素人、考古学・古生物学を学ぶ

人類の起源・進化・移動や太古の昔、日本に棲んでいたゾウ類にも関心があり、素人の目線で考えてみます。

絶滅した日本列島のゾウのはなし(28)

2021年03月13日 12時16分42秒 | 絶滅した日本列島のゾウたち
      
      絶滅した日本列島のゾウのはなし(28)


   8.八王子市産の太古のゾウは新種だった(その2)

  (2)ハチオウジゾウとはどんなゾウなのか
 前回は、「ハチオウジゾウ発見の瞬間 ―相場先生の記録から―」と題して半世紀ぶりに見つかった古代ゾウに触れましたが、書いていましてもわくわくする気持ちで一杯でした。ここでもう一度、整理をしておきます。

 発見者の相場博明博士は、和名をハチオウジゾウと名付け、学名はステゴドン・プロトオーロラエ(Stegodon protoaurorae)、地質時代は前期更新世と言いますから258万8000年前~78万1000年前ですが、ハチオウジゾウの生息年代は、八王子市の上総層群寺田層から発見されていますので、凡そ230万年前頃と推測されています。分類は、長鼻目、ステゴドン科です。

 この年代について、相場・馬場・松川の諸先生は、2003年9月静岡大学で開催された日本地質学会学術大会第110回大会において、「産出層準と年代」について、「本化石産地の年代は、2.1Maより古いものと解釈される」、と報告しています。

 先に本ブログでも言及しましたミエゾウ、アケボノゾウとの関連について、ここで振り返っておくことが必要ではないかと思います。ミエゾウは400万年前~300万年も前の大昔のことですが、日本列島で生息するうちに進化を続けたと考えられています。その進化の結果が日本固有のゾウと呼ばれているゾウとしては非常に小型化したアケボノゾウの誕生だったのです。

 アケボノゾウの生息年代も決して確たるものではないのですが、250万年前~60万年前と言う説があり、ミエゾウとアケボノゾウの間に、進化の過程にあったハチオウジゾウが生息していたのではないか、と考えるのが相場博士らの考え方なのです。

 ハチオウジゾウがどんなゾウであったのか、発見・発掘者らの考え方を整理しておきましょう。
相場先生は、読売賞の『実践報告』(2016)の「ハチオウジゾウの発見物語」の中で、「私の研究してきたテーマは、中生代の植物化石であった。教員となってからは、とくに昆虫化石に興味を持ち研究を続けてきた。しかし、ゾウの化石についての知識はまったくなかった」、と述べておられますが、発見されたゾウの化石が新種であることまでも解明されたのですから、古生物学の専門家であることには間違いありません。

 「八王子市北浅川産長鼻類化石(ハチオウジゾウ)について」(2005)の中で、学術的な「記載」の概略を示しています。その「論議」において、➀「アケボノゾウ、ミエゾウとの比較」を行っています。

 比較に当たって、多くの文献を精査されていますが、先行研究の一つを取り上げておきましょう。その一つが、大阪市立自然史博物館樽野博幸稿(日本列島産 “Parastegodon”属の分類学的再検討)1991です。

 相場先生は、とくに「歯種、咬耗段階の違いや雌雄の違いや個体変異、また変形の度合いや計測する位置によってもその値が変化するので注意が必要である」として、発掘したハチオウジゾウの標本における「計測値は第2大臼歯の咬耗段階の進んだものを示しているが、樽野(1991)の示した値は第3大臼歯のデータである」ので、これまでに先人たち、すなわち堀口他(1978、産地:埼玉県狭山)、TAKAI(1938、産地:兵庫県明石)、TOKUNAGA(1936、産地:香川県財田)、そして徳永(1934、産地:神奈川県川崎)が報告されているアケボノゾウの歯種に関する第1または第2大臼歯の計測結果と比較して、「第Ⅰまたは第2大臼歯によるハチオウジゾウとアケボノゾウとの比較」を「一表」に作成し、その詳細に精査、言及しています。

