goo blog サービス終了のお知らせ 

島国ニッポンの山国から

地球温暖化、クルマ社会の諸問題、時評、街作り提言などを島国の中の四方を山で囲まれた山形盆地からのつぶやき

君(分解すればコ・ロ・ナ)の名は徒然草(その①)

2020-05-17 18:26:35 | Weblog
2年半ぶりの投稿になりました。
しばらく当シリーズを続けます。

 <コロナの数え方>って、そもそもどうなのか?
 あまりにも強烈だからといって人格権を与えて1人、2人・・と数えるのも変だし、生物ではないというが、1個、2個・・ではしゃくだ。
 コロナ野郎め、こん畜生と思えば、1匹、2匹と数えたくなる。
 手指のこまめな消毒が強く叫ばれているが、その手指には果たして何匹がくっついているのか。
 1匹~2匹しかくっついていないし、しかも弱まったウィルスでしかないと無害に等しい。
逆に1万匹以上で強毒性だとしたら、消毒薬でごしごし15分も洗って流せば、ほとんどのウィルスは死滅ないし弱体化するであろう。いわば“大虐殺”であり、コロナホロコーストだ。
 でも、全世界的には完全死滅はしていない。むしろアフリカ、中南米での蔓延による第三波の襲来が心配される。また、武漢と日本との経済交流も再開されるという報道もあるがマスコミの報道力はあまりにも控えめ。これこそもっとも強力に<要自粛>を呼びかけるべきではないのか。

 手指に付着のウィルスが1匹か1000匹かもわからないまま、つまり「無害」「無毒」の可能性が大でも消毒液により店舗や施設に入らねばならないとはコロナ全体主義の帝王(または大総統閣下)がほくそえんでいるわけだ。もし、手指に付着のウィルスがわずか1匹だけでも毒性が強力だとしも、口腔から採取された検体だけでPCR検査には表れない可能性が強い。いくら消毒で死滅させても残存部隊が増殖していれば感染者がゼロになることはないので、政府も自治体も国民も戦々恐々。コロナ様はほくそ笑む。でもいつかは泣きべそをかかせてやりたい。

除草と清掃工場

2012-08-28 22:49:30 | Weblog
 なんともうっとおしい光景。
 これは我が家の庭でそのままにしておいている除草作業後の雑草の残骸。
 普通だったら除草により刈り取られた雑草の残骸はビニールの「可燃ごみ」の袋に入れられて清掃工場行きになるのだが、かなりの量になるので、我が家では庭の空き地に野積みの状態にしている。
 ある親しい知人が経営する会社(郊外に立地)のすぐ隣地が新設される清掃工場の候補地になっているという。
 むろん、知人はすぐそばに清掃工場が建設されることには強く反対している。
 それを聞かされると私も雑草まで清掃工場に搬出することには躊躇してしまう。
 我が家の庭なんぞは決して広くはないのに、雑草はかなりの量になる。
 ましてや広大な敷地の邸宅では凄まじいまでの量の雑草になるであろう。
 だから、これをすべて袋詰めして清掃工場で焼却するなら、かなり焼却炉に負荷をかけることになるであろう。
 新しい清掃工場がどこに建設されようが、野積みで間に合うはずの雑草まで焼却するならば、この新しい清掃工場の耐用年数も短くなりかねない。
 雑草の野積みは是か非か?

未来はニュータウンという名の「姥捨て山」

2012-06-02 06:21:48 | Weblog

 今でも宅地購入の呼びかけが賑やかな高台に造成された「ニュータウン」の写真である。
 なるほど真新しいモダンな外観の住宅が既に多く建ち並んでいるが、すぐ近くには今なお買い手がつかない造成済みの空き地もあれば、更に新しく造成工事が進んでいるところもある。
しかし、ここを訪れて歩いてみたときは人っ子一人歩く姿は見当たらず、ゴーストタウンのような不気味な静けさであった。
なるほど、この時間帯は子どもたちの在校時間だし、大人たちは奥さま方も含めて職場で働いている時間である。つまり住民の多くは若い世代の家族で、年配者が居てもせいぜい70歳前後で、80歳以上は希のようだ。
 なぜなら、先に書いたように、この地は「高台」である。でも、津波対策での高台ではない。場所は内陸部も内陸部の山形盆地の際の高台で、蔵王連峰や山形盆地の眺めが素晴らしいことから「蔵王みはらしの丘」と呼ばれている。
 しかし高台なるがゆえにクルマがなければ不便きわまりない。それゆえにクルマが運転できる若い世代の家族が新居の地として選ぶ傾向が強い。
 だが、近くの県道で出会った旧村の老人が次のように語っていた。
「これから30~40年後、彼らもクルマが運転できなくなる年代になると、こだな所ば選んだことを後悔するようななるべ~。」
 それでも彼らの子どもたちがこの地に残って一緒に住んでくれるのなら幸せと言えるであろう。ところが、成人となって巣立ち、結婚して子どもを設けても、配偶者や子どもに気兼ねして(子どもの場合は受験期であるとか・・・)生家に戻って老いた親と同居することはほとんどありえないであろう。いわば互いの「自立」の美名のもとでの「姥捨て」である。
 しかし、信濃の伝説的な「姥捨て山」と大きく違う点がある。信濃の場合は老人たちが里から連れてこられるのだが、現代の姥捨て山は「置き去り」型である。 ⇒ 姉妹ブログ「山形の過去、現在、未来」の本日(6月2日)付けの記事の見出し写真を参照

