エコポイント&スマートグリッド

省エネ家電買い替え促進で有名となったエコポイントとスマートグリッドの動向を追跡し、低炭素社会の将来を展望します。

オープン・プラットフォームの必要性

2011-09-30 06:11:08 | Weblog
次に「政策」について対応すべきなのは、日本におけるスマートグリッドのプラットフォームをオープンな構造にして、新産業の創造力を高めることが必要であることです。スマートグリッドにおいては「エネルギーサービスプロバイダー」と「情報サービスプロバイダー」の2種類が登場し、この2つのサービスプロバイダーとスマート顧客(需要)、スマート電力(供給)よりなる四極の構造が形成されてくることになるでしょう。「エネルギーサービスプロバイダー」と「情報サービスプロバイダー」の両者を兼ねる事業者である「スマート・サービスプロバイダー」も出現し、統合されたサービスを提供するでしょう。
「情報サービスプロバイダー」はインターネットのインターネット・サービスプロバイダー(ISP)と同様のものですが、「エネルギーサービスプロバイダー」には、需要家への電力供給機能を果たすタイプ(ロードカーブ特性の異なる複数の需要家をグループ化し、電力供給事業者や電力取引市場から安価な電力を調達し供給するアグリゲーションと呼ばれる電力購買代行業)、需要家からの電力供給機能を果たすタイプ(自家発電設備を保有する複数の顧客から余剰電力を集約し、電力供給事業者や電力取引市場に有利な条件で電力を卸売りする電力販売代行業)およびエネルギーマネージメント等の関連サービス業としての機能を果たすタイプ(見える化、ESCO、設備導入、運転維持管理、支払い代行等の多様な形態がありうる)の3つが想定されます。
スマートグリッドの展開を左右する上で非常に重要になるのは、「エネルギーサービスプロバイダー」と「情報サービスプロバイダー」により提供されるスマートグリッドのプラットフォームの構造をオープンにするか、閉鎖的にするかということです。情報通信ネットワークのプラットフォームがOSからウェブに移り、そのプラットフォームがオープンなのかクローズドなのかが問われると同様の問題設定がスマートグリッドにも登場します。このプラットフォームの構造により、今後のスマートグリッド関連産業の発展の方向、規模が左右されるといっても過言ではありません。
この点に関して、情報通信ネットワークの各種プラットフォームの構造を参考にして「エネルギーサービスプロバイダー」と「情報サービスプロバイダー」のプラットフォームの構造を考えると、Linux 型、 Windows型、Macintosh型、iPone型の4通りのパターンがあることがわかります。判断要素は、需要サイドのユーザ(最終ユーザ),供給サイトのユーザ(アプリケーション開発者),プラットフォーム提供者, プラットフォーム支援者(知的所有権保持者)のそれぞれに対して、プラットフォームがオープンかクローズドかになります。
ここで言えることは、私たちは「エネルギーサービスプロバイダー」と「情報サービスプロバイダー」のプラットフォームの構造を構築するにあたり、ネットワークの「自己組織化」能力を高めてイノベーションを創造するため、Linux 型のできる限りオープンな構造を目指すべきだということです。そうすれば、スマートグリッド産業をIT産業に代わる基幹産業として成長させることができます。最終的な姿は、「You Energy」パララダイムを実現する「エネルギー&インフォメーションウェブ」です。

