならない。

いや、忘れてはならないと言うより、この「戦略的互恵関係」を推進し、遵守していくことが日中両国の間だけではなく、アジアの安定、世界の進展と平和に大きく貢献することを認識しなければならない。

 それには「戦略的互恵関係」とはどういう内容なのかを両國民に周知徹底することが必要で、官民挙げてその意義の浸透に勉めるべきではなかろうか。この「戦略的互恵関係」の真意が末端まで浸透した時点で両国民の友好的ムードが醸成される。私たち「日中友好育英基金」会員はこのことに再度認識を新たにし、中国人民との個々の心の交流を深めて行こうではありませんか。

 こんなことを書いてみました。