島国ニッポンの山国から

地球温暖化、クルマ社会の諸問題、時評、街作り提言などを島国の中の四方を山で囲まれた山形盆地からのつぶやき

不可能を不可能と言えない「除染」事業(3)

2013-02-26 22:35:56 | 原子力発電所
 Facebookを始めて悪戦苦闘しているうちに当ブログの更新をすっかり怠るようになってしまった。
 それでもなんとか原発事故により最も怖れられているセシウムについて論じてみようとしたものの、「たかがセシウム」とたかをくくっていたが、それがどうしてどうして、Wikipediaを参考にしてみようかとのぞいてみたら、その解説記述のボリュームが凄まじく、とても要点の把握も概要を頭の中に入れることなどほとんど不可能であることだけがわかったようなものである。
 ただ、「セシウム」と名のつくもので一番有名なのが原発事故により噴出拡散した「セシウム137」であるが、その他にも「セシウム」と名のつくもの(同位体と呼ぶらしい)はなんと39種も存在し、セシウム112からセシウム151まであるということがわかった。
 ただし、いわゆる半減期なるものも同じセシウムでありながらきわめて様々で、230万年という長期のセシウム135、約30年のセシウム137、ずっと短い2年の同134、そして同129、同131、同132、同136はそれぞれわずか1日から二週間で、その他のセシウムは数分の1秒から1日という。
 科学者たちはよくもそんなに詳しく調べたものであるが、それにしても同じセシウムなのに半減期だけについてもどうしてそんなに違いがあるのか不可解である。
 半減期の長さも人体に対する毒性の強弱におおいに関係するはずだからである。
      
     続く

不可能を不可能と言えない「除染」事業(2)

2013-02-07 22:53:17 | 原子力発電所
 更新をすっかり怠っていましたが、ここで再開いたします。

 前回に続く

 よく汚泥は放射線量がかなり高いと言われているし、実際に福島ではそうであろう。
 だが、泥に含まれるセシウムの大半を除染したところで、その泥が清潔になったとは言えるだろうか。断じてそのようなことはない。
 セシウムがわずかでも含まれる泥を飲むことは危険きわまりないが、セシウムがすっかり除去された(それ自体が不可能だが)、もしくは福島から遠く離れた地域の泥なら飲んでも舐めても何ら健康を損なうものではないとは誰も思わないし言わないし、保健所も決して推奨しないであろう。
 なぜなら、泥にはセシウムの有無にかかわらず様々な病原性の細菌や有害物質が含まれているからだし、そもそも見た目にも匂いだけでも到非衛生的なものと感じられるものである。
 それでも行政も住民も、泥が水流や雨水の流れを阻害しない限り、泥の除去(他所への移動)が行政の最優先事業とはされていない。
 それでは放射性物質、とりわけその中でも代表的で最も原発事故により大量に飛散したセシウムを例にして、人間の健康に対してどのような影響を及ぼすものか、探ってみることにしたい。