電気自動車での「Linux型」経営と「オープン・イノベーション」

2011-09-28 06:15:16 | Weblog
日本の電気自動車の世界では、「Linux型」経営と「オープン・イノベーション」のビジネスモデルが登場してきています。それは、電気自動車の普及を目指し、電気自動車の駆動システム、プラットフォームの技術開発・提供を行なうシムドライブです。09年に設立され、10年から活動を本格化させています。
シムドライブが目指すのは、慶應義塾大学の清水浩教授が開発した電気自動車技術に基づいた「SIM-Drive」(Shimizu In wheel Motor-Drive、シムドライブ)を搭載した電気自動車の普及です。清水教授はインホイールモーター型の電気自動車『エリーカ』などをすでに開発しています。
インホイールモーター型の電気自動車とは、通常の電気自動車がエンジンの代わりにモーターを1つ用いて自動車を動かすのに対して、車輪それぞれにモーターを持つ自動車です。通常の電気自動車と異なりモーターが車輪の部分にそれぞれついているため、エネルギー効率がおよそ2倍よく、同じ電池を使用するのであれば、2倍の性能となり、同じ電池、同じ動力性能であれば、2倍の航続距離になります。航続距離は300km、車両価格は、電池を除く車体価格を現行自動車並にすることが目標です。そして電池価格と10年間の電気料金の合計が10年間のガソリン代と同等になることを目指しています。
シムドライブのビジネスモデルは、「Linux型」経営と「オープン・イノベーション」「Linux型」です。シムドライブは、自らが電気自動車の製造や販売を行なうのではなく、電気自動車や電気自動車の部品を製造する企業と広く提携し、シムドライブの先進技術をオープンソースとして、そして世界標準として早急に普及させというものです。また、提供先企業からは製品価格の1%程度をパテント料として徴収し、年限を区切って無料にする予定です。このようなビジネスモデルが、他の日本企業に水平展開されることが期待されます。

2つのタイプの「オープン・イノベーション」

2011-09-27 07:44:18 | Weblog
スマートグリッド推進にあたり、企業は「選択と集中」を行うことが必要となります。ただ、絞り込みすぎると、まだ初期段階にある有望なプロジェクトの芽を摘んでしまいかねないという問題があります。このような問題を解決する上で重要な役割を果たすのが「オープン・イノベーション」です。企業の境界という伝統的な障害を取り除くことで、知識、アイデア、人材が企業内外を自由に行き来することになります。
「オープン・イノベーション」には、アウトサイド・イン型オープン・イノベーションとインサイド・アウト型オープン・イノベーションがあります。アウトサイド・イン型オープン・イノベーションとは、研究開発、マーケティングなどの活動について企業外の資源とネットワークを作り、それを内部の資源に注入というタイプのものですが、最近においては、アウトサイド・イン型オープン・イノベーションの過程に自社の主要ユーザを参加させる企業が増えてきています。そこでは、ネット検索やツイッターなどのツールが活用されて企業のあり方そのものを変えようとしており、民主化するオープン・イノベーションによる「エンタープライズ2.0」と呼ばれています。
また、インサイド・アウト型オープン・イノベーションは、企業の資産やプロジェクトの一部を企業の壁を越えて外部化するタイプのもので、パラダイムが大きく転換する時期には非常に有効です。たとえば、10億ドル規模の新規事業を発掘するためにシスコシステムズが07年に行った「I-Prize」というイノベーションの公開コンテストでは、製品・サービスの開発において、インターネットを介して世界中の人々からアイデアを集める「クラウドソーシング」という手法をとり、最終的に作業を委託しました。その過程で、世界104カ国から2500人以上の応募があり、約1200件のユニークなアイデアが寄せられ、シスコシステムズとしては、世界各地の人々がシスコについてどのように考え、シスコが追求すべき市場はどこかを理解することができたといいます。最優秀賞に選ばれたのは、センサを利用したスマートグリッドでした。

