北の旅人

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鉄道で12日間 日本一周⑬桂浜・龍馬像、司馬遼太郎メッセージ

2010-09-03 16:47:04 | Weblog
              


 

ここへ来たのは2回目。初めて来たのは、8年前だった。
今年は、とくにNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放映もあり、観光客が多かった。


龍馬の銅像が建てられてから、今年で82年になる。

 

昭和63年5月、銅像建立60年に当たり、桂浜で銅像発起人物故者追悼会が行われたが、司馬遼太郎は、銅像還暦によせて、メッセージを寄せている。多くの示唆に富んでいるので掲載しておきたい。

             
                          

                                 メッセージ

            ~銅像還暦によせて~
                           司馬 遼太郎
 
銅像の龍馬さん、おめでとう。

 あなたは、この場所を気に入っておられるようですね。私はここが大好きです。世界中で、あなたが立つ場所はここしかないのではないかと、私はここに来るたびに思うのです。

 あなたもご存知のように、銅像という芸術様式は、ヨーロッパで興って完成しました。銅像の出来具合以上に銅像がおかれる空間が大切なのです。その点、日本の銅像はほとんどが、所を得ていないのです。
 昭和初年、あなたの後輩たちは、あなたを誘(いざな)って、この桂浜の巌頭(がんとう)に案内して来ました。
 この地が、空間として美しいだけでなく、風景そのものがあなたの精神をことごとく象徴しています。

 大きく弓なりに白線を描く桂浜の砂は、あなたの清らかさをあらわしています。この岬は、地球の骨でできあがっているのですが、あなたの動かざる志をあらわしています。さらに絶えまなく岸うつ波の音は、すぐれた音楽のように律動的だったあなたの精神の調べを物語るかのようです。

 そしてよく言われるように、大きく開かれた水平線は、あなたの限りない大きさを、私どもに教えてくれているのです。

 「遠くを見よ」
 あなたの生涯は、無言に、私どもに、そのことを教えてくれました。いまもそのことを諭(さと)すように、あなたは茫(びょうぼう)たる水のかなたと、雲の色をながめているのです。
 あなたをここで仰ぐとき、志半ばで斃(たお)れたあなたを、無限に悲しみます。
 あなたがここではじめて立ったとき、あなたの生前を知っていた老婦人が、高知の町から一里の道を歩いてあなたのそばまで来て

 「これは龍馬さんぢゃ」
 とつぶやいたといいます。彼女は、まぎれもないあなたを、もう一度見たのでした。
 私は三十年前、ここへ来て、はじめてあなたに会ったとき、名状しがたい悲しみに襲われました。そのときすでに、私はあなたの文章を通じて、精神の肉声を知っていましただけに、そこにあなたが立ちあらわれたような思いをもちました。

 「全霊をあげて、あなたの心を書く」
 と、つぶやいたことを、私はきのうのように憶えています。
 それよりすこし前、まだ中国との国交がひらかれていなかった時期、中国の代表団がここにきたそうですね。

 19世紀以来の中国は、ほとんど国の体(てい)をなさないほどに混乱し、各国から食いあらされて、死体のようになっていました。その中国をみずから救うには、風圧のつよい思想が必要だったのです。
 自国の文明について自信のつよい中国人が、そういう借り衣(ぎぬ)で満足していたはずはないのですが、ともかくもその思想でもって、中国人は、みずからの国を滅亡から救いだそうとしました。ですから、この場所であなたに会ったひとびとは、そういう歴史の水と火をくぐってきた人だったのでしょう。

 その中の一人の女性代表が、あなたを仰いで泣いたといわれています。あなたの風貌と容姿を見て、あなたのすべてと、あなたの志、さらには人の生涯の尊さというものがわかったのです。

 殷(いん)という中国におけるはるかな古代、殷のひとびとの信仰の中に、旅人の死を悼む風習があったといわれています。旅人はいずれの場合でも行き先という目的をもったひとびとです。死せる旅人は、そこへゆくことなく、地上に心を残した人であります。

 殷のひとびとは、そういう旅人の魂を厚く祀りました。この古代信仰は、日本も古くから共有していて、たとえば「残念様信仰」というかたちで、むかしからいまにいたるまで、私どもの心に棲(す)んでいます。

 ふつう、旅人の目的は、その人個人の目的でしかありませんが、それでも、かれらは、残念、念を残すのです。
 あなたの目的は、あなた個人のものでなく、私ども日本人、もしくはアジア人、さらにいえば、人類のたれもに、共通する志(こころざし)というものでした。

 あなたは、そういう私どものために、志をもちました。そして、途(みち)半ばにして天に昇ったのです。その無念さが、あなたの大きさに覆われている私どもの心を打ち、かつ慄(ふる)えさせ、そしてここに立たせるのです。

 さらに私どもがここに立つもう一つのわけは、あなたを悼(いた)むとともに、あなたが、世界中の青春をたえまなく鼓舞(こぶ)しつづけていることに、よろこびをおぼえるからでもあります。

 「志を持て」
 たとえ中道で斃れようとも、志をもつことがいかにすばらしいことかを、あなたは、世界中の若者に、ここに立ちつづけることによって、無言で諭しつづけているのです。

 今日ここに集った人々は百年後には、もう地上にいないでせう。あなただけはここにいます。百年後の青春たちへも、どうかよろしく、というのが、今日ここに集っているひとびとの願いなのです。私の願いでもあります。

 最後にささやかなことを祈ります。この場所のことです。あなたをとりまく桂浜の松も、松をわたる松藾(しょうらい)の音も、あるいは岸うつ波の音も、人類とともに永遠でありますことを。









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