島国ニッポンの山国から

地球温暖化、クルマ社会の諸問題、時評、街作り提言などを島国の中の四方を山で囲まれた山形盆地からのつぶやき

打ち水で涼感満点、ゆかった

2010-07-27 23:59:53 | 地球温暖化

 日曜日に商店街で暑気払いの打ち水イベントが行われた。
 というよりは、山形市は昭和8年7月25日に20世紀最高気温40.8度を記録した同日を「日本一」が少ない山形市を全国にアピールする一手段として「街起こし」のために3年前に企画されたイベントである。

 ところが皮肉なことに3年前の第1回の打ち水イベントの直後に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で40.9度を記録し、「日本最高気温」の記録が打ち破られ、数少ない山形の「日本一」がまたしても一つ消え失せた次第であった。
 でも、「20世紀」の中にくくれば後は絶対に打ち破られることはないので、このイベントはこれからも毎年続けられることになりそうである。
 一方、熊谷と多治見の方はこの地球温暖化の進展が如実な中でいつなんぞ他市に追い抜かれるかわからない情勢であり、日本の総理大臣が頻繁に交替するのと酷似している。
 まあ、今回は地球温暖化がどうのこうのと面倒くさいことはのたまうことなく、とくと浴衣姿の若い女性たちの楽しげな様子とダイナミックな水しぶきの写真を見デケラッシャイっス~(ご覧くださいませ)。

※ 関連記事は下記URLをクリックされたし
http://blog.goo.ne.jp/rekishi-huukei/d/20100725

これからは電池ストーブの時代!?

2010-07-22 23:56:20 | クルマ社会の問題
 世は挙げて電気自動車つまりは高性能電池自動車開発競争時代。
 ハイブリッド・カーが“エコ・カー”と言われているが、直接的に化石燃料をまったく使わない電池自動車はハイブリッド・カーをはるかに上回るエコ・カーと言うことになるらしい。
 だから全世界のメーカーが電池自動車の開発競争にしのぎを削っているわけである。
 しかも高性能の電池を搭載すれば、それこそ長時間・高速・遠距離の夢のような走行が可能になるのだという。
 でも、待てよ! 
 そんなに高性能の電池自動車の開発が実現できるならば、雪国などの寒冷地では必需品の暖房器具もとうの昔に「脱石油」が可能になっていたはずであるが、写真のような「電気ストーブ」と「石油ストーブ」とを比べれば、熱効率ははるかに石油ストーブが上回るのが現実だ。
 電気ストーブはあくまで補助暖房でしかなく、とても真冬の8畳間では役に立たない。
 でも、本格的な電気自動車の時代が到来すれば、小さな電気ストーブ(電池ストーブ)でも料亭の大広間全体を暖めることができることになるはずである。
 ものものしい大きさのエアコンを部厚い壁に穴を空けて取り付けるまでもなくなる。
 また、携帯電話の場合もたいして通話もメール送受信もしないのにわずか数日で充電切れになるようなことはなく、1回の充電で一ヶ月以上も持続できることになるはずである。
 しかし、それには電力のモトとなる発電は当面化石燃料であろうし、クルマに使用されてきたガソリンやディーゼル燃料や石油ストーブの分が発電所に振り向けられるだけのことであり、火力発電機の増設は緊急の課題となろうし、それとも日本の国土は太陽光発電のパネルや発電風車におおわれたり、バイオ燃料生産のための農地だけが広がることになりかねない。

総論賛成、各論反対!「自然との共生」

2010-07-17 16:33:46 | 地球温暖化
 これぞ自然がいっぱいの「緑豊かな景観」。
 ところがこれを撮影した翌日には地肌むき出しの丸坊主。つまり、ここに“とこや”さんが入り、凄まじい音量のバリカンで一面の草花を刈り取ってしまったわけである。
 なぜなら、ここは中心市街地の一角で、確か約3年ほど前までは某社長氏の邸宅であった場所なのだが、会社経営の行き詰まりから個人宅も他の某会社に売却して一旦は更地にしたものの、その後の最初の土地利用がうまく行かないまま都心部の“自然園”が形成された次第である。
 だが、周囲の住民のほとんどはこの自然状態をいつくしんではいない。それどころか、蚊などの虫が繁殖するなどと早期の除草を現在の土地所有者に強く要望し続けていた。
 政治家やマスコミ、有識者なる人種はいとも簡単に「自然愛護」や「自然との共生」を口にする。これに対して住民たちもむろん総論としては反対しないどころか賛意を示す。
 でも、すぐ近くに“自然状態”が形成されると拒絶反応を示す。
 この拒絶反応は必ずしも近代人、現代人特有のものではない。
“草深い”という表現は都(みやこ)から遠く離れた遅れた地域を蔑視する奈良・平安のいにしえより多用されてきた表現である。
 ああ、またしても二酸化炭素の貴重な吸収源が失われたわけである。

エコ軍用機で普天間は静音化?