D象限へのショートカット路線と「Linux型」経営

2011-09-26 00:19:07 | Weblog
今後世界的に進展するスマートグリットの展開および日本のポジションは、「技術」×「戦略」×「政策」で決まります。このうち「技術」に関しては、以上の考察から日本の優位性はかなりあると考えてよいと思いますが(ただ、韓国、中国等の追い上げのスピード早く、油断は禁物です)、むしろ、今後のポイントは「戦略」と「政策」にあります。この両者でいかにダイナミックな、かつ、グローバルな対応ができるかによって勝負が決まります。
このうち「戦略」での対応を考える際重要なのは、「スマートグリッドの進化モデル」を思い出すことです。今、スマートグリッドはA象限からB象限またはA象限からC象限へと進もうとしていますが、B象限やC象限はスマートグリッドが最終的に行き着く先ではありません。最終的な行き着き先はD象限であり、そこでの「スマートグリット革命」のパラダイムは、誰でもエネルギーを作れる=誰でも新しいビジネスを起こせるという「You Energy」パララダイムです。日本企業の「戦略」形成で重要なことは、D象限へのショートカット路線です。
「You Energy」パララダイムの下では、自社技術を特許等で守り、モノづくり、モノうりで収益を稼ぐという昔ながらのビジネスモデルを継続させることは、自社技術は守れたとしても他社が新たな技術を投入して市場を席巻すれば、自社技術はたちまち時代遅れになってしまいます。このことは、いち早く破壊的イノベーションに直面した電子機器やテレビの分野において、EMS(Electronics Manufacturing Service)形態をとる中国などの企業が日本のモノづくり、モノ売りを駆逐していることからもうかがい知ることができます。「スマートグリッド革命」が進展する時代においては、従来型のビジネスモデルでは、早晩韓国、中国などに競争上の優位性を奪われます。
これからは、経営のスピードを上げ、仲間をつくり、その中から競争優位性を形成するという「Linux型」経営が基本となります。たとえば、電子機器の世界でもJVC・ケンウッドは、中国のEMSを巻き込んでM-LinXという新しいサービスを提供するシステムを世界に供給しようとしています。M-LinXにより、インターネット網を活用してFM・AMラジオ放送と同じ音声を受信できるというサービスで、ネットを利用することで、電波障害などが起こらず、難聴取地域でもクリアなラジオ放送を聴けるようになります。音声とは別に画像などの付加データを受信できる技術仕様も開発中で、動画、静止画、文字情報などの情報を追加することが可能となります。
提携先の海外のメーカーから中国のEMSに対して、M-LinXなどの多様なサービスを利用することができるBlue-ray Discレコーダー、HDD、デジタルハイビジョンチューナー、FM・AMチューナー、デジタルアンプを1台に集約したホームAVC機器であるRYOMAの生産をアウトソーシングさせ、「JVC・ケンウッド*海外メーカー*中国EMS」のビジネスネットワークにより、製品を売るだけではなく特許料収入を継続的に獲得しようというビジネスモデルの根本的転換がここにあります。

太陽光発電と直流超伝導の組合せも実証段階に

2011-09-22 01:23:23 | Weblog
超電導は、再生可能エネルギーの利用拡大を推進する上で大きな効果を発揮します。巨大な太陽光発電所を砂漠などに設けて消費地まで電気を送る構想がありますが、長距離の送電をするなら、超電導の直流送電は送電損失がなく非常に効果があります。さらに、太陽光発電と直流超電導の組合せは、直流パラダイムとそれによるCO2排出削減を本格的にもたらす可能性があります。
太陽光発電と超電導との組合せは、長距離になればなるほど、直流であることに意味があるようになります。それは、300キロメートルを超えると直流送電のほうが高効率・低コストだからです。超電導送電にするとジュール損失がゼロになるため、大電流での送電が可能になります。1万キロメートルという地球規模での送電も夢ではなくなります。電気抵抗ゼロの超電導送電ができれば、送電線の持つ大きなインダクタンスと大電流の特徴を生かし、電力を磁気エネルギーにして貯蔵する蓄電システムをつくることも可能になります。
この関係で先行的プロジェクトとして注目されるのが、東京大学とナノプトエナジーの「ソーラーTAOプロジェクト」です。南米チリのアタカマ砂漠に太陽光発電所を設置し、発電した電気を電気抵抗なしの直流超電導ケーブルにより世界で一番高い標高5,600メートルにある東大アタカマ天文台の電源として(ゆくゆくは地元サンペドロ市に)供給するものです。天文学と太陽光・超電導の連携という観点からも「夢」があります。
ナノオプトエナジーは、さらに高効率の電力輸送を行うための基礎技術および蓄電技術を中部大学と共同研究しています。世界初となる高温超電導を用いた直流超電導送電を実用化し、世界最高効率の送電システム構築を目指しています。

