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島国ニッポンの山国から

地球温暖化、クルマ社会の諸問題、時評、街作り提言などを島国の中の四方を山で囲まれた山形盆地からのつぶやき

真っ先に自転車レーンの除雪を

2010-01-16 16:05:38 | クルマ社会の問題
 毎年恒例の「初市」(※注)に際して自転車レーンと自動車道を立体的に区画する縁石とポラードが取り外され、積雪期の真っ只中であるだけに除雪車の円滑な稼動のためにこれらの立体的区画物は春までに取り外されたままになるのかとも心配していたが、この初市が終了後は上の写真の通りポラード(棒杭)だけは再び取り付けられた。
 ※注:前回の記事か姉妹ブログ「山形の過去、現在、未来」の1月10日付けの記事を参照
 だが、自転車愛好者には喜ばれる自転車専用レーンではあるが、やはり冬季には難点があり、行政にも頭が痛い問題であることは確かである。
 それは当然、積雪や凍結の場合の問題である。
 除雪車は自動車道路では幅員が広いために稼動しやすいし、ここの歩道は中心商店街の沿道であるために地下水循環による融雪設備が張り巡らされているため、かなりの歩道上の積雪もすぐ融解するので歩行者は転倒の心配もなく歩くことができる。
 これに対して自転車レーンでの除雪はこの狭い幅員を稼動できる除雪車(または除雪機)の数が限られていることもあり、この写真でわかるように後回しされがちのようである。
 自動車、歩行者、自転車の3者の中で最も雪道や凍結道路が苦手なのが自転車である。
 クルマは減速さえすればわずかなスリップはあっても横転まですることは少ないし、歩行者も用心して歩けば転倒することはやはり少ない。
 しかし、雪道や凍結道路での自転車ほど転倒の危険性が高いものはない。
 だから、冬季はよほどこまめな除雪がなされないと、多くの自転車族は自転車レーンでの走行を避けがちで、融雪される歩道を走行し、歩行者を危険にさらすようになる。
 むろん、自転車専用レーンがある区間だけを除雪しても他の専用レーンのない地域を走る自転車は冬季は極少になるから、自転車専用レーンがある区間を走る自転車もかなり少なくなるであろう。
 それでも、行政が環境に優しい乗り物として積極的に市民に対し自転車利用を推奨するなら、やはり積雪がある場合は真っ先に自転車レーンから除雪を始めるべきであろう。
 併せて、自転車レーン設置の地域の急速な拡大策を図るべきであろう。
 中心商店街の周辺で新たに拡幅または新設された道路ではかなりゆったりした幅員の融雪歩道も敷設されている場合が多いので、その一部を自転車レーンに変更したとしても、そのために自動車の部分が削減されることもないのでクルマ利用者からの苦情もほとんど考えられない。

自転車レーンの立体区画が消えた!

2010-01-10 23:49:01 | クルマ社会の問題

 今朝早い時間に外出し中心街にさしかかったら、あの国土交通省などによる「社会実験」の最中にあるはずの自転車専用レーンを立体的に区画する縁石と棒杭(ポラードというのだろうか)が消えて無くなっていた。(下の方の写真)
 次に青いペンキと白線も消えて無くなるのだろうか。
 でも、この街路の両脇にはすごく多くの荷物が雑然と並べられ、なんか慌ただしい雰囲気に包まれていた。
 やがて、露店のテント設営などの作業が始まった。

 さて、いったいどうして縁石と棒杭が取り外され、その後も取り外されたままの状態になるのだろうか。

 なお、この記事と同じ日付の姉妹ブログ「山形の過去、現在、未来」の記事と写真をご覧いただくと縁石と棒杭が取り外されたわけがわかっていただけよう。
http://blog.goo.ne.jp/rekishi-huukei/d/20100110 ← クリック

塗り壁タワーから謹賀新年?

