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島国ニッポンの山国から

地球温暖化、クルマ社会の諸問題、時評、街作り提言などを島国の中の四方を山で囲まれた山形盆地からのつぶやき

クルマは自転車追い越し禁止!

2010-06-01 23:53:56 | クルマ社会の問題
 デンマークなど国策として自転車利用が勧められている国々を紹介した衛星放送テレビについてここ2回ほど採り上げたが、今日も紹介し、日本(むろん山形も)でも推進する場合の参考としたい。
 4コマの写真の解説は下記のとおりであるが、閲覧者の方に下記の中から選んで個々の写真に当て嵌めてもらいたい。
 ◎公共の広い駐輪場は街の各所に設置されている ◎自転車専用の信号 
 ◎「クルマは自転車追い越し禁止」の標識(ドイツ語のようだ)
 ◎自転車利用者の多さにびっくり

母子用自転車(欧州と日本)

2010-05-29 22:06:52 | クルマ社会の問題
 衛星放送のテレビを見ていたらヨーロッパの自転車事情が紹介されていた。
 日本でも行き過ぎたクルマ社会についてほんのわずかながら見直しされるようになっており、その中で「自転車の復権」も叫ばれるようになっている。
 しかしそれでも日本の場合はまだまだである。
 幼児を前後に乗せながらも安定して走れる自転車が開発され、購入費用の一部を助成する自治体もだいぶ現れるようになっているが、いかに「安定性」が売り物になっているとはいえ、二輪ではやはり安定性に限界がある。
 これに対してオランダやデンマークなど自転車利用が国策とまでなっている国々では幼児を乗せるボックスを装着している三輪自転車が多いようだ。この方が安定して走れそうだ。
 その場合はむろん自転車専用道路が充実しているうえに、クルマより自転車走行を優先させる施策がとられているようでなければならない。
 幼稚園や保育園、託児所へ重量あるどでかいクルマで幼児を送迎して二酸化炭素を大量に排出するよりも軽量の三輪自転車で幼児を送迎する方がどれほど環境に優しいか比較するまでもなかろう。

半年になった自転車道「社会実験」

2010-05-18 23:51:42 | クルマ社会の問題
 山形市中心市街地の約1kmにわたる自転車専用レーンの「社会実験」が始められたのは昨年11月5日であったから既に半年を過ぎている。
 そこで昨日はこれを“記念”してか、運営体がこの専用レーンの利用状況を公表するとともに自転車利用者に対する一層のマナーの向上を呼びかけた。
 それによると、専用レーンの利用状況は向上し歩道を走る自転車はだいぶ減少したものの、依然として歩道を走る自転車は後を絶たないとのことである。
 でも、以前このブログでも述べたように、「歩道を走る自転車の撲滅」のみを図る目的でこの試みがなされたとすれば、問題の根本的な解決にはならず、やはり歩道を走る自転車は後を絶たないことは間違いがない。
 確かに歩道を走る自転車は歩行者に危険を及ぼすから問題であるが、自転車が歩道を走るようになったのは車道ではクルマが増え過ぎ、しかもクルマの速度が速いので自転車利用者にとっては車道走行は危険になったからで、それゆえ自転車問題は即ちクルマ社会の問題なのであり、溢れすぎたクルマの利用の抑制を図ることなしに自転車問題の本質的な改善はありえないのである。
 つまり、クルマ利用者の不満の声の方に耳を傾けるようであれば、この社会実験を取り止めざるをえなくなり、実験は失敗ということになる。
 近い将来において現在の“実験”の区間のみならず、市域全体に自転車専用レーンを延伸や新設する意図がない限り、「場当たり的」な施策でしかないことになる。
 この“実験”の区間以外の道路ではほとんどの自転車は歩道を走るのだから、その癖(くせ)や習性が身に浸みており、だから“実験”区間に入ってもつい歩道を走ってしまうのではないか。

◆写真 本日(5月18日)の中心商店街の自転車レーンと車道  時間帯や撮影タイミングにもよるが、やはり自転車の姿は依然として少ない (左下はデンマーク・コペンハーゲンの自転車専用レーンの利用状況)

これから先は、どだなごどになるんだべ?

