絶滅と進化 -《絶滅した日本のゾウのはなし》
その「補遺編」として-(7)
絶滅と進化 古代ゾウの祖先のなかまいろいろ(その3)
メリテリュウム(Moeritherium)について(下)
井尻正二・小澤幸重『哺乳類の王国-化石がかたる地球の歴史4-』(千代田書房、1977)第二章「一番古い先祖のゾウ」を読んで見ますと、メリテリュウムの歯に言及している部分があります。大変興味をそそられる内容です。
井尻博士が『化石』(岩波新書、1968)の中で述べている「歯」の大切さは、メリテリュウムについて勉強する上でも当てはまります。メリテリュウムの歯は、われわれが知るゾウの歯ないし歯式とはまるで異なっています。長鼻類の祖先と呼ばれているメリテリュウムの歯は、その後3000万年以上も後に現れたステゴドンと比べますと大変な違いがあります。先ず体の大きさが違います。そして大切な歯の形、歯式がまるで違います。井尻博士が哺乳類であれば歯の形からその動物の食性が分かると指摘されていますが、まさにその通りなのです。
メリテリュウムの歯は学術論文や外国の学術書の中にある写真やイラストに頼る他は、中々国内では本物の化石を見る機会がありません。専門家の先生の書かれた論文の中に外国文献からの写真が掲載されているケースがあります。小生は、それらの出所・出典を検索して、掲載されている写真を確認するようにしていますが、時間のかかる作業なのです。
メリテリュウムの歯の化石を直に見る機会などよほど運がよくないと難しいことなのです。最近では東京ミネラルショウ2019(池袋サンシャインシティ)で3〜4日展示されたことがあります。国立科学博物館には骨格標本がありますが、臼歯の歯列の化石が展示されているかどうかは分かりません。
いま参考にさせて頂いている文献の一つが、大変興味をそそられる文献で、本稿の文頭で紹介しました井尻博士との共著者でもある小澤幸重博士(2022年現在、神奈川歯科大学歯学部特任准教授)の論文「長鼻類の歯の比較組織学」(『口腔病学会雑誌』・45巻4号、P.585-606、1978.)です。その598頁の図21(「Moeritherium段階の臼歯」)及び599頁の図22(「長鼻類とイボイノシシ(Phachochoerus)の左上顎大臼歯の進化の比較」)に掲載されている写真は説明が丁寧で、素人の小生にも分り易いです。
(注)
小澤幸重論文(1978)図21(598頁)の原典:A.S.ロ-マ-(Alfred Sherwood Romer、1894-1973:米国の古生物学者、脊椎動物の進化を専門としている)の文献、『脊椎動物の古生物学』(Alfred Sherwood Romer. An edition of Vertebrate paleontology (1933), Vertebrate paleontology.3d ed. Chicago,1966.)
同上(1978)図22(599頁)の原典:W.K.グレゴリ-(William King Gregory、1876-1970 :古生物学者、哺乳類の歯列研究の第一人者)『哺乳類の臼歯の起源論から半世紀、コープ・オズボーンの歯列進化論、魚類から人間までの臼歯の進化に関する改訂版の概要』(W.K.Gregory A Half Century of Trituberculy: The Cope-Osborn Theory of Dental Evolution, with a Revised Summary of Molar Evolution from Fish to Man.)
