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ハブ ア ナイス doi!その2

たまあに振り返ったことや、ちょっと考えたことを綴ってゆきます。

今年のハマデラソウは1

2025-07-13 20:36:42 | 取材

暑い日が続きます。

嫌いじゃないんですよ。
暑いのはなんかこころを
開放的にしてくれます。

昔やってたトライアスロンでは
暑ければ暑いほど、
成績が上がってましたね。
赤道上のトライアスロンなんか
あればいいのになんて、
豪快なことを言ってたくらいです。

なのでまあこんな気候でも、
家の中でじっとしているのは不満なので、
たまにウロウロしたりもすることが多いです。

先日も夕方前くらいから、
近辺をダホンに乗ってウロウロしようと
出かけることにしました。

家を出て海辺に向かいましょう。

この時に目指したのが、
昔に姿を消したと言われていた、
ハマデラソウの生息地です。
昔、浜寺の海岸で見つかり、
牧野富太郎がハマデラソウと
名付けた植物です。
原産は北アメリカ南部だそうです。
荷物の輸入の関係なんかで、
移動してきたのかもしれません。

これまで、大阪、兵庫でしか確認されていません。

たまたま浜寺で牧野さんが
見つけたのでこんな名前ですが、
もしかしたらスケマツソウや
マツノハマソウに
なっていたかもしれません。

でもそれも海岸線の埋め立てで
ハマデラから姿を消したといわれてました。

しかし、生き物の生息意欲は強いもので、
その後泉大津のスケマツの
墓場のところで見つかったんだそうです。

それから堺の人々は保存会を作り、
あちこちで栽培したりしているようです。
浜寺公園内にも特別に生息地を
作っているようです。
doironもその墓場のところに、
ほぼ毎年生息の確認に行ってます。

細長い茎に白い地味な花をつける植物で、
多い年には10本くらい咲いていました。
でも少ない時はニ、三本しかありません。
一年草なんで、コンクリートの隙間の土から
なんとか咲いているような姿を見ると、
ああここでは今年で絶滅かと
何回思ったことでしょう。

それがまあどんな加減か毎年なくならずに、
細々と生息しているのには
少なからず感動していました。
では今年はどうでしょうか。

公園の片隅に自転車を止め、
歩いて行きますと、ああ雑草が多いみたいですね。



こりゃああかんなあ、
昨年も少なかったからなあと
諦めそうになりました。

外来植物ですから、従来の日本生物に
どんな影響があるのかわからんけど、
今年は負けてしまったのかと
思ってしまいました。

ん?いや待てよ、
ハマデラソウの白い花があるではないですか。



それも今まで見たこともないくらい
大量に咲いているではないですか。



驚きました。



今年みたいに梅雨も短い
暑い季節があっているのでしょうか。
それとも誰か植えたのでしょうか。
いろんな思いが頭をよぎりましたが、
何よりも大量に咲いているのが超感動でした。

暑いのに鳥肌が立ちそうでした。

これはすごいぞ、
そしたら保存会の人々が
育てているハマデラソウはどうなのか、
と今度はそんな好奇心に
変わっていきましたね。

じゃそちらも訪ねて行ってみるかと、
ワクワクしてきました。

花の時期は7月から8月なんで
観察は大変です。
小さな公園とかが多いので、
自転車や歩いて回るのは尋常ではありません。
でももうだめです。

doironの心に火がつきました。
その2日後、地図を整備して、
さあ、久しぶりに歩き回るかあと
出かけて行ったのでありました。

続く。

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この日は大阪をうろうろと2

2025-02-12 20:43:41 | 取材

大阪メトロの中央線に乗って、
開通したばかりの夢洲駅に来ています。



4月には万博の駅になるのですね。

こんな変わったベンチが置かれていたり、



トイレの表示もなんか今風です。



改札を出て、フロアに行くと
駅の隅っこにローソンができています。



中にはいってみると、
すごく狭いのですが従業員が
5人くらいいて研修風に店内作業をしています。
本番はもっと奥を広げて大きくなるのかなあ。

さあではここから外へ出ていきましょう。
まだ全然できていない
万博との境界はどうなっているのかなあ。
フェンスがあって中には入れないでしょうが、
あんなパビリオンが建設中だとか
見れるのかなあ。
楽しみです。