2010-05-08 21:08:24 | クルマ社会の問題
 手前は国道で、その前方が県道。山形市の中心市街地である。
 その県道も手前の国道の拡幅計画に伴う拡幅がかなり以前から計画され住民にも提示されていたが、近年の自治体の財政難の影響で計画の実施は遅々として進展がないままでいた。
 それでもようやく測量費の予算が計上され、いよいよ今年度から測量が開始される見通しのようだ。
 しかし、その後の用地買収や店舗や住宅などの既存建造物の解体と更地化、そして道路本体の工事はまだまだ先のことになろう。
 道路は平面施設だからビルなどの建築工事よりははるかに簡単なように思いがちになるが、手前の国道の拡幅工事は用地買収と更地化が完了してからも既に3年になろうとしている。
 むろん、沿道の地権者と建物の所有者全員の同意を得てから既存の建造物が解体されるに至るまでも幾年を要したことと自治体の現今の財政の更なる逼迫化を考えると、前方の県道の拡幅が完了するまでは更なる年月を要することになろう。
 更に心配なのは、手前の国道東側の街並み景観が拡幅以前よりも劣悪化しており、西側はやっと残存建造物の解体が完了したばかりだが、歩道予定部分の内側に駐車スペースが凸凹に並ぶことは既に明確化しており、沿道西側の街並み景観も更に劣悪化することは明らかなので、同様に前方の県道部分(拡幅後は国道に昇格予定らしい)についても拡幅後の街並み景観がどうなるのかということである。
 以前は街並み景観を劣悪にしている要因の筆頭は電柱と蜘蛛の巣のような電線であったが、電線の地中化が進められている現在は歩道の内側に任意で設置された駐車場もしくは駐車スペース、駐車ビルであると言える。
 歩道の内側にこれらの駐車施設が乱雑に作られると街並み景観が劣悪になるだけでなく、歩道を横断するクルマが激増するために、膨大な公費を投じて造成された幅広い新設歩道も歩行者を危険にさらすスペースに変貌し、また歩道自体がクルマ横断の便益のために平板でなくなり、並木の植栽スペースも限られてくる。
 行政や沿道住民もこれらの点を重視のうえ解決を図らないと「都市計画」の名による巨額の公費を投じた「都市破壊」を容認するだけのことになってしまう。  

レジ袋削減の影で・・・(2)

2010-04-15 23:05:21 | クルマ社会の問題
 ◎前回に続く
 まずはそれぞれの写真説明から始めたい。
①[左上]ムンバイ市当局と住民との対話集会において、高架道路建設(前回記事の写真)は大気汚染をより深刻化するものとして反対し地下鉄などの公共交通機関の充実を行政に求める富裕市民街区の自治会代表の婦人
 ②[右上]同じく対話集会において、大気汚染がより深刻化することを心配するのは一部の富裕層が集まる地域だけで、交通渋滞を解消する高架道路建設に反対するのは一部の富裕市民たちのエゴイズムでしかないと主張する非富裕層の婦人
 ③[左下]富裕層は高級車を乗り回しながら大気汚染の深刻化を理由に高架道路建設に反対するのは矛盾だ。私だってタタ社の超小型車くらいなら何としても手に入れたい。でも、富裕層がクルマを捨て去るなら私もクルマを欲しがるのをやめてもよい、と述べる男性
 ④[右下]いつもクルマでごった返すムンバイの道路

 この富裕層と非富裕層の対立図式は、ちょうど地球温暖化対策のCOPコペンハーゲン会議で二酸化炭素など温室効果ガスの大幅削減をすべての国々に求めた先進諸国とそれに頑強に抵抗した途上国との対立と酷似している。
 レジ袋の削減やアイドリング・ストップ程度で地球温暖化抑制に向けて努力しているかのようなポーズをとりながら、わずかの距離でもクルマを乗り回す多くの日本人に対する批判のようでもある。

