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島国ニッポンの山国から

地球温暖化、クルマ社会の諸問題、時評、街作り提言などを島国の中の四方を山で囲まれた山形盆地からのつぶやき

速度感覚を麻痺させる広い道路

2009-04-21 22:33:39 | クルマ社会の問題
 先日、知人のクルマに同乗して郊外にでかけた。
 その知人も行き過ぎたクルマ社会や巨額の予算が投じられる道路づくりにはかなり批判的である。それでもクルマはなかなか手放せないようである。
 市街地の狭い道路から郊外の広い道路に入ったとたん、彼は法定上限速度をかなり超過しての運転を始める。
 なぜなら、同じ速度でも狭い道路と広い道路では速度感覚が大きく異なり、広い道路ではかなりのノロノロに感じられるようになるからのようである。
 なるほど、彼が上限速度に戻した際には小生も速度がのろく感じた。
 この感覚はちょうどジェット旅客機の窓から下界を眺める場合と同じようなものであろう。むろんジェット旅客機はべらぼうな速度で空を飛んでいるのだが、それほどの速度であるようには感じないものである。はるか下界の富士山は前方から後方へそれこそゆっくりと移動しているように見えるものである。
 つまりは、広い道路はドライバーの速度感覚を麻痺させてしまうものである。
 そして、警察までが多少の速度超過には“寛容”になってしまうようだ。
 最近は警察はむろん、一般社会までが飲酒運転にはきわめて厳しくなっている。
 だが、もともと飲酒運転による死亡事故の割合はさほど高くない。
 むしろ死亡事故の多くはスピードの出し過ぎにからむものが多いのだが、それでも警察は速度違反に寛容であるのは大きな矛盾である。
 「酒酔い運転」には厳罰で臨むが、「速度酔い運転」には寛容の精神で望むというわけである。40km/hでも殺人的速度であるのに、のろく感じるというのは既に速度感覚が麻痺した「速度酔い」に陥っている状態なのである。

※写真は十数前のもの。ここは山間部だが、平野部なら速度はのろく感じる。

危険と言われ始めた自転車族

2009-04-08 21:03:21 | クルマ社会の問題
 たしかつい最近のテレビの報道番組で、多ぜいの歩行者や子どもたちが歩く道をスピードを上げて疾走する自転車族が増えて、歩行者や子どもたちが危険にさらされることが多くなったことを報じていた。
 確かにクルマ(四輪車)通行禁止の道路を自転車が30km/hや40km/hで走るのは危険であり、TVリポーターも声を枯らして「35kmでは速過ぎる」と訴えていた。
 でも、クルマなら歩行者の多い歩道が未整備の生活道路でもごく当然のように40kmくらいは出して走っている。しかも制限速度の超過もごく普通である。
 しかし、そのような自転車以上の高速のクルマの走行を諌めるTV報道を見かけた記憶はほとんどない。
 自転車は軽いが、クルマは「軽」でも自転車の十倍以上の重量がある。
 それゆえ同じ40kmで歩行者をはねても殺傷力は格段に違うのである。

◆写真は新潟にて 坂の向こうは日本海 自転車は駅前で借りたレンタサイクル・・・確かこのあたりで横田めぐみさんが拉致されたようだ

江戸時代の交通事故対策

2009-04-04 11:24:21 | クルマ社会の問題
『車をひき、馬を追い、
 重き物を持ち候(そうろう)者ども、
 馬車を引っかけ、持ち候物を取り落とし、

 または、渡船に人を乗せ、
 其の船かえりて人を殺せし候類(たぐい)は、

 あやまちより出来候事にて、
 故ありて殺せし候とは同じからず候につきて、
 只今までは罪科も行われず候。

 然るに、近年、 
 これらの類、度々に及び候事は、
 下賎の輩、
 その慎みなき故と相見え候。

 然らば全て、其の罪なしというべからず。

 自今以後は、
 これらの類、
 例え過ちより出来候て、人を殺し候とも、
 一切に流罪に行われ、
 事の体によりて、
 なおまた重科に行われるべきものなり。』  (御触書寛保集成)

一般道路も有料化を!