これら文献に掲載されている写真等は、確かにメリテリュウムの臼歯に関するものに違いありませんが、メリテリュウム(Moerutherium)の臼歯または同時代の長鼻類の臼歯と、その後3000万年も経て以後に現れるマストドンやステゴドンの臼歯になると、大きな進化を遂げているのです。それは、メリテリュウムの段階では、歯完(口腔内に露出して白く見える部分)が短い(短歯)のですが、1000万年単位の年数をかけて進化したステゴドンでは、段々歯冠が高くなっていることが解ります。また一説では、臼歯のこぶ状の突起は稜状のものが板状に変化すると言われています。
長鼻類の、就中ゾウ目では進化しますと、メリテリュウムの段階ではなかった歯冠セメントもステゴドンの段階になるとみられるようになり、次第に発達するのだそうです。また、臼歯の大きさ自体も、メリテリュウムの段階に比べると、ステゴドンの段階では数倍にも発達していると言うことが専門家の先生方の研究で明らかになっています。このような変化は単に系統的な意味だけでなく、長鼻類の生息する地域の自然環境にもよるのだそうです。
メテリユウムの段階の臼歯は、(肉食性獣は別として)鈍頭歯と呼ばれる歯形態だったと言われています。メリテリュウムの段階では、臼前歯は上顎・下顎とも3咬頭ですが、上顎の大臼歯の咬合面が4咬頭に区切られその溝もはっきりしています。臼歯の形状は丁度ちぃちゃな、ヒトの奥歯に似たにぎりこぶしのような感じです。
上・下顎の第3大臼歯については、鈍頭の形状が見られ少なくとも純粋の草食性とは言えないのです。むしろその食性は雑食であったと推測出来ます。確かに、メリテリュウムの場合は、臼歯の咬合面は雄蹄類特有のものであったことがわかりますが、その後、双隆線歯から複雑な臼歯に進化する傾向を伺わせていると考えられます。
ところで話が前後していまいましたが、締めくくりにしてはお粗末ですが、メリテリュウムの歯式に触れておきましょう。井尻・小澤の『前掲書』(1977)第二章「一番古い先祖のゾウ」では、メリテリュウムに関わる頭骨や臼歯のついた下顎の化石の写真、付表2では「哺乳類歯式一覧表」が添えられていますが、出典が明示されていませんので借用は遠慮しますが、大変明快に説明されています。
メリテリュウムの歯式については、小澤幸重単独論文(1978)598頁でも言及されています。こちらは文献の出典が明記されています。「東京ミネラルショウ2019」に展示されたときのメリテリュウムの下顎の写真等を合わせて参考にして、以下ほんの入り口を述べておくことにします。
メリテリュウムの歯式は、(I)3/2(C)1/0(P)3/3(M)3/3=36(永久歯)と表記されています。小澤氏に依りますと、この歯式は、「長鼻類の中で最も哺乳類の基本歯式に近いもの」(1978、598頁)と指摘されています。
また、歯式にある括弧内のI、C、P、Mは、それぞれIは切歯を、Cは犬歯を、Pは小臼歯を、Mは大臼歯を示しています。分数方式で示してある数字は、それぞれ顎の片側の上下の歯の数を表わしたものです。たとえば、最初の(I)3/2の2は分母で、下顎に切歯が2本あることを示し、3が分子で上顎に3本の切歯があることを表わしています。
36と言う数字は、上顎と下顎左右併せた歯の総数が36本ということです。つまり、歯の総数36は、歯式の分母・分子の数を全部足して、2倍にした数です。
本稿でも前歯を切歯と使っていますがヒトの歯はそれでいいのですが、哺乳動物の場合は「門歯」と言います。最近は、専門家の先生方の論文においても「切歯」と使っているようです。たとえば、ゾウの牙(きば)は、正しくは上顎の2本の「門歯」が著しく伸長したものなのです。これを「切歯」と使っていることが多いと思います。それはそれで良しとしましょう。
メリテリュウムの歯式で上顎片側の切歯(門歯)が3となっています。上顎左右で6本になります。このような歯式は、長鼻類でもメリテリユウムの歯式ぐらいではないかと思います。長鼻類の祖先の歯式を幾例も見ていますが大変珍しいと思います。また犬歯は下顎が0となっています。退化したと見られています。マストドンやステゴドンの段階では上顎の犬歯も退化しています。
