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デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

陳腐な接吻 PART 3 OF 3

2008-07-25 09:16:19 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ



「軽井沢夫人」



苦学生・紫藤純一は、上流階級にくいこもうと、
夏の軽井沢で高級レストランのウェーターとしてアルバイトを始めた。
数日後、紫藤は中川総業社長の別荘でのパーティーに、
ウェーターとしてレストランから派遣される。
紫藤はそこで、政財界の大物や、盛装した夫人、令嬢の中で、
中川夫人・佳子の魅力に惹きつけられる。
佳子に見惚れた紫藤は、
銀皿にのせて運んでいる料理(子豚の丸焼き)を
ひっくり返してしまい、招待客の衣服を汚してしまう。
中川社長は彼を責めた。
しかし、佳子が紫藤をかばうのだった。



クビになった紫藤は翌日帰ろうとしたら、
佳子が子供と二人、軽井沢駅前の喫茶店のテラスでお茶を飲んでいた。
紫藤の話を聞いて同情した佳子は、彼を有一の家庭教師に頼むことにする。
愛人と暮らす中川と離れて、佳子は孤独な日々を送っていた。
こうして紫藤は野望の足がかりをつかんだのだ。
佳子と紫藤が関係を結ぶのに時間はかからなかった。

しかし、紫藤が住むことになった佳子の亡くなった姉の別荘には、
佳子の姪の亜矢や彼女の恋人で岡崎財閥の御曹子、雅和が居た。
数日後、その雅和が紫藤に、
アメリカで殺人を犯し酒島という警視に追われていることを話した。
そして、追求の手から逃れるために、
自分を死んだと思わせようと擬装殺人を考え、紫藤に協力を求めたのだ。

その晩、約束の時間に紫藤と亜矢は雅和を訪ねるが、
そこには、すでに殺された雅和の死体があった。
嫌疑がかかるのをおそれた紫藤は死体を埋めると、
亜矢に、もはや二人は共犯者だと威し、結婚を迫った。
紫藤と亜矢がレストランで食事をしていると、
有一を連れた佳子と出会い、二人が婚約したことを告げる。
ショックを受けた佳子に、紫藤はすべてを話した。
佳子は彼の話が真実かどうか確かめるために警察に通報してしまう。
その結果、雅和の死体が発見され、紫藤は窮地に追いこまれてしまう。

紫藤は亜矢を車に乗せ、ハイスピードで疾走。
しかし、誤まって列車に激突、二人は即死してしまう。
紫藤の死の知らせに、遺体安置所に出向いた佳子は、
そこで、酒島警視に、雅和殺害犯は紫藤でないことを聞く。
佳子は、事故で切断された紫藤の首に近づくと、唇に接吻する。
軽井沢の夏は、何事もなかったかのように終ろうとしていた。




『軽井沢夫人 (2008年7月7日)』より

 
それで、陳腐なキスの代わりに、どのようにするのがラストシーンにふさわしいとデンマンさんは思うのでござ~♪~ますか?

そのことですよう。僕は夕べ卑弥子さんに習って一晩よ~く熟睡して考えましたよう。うしししし。。。

それで、素晴しいシーンが思い浮かんだのでござ~♪~ますか?



思い浮かびましたよう。実は、もう10年以上前になるかもしれません。僕はバンクーバーの市立図書館の日本語図書のコーナーで『法医学教室の午後』と言うようなタイトルの随筆を読んだことがあるのですよう。

http://www.vpl.vancouver.bc.ca/

その本をもう一度読もうとして図書館の検索エンジンにアクセスしたのですよう。ても、日本語は全く受け付けないのです。日本語のタイトルも著者も、すべてアルファベットで書き換えられている。

アルファベットで検索してみたらいかがでござ~♪~ますか?

やってみましたよう。 igaku を入れて検索してみました。

見つかりました?

9つのタイトルが見つかったのだけれど、どの本の概要を読んでも“法医学”に関する本ではないのですよう。でも、間違いなく僕はバンクーバーの図書館で借りたのです。

。。。んで、その本は、どのような内容なのですか?

もちろん法医学に関するものだけれど、学問的な事と言うよりも、いろいろな事件で著者が医学解剖に携(たずさ)わって感じたことやエピソードなどを書いたものなんですよう。

それで著者は。。。?

名前はすっかり忘れました。でも、僕のうろ覚えでは著者は東京大学法医学教室の古畑種基(ふるはた たねもと)教授の教え子の一人でした。この古畑教授は間違いなく日本の法医学の草分けの一人なのです。1956年には、法医学研究の業績が認められて文化勲章をもらっています。しかし、素晴しい業績を残した人なんだけれど、間違った事もやった。

どのような。。。?