 この上の写真はこのニュータウン「みはらしの丘」から望まれる山形市の旧市街地でああり、なるほど文字通り「素晴らしい見晴らし」であるが、むろん、ここにも無数の住宅がひしめいている。・・・・・

 ⇒ 姉妹ブログ「山形の過去、現在、未来」の本日(6月2日)付けの記事(←クリック)に続く
     ぜひ、見てくだされ!!  

不思議を探そう!

2012-05-02 19:14:35 | Weblog
 どこにでも見られる都会的街路風景。
 ここは首都圏の某市の中心街。
 確かにごく平凡な光景なのだが、ある一部だけがきわめて奇妙な形態となっている。
 だが、決して“前衛芸術”として街のアートとなっているわけではない。
 だからと言って実用物件となっているわけではない。
 実用物件(街のインフラ)としてはあまりにも中途半端な構築である。
 こんなものが、その都市の一等地にそのままの状態になっているのは、まさに不思議そのものと言うしかない。
 さて、それは何であろうか。

 回答は次回の記事で記すことになろう。

ただ春の夜の夢の如し

2012-04-04 23:09:15 | Weblog

 これは京都の八坂神社。
 それから下に一見無関係に思われる三枚の写真。むろん、上の八坂神社との関係もわかりにくい。
 しかし、これら4枚の写真には関連性がある。
 どんな関連性なのか。
 ヒントは今回記事のタイトルにある。
 むろん、4枚の写真の一つ一つもヒントである。





 ともかく、日本の歴史と宗教、及び現代社会の問題に関心を向けている人士ならば、これらの写真相互の関連性と、ブログ主が何を訴えようとしているかを理解することができよう。

いよいよ「世も末」じゃ!!

2012-04-03 07:22:35 | Weblog
 放射能の被害から子どもたちを守るということで、多くの福島県の若い母親たちが子どもたちとともに山形県内に避難のためやってきている。その数は一万人を超えるとまで言われている。
 それも、事故原発からはかなり離れている福島市や郡山市などの中通地方からの避難者が多いから、放射能に対する恐怖がかなり強いことがわかる。
 確かに放射線量が高ければ、それだけ健康被害度も高くなるものの、滅多なことで「即死」に及ぶことはないはずなのだ。
 子どもたちの健康被害を怖れる母親は多いが、彼女たちとて自分の子どもが今すぐ死亡するとまでは考えていない。早くて数年先、多くの場合、10年、20年先に健康被害が現れることを心配して山形県など他県にまで逃れている。
 その将来の健康被害とて、あくまで「可能性」であって、必ず健康を損なうというわけでもなく、しかも実際に健康を損なう確率自体はかなり小さいようだ。ましてや死亡に至る確率は更に小さくなる。
 ところが、震度7が予想される首都直下型地震や南海トラフ地震による被災予想が公表されても、子どもたちとともに震度が低いと予想される地域や海外に逃れようとする母親たちのことは耳にしていない。
 また、原発事故による放射能拡散に伴い福島県を中心に東北地方全般や北関東で風評被害による観光客が激減したのと同じように、首都圏や東海、南海地方への観光旅行を控える傾向が強まっているとも聞いていない。
 震度7の地震が実際に起きたら、三陸地方での大津波被害や阪神大震災のように万単位や数千人が即死する可能性がきわめて高いのだ。
しかも、首都圏だけでなく東海以西全般の広範囲でそれらの怖れがあるというのだから、まさに「世も末じゃ」というべき状況である。
 それでも若い母親たちは避難しようとはしないし、旅行関連業界も首都圏等への旅行PRを自粛しようとする動きもない。
 つまりは、即死の可能性が高い巨大地震や巨大津波の可能性よりも即死の可能性がきわめて低い放射能の方を怖れるべしということのようである。
 まさに現在の日本では放射能ほど怖いものはないのである。
 