また、前述しましたが臼歯(奥歯)の特徴ですが、メリテリュウムは短歯冠で鈍頭歯です。マストドンでは短歯冠で鈍頭歯、隆線が発達しているのが特徴です。ステゴドンの段階では隆線歯であると言われています。長鼻類の歯式で見た一つの進化の例と言えると考えられます。まだまだ書ききれませんが、また機会を改めて述べることにします。
長鼻類の祖先のシリーズは、おわりです。少し時間をおいて、
ナウマンゾウの「補遺編」を書いて見ようと考えています。
その「補遺編」として-(7)
絶滅と進化 古代ゾウの祖先のなかまいろいろ(その3)
メリテリュウム(Moeritherium)について(下)
井尻正二・小澤幸重『哺乳類の王国-化石がかたる地球の歴史4-』(千代田書房、1977)第二章「一番古い先祖のゾウ」を読んで見ますと、メリテリュウムの歯に言及している部分があります。大変興味をそそられる内容です。
井尻博士が『化石』(岩波新書、1968)の中で述べている「歯」の大切さは、メリテリュウムについて勉強する上でも当てはまります。メリテリュウムの歯は、われわれが知るゾウの歯ないし歯式とはまるで異なっています。長鼻類の祖先と呼ばれているメリテリュウムの歯は、その後3000万年以上も後に現れたステゴドンと比べますと大変な違いがあります。先ず体の大きさが違います。そして大切な歯の形、歯式がまるで違います。井尻博士が哺乳類であれば歯の形からその動物の食性が分かると指摘されていますが、まさにその通りなのです。
メリテリュウムの歯は学術論文や外国の学術書の中にある写真やイラストに頼る他は、中々国内では本物の化石を見る機会がありません。専門家の先生の書かれた論文の中に外国文献からの写真が掲載されているケースがあります。小生は、それらの出所・出典を検索して、掲載されている写真を確認するようにしていますが、時間のかかる作業なのです。
メリテリュウムの歯の化石を直に見る機会などよほど運がよくないと難しいことなのです。最近では東京ミネラルショウ2019(池袋サンシャインシティ)で3〜4日展示されたことがあります。国立科学博物館には骨格標本がありますが、臼歯の歯列の化石が展示されているかどうかは分かりません。
いま参考にさせて頂いている文献の一つが、大変興味をそそられる文献で、本稿の文頭で紹介しました井尻博士との共著者でもある小澤幸重博士(2022年現在、神奈川歯科大学歯学部特任准教授)の論文「長鼻類の歯の比較組織学」(『口腔病学会雑誌』・45巻4号、P.585-606、1978.)です。その598頁の図21(「Moeritherium段階の臼歯」)及び599頁の図22(「長鼻類とイボイノシシ(Phachochoerus)の左上顎大臼歯の進化の比較」)に掲載されている写真は説明が丁寧で、素人の小生にも分り易いです。
(注)
小澤幸重論文(1978)図21(598頁)の原典:A.S.ロ-マ-(Alfred Sherwood Romer、1894-1973:米国の古生物学者、脊椎動物の進化を専門としている)の文献、『脊椎動物の古生物学』(Alfred Sherwood Romer. An edition of Vertebrate paleontology (1933), Vertebrate paleontology.3d ed. Chicago,1966.)
同上(1978)図22(599頁)の原典:W.K.グレゴリ-(William King Gregory、1876-1970 :古生物学者、哺乳類の歯列研究の第一人者)『哺乳類の臼歯の起源論から半世紀、コープ・オズボーンの歯列進化論、魚類から人間までの臼歯の進化に関する改訂版の概要』(W.K.Gregory A Half Century of Trituberculy: The Cope-Osborn Theory of Dental Evolution, with a Revised Summary of Molar Evolution from Fish to Man.)