カラスなぜ鳴くの、カラスは街に・・・

2010-03-13 23:26:24 | クルマ社会の問題
 最近とみに市街地でのカラスの害がひどくなっているようだが、このほどカラス対策についての集まりがあり、行政からの報告とともに専門家(大学教授)による講演を聴く機会を得た。
 普通、市街地でカラスが増えた要因としては市街地でカラスの食料が得やすくなった、とりわけゴミ集積所での生ゴミの出し方がルーズであることが挙げられることが多い。
 しかし、カラスは雑食性の鳥類であるから、必ずしも生ゴミだけを狙う必要はなく、農作物や果樹、野生の小動物が多い農村部や山間部でも生きていくことは現在も充分に可能なはずである。
 古い童謡でも「カラスなぜ鳴くの、カラスは山に可愛い七つの子があるからよ」と唄われているように、本来のカラスは山をねぐらにしていたのであり、昼間は里に出て農作物や小動物を餌として求めていたのであるから、「生ゴミ」だけが市街地でのカラスの増殖の主たる要因とすることはできない。
 今日の講演では、もう一つ市街地でのカラスの増殖の主たる要因が述べられていた。
 それは市街地での夜間の光の氾濫であり、そして夜間照明がまばゆい所には広い平面施設、つまり拡幅された都市計画道路や駐車場が多いことも市街地でカラスを増殖させているのではないかとも述べられていた。
[※以下は以上の講師の話を踏まえてのブログ主の推論]
 カラスは夕暮れ以降は特に大集団の群れを為す傾向が強いが、それは大きな公園や神社など深い樹林のある所で群れを為して「ねぐら」とするためであり、夕暮れ時の終結場所としては夜間照明がまばゆく、しかも見通しの良い平面施設が多い所、つまり広い道路、駐車場、コンビニ、ガソリンスタンドなどがある所は好適地である。
 夜間照明は人間にとってだけでなく、カラスにとっても夕暮れ時の見通しを良くしてくれる。しかもこれらの照明は多くの場合「クルマ社会」ならではの照明である。
 むろん広い道路、駐車場、コンビニ、ガソリンスタンドなどはクルマ社会そのものの施設である。(コンビニ等も広い駐車場を備えている場合が多い)
 それに加えて市街地内の幹線道路沿いの地上に電線が張り巡らされていれば、直接クルマや人間と接触する危険もなく、「仲間たち」を同一の目線で見渡して集団としての意識を自己確認するために電線は「ねぐら」である近くの樹林に帰る前の格好の集結施設となるのではないか(上の写真の左側参照)。
 

温泉街とホコ天

2010-03-06 23:34:11 | クルマ社会の問題
 先々週は寒冷。先週はバカ陽気。そして今週はやや寒冷だが昨日だけはまたしてもバカ陽気。
 そして明日からはまたしばし寒さが舞い戻るのだという。
 このような気候の乱高下はまさしく地球温暖化の表れと言えよう。
 その「バカ陽気」の先週は庄内浜の温泉にでかけた。
 翌朝、温泉街を散策したが、この温泉街には意外なところに「先進性」があるのに気づいた。
 この温泉街もむろん温泉旅館や観光関連業種だけで成り立っているわけではなく、一般住宅も多いから、ほぼ市街地と申してよい。
市街地だから、海岸線沿いに何本かの道路がほぼ平行に走っている部分が多い。
 そのうちの一本はクルマの通り抜け用の幹線道路で、あとの複数の平行道路のうちの一つが写真の「右側」の道路であるが、この道路は歩行者と自転車だけの道路であった。
「歩行者専用道路」といえば、たいていの場合比較的大きな都市の中心商店街に見られるものを想起するが、ここの場合は市街地では市街地でもその市(鶴岡市)の中心市街地からは遠く離れた所に位置しており、それが私にとっては意外な嬉しさであった。
 
 

アメリカ議会にトヨタを責める資格なし

2010-02-27 10:33:59 | クルマ社会の問題
 バンクーバー五輪と並んで日本国民と世界の耳目が集中的に向けられているのが同じ北米大陸のアメリカ国会での豊田章男トヨタ社長をめぐる公聴会の模様である。
「安全安心」のお題目が賑やかなのは日本だけかと思っていたら、なんと銃犯罪大国と交通死が格段に多いアメリカでも「安全安心」が強く叫ばれているらしい。
 トヨタ車、とりわけハイブリッド車の欠陥問題は国会議員にとってアメリカ国民の「安全安心」にとってきわめて重大な問題であるらしい。
 まるでアメリカ国内における自動車事故と交通死の大半がトヨタ車に起因しているかの如くの状態である。むろん、決してそんなことはない。
 だが、日本の自動車産業、とりわけトヨタ車のアメリカへの激流のような進出はアメリカの産業界、特にビッグスリーのような米国自動車産業界にとっては「真珠湾攻撃の経済版」のように感じられているからなのかもしれない。
 しかるにアメリカ国内における自動車事故と自動車起因の死亡事故はすくし古い統計だが2003年時点で、人身事故件数が196万件、死者数が4万2643人にのぼっている。
 これに対して日本では人身事故件数が95万件、死者数が8877人である。
 つまり、人身事故件数では米国は日本の約2倍、死者数では約4.8倍も多い。しかも、日本では2001年と比して死者は1183人減少したが米国では逆に527人増加している。
 すなわちアメリカにおける交通死者数はイラクでの10年以上にわたる米兵の死者数の約10倍にもなり、数年間にわたるベトナム戦争での米兵死者数にも匹敵するから、まさしく戦時並み、否、それ以上の犠牲者数である。
 2003年には既にトヨタはかなり進出していたが、プリウスなどのハイブリッド車はほとんど売り出されてはいなかった。つまり、そのような状況下においてもアメリカでの車による死者数は戦時以上の犠牲者数であったことを物語る。
 アメリカの政治家たちよ、欠陥車の有無以前にアメリカのクルマ社会が「欠陥だらけ」であるがゆえにこれほどの死者数が多いことを直視すべきではないか。
 もっとも、日本でも死者数はさらに減少して2009年には5千人台にまでなったが、それでもジャンボ機が10機墜落したに相当する数であり、また、地方都市の多くはクルマによりズタズタにされて「瀕死」の状態になっていることを忘れてはならない。
  ※ 写真はインターネットニュースより

