素人、考古学・古生物学を学ぶ

人類の起源・進化・移動や太古の昔、日本に棲んでいたゾウ類にも関心があり、素人の目線で考えてみます。

絶滅した日本列島のゾウのはなし(Ⅱ)—消えたゾウたち、その謎を追う―(10)

2021年07月31日 16時23分47秒 | 絶滅した日本列島のゾウたち
絶滅した日本列島のゾウのはなし(Ⅱ)
            —消えたゾウたち、その謎を追う―(10)



  消えたステゴドンの謎を追う(その5)

 〈松本彦七郎とステゴドン研究再論④〉
 日本で発見されているステゴドンゾウには、鮮新世のミエゾウ(またはシンシュウゾウ)、更新世前期の見つかった小型のアケボノゾウ、そして更新世後期の中型のトウヨウゾウが代表的なステゴドン属とされています。
 これまでにも述べたことなのですが、亀井節夫をはじめ専門家の研究成果によりますと、「瀬戸内海の海底、とくに明石(あかし)海峡からは、古くからたくさんの骨や歯の化石が漁網にかかって引き上げられ」ています。 「アカシゾウ」とも呼ばれてきたショウドゾウ、カントウゾウなどもいます。

 1915年(大正4)に松本彦七郎(1887―1975)によって命名された石川県産のアケボノゾウ(松本は「アカツキゾウ」と呼んだようです。)もステゴドンと同種であることがわかっています。
松本は、1941(昭和16)年のことですが、『動物学雑誌』(第53巻8号、385~396頁)に発表した論文(「陸中國東磐井郡郡松川村及其他本邦産ステゴドン及パラステゴドンに就て」)の中で「アカツキザウ属」(Genus Parastegodon Matsumoto 模式種。Elephas aurorae Matsumoto)と表記して、アケボノゾウに言及しています。

 また松本は、前掲論文(1941)において、アケボノゾウは原始的なゾウの一属であるとみなしています。このアケボノゾウを含めて、亀井節夫は「仙台付近から北上低地帯にかけての地域では、中新世中期から更新世後期の多種多様な長鼻類化石の産出が知られ、それらの記載はいずれも松本彦七郎博士によるものであった」、と2005年6月4,5日に京都教育大学で開催された第23回化石研究会総会・学術大会において報告しています。

 とくに松本は、長鼻類の系統進化に関しても、亀井(2005)は「平牧のHemimastodon (=Gomphoerium) annectens,石川のParastegodon(=Stegodonaururae, 三重のStegodon clifti (St.mensis) などについても最初の記載は松本博士によるもであった」、と述べています。

 そして松本は、それらの研究をもとに1924年に長鼻類の系統進化について自己の見解を明らかにし、国際的な長鼻類の化石に関する研究にもオズボーンとともに大きな功績を残したと言われています。

 ミエゾウの次の時代に出現し、日本固有のゾウとして日本各地で産出しているアケボノゾウは大陸においても近縁種は見つかっていないことは、早くから松本によって指摘されています。高橋啓一の2013年の論文「日本のゾウ化石、その起源と移り変わり」(『豊橋市自然史博物館研報』・No.33、66頁』によると、アケボノゾウは松本が石川県金沢市室山から発見された標本を基に1918(大正7)年に命名したものだ、とされていますが、同じことはいくつもの専門家の論稿においても指摘されています。

 またアケボノゾウの化石については、前にも述べましたが、岩手県以南の各地で発見されています。現在では珍しいことではありませんが、関東では狭山市笹山で発見されていますし、滋賀県多賀町そして兵庫県神戸市西区伊川谷からも産出しています。

 神戸市西区のアケボノゾウの化石は、250万年前から200万年前の地層から臼歯や切歯それに肋骨の化石が1987(昭和62)年に、伊川谷町井吹(現在の西区井吹東町)の造成地で発見されたと言われています。本格的な発掘は、神戸市立教育研究所を中心とした「神戸の自然研究グループ」及び京都大学などの専門家によって行われたそうです。

 なお、日本固有のゾウとされているアケボノゾウの祖先は、約500万年前~300万年前に、中国大陸に生息していたと考えられている大型ゾウのツダンスキーゾウやコウガゾウと見なされています。

 日本で見つかっている大型ゾウのミエゾウ(シンシュウゾウ)から、現在の日本列島が形成されるより昔、その昔の島嶼に渡って来て生息し、島嶼に適応するように小型化にしたと考えられているゾウ、それが松本彦七郎が「アカツキザウ」として記載したパラステゴドンと推定されています。

 少しばかり余計なことに言及してしまいましたが、松本はステゴドン(Stegodon)の化石が日本や中国大陸などからは多く産出するが、欧米からは産出されていないと主張しています。

 そして松本は、『動物学雑誌』(1916)の329号にショートペーパー「〈ステゴドン〉欧州に産するか」と題する論稿において、「〈ステゴドン〉なる化石象類の一属は従来東洋州及該洲に近接せる東亜の地方の地方ばかりに産して居た(Scott の著書にある北米の〈ステゴドン〉なるものは全く誤りとのことである)。所がかの有名なるピルとダウン頭骨(Eoanthr0pus dawsoni)の報告には、最初の報告からその後度々の報告に至る迄、殆ど常として〈ステゴドン〉云々と云ふことが挟んである。是が本当ならば欧州にも明かに〈ステゴドン〉居たと云ふ事になる」(1916、25頁〈115下段〉)、と述べています。
 以上のように、松本彦七郎のステゴドン研究は、日本においてアケボノゾウなどステゴドン属を研究する草分けとなっていることは確かであります。
 
 松本が自ら「三姉妹篇」と種する3つの論文+1941年の論稿は、わが国の古代ゾウに関する20世紀の代表作として、一部の古生物学の専門家だけでなくわたしのような素人にも非常に示唆に富む研究文献として、旧仮名遣いで読み難さは否定できませんが、しかしコツコツ読んで欲しいと願っています。なお、「 」内の引用文は、原文通りです。