2010-07-14 18:04:14 | クルマ社会の問題
 何やらアメリカの軍用機メーカーがバイオ燃料混合の“エコ軍用機”を開発し、売り込みに力を入れているという。
 バイオ燃料が本当に環境にやさしいか、クルマの燃料についても同じことが言えるが、ガソリン燃料と電池の動力を混合させたハイブリッド・カーについては従来の化石燃料だけによるクルマと比べればかなり騒音が低下し、そのために高齢者や難聴者、視覚困難者がそのクルマの接近に気付くのが遅くなって危険な思いをすることがが多くなったという。
 だから、逆に音声発生装置を取り付けるべきとまで要望されている。
 ハイブリッド・カー程度ですらそうなら、本格的な電気自動車の場合は一層歩行者に接近を気付かれるのが遅くなるであろう。
 話は若干それるが、沖縄の普天間基地の移転が大きな政治問題になっている大きな理由としては周囲がすっかり市街地化している中で軍用機やヘリコプターの墜落の危険のほかに、米兵犯罪の不安、そして最も日常的には騒音が挙げられる。
 むろん、軍用機やヘリコプターの凄まじい騒音は化石燃料によるエンジン稼動音と排気音などが大きいためである。もし、軍用機やヘリコプターもハイブリッド方式や電池式で飛行できるようになれば、普天間基地の騒音もかなり沈静化することになる。
 クルマの世界はまさに脱化石燃料化に邁進し、軽量高性能のバッテリー開発により、長距離を高速で長時間走行することが夢ではないとまで喧伝されている。
 クルマの世界で出来て航空機の世界でオール電化ができないことはないはずである。
 むろん、いかに“エコ”でも軍用機は軍用機。やはり“人殺し”の道具に変わりがないのだから、いかに騒音が低減したとしても軍事基地の存在は赦せないという意見は残り続けるであろう。

忘れてならない、もう一つの南アフリカ

2010-07-07 18:19:09 | クルマ社会の問題
 ワールドカップ・サッカー南アフリカ大会もそろそろ決勝戦。
 決勝戦が終われば閉会セレモニー。
 そこに、ある歴史的人物が現れるかどうかに関心を向ける日本のサッカーファンや日本チームのメンバーはどの程度存在するであろうか。
 本来ならば、その人物こそこの大会の南アフリカへの誘致に尽力したのだから、開会イベントには当然出席し、ロイヤルボックスあたりで感慨深げな表情をしていたはずである。
 ところが、その開会の直前に彼のひ孫が交通事故で急死した。
 その彼こそ、悪名高い白人による黒人に対するアパルトヘイト(人種隔離)策の撤廃運動のために20年以上の牢獄生活を余儀なくされていたが、1991年に黒人初の大統領となったネルソン・マンデラ氏である。
 愛するひ孫の交通事故死は実のところ決して単なる偶然や不運によるものではない。
 ひ孫の死はまさしく南アフリカの病巣の現実を象徴している。
 マンデラ氏は南アフリカ大会の実現により南アフリカ国民が人種を超えて一体化できる一つの大きな契機にしようと考えていたのだが、現実は白人層はオランダ系(彼らはアフリカーナー、つまりアフリカ人と自称している)がラグビー、イギリス系がクリケットに関心を向け、サッカー人気は黒人層が主体のようだ。
 だが、スタジアム付近の道路はサッカー観戦に向かう観客のクルマでいつもひどい渋滞に見舞われているのだが、そのクルマの所有者の多くは黒人層で、南アフリカ黒人社会にも急速にマイカーが普及し、経済的な富裕層や中間層が増えていることを物語る。
 サッカースタジアムの内側ではブブゼラの大合奏が耳をつんざいているが、スタジアムの外側でも大量のクルマの走行とクラクションによる騒音も耳をつんざいているようだ。
 一方、近年の経済成長に反比例するかのように暴力の蔓延などで治安の悪化が進み、「世界有数の犯罪大国」と揶揄されるまでになっている。
 たぶん、クルマの使用においても無軌道ぶりや暴走、酒気帯び運転などが蔓延しており、事故死者も戦争並みの凄い数になっていることであろう。(※日本とて死者数はかつての三分の一以下になったとはいえ、数千人というのはイラクやアフガンの爆弾テロによる犠牲者以上である)
 こんな中でマンデラ元大統領のひ孫は犠牲になったのである。
 この南アフリカの現実をサッカー熱に浮かされ、日本選手たちに深い感動を吐露する日本人はこの現実を忘れてはならないであろう。