売れ筋は「無形商品」のみ

2011-09-24 09:22:04 | Weblog
 まあ、最悪の画質のタイトル写真だが、海外の各都市などの地名がなんとか多数読み取れる。どうもこれは海外旅行のコマーシャルのようだが、新聞紙面の1ページ全面を占拠しているほどの多彩さだ。
 このような傾向は近年非常に目立っている。
 10年から20年ほどの間の新聞紙面の広告欄を占めている商品と言えば、クルマや家庭電器が多かったのあるが、それも今は昔の話になってしまった。
 それにもかかわらず、相も変わらず政治家たちは中央といわず地方といわずイの一番に口から出るのが「景気回復」という言葉である。
 高度経済成長の時代ならば「景気浮揚」は当然有効な標語であったが、現在では「景気浮揚」も「景気回復」も実現はきわめて難しい。
 その理由はタイトル写真にある海外旅行の広告の隆盛に隠されている。

どうしてこのような旅行関係の広告が幅をきかせているかと言えば、旅行のような「無形の商品」は物理的に家のスペースを必要以上に占拠しない(せいぜいパンフレット類や土産物などが溜まるだけ)上に旅行先は無限に存在するのに対し、クルマや電気冷蔵庫のような有形商品は家の屋内や屋敷内を物理的に塞ぐから、国民の間にある程度普及したら需要は限界になる。
 そして、クルマや家電製品などが普及する時代はそれらの生産と販売が「経済界全体の景気を底上げ」していた。
 しかし、今では経済界全体の景気を底上げするような有形商品はもはや誰も考えつかないようである。
 経済成長が右肩上がりの時代は行財政も潤沢であったが、もはや肥大化した行政機構や高齢化社会を支えうる税収源は先細りだ。
 これは日本に限ったことではなく、すべての先進諸国がかかえる悩みである。

この数値の順位は何だろう?

2011-09-06 22:35:28 | Weblog
 第1位   福島県 1.200 但し、双葉郡での数値
 第2位   山口県 0.092 但し、山口市内での数値
 第28位  山形県 0.041 但し、山形市内での数値

 第2位と第28位の山形県の間の26都府県のうち17府県は関東・東北以外

 ヒントはむろん第1位が福島県で、数値が第2位を大きく引き離していることが注目される。
 しかし、第2位が西日本の山口県というのがわかりにくい。
 そのうえ第3位から第28位の山形県の間に東北・関東以外の府県が17もあるのが一層この問題をわかりにくくしている。

 さて、この数値の順位は何を示しているのだろうか。
 回答は下記の日本列島の地図の下に記されている。
 
[回答]放射線量の各県順位
    
福島第一原発から遠く離れている府県の数値が福島県や茨城県を除く東北・関東の各県より測定値が高い場合が多いことを示している。
それは自然放射線(例えば花崗岩が多い地域など)の多寡によるものなのか、過去の中国などの核実験による影響がまだ残存していることを示しているものなのか、分析が必要であろう。

 

他国の原発事故など想定外です。

2011-06-24 07:53:11 | Weblog
 前回の記事では日本の原発被害を尻目に原発を推進しようとするアジアの近隣諸国や中東諸国のことを取り上げてみた。
 だが、やはり日本の脱原発・反原発、放射能被害から子どもたちの安全安心を守る運動に力を入れている人たちでさえ、多くがアジアの近隣諸国や中東諸国の原発推進政策に対して無関心のようである。
 3・11の大震災と巨大津波を「想定外」としていた東京電力や経済産業省は大いに非難されているが、これでは大同小異ではないか。

中東の石油大国が原発計画

2011-06-16 22:55:27 | Weblog
 福島での原発事故により欧米諸国でも脱原発の気運が上昇している中で、石油産出の超大国とも言えるサウジアラビアが2030年までに16基の原子力発電所を建設することを決定した。
 このことは何を意味し物語るものかといえば、まさしくオイルピーク、つまり石油産出量に限界が見えてきたことを示している。
 国土が広く人口も決して多いとはいえないサウジアラビアでもそうなら、他の石油産出国においても事情においては大差ないと考えるべきかもしれない。
 日本の石油輸入量の約40%はクルマの燃料として使われているという。
 また、クルマを走らせることを支える「クルマ社会」全体もクルマの製造などのため膨大な量の電力を使用し、その多くが石油燃焼による火力発電所から供給されている(むろん原発からも)。
 しかし、オイルピークが近未来のことだとすれば、ガソリンも軽油もふんだんに消費してクルマを走らせることなどは不可能になるということである。
 だからといって、電気自動車にとって代わろうとしても電気の供給源として有望視されていた原発も増設どころか現存の原発でさえ多くが廃炉を求められている。
 この度の大震災・巨大津波での被災者の多くは生活再建も経済復興も「クルマなしでは不可能」と考えているが、そのクルマを走行させるための石油は減産に向かい、電力供給源の原発にはまったく未来がなくなってしまったのである。
 どうしてもクルマを必要とするならば、一人か精々二人だけ乗車のミニカーに留めるべきであろう。

◆写真は湾岸の砂漠ではしゃぐ若い日本人女性たち(国際交流ででかけた)
姉妹ブログ http://blog.goo.ne.jp/rekishi-huukei/d/20080121の記事より転載 URLをクリック