「ワイヤレス給電システム」により空間への電力伝送が可能に

2011-09-16 00:09:38 | Weblog
近年、電子機器がネットワーク化されるなか、データ伝送においてはワイヤレス化が進んでいますが、電力供給に関してもワイヤレス化のニーズは年々高まっています。従来のワイヤレス給電システムは、コイルからコイルへと電力を給電する電磁誘導方式ですが、最近では、電界共鳴方式や磁界共鳴方式の研究開発が進んでいます。
 こうした中、ソニーが電源コードを接続することなくテレビなどの電子機器へ、離れた場所から高効率で電力を供給できる「ワイヤレス給電システム」を開発しました。同システムには、送電デバイスから供給された電力エネルギーが空間を介し同じ周波数で共鳴している受電デバイスのみに伝播する「磁界共鳴型」の非接触給電技術を採用しています。この方式には、デバイス相互の位置関係がずれていても高効率の給電が可能となるほか、送電・受電デバイス間に金属があってもその金属が熱くならないという特徴があります。
ソニーは、ワイヤレス給電技術の電子機器全般への応用について研究開発を進めるとともに、早期実用化をしていきたいとしています。プラグインハイブリッド車や電気自動車への応用も可能です。これが実用化されると、空間への電力伝送が可能となります。将来、プラグインハイブリッド車や電気自動車に乗る人々は、充電スタンドの存在を忘れ、さらに充電という作業からも解放される時代がやってくるかもしれません。

”破壊的イノベーション”の取込みが必要

2011-09-15 07:15:29 | Weblog
もう一つ既存の優良企業が”破壊的イノベーション”にうまく対応するの解決策があります。それは、ベンチャー企業と提携して”破壊的イノベーション”を自社に取り込むことです。大企業の苦手なベンチャー企業は、ある程度まで成長すると、大企業と提携を行うことが合理的になります。大企業による”破壊的イノベーション”の取り込みが数多くみされたケースに、2000年代以降の製薬企業とバイオベンチャーとの提携関係があります。アムジェン、バイオジェンIDECのような少数の例外を除けば、優れたバイオベンチャーはほとんどが大企業に吸収されました。バイオ大手のジェネンテックでさえ、スイスの製薬会社であるロッシュの子会社となりました。A・Gラフリー&ラム・チャランによる『ゲームの変革者』はPG&Eを取り上げ、変化の激しい世界で勝利する最上の方法は、イノベーションを推進しビジネスのゲームのルールを書き換えることだと主張しています。

求められる「スマイルカーブ」への取組み

2011-09-14 07:09:32 | Weblog
既存の優良企業が”破壊的イノベーション”にうまく対応する解決策の一つが「スマイルカーブ」への取組みです。「スマイルカーブ」現象とは、企業間の取引がクローズな関係からオープンな関係へと変化すると、利益率は最終組立業者から川上の研究開発・部品メーカーや川下のサービス・ソリューション提供へと移っていくという経験則です。部品メーカーの成功例としては真っ先にインテルがあげられるでしょう。また最終組立業者からソリューション・コンサルティング業界へと転身し高い付加価値を提供している企業としてはIBMが好例です。
例えば太陽光パネルメーカーにおいては、単なる製品売りではなく、川下のシステム(太陽光発電システムの設計、販売、施工まで行うシステム・インテグレーターを目指す動きで、カドミウムテルル製の薄膜太陽電池を生産しているアメリカのファーストソーラーが指向しているモデル)や川上の材料分野との連携が勝敗を決める上で重要になってきています。「スマイルカーブ」の考え方が教えるように、製品の製造は価格競争に巻き込まれ利幅が薄くなりますが、川上や川下の工程は高い利益率を上げられるのです。15年の世界の太陽光発電産業は8兆円になるとも予想されています。この巨大な市場の獲得を巡ってドイツ、中国、アメリカ、そして日本などのメーカーが世界的な“大競争”を繰り広げていくことになります。

