60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

おわら風の盆

2012年09月07日 09時22分26秒 | Weblog
 先週の土日で友人と富山の「越中おわら風の盆」というお祭りを見に行くことになった。友人は以前仕事で福井市に単身赴任していて、そのとき地元の人に紹介されて見に行った。そして「涙が出るほど美しい」とすっかりはまってしまい、それ以降4度ほど訪れたらしい。彼がそれほど言うのならと、友人3人で車で行くことにしたのである。高崎線の北本駅で待ち合わせ、高速道路の関越、上信越、北陸自動車道を通って富山に着いたのは6時間後の午後4時を回っていた。会場の八尾(やつお)町は車の乗り入れ規制で、遠くの臨時駐車場に車を止めバスか歩きになる。我々は会場まで30分の距離を歩き、着いたときは5時をまわっていた。夜の部はPM7時からと言うことで食事をしてから町の中を散策する。

      
                          富山市郊外

               
                   八尾スポーツアリーナ臨時駐車場

      
                        富山市八尾町地区へ

 「風の盆」の祭りが行われる八尾(やつお)町は富山市の南部に位置した飛騨山脈の山裾に広がる小さな町である。昔ながらの狭い旧街道沿いには格子戸の旅籠(はたご)や土蔵造りの民家が並び、風情あふれる「坂の町」である。毎年9月1日から3日間、各家の軒先にぼんぼりを灯して、山間の町は時ならぬ祭りの街に変容する。「越中おわら風の盆」は300年の伝統を誇る民謡踊りである。二百十日の初秋の風が吹く頃、「風鎮め」のために始まった伝統行事だと言う。この祭りは高橋治の小説「風の盆恋歌」で有名になり、その後歌謡曲やテレビドラマの題材にも再三取り上げられ、全国区の人気になった。期間中に人口2万人の町に26万人もの観光客が押し寄る。

      
                      日本の道百選に選ばれた道

      

               

      
                            紙細工

 街を散策しているうちにあたりは次第に暗くなり、ぼんぼりの灯がいっそう鮮やかになっていった。しかし踊りの始まる7時が近づいた頃、曇っていた空は一気に様相を変え雷と一緒に豪雨となる。人々は民家の軒先に一斉に非難する。20分30分雨はやまず、足元は川のように水が流れ下る。しかしこの祭りを見に来た何万人もの人々はじっと軒下で耐えて、誰一人立ち去る人はいなかった。40分を過ぎたころ雨脚は落ちてしばらくして雨は止む。人々はまた通りに繰り出し、そして踊りの始まるのを待つのである。楽器の三味線や胡弓をダメにするから、雨が一粒でも降る間は踊りは始めないらしい。大幅に遅れたものの、やがて雨はすっかり上がり踊り手が順次町に繰り出していった。

 この小さな町には「おわら風の盆保存会」が十一支部あり、それぞれ独自の流儀で踊るようである。それぞれの町の踊り手たちは地方衆(じかたしゅう)が奏でる三味線や胡弓(こきゅう)、囃子(はやし)、唄、太鼓の調べに合わせ、女性は浴衣、男性は法被を着て踊る。街に繰り出す踊り手は男女とも25歳以下の独身に限られるという。そして踊り手はみな編み笠を目深にかぶり顔は見えない。(子供は編み笠は被らない)

      
                           急な雨

      
                     人々は軒先を借りて雨宿り

      

      
                   雨が上がり再び人が通りに出てくる

               
                   2階から通りを見下ろせる特等席

      
                     子供は編み笠をかぶらない

      
                女性の踊り手を先頭に町流しの行列が続く

      
   三味線や胡弓(こきゅう)、囃子(はやし)、唄、太鼓の地方衆(じかたしゅう)が後に続く

      
                  主だった家の前で踊りを披露(東新町)

      
                 高校生か?まだ踊りがさまになっていない

 見ていて感じることがある。それは今まで見たどのお祭りの踊りよりも、優美で気品があるように思うのである。多くの人が感想として、「涙が出る」とか「心に染みる」、「幻想的」、「引き込まれていく」と評をする所以が解かる気がする。「なぜだろう?」と考えてみる。 旧街道沿いの古びた町並み、胡弓の音色、ゆっくりしたテンポの唄、若でやかな浴衣で統一された踊り手、そんなものが相まって全体の雰囲気を醸し出していくのだろ。そして最も重要だと思うのは編み笠である。若い女性が髪を上げ、うなじを見せて編み笠を目深にかぶる。そのために誰もその顔を見ることがない。人は顔で個人を特定する。その顔が見えないから目の前の踊り子は現実世界から遊離した存在に感じるのではないだろうか? ほっそりとしてしなやかな体にあでやかな浴衣をまとい、うなじを強調することでほのかな色香が漂う。そんな踊り子が胡弓の音にあわせ、ぼんぼりの灯の下でゆっくりと舞う。その姿は日本人形を見るようである。

      
                   町内それぞれ独特の流儀で踊る
     手先、指先まで気持ちがこもったゆっくりとした所作は大勢の見物客を魅了する

      
                       町流し(西町)

      
              編み笠を目深にかぶっているから顔は見えない

      

      
                      地方衆(じかたしゅう)

      
              町の中心部にある大きなお寺(闇名寺)の会場
             こちらは町の中には繰り出せない「既婚者?」の踊り

               
                           地方衆

      
          長い年月踊ってきたからだろう、しっとりと落ち着いて優美である

      

               

      
                         下新町
                   夜通し踊りは続くようである

 「おわら風の盆」はこの小さな町で300年受け継がれて来たという。日本には昔からこのような地域に根ざしたお祭りがどこにもあったのだろう。若い男女が年一回のお祭りに合わせ集まり、練習をくりかえす。その中で男女の出会いが有り、恋が芽生えるのかもしれない。多分この八尾町に生まれ育った人は誰もが踊れ、誰もがこの祭りに参加してきたのだろう。祭りを通して地域のコミュケーションが保たれ、地域への愛着が生まれ、地元を誇りに思うようになるのではないだろうか。そんな仕組みが日本の伝統文化の基盤なのかもしれないと思った。

 このお祭りはあまりにも有名になったから全国から人が集まる。駐車場には遠く愛媛や香川の四国ナンバーや東北の車も多くあった。初日は13万人の人がこの小さな町に押し寄せたそうである。だから細い道々に人があふれ、風情を味わう雰囲気にはなれなかった。後で知ったことだが、案内のパンフレットには夜の10時ごろまでのスケジュールしか載っていない。しかし本来このお祭りは夜を徹して続くそうである。観光客が引き上げてしまった11時以降が地元の人達の本当のお祭りになるようである。だから見に行くなら徹夜覚悟で夜の10時以降にこの町を訪れるべきである。次回いくときは本当の「おわら風の盆」をじっくり味わって見たいものである。