駅の通路や、



エスカレーター前の広場は
なんか異様に広いです。



万博開催時にはこんな通路や
広場にひとがあふれるんでしょうねえ。
もう今なら異様なくらいの
スペースです。

外に出ると、やはりねえ、
周りにフェンスがはられています。



そして出入口らしいところには
警備員が立っていますね。
そんなフェンス越しに周りを見ながら、
駅の周りをまわってゆきましょう。

遠くにあの世界最大の木造建築が
見え隠れしてますねえ。



それから駅の裏側には、
万博の東ゲートが作られています。



あそこから入ってゆくんですね。
そのゲートの前はすごい広場ですが、
まさか駐車場じゃないでしょうねえ。



なんか全体の規模が大きすぎて、
何がどうなっているのか
簡単には想像もできません。
いずれにしてもあと60日くらいで、
ここがオープンするんですねえ。
久しぶりの万博。
どんなところになるのか楽しみです。

来月くらいにまたここへ
下見にやってこようかなあ
と思ったりしています。

さあではまた地下鉄に乗って
戻ってゆきましょう。

このあとのdoironのウロウロは
新世界の火事現場を見に行く予定です。
よく行く串カツやさんあたりが
影響を受けているのか確認です。

そしてそこから阪堺電車で
帰宅して帰るというコースを
取ってゆきます。

大阪の新しい地下鉄と昔からの
路面電車にのるという
一日にしましょう。

まずは夢洲から中央線で堺筋本町に行き、
そこから堺筋線で動物園前に向かいます。
外に出ると、空気の雰囲気は
夢洲とはなんかとっても変わりますねえ。
新世界の方がとっても
人のにおいがします。

取り合えずは、新世界の串カツやさん街を
目指してゆきましょう。



う~ん、同も火事現場の様子は
ないですねえ。

そのまま通天閣の方にいきますと、
ああ、どうもあのあたりの様ですねえ。
黄色の立ち入り禁止テープが
はられています。



商店街の真ん中で、
消防が内部整理をしているような感じでした。
大変でしたねえ。

消火作業も大変だったんやと思います。
そのあと新世界で串カツで
ビールと思ったのですが、
最近運動が足りていないので、
今日はおとなしてジムに向かいますかね。

阪堺電車に揺られて、
大阪の街を眺めつつ
半分居眠りしながら帰っていくdoiron。



途中で一回乗り換えの後、
浜寺公園に到着し、
南海電車で帰宅した
なんとも色々と充実した一日でした。

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この日は大阪をうろうろと1

2025-02-11 21:12:39 | 取材

まもなく大阪で万博が始まりますね。
4月からやね。
もう切符は買いましたか?
あちこちいきたがりのdoironですが
残念ながらまだ買ってはいません。

話のネタに何回かは
行っておきたいところですね。

行われるのは、大阪の夢洲(ゆめしま)
というところです。
このあたりにはその夢洲と舞洲(まいしま)
という二つの埋め立て地があります。
北側の舞洲というのは、
もう観光地化していて、
トライアスロンが行われたり、
最近ではネモフィラの花畑が
作られていたりして遊びに行きましたね。

夢洲はその舞洲の南側の島です。
ネモフィラ畑からも万博の
工事現場が見えていたりしましたね。
その万博に行くには、
いくつか方法があるようですが、
メインは大阪の地下鉄中央線で
いくことになるでしょうね。

実はそのメインの駅である「夢洲駅」までが
なんと先日(1/19)開通したところです。

そこで働く人々が電車で行けるように
しておけば、道路の渋滞が避けられる
だろうとの思惑で、
早い開通となったそうです。

ああいいですねえ。
近い将来に出かけるであろうその駅には
もう行けるようです。
これは一度今の段階で行ってみなくては
なりませんね。
そう考えたらいたたまれず、
開通して三日後にプラっと
出かけてゆくことにしました。

昔の吹田の万博みたいに
駅から万博全貌が見えるかもしれないしねえ。
どんなところだろうという
好奇心いっぱいに出かけてゆきましょう。

天気の良くて、少し寒さもましな日に
わくわくと出発しました。
家から、絵の展示会をした本町まで
南海電車、地下鉄と乗り継いでゆき、
そこから中央線に乗ってゆきます。