2009-03-28 23:47:51 | クルマ社会の問題
 高速道路の大幅な値下げが今日から始まり、千円以内でどこまでも行けるようになった。これによりマイカー族は大喜びで、利用は早速大幅に伸びた。
 それでも“識者”と称せられる人士の中には“大幅値下げ”ではなく“無料化”を提唱する人が後を断たない。
 高速道の中にはとうの昔に債務を完済した箇所もあり、それでも赤字が膨らみ続ける路線のために高額な料金を払い続けるのは不合理であり、無料化によりすべての路線の利用率を上げて料金所手前における渋滞及び一般道路の渋滞を解消すれば二酸化炭素の排出も減少するはずだというのがその理由らしい。
 だが、二酸化炭素が減らないどころか一層増加するであろうことは前々回の記事でも述べたとおりであり、本気で京都議定書の目標(世界に対する約束)を目指し、洞爺湖サミット開催の趣旨に忠実たらんとするならば、高速道路はむろんのこと一般道路をもクルマ使用に限り“有料化”して、不要不急のクルマの通行量自体を削減すべきではないのか。
 むろん、そのためには至る所に料金所の設置が必要になり、実現はかなり遠い将来になろうから、そのためにこそ「目に見えない料金所」としての道路特定財源の充実こそが現実的であるように思える。
 上の写真は山形道の高架橋であるが、この建設のためにどれほどの金額が投じられたかを考えると、やはり受益者負担が原則であろうし、一般道とてやはり用地買収費などで膨大な公金が投じられていることには変わりがないので、これについても受益者負担を適用すべきであろう。
 クルマを持たない国民や地球温暖化防止という「公益」のためにクルマ使用を控えたい国民までが高速道路の建設や管理・補修にかかる公費を負担すべき理由はない。

高速道路の大幅引き下げの差し止めを求める緊急共同声明
  http://sltc.jp/file/2008/10/20081031seimei.html
  また、下記のような情報のメールが届いたので紹介したい。
高速料金の引き下げあるいは無料化を主張する人たちは、現に高速道路が無料であるドイツなどを引き合いに出してきます。ドイツでは自動車燃料への課税額が大きいので、それを原資に公共交通機関への補助をしている格好です。逆に言うと、日本では自動車燃料への課税は不十分であるが、有料道路の利用料金は相当の重みがあるとも言えます。つまるところ自動車ユーザーの負担額は両方をトータルで比較しないと本当のところは分からないということではないかと思います。もっともそれらで得られたお金がどのように使われるかはまた別の問題ですが。

ずれている福岡県の施策

2009-03-10 21:57:52 | クルマ社会の問題
 2月の読売新聞に以下のような記事が掲載されていた。

 福岡県は新年度から、高齢者が安心して運転できる自動車の開発を目指し、「新高齢者自動車開発プロジェクト」に乗り出す。
 学識者や高齢者らで委員会を設置し、高齢ドライバーの特徴や車に求められる機能を分析。2年後をメドに原案をまとめ、県内に生産拠点を置く自動車メーカーなどに実用化を求めていく。
 新たな製品や市場を開拓し、雇用創出を図ろうと県が20日に発表した「福岡ニューディール」の16の政策の一つ。委員会には国土交通省や警察庁の関係者にもオブザーバーとして参加してもらい、視力低下でメーターが読みづらくなるなど高齢ドライバーの特徴を整理して検討を進める。
 県は必要経費約1900万円を新年度当初予算案に盛り込んだ。他県の協力も得られれば、連携して取り組む。
 国交省によると、国内の65歳以上のドライバーは2004年に800万人だったが、30年には1700万人と2倍以上に増える見通し。麻生渡知事は「高齢者が家に閉じこもるのでなく、できるだけ外に出て活動する社会にしなければならない」と話している。

 [以下ブログ運営者の所論]
 タイトルではずれていると表記したが、ごくありふれた日本人そして公務員、さらに議員等の政治家たちにとっては、さほど「ずれている」施策とは思えないであろう。
 麻生知事が言うように、「高齢者が家に閉じこもらずに外にでて活動する」ことは確かに望ましいことである。
 だから高齢者向けのクルマの開発が急務ということのようである。
 だが、高齢者向けのクルマの開発よりも急務なのは「公共交通機関の充実」や高齢者や幼児等の多い地域でのクルマ通行の抑制ではないか。
 そんな開発に多額の予算を投入しなくとも、クルマの速度抑制を一般化した方がよほど高齢者の外出が快適になるし、高齢者だけでなく、他の歩行者や自転車利用者、子どもたちの安全確保にも有効である。多くの高齢者が求めているのは安全なクルマ運転よりも「安全な歩行」「快適な歩行」なのである。