これら文献に掲載されている写真等は、確かにメリテリュウムの臼歯に関するものに違いありませんが、メリテリュウム(Moerutherium)の臼歯または同時代の長鼻類の臼歯と、その後3000万年も経て以後に現れるマストドンやステゴドンの臼歯になると、大きな進化を遂げているのです。それは、メリテリュウムの段階では、歯完(口腔内に露出して白く見える部分)が短い(短歯)のですが、1000万年単位の年数をかけて進化したステゴドンでは、段々歯冠が高くなっていることが解ります。また一説では、臼歯のこぶ状の突起は稜状のものが板状に変化すると言われています。
長鼻類の、就中ゾウ目では進化しますと、メリテリュウムの段階ではなかった歯冠セメントもステゴドンの段階になるとみられるようになり、次第に発達するのだそうです。また、臼歯の大きさ自体も、メリテリュウムの段階に比べると、ステゴドンの段階では数倍にも発達していると言うことが専門家の先生方の研究で明らかになっています。このような変化は単に系統的な意味だけでなく、長鼻類の生息する地域の自然環境にもよるのだそうです。
メテリユウムの段階の臼歯は、(肉食性獣は別として)鈍頭歯と呼ばれる歯形態だったと言われています。メリテリュウムの段階では、臼前歯は上顎・下顎とも3咬頭ですが、上顎の大臼歯の咬合面が4咬頭に区切られその溝もはっきりしています。臼歯の形状は丁度ちぃちゃな、ヒトの奥歯に似たにぎりこぶしのような感じです。
上・下顎の第3大臼歯については、鈍頭の形状が見られ少なくとも純粋の草食性とは言えないのです。むしろその食性は雑食であったと推測出来ます。確かに、メリテリュウムの場合は、臼歯の咬合面は雄蹄類特有のものであったことがわかりますが、その後、双隆線歯から複雑な臼歯に進化する傾向を伺わせていると考えられます。
ところで話が前後していまいましたが、締めくくりにしてはお粗末ですが、メリテリュウムの歯式に触れておきましょう。井尻・小澤の『前掲書』(1977)第二章「一番古い先祖のゾウ」では、メリテリュウムに関わる頭骨や臼歯のついた下顎の化石の写真、付表2では「哺乳類歯式一覧表」が添えられていますが、出典が明示されていませんので借用は遠慮しますが、大変明快に説明されています。
メリテリュウムの歯式については、小澤幸重単独論文(1978)598頁でも言及されています。こちらは文献の出典が明記されています。「東京ミネラルショウ2019」に展示されたときのメリテリュウムの下顎の写真等を合わせて参考にして、以下ほんの入り口を述べておくことにします。
メリテリュウムの歯式は、(I)3/2(C)1/0(P)3/3(M)3/3=36(永久歯)と表記されています。小澤氏に依りますと、この歯式は、「長鼻類の中で最も哺乳類の基本歯式に近いもの」(1978、598頁)と指摘されています。
また、歯式にある括弧内のI、C、P、Mは、それぞれIは切歯を、Cは犬歯を、Pは小臼歯を、Mは大臼歯を示しています。分数方式で示してある数字は、それぞれ顎の片側の上下の歯の数を表わしたものです。たとえば、最初の(I)3/2の2は分母で、下顎に切歯が2本あることを示し、3が分子で上顎に3本の切歯があることを表わしています。
36と言う数字は、上顎と下顎左右併せた歯の総数が36本ということです。つまり、歯の総数36は、歯式の分母・分子の数を全部足して、2倍にした数です。
本稿でも前歯を切歯と使っていますがヒトの歯はそれでいいのですが、哺乳動物の場合は「門歯」と言います。最近は、専門家の先生方の論文においても「切歯」と使っているようです。たとえば、ゾウの牙(きば)は、正しくは上顎の2本の「門歯」が著しく伸長したものなのです。これを「切歯」と使っていることが多いと思います。それはそれで良しとしましょう。
メリテリュウムの歯式で上顎片側の切歯(門歯)が3となっています。上顎左右で6本になります。このような歯式は、長鼻類でもメリテリユウムの歯式ぐらいではないかと思います。長鼻類の祖先の歯式を幾例も見ていますが大変珍しいと思います。また犬歯は下顎が0となっています。退化したと見られています。マストドンやステゴドンの段階では上顎の犬歯も退化しています。
また、前述しましたが臼歯(奥歯)の特徴ですが、メリテリュウムは短歯冠で鈍頭歯です。マストドンでは短歯冠で鈍頭歯、隆線が発達しているのが特徴です。ステゴドンの段階では隆線歯であると言われています。長鼻類の歯式で見た一つの進化の例と言えると考えられます。まだまだ書ききれませんが、また機会を改めて述べることにします。
長鼻類の祖先のシリーズは、おわりです。少し時間をおいて、
ナウマンゾウの「補遺編」を書いて見ようと考えています。