2010-01-01 23:09:11 | クルマ社会の問題
 美観が完全欠如の建造物が相次ぐ中でも「駐車ビル」としてのタワー型駐車ビルほど美的センスが完全に排除されている都市建造物はないであろう。
 現在よりは市民生活がはるかに貧しかったはずの明治から昭和初期にかけての都市建造物の方が格段に瀟洒で風格が感じられ、美的センスが漲っていたように思える。
 こう考えると、現代と戦前とではどちらの方がより豊かなのかが判らなくなる。
 近年の都市景観、とりわけ街路景観の劣化は目を覆うほどであるが、その主たる要因はクルマ社会の進展であり、クルマを少しでも速く走らせ、一台でも多く駐車させるためには街路景観などはすこぶるなおざりにされてきたきらいがある。
 この写真の駐車タワーは山形の鹿鳴館ともいうべき典雅な文翔館(大正初期建築の傑作)のすぐ近くに立てられたものだが、概観はまことに好対照で、まさに美的センスは微塵も感じられない、とにかくクルマを一台でも多く収容できればよしとするような建造物である。窓も装飾も余分な凹凸も皆無なため、水木しげる氏の妖怪漫画に登場する「塗り壁」そっくりの外観である。
 せっかくの巨大な平面が勿体ないので、所有者に無断で新年にちなみ「謹賀新年」を書き入れてみた次第である。
 ◆写真[左]は12月30日の温暖で晴天の中に映える「塗り壁」タワー [右]は一転降雪の元日の塗り壁 何かNYの崩壊したWTCツィンタワーと似てはいないか。
こんなものばかりが多くなるとテロリストが攻撃するまでもなく日本の都市はまず景観から崩壊し、そして都市機能まで崩壊して行くのではないか。

幹部公務員、不倫運転で懲戒免職!

2009-12-04 15:27:15 | クルマ社会の問題
 タイトルと写真はほとんど関係ないようにも思われるが、「不倫」という文字だけは共通する感じもするであろう。
 超有名な世界ゴルフ界のスーパースター、タイガー・ウッズ選手の自動車事故は軽微な負傷で済んで、低額な罰金だけで落着したかと思いきや、これを機に次から次へと出るわ、出るわ、第三の女どころか第四の女とかの話まで出て、世界中のマスコミ人とテレビ視聴者たちが楽しんでいるような状態までに発展している。
 つまり、「犯罪の陰に女あり」に似ているが、「彼の事故の影に女あり」ということのようである。
 現在、日本では飲酒運転に対する罰則と社会的制裁がきわめて厳しくなつている。それはそれで当然のことであるが、あまりにも片手落ちの色彩が濃厚である。
 なぜなら、飲酒運転だけが交通事故を招くわけではなく、もともと交通事故の大半は飲酒運転が原因によるものでないことは言うまでもなく、割合は以前よりさほど高くはなかった。つまり、飲酒以外の要因による事故の方がもともと圧倒的に多く、飲酒運転撲滅運動だけが活発することにより、それらの事故要因に対する対策がなおざりにされる傾向が高まっているからである。
 タイトルの内容は映画のタイトルのようにあくまで架空のものであるが、実際にかなり頻繁に新聞記事の見出しに現れる「飲酒運転により幹部公務員が懲戒免職」に倣ったものである。
 ウッズ選手の事故要因が本当に彼の不倫をめぐる夫婦間の騒動による精神的パニックだとすれば、「不倫運転」も飲酒運転と同じように事故の要因となりがちである。
 むろん、幹部公務員が「不倫」そのもので懲戒免職になることはないであろう。しかし、不倫発覚によるパニックや発覚を怖れての不注意運転は事故を招く危険性が充分であり、そのような場合は極力クルマの運転は避けるべきであろう。
 似たようなものとして「失恋運転」も重大な不注意運転を招くし、マジメ過ぎて仕事のことで頭がいっぱいのままの運転も絶対に勧められるものではない。
 不注意運転に直結することをすべて刑事罰や社会的制裁を与えることになるとしたら、飲酒運転の場合と同じように「仕事を考え過ぎ」運転も懲戒免職を招くことになろう。

地方ではさらに沢山の「命綱」が欲しいようである

2009-11-30 22:37:29 | クルマ社会の問題
 全国各地の知事さんたちが集って政府に対して「もっと道路予算」と強く要望したようだ。わが山形県知事も一緒だったようである。
 その「言いぶん」はやはり、出たあ~!
 地方の道路は「いのちの道」であり「命綱」だというのである。
 だが「命綱」は既にあり余るほど出来てしまっているのではないか。
 これ以上「命綱」を紡いでも、むしろそれらの命綱が複雑にからみあって、逆に地方経済を麻痺させてしまうのではないか。
 わが山形市と上山市との境界線界隈は東西に山岳や丘陵地帯が迫り、「地峡」のような地域であるが、上の地図でもわかるように、なんとこんな狭い地帯に6本もの幹線道路が南北に走っているのである。
 高速道路が1本、国道が2本、県道が3本もである。造り過ぎではなかったか。
 山形市近郊ばかりでなく、他県においても似たりよったりなのであろう。
 これらはみんな「命綱」というわけである。
 それでも地方にとってはまだまだ幹線道路の整備は遅れているというのである。
 民主党よ、地方では本当にこれ以上幹線道路の新設や拡幅が必要なものか、「事業仕分け」を中央ばかりでなく、地方でもてきぱきとやって見せてほしいものである。
 

