明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



今日はKさんの甥っ子が就活のため上京し、何故か私とT屋のかみさんが焼肉を付き合うことになった。しかし今日はそのことでなく、制作について書くことにする。毎日あんな酔っ払いのオジサンのことばかり書いて、読んでいただく方に申し訳ない、と思ったら、Kさん登場の日にむしろ訪問者が多い場合があることに気付いた。なんだか判らないが、まずいような気だけはする。 浜松から帰り数日。ようやく三島を坐らせるだけの状態で1カット完成。ぱっと見にはすでに完成していると思われたが、屋内展示のマルヨンと屋外展示のマルヨンを合成しているため、当然当たっている光が違う。これの調整に随分手こづってしまった。それに左向きと右向きのマルヨンを合成することになり、細かな部品や機体に描かれた文字など左右対称ではないので、それを修正することにもなった。結局空から地面から機体まで、本当の事は一つもないような画になってしまったが、なんとも嘘くさい空気感が漂い三島がコックピットに坐るのに相応しいF-104となった。これがただ撮影してモノになっていたならこうはいかない。わざわざ作ったからこそ、の画にならなければ甲斐がないわけである。 伊集院 静さんの場合も、たんにリアルにするだけだったら御本人が被写体になれば良いことになってしまう。それをあえて作り物で、ということなので、そこは別な空気になっていなければならないだろう。私の場合、表面の質感など粘土のままである。実写に見間違えさせるために作っているわけではないので、必要がないことはしない。肝心なのはそこに居る、という感じである。それさえあればあとは必要なものはない。

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