五輪銅メダルを産んだ丘陵の坂道

2010-02-16 23:51:35 | クルマ社会の問題

 毎年世界各地で開かれる競技大会でのメダルとオリンピックでのメダルとの間にはほとんど価値に差がないと思われるのだが、一般的には五輪でのメダルこそ他のメダルとではあたかも何十倍も重みに差があるように扱われているから、五輪フィーバーに沸く世論におもねるわけではないが、この度のバンクーバー五輪500mスピードスケートで銅メダルを獲得した山形市出身の加藤条治選手の実家がある丘陵方面の写真をお目にかけたい。
 手前に広がるのが山形市の市街地であり、背後に聳えるのは蔵王連峰に属する龍山である。この山は古代から中世にかけて修験者で賑わった霊山でもあった。
 蔵王の主峰の熊野岳や樹氷で有名な地蔵岳はこの龍山に隠されて見えない。また蔵王温泉や蔵王スキー場も龍山と熊野岳の間にある。
 さて、加藤選手の実家はこの龍山の麓に近い丘陵地帯にある。
 また、彼の母校である小学校は山麓に、また中学と高校は市街地にある。
 彼は麓の中学校や高校に毎日自転車で通学したが、むろん帰路はかなりの急勾配の坂道をその自転車に乗って帰宅したという。
 往路は下り坂であり、上り坂ほど脚力は鍛えられないものの、バランス感覚はかなり養われたに違いない。こうして毎日の自転車での通学と帰宅により、まさしく彼の強靭なスプリントが培われたことは確かであろう。
 やはり自転車力は偉大である。

◎上の写真をクリックにより画面拡大
◎関連記事は姉妹ブログ「山形の過去、現在、未来」(←クリック)

バスと乗用車との大きな違いとは?

2010-02-06 11:23:48 | クルマ社会の問題
 ここに2つのクルマの写真がある。
 申すまでもなく大型バスと一般乗用車であるが、この両者の「大きな違い」とはいったい何なのか。
 むろん、大きさにおいては拡大の差異があり、その他にも様々な差異はある。
 でも、まったく別の角度から差異を探せば、「マイカー甘やかし」を象徴する差異を指摘できる。
 その「差異」とは、ドライバー席のすぐ脇に「別の座席」が有るか無いかの違いである。
 一般乗用車のドライバー席のそばには当然のように座席がある。
 同乗者がたったの1名の場合はたいていその前列の運転者席の脇の座席に座る。
 だから、同乗者と運転者は走行中も会話する場合が多い。
 運転者自体も会話をしながらの運転の方が楽しく運転できるし、退屈な運転により「居眠り運転」に陥る危険を避けられるから、かえって安全運転に役立つと言う人までいる。
 だが、路線バスであれ観光バスであれ、乗客が運転士にバスの走行中に話しかけることは禁止されている。むろん、安全運転のためである。
 また、運転士がカーステレオの音楽やラジオを大きな音量で聴きながら走行させるようなバスに乗りたがる乗客は居るだろうか。ましてや携帯電話しながら運転する運転士のバスにも多くの乗客は不安を感じるであろう。むろん携帯電話しながらの運転は乗用車でも禁じられているのだが、警察の取り締まりもさほど厳しくなく、そのような光景は街角ではいくらでも目にすることができる。
 このように「動く公共空間」としてのバスと「動くプライバシー空間」の如き乗用車との間には大きな差異がある。
 しかし、行政が本気で国民・市民の「安全安心」の社会作りを目指すなら、この差異の撤廃、つまり、乗用車の前部の同乗者席の撤廃(ちょい無理があるかな)やカーステレオやラジオの設備などの撤廃をメーカーに求めるべきであろう。