ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

夢遊の時空へ引き込む静かな力――「中川セツ子」展

2017年05月23日 | 游文舎企画

この人には「表現の隘路」などという言葉は存在しないのではないか――中川セツ子さんの変幻自在の作品をみていると羨望を禁じ得ない。游文舎では6年ぶり2回目の個展となる。自己模倣を嫌い、過去の作品を紙で覆いさらに描き、むしり、貼り加える。過去の作品との思いがけない協奏もある。それらの作品がずっと気になって追いかけてきたのだが、裏切られることはなかった。同じような手法を使いながらも必ず変化が見て取れるからである。そしてそのたびに既成の絵画から解き放たれていくすがすがしさを感じるのである。
今展も4月に新潟で個展をしたばかりにもかかわらず新作を加え、なおかつ会場を意識し、ほとんど無彩色のモノトーンによる作品群でまとめてきた。「夢」や「向こうの方で」といったタイトルが多く見られるように、おそらく自動記述的に描かれたであろう、夢遊で逍遙するような画面である。とりわけ空間が印象的だ。描かれていない部分の向こうにかすかに過去の痕跡が透けて見える。観るものをも引きずり込んでいく静かな力がある。(霜田)

「伝統とは革新の連鎖」――巌谷國士氏が語る「人間国宝・伊勢崎淳の備前焼」

2017年05月16日 | 展覧会より

写真は備前焼の人間国宝、伊勢崎淳氏の傘寿を記念した作品集である。この豪華本の著者は巌谷國士氏。昨秋、游文舎宛てに寄贈を受けた。巌谷氏と伝統的な陶芸というとちょっと意外な気がする。実際多くの人の反応もそうだったらしい。しかしページを繰るとその謎は一気に氷解する。
そこには、花器や皿といった、用途を持った作品ばかりでなく、太古の地層からむくむくと生まれ出て、蠢き出している、そんな生命感あふれるオブジェが、ごろごろしているのだった。
「物質」「生命」「風土」「有為自然」と章立てされた解説もまた、一般的な陶芸の本とは一線を画すが、何よりもこの本の特異さは年譜にある。ほとんど評伝に近い詳細な年譜は、伊勢崎氏の関心や嗜好が呼び寄せるかのように、次々と人のつながりができ、創作源となってきたことを明かしていく。若いときから少し年長で同郷のオブジェ作家・岡崎和郎と交友があったことは大きい。しかしそれも伊勢崎氏の資質がもたらしたともいえよう。そして瀧口修造や河原温、池田満寿夫、イサム・ノグチ等と親交を結び、さらに瀧口の紹介でミロの工房も訪れたという。また2015年には岡崎和郎、中西夏之との三人展を行っている。
さて、5月13日から伊勢崎氏の作品展が開催され、オープニングには巌谷氏の講演もあるという。会場は京都のギャルリー宮脇。アール・ブリュットはじめいつも意欲的な企画をしていて、游文舎でも「フランソワ・ビュルラン」展では企画協力をしていただいている。この組み合わせを見逃すわけにはいかない。
会場には割れ目や穿孔が効果的な「クレイ・ボール」や、精霊が深呼吸しているような「魑魅魍魎」「幻想植物」等が並ぶ。そして2014年に制作された「倒木再生」という、根とも幹ともつかない陶片のインスタレーション。いずれも重量感がありながら伸びやかで、陶土自体が流動し変成したかのようで、作為を感じさせない。その上で大地に根ざしていることを忘れさせない圧倒的な存在感、物質感を放っている。土と火と水が織りなす最もシンプルにして力強い、まさに「物自体」―オブジェなのだ。
巌谷氏は講演の中で、伊勢崎氏の言う「伝統とは革新の連鎖である」について、室町以前の穴窯を復活させたことが大きいとし、穴窯という古来の手法が、不安定故の偶然性も含めて、その物質性を最大限に引き出しているのだという。伝統の復活とは創造行為に他ならないのだ。そして、そこで作られた作品は、人間の営みとしての陶芸を思い起こさせ、風土、土地の記憶と結びつき、アニミズムをも感じさせ、国家の枠を超えた普遍性を持つのだと語った。
現代アートに接近するほどに、伊勢崎氏の作品は土や大地を意識させるものになっている。そして太古から生き続け、現代アートが滅んだ後も生き延びるであろう生命を想像させるのである。(霜田文子)


四半世紀を回顧――池田記念美術館で関根哲男展「原生」

2017年05月07日 | 展覧会より

細く切った生ゴムを一本一本植え込むようにして作られたパネル。1992年の作品だ。数年後、おびただしい数の布の細片を貼り重ねバーナーで焼いたものが出現する。さらに位牌や雑誌やズボン、荒縄などが登場する。5月3日から南魚沼市の池田記念美術館で「関根哲男展」が開催されている。ちょうど四半世紀にわたる関根さんの回顧展である。展示作品のほとんどをその都度見てきていたのだけれど、こうして一堂に並べてみると改めて集積行為に圧倒される。
ひたすら切る、バーナーで燃やす、泥をかけるなど、作業は実に忍耐強く、繊細にしてダイナミックだ。思いがけない技巧も凝らしている。ただしそれは小手先のものではないし職人的な精緻なものとも異なる。例えば、ズボンや荒縄を組み合わせたパネルの、切り込まれたような線は、縄を埋め込むようにしながらさらに集積を重ね、最後にその縄を切り取って作られる。そうでなければあの荒々しさや重量感に耐えられる線は生み出せないからだ。
初日には珍しく(個展としては初めてという)自身によるギャラリートークも行われた。この中で関根さんは「作業・営為・行為そのものを表現としてきた」「意味のない、無駄なことの集積」と繰り返す。「蟻塚のように」という言葉が印象的だった。
ゴム、化繊布、綿布、段ボールなどの素材そのもの、位牌や雑誌やズボンといった具体的な用途を持った製品等、扱う材料は一定期間ごとに変化しているが、いずれもありふれたものだ。しかしいったんそれらが心に引っかかったとき、まるで取り憑かれたように執拗に、徹底的に使い、もの本来の意味が剥奪されるまで続くのが関根さんの作業なのだ。
かつて関根さんとガルシア・マルケスの『百年の孤独』のラストシーンについて語り合ったことがある。近親婚によって豚のしっぽを持つ奇形の子供が生まれて一族は終焉を迎え、同時に暴風が町を一網打尽にしてしまう。町の歴史も一族の歴史も一瞬にして無に帰してしまう圧巻の終わり方に舌を巻いたものだった。それからほどなくして関根さんは豚のしっぽのように、筒状にして両端を絞った布を貼り付けた何枚ものパネルを作り、巨大な作品を生み出してしまった。(上の写真 2014年)あの鮮烈なラストの、イメージだけが増殖し、いつしか関根さんの行為と一体化し、呑み込まれていったようだ。
しかし「無意味な行為」であったはずの作品が「集積」を通して、様々なイメージを抱かせるのは事実だ。そしてシチュエーションによっても多様な表情を見せる。かけられた時間と密度が、観るものをして何か意味を見いだそうという行為に駆り立ててやまない。人類の、それぞれは無意味なはずの生が集積したとき、歴史の偶然を生み出してしまうことをも想起させる。饒舌にして静謐、不穏にして、美しく、不敵にして厳粛なのだ。(霜田文子)