自転車道「社会実験」、多数意見に押されたら失敗するぞ

2009-11-26 20:24:00 | クルマ社会の問題
「クルマ離れ」という言葉が聞かれるものの、この写真でわかるように、ここではその「クルマ離れ」の実感は少しも沸いて来ない。
 車道には延々と連なる車列。
 一方、自転車レーンは立体的区画が施されたうえで装いも新たとなり、国土交通省を主体とする自転車道の「社会実験」が開始されたものの、このレーンを走る自転車の姿はほとんど見当たらない。遥か遠くの小さな影が自転車のようだ。
 だから、マイカー族にとっては「こんな自転車レーンなどあると渋滞に拍車がかかるだけだから迷惑でしかない」と思うに違いがない。
 実際、マイカー使用者からの不平の声はしきりである。
 この「社会実験」では多くの市民の声を聞いた上で今後の自転車道のあり方の参考にするのだという。
 だが、「市民」とは申しても、クルマ使用者が圧倒的に多数派であり、自転車使用者とて多くは高校生である。高校生とは謂わば「マイカー族の予備軍」であり、他の自転車利用者とて多くは「確信的な自転車愛好者」というわけではないし、また、自転車レーンの「協力な支持者」というわけではない。せっかくの自転車レーンを走らずに、今なお歩道を走る者は後を絶たない。
 だから、「市民」の感想や意見、要望、苦情を聴いていたら、たぶんクルマ使用者としての立場からのものが多数を占めることになるであろう。
 この「実験」に関しては「民主主義の原則」を適用すべきではないのである。

 この「実験」の発想が、そもそも自転車悪玉論(とりわけ歩道における自転車)から始まっているように思えるが、多くの自転車を歩道に追い込んだのがクルマであることを忘れてはならないのであり、クルマ削減の発想がなく、自転車推奨による自転車利用者大幅増加策を推進しないままではこの「社会実験」は失敗に終わりそうな気がしてならない。

高速道路「出入り口」大増設論の検討(3)

2009-11-24 17:50:24 | クルマ社会の問題
  出入口の大増設は地方の繁栄を招くか、地方の大崩壊を招くか
 高速道路無料化の推進論者は単に無料化だけでなく、高速道路への出入りが便利になるように出入口(インターチェンジのことだろうか?)を大増設し、かつ出入口の周辺を市街地化して商工業施設や公共施設などを多数配置させれば、地方社会の振興に大きく寄与するということを主張している。
 つまり、「地方の時代」「地方の自立」は高速道路の出入口を大増設すことによって実現化するということのようである。
 だが、現在でもたいていのインターチェンジは市街地から遠く離れた「市街地化調整地域」に設置されているから、無料化論者はインターチェンジないし出入口の周辺を市街地化すべきだと言っているに等しい。それを各自治体が認可したとしても、ただでさえも無制限な都市のスプロール化によって中心市街地ばかりでなく周辺部まで崩壊が進んでいる中で、更なるスプロール化に拍車をかけることになりなねない。
 上の地図は山形市の西部郊外を南北に走る東北中央高速道のインターチェンジの部分であるが、その連結道路の複雑ぶりを見ただけで、単なる交差点のような構造のわけには行かず、用地購入や建設にかかる費用が膨大になるだけでなく、周辺に市街地機能を持たせるにしても、そのレイアウトもかなり苦心を伴うことになるであろう。

高速道路「出入り口」大増設論の検討(2)