発電所で埋め尽くされるエコカー時代

2009-02-26 20:01:14 | クルマ社会の問題
 オバマ政権はビッグ・スリーなど自動車メーカーに対してハイブリッド・カーや電気自動車などのエコ・カーの開発と量産の支援を公言している。
 むろん、その点では先進的な日本でも各メーカーは一層それらの自動車の開発に力点を移動させようとしている。
 だが、いかに電力を効率的に消費しようとしても、家計に占める電気使用料はかなりの割合になるであろうことは想像に難くない。
 これにより電力会社はエコカー特需となって相当の増収となるであろう。
 しかし、火力発電を主力とする態勢が従来ならば、電気自動車とは申しても結局は石油の燃焼により二酸化炭素を排出し続けていることに変わりがない。
 だからと言って原子力発電に転換しようとしても増設や親切には反対運動の頻発が当然予想されるし、太陽光発電や風力発電も問題が多い。
 もし、1億台近い車両を動かす電力を賄うだけの太陽光発電所や風力発電所を新設するなら、日本の麗しい景観があちこちで大いに破壊されることは目に見えている。広大な農地が太陽光発電のパネルで埋め尽され(※注)、牧歌的な箇所が林立する巨大な風車群の回転による不気味なうなり声で悩まされることになろう。

 ※注:同一量の電力を発電する場合、太陽光発電施設の総面積は火力発電所の面
積とは比較にならない広大さになろう。
◆写真「上左」火力発電所 「上右」太陽光発電のパネル 「下左」風力発電の風車 「下右」このような大量のクルマを「地球に優しい発電」による電力だけで賄うことはできるだろうか。

ありがとう中川財務金融大臣

2009-02-18 22:09:10 | クルマ社会の問題
 中川昭一財務金融大臣がGセブンでの記者会見でロレツが廻らなかったために各方面からの非難を浴び、ついに辞表を提出するに至った。
 飲酒による酩酊状態のためとの見方が一般的だが、風邪薬の飲み過ぎによるものだと中川氏本人は話している。
 でも、警察庁はきっと感謝していることであろう。
 交通事故を担当する警察庁は現在「飲酒運転」の撲滅に力を入れており、公務員の場合、飲酒運の発覚は即解雇という厳しさである。
 酒に甘かった日本社会もこと飲酒運転に対してはイスラム社会並みに厳格化している。
 だが、きわめて飲酒に厳しいはずのイスラム社会では交通死者数は日本を大きく上回る。つまり、ほとんどが飲酒以外の原因による事故死である。
 日本でも飲酒運転に対する罰則が強化される以前から飲酒以外の原因による死亡事故数が飲酒による死亡事故を大きく上回ってきているのだ。
 その中には薬物の乱用はもちろん、風邪薬の服用による事故もかなり含まれている。
 確かに風邪薬の説明書にはたいてい「服用の際は車の運転は控えてください」と記されている。つまりは、風邪薬の服用による車の運転は自分や他人に対して「命とり」になるということである。
 中川さんの風邪薬の過服用が本当だとすれば、まさに彼自身の政治生命どころか麻生内閣全体、自民党政権の「命とり」をも招きかねないものであったことになる。この政治的事件はまさしくたかが風邪薬、されど風邪薬であることを教えてくれた。クワバラ、クワバラ

この人は誰だろう? ②

2009-02-07 23:14:44 | クルマ社会の問題
◎前回記事の続き

    ・・・・・前 略・・・・・
 アムトラックを勢いづけたのは、昨年10月の投資改善法の成立だ。今年から5年間で総額97億ドルの政府支出がアムトラックに対して認められたのだ。7年ぶりの復活。実際の支出額は毎年の予算審議で決まるので、必ずしも満額が保証されるわけではないが、政府が「お墨付き」を与えた意義は大きい。法律はさらに、自治体と連携して長距離路線の整備改修を進めるための財政支出枠さえ認めた。
「鉄道予算はつねに足りなかった」と運輸省鉄道局副局長のマーク・ヤシュメッツは言う。
アムトラックの稼ぎ頭であるワシントンなどを走る北東回廊線は、線路、橋、車両、信号などインフラすべてが老朽化している。ボルチモアやマンハッタンの地下トンネルなどは、築100年ほど。非常に狭く、ダイヤが乱れる最大の要因になっている。保安上の危険性も長年指摘されてきた。
「在来線の速度を全体的にアップさせ、列車本数を増やし、信頼性を高めて(航空などから)乗客を奪いたい」とアムトラックのブラックは言う。
※ 写真の人物が誰かは結局次回で判明
   ・・・・・次回に続く・・・・・