“抵抗勢力”戦略は成功しない

2011-09-13 05:51:25 | Weblog
こうした中で、「スマートグリッド革命」により市場で活躍するプレイヤーの顔ぶれも変わります。例えばインターネットの登場によって,コンピュータの世界のプレイヤーはずいぶん変わりました。私がシリコンバレーにいた1993年当時,IBM社は倒産するのではないか,と言われていました。メインフレームから始まったコンピュータの流れからいえば,インターネットはそれを駆逐するほどのものでした。
しかし,IBMは倒産するどころか,さらに大きく飛躍を遂げました。それは、95年にソフトウェア会社のロータス・ディベロップメントを買収したことが象徴するように、毎年のようにソフトウェア会社を買収し、ビジネスモデルをソリューション提供企業としてのものへと大きく転換してきたからです。そのIBMが今,スマートグリッドに並々ならぬ力を注いでいるというのは、大きな意味を感じさせることです。今のIBMはかつてのIBMではありません。今後の「スマートグリッド革命」でさらに変革を遂げることでしょう。
アメリカの電力会社の顔ぶれも変わるでしょう。発電事業、送電事業、配電事業にもっと多様なプレイヤーが参入するという時代に入ってくるのは間違いありません。そこには通信事業者のようなところもあるでしょうし,分散型電源に取り組んでいる企業などもあるでしょう。情報通信企業も参入するでしょう。象徴的な例は、Google社やGE社の地熱発電への参入です。アメリカには世界で最大の地熱資源があります。Google社やGE社はここに着目し、ビジネスモデルを構築できると踏んでいます。
ここで注意を要するのは、クリステンセンの分析において、既存の企業はヴァリューチェーンに組み込まれているがゆえに、過去の技術の延長線上にある“持続的イノベーション”の担い手ではあっても、”破壊的イノベーション”の担い手となりえず、むしろそれに対する“抵抗勢力”として描かれている点を誇張しすぎてはいけないということです。『イノベーションのジレンマ』では、”破壊的イノベーション”によって。既存の優良企業がうまくビジネスを遂行できなくなる例が紹介されています。
 しかし、現実の世界では、”破壊的イノベーション”の登場によりはじめは苦境に陥ることの多い伝統的産業の主体が、やかては立ち直り、大きく拡大した市場へのビジネス戦略の転換により、結果としてはより優良な企業として存続を続けるケースが多くみられます。トランジスタのケースでは、ソニーがパイオニアでしたが、松下、日立、東芝、NECなどの電気メーカーは健在です。デジタルカメラのケースでは、ソニー、カシオが新規参入者で、それにより既存のカメラメーカーは一時的に停滞しましたが、やがては立ち直り、順調に売り上げを伸ばしています。スマートグリッドの世界でこれに相当するのは、電力会社や自動車会社などでしょうが、これらの会社が“抵抗勢力”として機能することは、むしろ自ら市場からの退出を選択するようなものです。

