福島原発は震災直後に急速にメルトダウンしていたようだ。
いわば原発としての機能が完全に失われただけでなく、その後の「災厄」が非常に心配だ。
こうして福島県全体までが社会的に完全にメルトダウンしそうでさえある。
だが、ここ東北地方での「社会的メルトダウン現象」はかなり以前から徐々に進展していたと言える。むろん、この現象は東北地方に限ったことではなく、全国至る所で見られるのだ。
写真でも示しているように、ほとんどの中小都市は中心市街地の空洞化が著しい。
数万人規模の小都市はいうまでもなく、十万人以上の都市でも中心商店街はシャッターを降ろしたままの空き店舗が急増し、空き店舗の敷地の活用法があるとすれば、多くが「貸し駐車場」となることしか思いつかないようである。
つまり、地方都市の中心市街地では駐車場産業しか栄えないようだ。
それでも空き店舗や民家の空き地が駐車場となるだけ都心部にクルマを乗り入れる人が少なくないということであるのだが、酒田市や石巻市の中心市街地のように「駐車場の需要すら少ない」中小都市が多いのである。
それらのクルマはどこに行くのかと言えば、広大な駐車場を備えた郊外型の大型店舗や郊外に立地された職場である。
いずれにせよ、「都市」の場合は商店街に空き店舗や空き地の多少、街を往来する人たちの多少などで「メルトダウンの程度」を視覚的に感じ取ることが可能である。
一方、人口が希薄な農山漁村部の小集落では民家が「空き家」であるかどうかは視覚的にすぐにはわからないものの、過疎や高齢化が進んでいることは確かであり、農山漁村部でもコミュニティがひどく崩壊していることは確かである。
つまり、都市も農山漁村部も共にメルトダウン化して久しいのであり、それに「トドメを刺す」かのように出現したのが福島原発事故であったような気がしてならない。
◆写真は「上左」が酒田市駅近く「上右」山形市中心市街で目立つようになった貸し駐車場「下左」石巻市中心商店街「下右」日曜日の酒田市中心商店街中町
上下とも戦前の山形市中心市街地の「賑わい」の様子
さらにずっと小規模な町でもそれなりの賑わいがあったが、それが失われたのは「クルマ社会」が本格化してからである。
「復興」とはまさしく「恒常的な賑わいの回復」に他ならない。