次回まで待ちきれない方は、下記ホームページのURLにより閲覧を。
  http://globe.asahi.com/feature/090202/

この人は誰だろう? ①

2009-02-07 13:43:18 | クルマ社会の問題
 写真の右側の人物が誰かを知らぬ者は居ないだろう。
 しかし、左側の白人が誰かを知る者はまだまだ少ないように思える。ましてや、その氏名をはっきりと言える日本人は更に少ないであろう。
 今日は何故にこの写真を拝借したかは下記の記事を読めばわかってもらえよう。
 これは「朝日新聞GLOBE」というホームページの記載そのままであり、かなり長いので3回ほどに分けて掲載した。ぜひ続けてご覧いただきたい。

 世界で最も自動車が多く、航空網が張り巡らされている米国で、旅客鉄道の存在感はかなり薄い。「鉄道」と言えば、たいていは貨物鉄道を指すほどだ。それでも戦前は西部開拓以来の歴史がある鉄道大国だった。ところが航空運賃が列車並みに下がり、ガソリン価格が水より安くなると、人々は鉄道から離れていった。
 ところが最近鉄道がまさかの快進撃に転じた。ほぼすべての路線の乗客が増え、08年度は全体で前年度より11%増の2872万人、運賃収入は14%増の17億ドル(約1500億円)。こんなに好調なのは「創業以来初めて」(ブラック)という。
最大の追い風はガソリン価格の高騰だった。そのせいで航空やマイカーの利用が割高となり、ビジネス客を中心に、東海岸を走る特急「アセラ」の利用が増えた。ワシントン~ニューヨークの所要時間は約2時間50分。飛行機のほぼ3倍だが、空港までの道路渋滞も、靴まで脱いで調べられるセキュリティーチェックもないし、天候が理由の遅延や欠航も少ない。車内では携帯電話やパソコンも使える。アセラの一等席は時間帯によっては片道300ドル以上する。同じ区間の格安航空運賃の倍以上だが、それさえしばしば売り切れるようになった。
  ・・・・・以下、続く・・・・・
      ※ 写真の人物については次回以降に記述
 次回まで待ちきれない方は、下記ホームページのURLにより閲覧を。
  http://globe.asahi.com/feature/090202/

笑うに笑えぬ福笑い

2009-02-02 23:54:37 | クルマ社会の問題
 なるほどクルマ台数の飛躍的増加と走行距離数の伸長にもかかわらず、それに大きく反比例して交通死者の数は減少し、その引き換えとして自動車産業は存続を許されてきたようなものだと前回の記事で述べた。
 だが、生身の人間の命は生きながらえても都市、とりわけ地方都市の様相は「笑うに笑えぬ福笑い」の状態と化している。いわば「街は死に体」なのである。
 人間の顔にある目や鼻、口、眉毛が定位置になければそれこそオバケのような顔立ちになるように、現代の地方都市は中心街が崩壊し、まさしく都市としてのメリハリがまったく失われ、目・口・鼻などが定位置から外れてしまっただけでなく、顔の輪郭までめちゃくちゃに膨張して(本物の福笑いなら顔の輪郭だけは不変)それこそ恐ろしい様相と化してしまっている。
 中心市街地の衰退・空洞化と際限なき郊外への膨張(スプロール化)は主としてクルマ社会の進展が招いたものだが、同時に地方都市の経済自体が不安定になって更なる混乱と疲弊を招き、人心まで荒廃・不安定になり、コミュニティも崩壊過程にある。
「個人」としての生身の人体の死は減少してもコミュニティの崩壊は社会を殺伐としたものにしていくのではないか。だから地方社会でも凄惨な事件が相次ぐのである。