電車は大阪城公園の緑
(スペクトリウムグリーン)を基本とした
未来風のデザイン。



400系といって新型車両だそうです。
もう少し写真をうまく撮りたかったのですが、
うまくいきませんでした。
ネットの写真を引用しておきます。



その電車でコスモスクエアまでは
今まで通りで、その先が新開通区間となります。



高架とか通るのかなあと思ったら、
そのまま海の底の地下トンネルを
渡ってゆく感じで電車は進んでいきます。



ああ、大阪湾の底を走っているんやなあ
とか考えながらもすぐに夢洲駅に
到着となります。
家からだと一時間半くらいかなあ。
まあ弁天町で乗り換えるとか
いろいろ方法があるので、
実際の開催時には要検討ですね。

で、その時に電車に乗っていたのは、
どういう人でしょう。
ヘルメットをかぶった作業員だったり
するのかなあと思っていたのですが、
そんな人はほとんどおらず、

「万博ってどんなとこ?」
を見に来た観光人のような感じでした。

電車はさあッと駅に到着です。
実は、地下鉄一日券を買おう
と思っていたのですが、
残念ながら夢洲駅の乗降には
一日券を使えないとのことです。

なんばからは夢洲まで430円で、
一日券は830円だから
「いいじゃん」と思っていたのですが、
残念です。

この時はICOCAを使って出かけてゆきました。

電車を降りたら、あちこちを
うろうろ見渡します。
新しい駅なので興味深いですよねえ。



駅の壁面は巨大なディスプレイに
なっているようでした。



万博開催時には色んな情報が
ここに表示されたりするんでしょうね。



続く

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写真という芸術を見に行った2

2024-01-20 21:22:31 | 取材

写真家「安井仲治」の写真展を見にきています。

明治36年に生まれ、
写真の草創期に活躍し
39歳で亡くなったというこの写真家の
作品が生まれた年代の順に展示されています。

どんなのかよく知らないのですが、
ブロムオイルとかゴム印画とかで
作られた写真が並んでいます。
なかには黒えのぐを塗りこんだ
写真もあったりします。
しかしどうもこの辺りは
よくわからなくて、
何か写真を撮っているな程度の
作品にしかdoironには見えませんでした。

それがまあ、だんだんと鮮明に
なってきたりします。
途中で館内整理の女性に聞いたら、
たった一枚だけは撮影禁止ですが、
それ以外は撮影大丈夫とのことだったので、
前半過ぎから気に入った写真を
撮影していくことにしました。

ただここで紹介する時には、
写真に文字をかけておきます。

彼は大阪市平野町で生まれました。
当時の平野町の写真も飾られていましたね。



これにはとても気持ちが
引き込まれました。
じつはdoironが写真展をする
平岡珈琲は大阪市最古の喫茶店で、
この写真のころにはすでに
平野町にあったそうです。

なにか痕跡でもないかなと、
この写真にはじっと見入ってしまいました。
まあ何もそういう痕跡は
うつってなかったですねえ。

工具類を撮影した写真も多くありました。



直角定規や、物差しなどくっきり写し、
そういうのを映すことで
街づくりが進んでいるのを
表そうとしていたのかもしれませんね。



そして、この干しダコの写真には
驚きましたね。
昨年行った日間賀島でdoironも
干しダコの写真を取っており、
携帯に入っているので
思わず見比べてしまいました。



それから現像もどんどん発達して、
自然の写真も飛び出してきたりします。
障子にたかっている蛾の写真。
山道の様子なども写されたりしています。
そしてここでもなんかdoironが
写したんじゃないかと思えるような
アゲハの写真があったりして、



一層この写真家との距離が
縮まったようなそんな気がしたものです。



ずらっと作品を見て回ったのですが、
残念ながら彼は39歳で亡くなりました。
もっともっと写真と向き合い
たかったでしょうねえ。

doironももう今年で68歳です。
思えば長く生きたもんですねえ。
でもまだまだやりたいことが
いっぱいあるのを考えたら、
39歳で亡くなるなんて
なんともまあ惜しいことです。