かつてない規模で「イノベーションのジレンマ」に直面する

2011-09-12 00:13:40 | Weblog
太陽光発電、自動車などにおいて日本企業が直面している競争環境の激変に関して有益な示唆を与えてくれるのが、1997年にハーバード大学教授のC・クリステンセンによって提唱された「イノベーションのジレンマ」(Innovator's Dilemma)と呼ばれる考え方です。
「イノベーションのジレンマ」は、優良企業は製品の性能向上を追求するあまり過剰品質に陥り、消費者がもっと安価で手軽なものを求めるようになっていること(需要曲線が下方にシフトする)に気づかなくなると指摘します。その間隙を突いて、これまでの技術の延長線上にない”破壊的イノベーション”が生まれます。それは、得てして単純で安価です。そして、最初こそニッチ市場でしか受け入れられませんが、下方シフトした需要曲線とは意外に早くミートし、まず、小さな市場拡大が起きます。さらに技術革新が進むと主流の需要曲線にもぶつかり、ほぼ7年間ごとに旧技術との世代交代が起きるというものです。
地球温暖化防止技術、エネルギー供給構造の自立化のため有望なのは、大きく言って、太陽電池、リチウムイオン電池、電気自動車の3技術です。太陽からの無尽蔵のエネルギーを効率よく電気エネルギーに変換するのが太陽電池であり、太陽電池による発電の不安定性を補うため蓄電を行うのがリチウムイオン電池です。また、ガソリンや軽油といった化石燃料を使わなければならなかった自動車を電気自動車に置き換えれば、高い省エネ、CO2排出削減を実現することができます。電気自動車にもリチウムイオン電池が使われます。実用化に近い順に並べると、太陽電池、リチウムイオン電池、電気自動車の順になります。
一般に工業製品には、「学習曲線」と呼ばれるように、累積設置容量が10倍になると価格が2分の1に低下するという経験則があります。その理由としては、技術の改良が加えられるということ、製造時の失敗が少なくなり歩留まりが上がること、効率のよい大きな設備に置き換えることができるようになること等があげられています。今までの太陽電池の価格低下は、生産量の増加の割合以上に価格が低下しています。この「学習曲線」を前提とすると、100倍つくれば価格は4分の1、1万倍つくれば価格は16分の1になります。
太陽電池、リチウムイオン電池、電気自動車にも「学習曲線」が当てはまり、市場価格が急速に低下していくことになります。それに伴って、「マーケット・ぺネトレーション・カーブ」(市場浸透曲線)というS字型曲線に従って市場に浸透し、拡大していくことになります。これらの新技術は、使い方が従来とは異なったものではなく、その点では従来の技術を置き換えるものです(太陽電池はこれまでの発電法に対する置き換え、リチウムイオン電池は鉛電池に対する置き換え、電気自動車は内燃機関自動車に対する置き換え)。このような置き換え技術は、ひとたび低コスト化、低価格化に成功すると、ほぼ7年でその前の古い技術に置き換わることになります。このことは、携帯電話、デジタルカメラ、CDなどの製品やIP電話、ADSLなどのサービスの普及で見られたことです。
さらに、これらの新しい技術の置き換えによる変化で注目すべきは、前の技術のマーケットの規模に比べて、新技術のマーケットの大きさが普及とともに圧倒的に大きくなることです。たとえば、デジタルカメラのケースで言うと、フィルムカメラの生産台数のピークが年間4000万台であったものが、デジタルカメラになった06年には8000万台まで増えています。これは、プリント代の低下に加え、機能的にも多くの画像が貯えられ、画質も次第に改善され、撮った写真の出来がその場で確認できるなどの理由によるものです。これにより、これまでカメラを使わなかった人が使うようになったり、カメラを複数持つ人が増えたことで、デジタルカメラの市場が大きく拡大しているのです。これと同様のことが、今後、太陽電池、リチウムイオン電池、電気自動車の順で起こります。
 小型ハードディスクやインクジェットプリンタを引き合いに出しつつこの「イノベーションのジレンマ」を解き明かしたクリステンセンは、『イノベーションのジレンマ』の最終章で電気自動車を”破壊的イノベーション”として取り上げています。このことは、エンジン車とハイブリッド車世界を席巻している日系自動車メーカーこそイノベーションのジレンマに陥る先頭に立つことを意味しますが、その先にはもっと混沌とした未来が待ちうけています。構造的にシンプルなプラグインハイブリッド車や電気自動車が台頭すれば、自動車市場への参入障壁は低くなり、シリコンバレーや中国などの海外ベンチャー企業のみならず、電機メーカーなどの異業種がどんと市場に参入する可能性が開かれます。こうなると、次の時代の車の”勝者”は、もう誰にもわかりません。このような自動車メーカーを取り巻く競争環境の激変は、一足先に太陽電池やリチウムイオン電池の分野でも起こることは疑う余地がありません。
 現在の”破壊的イノベーション”の代表例は、太陽電池、リチウムイオン電池、電気自動車ですが、LED照明もそれらに続くでしょう。時を経るに従って、燃料電池、燃料電池自動車なども”破壊的イノベーション”として続々と登場するでしょう。