ハブ ア ナイス doi!その2

2024年。今年はどんな年になるかなあ。とりあえずしっかり遊ぼう。
日々のこと、つらつらと書きます。

ダホチャリ 福井4

2022-12-20 21:08:08 | 旅行

敦賀の港というのは、
日本海側の海運の港です。
荷物は琵琶湖北側の山さえ越えれば
琵琶湖と淀川を通じて、
京都や大阪とつながっています。
なので意外に文化圏は関西の都市と
近いものがありますね。



天満宮に清明神社、
何となく近しいものを感じます。
そんな清明神社とかを覗いた後、さらに
自転車を気持よく走らせていると、
洲崎の高燈籠に到着です。



海漕業を営む庄山氏が建てた石積み燈籠です。



海からもよく見えるように
作ってあったんですねえ。
今は福井県指定の
史跡になっています。

ではここから南の方を向いて
進んで行きましょう。
自転車なんで通行するところは
難しいですね。
道がすいていたら車道の左端を
進んで行けばいいのですが、
車が多かったり、駐車している車が
あったりすると走りにくいですね。

中央分離帯があれば
左車線から右車線側に
移動しにくいとかもあります。

まださほどダホチャリぶらぶらの
旅に慣れていないので、
車道を進んで行ったり
歩道をうんこらしょと走って行ったり、
あるいは戻って交差点を
渡って行ったりと
バタバタとする場合もよくあります。

頭の中で経路をしっかり抱きながら
走って行かないといけませんね。

まず道の右側に



「敦賀城跡・真願寺」

という案内がありましたので
向かってゆきましょう。
ここが真願寺で、この中に
城址の一部とかがあるんですかねえ。



どれどれと入っていくわけにはいけません。
自転車を止めて、鍵をして、
邪魔にならないところに置いて
と考えていかなくてはいけません。

まあここは場所の確認だけして、
つぎに進んで行きましょう。
元の道に戻って走っていると、
敦賀城の方へと向かっていく道に出ました。
その道の入り口に城の
案内が書いてあります。



蜂谷氏から敦賀を継いだ大谷氏が
町を整備してゆきました。
先ほどまでの碁盤の目の町も
彼が整備したんですかねえ。
しかし彼も関ヶ原の戦いで敗れたので、
後に小浜藩がここを管理して
いったのですが、廃藩置県で
一旦敦賀県となった後変遷して、
今の福井県の敦賀市に
なって行ったそうです。

そっから先に進んでいた場所が
城跡だったようですね。



その先でまたまた八幡神社もあったので、
そこにお参りして
さあ次は敦賀の駅を目指しましょう。

駅に近づくにつれ
にぎやかになってきます。

お店なんかもたくさんあるし、
こういう駅前の通りもあります。
ただねえ駅前の自動車道が
やたら広いのに、
車の通行量が驚くほど少なかったです。

ここが敦賀の駅です。



背後には新幹線の駅も
できつつありますねえ。
ちなみに、金沢~敦賀駅間は
来年に令和5年年度末に
開業する予定で、
それ以降の敦賀~新大阪駅間は、
まだこれからルートが決まって
アセスが行われる予定なんだそうです。

今の駅前も広く開発されていて、
広い駅前には人形とかも建っていますよ。
これは大魔神みたいな昔の人ですねえ。



何者?と思いましたが、
この人は「都怒我阿羅斯等」。



そこに建てられたこの人は
「つぬがあらしと」と読み、
敦賀のいう名前のもとになった
人だそうです。

敦賀の名前のもととなった、
敦賀の国造の祭神なんだそうです。

では次はその敦賀の一宮である
気比神宮を目指して
進んで行くことにしましょう。

シンボルロードと名付けられた道に
戻って北上してゆきます。
とちゅうにあった公園には
SLが止まっていたりします。



ここでトイレを借りておきましょう。



でもねえ、自転車でウロウロしていると、
公園トイレでも施錠しないと
いけないからちょっと大変です。

続く

コメント
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