晩年の安井氏の作品くらいになると、
多重露光の写真があったり
なんともまあ写真での表現に
なみなみならぬ苦労が見られます。
もし今のdoironくらいの年まで生きていたら、
どんな作品ができていたんでしょうねえ。

写真を通じて、ちょっとその撮影者に
近づいたような美術館巡りでした。

まあ普通はこれで終わるのですが、
もう一つビックリするようなことがありました。
帰ってきて、いつものように
ジムに行き、軽く運動をして、
家に帰り、さっと思い夕刊を広げてみたら、
なんとその夕刊で安井仲治の
特集をしているではないですか。



よくあるんです。

興味をもったらそのことが
新聞で取り上げられたりするのですが、
これはもう何と行った日の夕刊でしたから
とてもびっくりしました。

世間はもう少しでもdoironの興味に
追いつこうと動いているんですな。



展示会は2月12日まで開催されるそうです。

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写真という芸術を見に行った1

2024-01-19 21:38:26 | 取材

義父は写真が好きだった。

釣りが好きで、絵も好きだった。
ただ絵はなかなか自分の思うようにならず、
いろいろと道具を買っていたが
つかいこなすこともなく、
亡くなってからの遺品の中に
筆やパレットや絵の具も
ボロボロになってのこっていた。

そんな絵に替わって
もう一つ趣味として持っていたのは写真だった。
二眼レフなど貴重なカメラを
持っていたのを思い出す。
幸い絵と違って写真の方は、
かなり成功をした。
とはいっても趣味の範囲やけどね。
関西の写真クラブに入り、
大きな賞を何度ももらっていた。
家の片隅には暗室も作り、
現像もしながら趣味の写真を
楽しんでいたようだ。

若いころはdoironも花の写真を
撮っていたんだ。
花の名前を覚えるのに、
写真撮影は役立ったね。
何百種類もの花の写真を撮り、
それを義父に見てもらったりしたが、
今から思えばピントの甘い
幼稚な写真ばかりだったな。

このセツブンソウの花も義父さんに
見てもらったが、全然興味を示されなかった。



その後、このブログでも紹介してきたように
各地の風景写真を撮りまくって、
今は何枚くらいあるのかなあ。
たぶん10万枚くらいは撮影しているやろな。
デジカメやからそんなに費用は掛からない。
昔の花の写真のように現像した
写真だったらすごい費用になっていただろう。

今も家には義父さんの写真は飾ってある。

二つの森の向こうに枯れた木が
建っているという写真だ。


部屋の電気がうつって変やけど

この額の中には、義父の写真が
何枚も収められている。
こんな保存方法はいかんのだろうが、
ミセスがこれでいいのと言って
キッチンの片隅に飾っている。

そもそも写真というのは歴史も古くはない。
カラーとなるともう本当に新しい。
100年もたっていないのだろう。
昔は写真と言えば銅板を使ったり
していたそうで、現像も絵の具を
塗ったりして思いの淵を表現していたそうだ。

そんな時代にカメラに携わっていた
土門拳とかもおられるが、
当時写真の天才と言われる人が
一人おられた。

安井仲治という人だ。

最初は本当に黒の絵の具なんかを
使って写真つくりをしていた。
広い写真画面の中で1点だけ
ぴたっとピントの合う部分があったり、
同じ印画紙に重ねて現像したりしながら
当時の世相を語ろうとしていた。

まるで、まあ筆ではなくて
カメラを使った一枚の絵のような
作品を作っていたそうだ。

そんな人の写真は戦争で
ほとんど焼失してしまったが、
焼け残っていたネガから現像をし、
本なんかに残っている彼の写真も再現して、
兵庫県立美術館でその安井氏の
写真の展示会をするというので見に行った。

神戸の灘当たりの臨海沿いにある美術館で、
以前「不思議な絵」の特集をしているときに
行ったことがある。

たぶん、あの阪神淡路大震災の時には、
がれきとなったあたりに
作られているんだと思います。

家から阪神高速湾岸線に乗り
ハーバーハイウエイを通ってゆきます。
道路から見ていると、
コレクション展と書かれていたりして、
入館無料とあるのですが、
これなんだろうかと、
地下の駐車場に入ってゆきます。

広い建物の中を通り、
受付へと向かってゆきましょう。



続く

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