2009-11-21 05:28:40 | クルマ社会の問題
◆前回に続く
でもワイワイ氏よ、ちょっと待ってケロ!(※ワイワイ氏については前回記事参照)
インターチェンジを新しく1カ所建設するにも1億円や2億円の建設費で済むわけがあるまい。概して高速道路は一般道路よりも上背が高く造られているから、新しい出入り口を造るには、それに至る連結道路の勾配を少しでもゆるやかにするには大きなループ状にする必要があり、それだけでも用地は広く確保しなければならず、また建設費もかなり高額になる。
むろん、この費用をワイワイ氏がすべて彼の巨大なポケットマネーで賄ってくれるわけもないし、土建業者が善意で負担してくれるわけでもあるまい。
高速道路が無料になるなら当然利用料金で支払われるわけではなく国民の税金から建設等の資金が拠出されることになるが、高速道路を滅多にまたはまったく利用しない人も負担することになる。
もし、片道300kmの路線において3km毎に出入り口を新設するとすれば、101箇所の新旧の出入り口から既存のインターチェンジ(仮に21箇所とする)を差し引けば80箇所の出入り口とループ状の連結道路を上り線と下り線の両側に80本ずつ計160本建設する必要が生じる。やはり膨大な建設費と用地費とになるわけである。

高速道路「出入り口」大増設論の検討(1)

2009-11-17 18:05:53 | クルマ社会の問題
 民主党に高速道路無料化の「入れ知恵」をしたと目されるワイワイ氏(Mr.Y.Y.)はまさしく無料化論の急先鋒であるが、さすがの彼も現状のままでの無料化では実益半分(或いは半分以下)と考えているようである。
 すなわち彼は「無料化」に付け加えて高速道路と結ぶ「出入り口および一般道路との連結道路の大増設」を提言している。
 彼によれば、日本の高速道路の利用度が低い(※注)のは料金が高額であるのに加えて出入り口(インターチェンジ)が少な過ぎるからであるという。
 現在は十数km程度毎にインターチェンジが設置されているが、それを3km程度毎に設置すれば高速道路の利用度は格段に高まるというわけである。
 でもワイワイ氏よ、ちょっと待ってケロ!
 → 次回へ続く
(※注:確かに大都市圏から遠隔の人口希薄な地方の高速道路が渋滞することは滅多にないが、大都市圏やその近くではかなり以前から渋滞は恒常的であった。)

このブルーのゾーンを何と心得る?

2009-11-06 23:00:19 | クルマ社会の問題

 またしても、昨日に続いて水戸黄門のドラマで聞くような台詞だが、今日も国土交通省主体の「社会実験」開始2日目の自転車専用レーンの状況をお目にかけたい。
 前日の当ブログ、および姉妹ブログ「山形の過去、現在、未来」の記事の続編であるが、ああ、やはり先が思いやられる状況だ。
 何と言っても、山形はやはり圧倒的に典型的なクルマ社会だということが思い知らされる。
 せっかく鳴り物入りで造成された自転車専用レーンなのに、このレーンを走行する自転車の数が少ないのに比べ、そのすぐ脇に並ぶ車列の密度と長さを見ると、なんだかこのスペースが無駄で勿体ない感じすらして来る。
 おそらく、脇に並ぶクルマのドライバーたちの多くは「こんなゾーンがあるからこんなに渋滞するのではないか」と思っているに違いない。
 そう言えば、昨日の朝日新聞山形版でも渋滞の多発を懸念する声が多いことを報じていた。昨日も、この渋滞の中で進みかねていた救急車を目にした。
 きっと「生命尊重至上主義者」の中からも声を荒げて自転車ゾーンを目の敵にする者が出てきそうである。否、こんな時だけ「生命尊重至上主義者」になっているのかも知れないのだ。やはり実際にそのような者が居るならば、通り抜けするだけのクルマが圧倒的に多いことを棚上げして、救急車の立ち往生を自転車ゾーンのせいにするなんて筋違いも甚だしい。
 ところが写真②のように、堂々と(!?)自転車レーンに駐車しているクルマを今日も目にした。
 それは、所々に自転車ゾーンと車道とを立体的に区画する縁石もポラードもない箇所がある。なぜなら、歩道の内側に駐車スペースに出入りするクルマにへの“奉仕”としてその部分だけを空けているから、これ幸いと、自転車ゾーンを横断どころか、“占拠”してしまうクルマさえ現れるわけである。シャッターチャンスこそ逃したが、このクルマのためにわざわざ歩道に入る自転車も数台あった。
 ◆写真 ①境界を立体的に示す縁石とポラード ②これが水戸の黄門様にお叱りを受けるべきクルマ 車道内のクルマもいつでもポラード列がない箇所から進入できるわけだ ③歩道の歩行者の通行を妨げ、更に自転車走行をも妨げる歩道内駐車場から出るクルマ ④高校生たちの下校時間前ということもあるが、とにかく自転車が少ないのに、沿道の商店に用のないクルマの長蛇列が続く