 相場先生は、精査の結果から、過去において報告されてきたアケボノゾウの歯冠の長さは、「どれも190㎜以下、歯冠幅も80㎜以下である。それに対して北淺川産のものは歯冠の長さが235㎜、歯冠幅96㎜と明らかに大型である」、としています。
 そして今回発見したゾウの化石は、これまでのアケボノゾウとは異なることを指摘しています。また、「エナメル質の厚さ、稜頻度も北浅川産のものは、アケボノゾウと比べてはっきりと区別」することが可能であることを提起しておられます。

 次に、ミエゾウとの比較について相場先生は、「ミエゾウの第2大臼歯についての報告はあまりなされていない」、として次のように述べています。「東京都あきる野市から直良(1954)により、トウヨウゾウ(S.orientalis)として記載された標本を樽・甲能(2002)はミエゾウの第2大臼歯として報告している。それによると稜頻度とエナメル質の厚さは本種の特徴によく一致する」が、稜式はハチオウジゾウとは異なるとしています。

 以上のような比較検討を行い、北浅川の河床で発見したゾウ化石の特質は、中期更新世に産出するステゴドン属のトウヨウゾウと形質面の一致は見られるものの、一方で「mammillae数が本標本の方が少なく、比較的大きさがそろっていること、歯冠高が高いことから区別される」旨を明らかにし、ハチオウジゾウの違いを論じています。

 相場先生は、もう一点②として「本種に同定される可能性のある標本」として、東京都福生市多摩川河床産標本及び東京都八王子市小比企産標本AとBを引き合いにして、北浅川産長鼻類化石(ハチオウジゾウ)の新種の可能性を確信されて、ハチオウジゾウとはどんなゾウであったか、その詳細な検討をされています。とくに、「ハチオウジゾウ発掘の記録」(7)「新種の可能性を探って」を読みますと、その意気込みの凄さが理解できます。

 相場先生は、発見したゾウの化石、とくに臼歯の分析をされて、学名をステゴドン・プロトオーロラエ(Stegodon protoaurorae)と命名されています。

 わたしは手に取って観察していませんので推察に過ぎないのですが、第2大臼歯はほぼ完全な状態で発見されたようですから、第2大臼歯の噛み合わせ面に尖った屋根上の稜が平行に走っていたことを確認されたのではないかと、そう推測しています。
 Stegodonとはもともとギリシャ語の「屋根形の歯」を意味しますから、ハチオウジゾウも学名から、そう考えて良さそうです。

(文献)
 (1)相場博明「化石の魅力を多くの子供たちに伝える 《教室が化石採集》の教材化とハチオウジゾウ発見物語(『第66回読売教育賞・実践報告』から)、2016。
 (2)相場博明「ハチオウジゾウ発掘の記録」(浅川産ハチオウジゾウを使った体験学習のための基礎的研究とと実践」・『とうきゅう環境浄化財団報告書』)、2005。
 (3)相場博明・馬場勝良・松川正樹「八王子市北浅川産長鼻類化石(ハチオウジゾウ)について(『とうきゅう環境浄化財団報告書』)、2005。
 (4)樽野博幸「日本列島産 ”Parastegodon”属の分類学的再検討(『大阪市立自然史博物館研究報告45号』、1991。
 (5)樽野博幸「日本産ステゴドン科化石」(亀井節夫編著『日本長鼻類化石』・築地書館)、1991。
 (6)三枝春生「世界のステゴドン属:その分類と系統進化」(亀井節夫編著『日本長鼻類化石』・築地書館)、1991。
 (7)松本彦七郎「日本産ステゴドンの種類・略報(地質学雑誌第31巻合冊・373、374号)、1924(大正13)。
 (8)樽 創「東京都福生市から産出したステゴドン属臼歯化石の特徴について」(『化石研究会誌』第38巻〈2〉)、2005。
 (9)堀口万吉・三島弘幸・吉田健一「埼玉県狭山市笹井より発見されたアケボノゾウについて」(『地球科学』32巻1号)、1978。
 (10)小泉明裕「歯根と歯冠の対応関係からみたアケボノゾウ臼歯の稜数について《予報》(伊那谷自然史論集3)、2002。