古畑氏の死後、その鑑定について専門家から多数の疑問が持ち上がったのですよう。一部には「捏造」も指摘された。


財田川事件・島田事件・松山事件

被告人の犯行とする鑑定結果を提出したが、その後の再審裁判で鑑定に供せられた証拠物が捏造されたものだったことが明らかになるなど鑑定結果が覆されている。
これを受けて岩波書店は古畑種基氏の著書を絶版とした。




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


でも、デンマンさんが読んだ本は、古畑教授が書いたものではないのでしょう?

違います。古畑教授の教え子ですよう。古畑教授はいわゆる法医学の“権威”だった。僕自身は“権威”に対して常に疑いの目を向けるのだけれど、『法医学教室の午後』の著者も、そのスタンスは“権威”に対して疑いの目を向ける、と言う印象を僕は持ったのです。

。。。んで、デンマンさんが印象に残ったエピソードと言うのは。。。?

僕の記憶だけに頼って書くと次のようになります。10年以上も経っているので要点は同じでも、細部は、かなり違っているかもしれません。


愛する女の心遣い



死体解剖をするときに、私はいつも死体に向き合って
合掌することで解剖を始め、
解剖を終えた時にも合掌することで解剖を終了するようにしている。

いつの事だったか、
今では、はっきりと日時までは覚えていないが、
仏様は事件の被害者ではなかったと思う。
路上で死亡したような場合にも
死体解剖をしなければならない。
その仏様も、そのような形で畳の上ではなく、
路上で死亡したようだ。

いつものように腹部を真一文字に切り裂き
解剖を始めたのだった。
特に、その日、解剖の後で
急ぎの用事があるわけではなかったけれど、
私の解剖のやり方が多少マンネリ化してしまっていたようだ。

一人一人の仏様に対して
肌理(きめ)の細かい配慮をしなければならない。
そう思うのだが、疲れていたり、気になることがあったりすると、
どうしても、仏様に対して配慮が行き届かない場合もある。

その時も解剖を終えてすべての所見をメモした後で、
縫合を終えて仏様に合掌したのだった。

いつもと違う事が起きたのはその時だった。
仏様の未亡人が縫合を終えた仏様の姿を
しばらく見つめていた。
その女性は40代だったように思う。
仏様と比べたら、ずいぶんと若いように見えた。
黒い喪服を着ていたが、
特に悲しみを表すでもなく、
気持ちをしっかりと持った気丈な夫人という
印象を見る人に与えた。

その夫人は、ちょっとばかり私の顔をうかがい
躊躇した様子だったが、
自分の髪の毛からピンを抜き取ると、仏様に近づいて
雑に縫合糸に縫いこまれた陰毛を
丁寧に引き戻して整えてやっているのだった。

20年以上も連れ添ってきた夫の体が
雑に処理されているのを見かねたのかもしれない。
頭の毛が乱れたままで寝棺に納める未亡人は居ないだろう。

それと同様、縫合された糸に陰毛が絡まったままで
夫の体を寝棺に納めるのを見るに忍びなかったのだろう。

それを見て、配慮が行き届かなかった事を羞じ、
背筋を伸ばして、私は改めて仏様に合掌した。


この時のシーンを僕は映画で観たように視覚的に覚えていたのですよう。

つまり、「軽井沢夫人」の最後も切断された首に夫人が接吻するのではなく、上のように自分の髪からピンを抜き取って、雑に縫合糸に縫いこまれた陰毛を丁寧に引き戻して整えてあげる。デンマンさんは、そのようなシーンの方が日本のロマンポルノには、ふさわしいとおっしゃるのですか?

その通りですよう。オスカー・ワイルドの『サロメ』の物真似をするよりも、この方がよっぽど日本的だと僕には思えますよう。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
あなたは、どう思いますか?

切断された首にキスをするシーンが、あたくしには、それ程陳腐なモノとは思えません。
オスカー・ワイルドの戯曲に、そのようなシーンがあるのだから、決して荒唐無稽ではないと思いますわぁ。

でも、デンマンさんの『法医学教室の午後』を読むと、
キスシーンでは表現できない、見る人に背筋を伸ばして合掌させるような何かが伝わってきますよね。

とにかく、また、あさって面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

ロマンポルノのお話が出てきたので

思いだしましたが、

日本と北米では

エッチの描き方が違いますよね。

デンマンさんが日本から持って来た

成人映画を見せてもらった事があるのですけれど、

女性は映画の中で“被害者”のように

扱われている場合がほとんどですよね。

北米では、エッチしているシーンは

男も女も、まるでスポーツのように

楽しんでいるように描かれています。

女性は、あくまでも“共演者”です。

わたしは、そのような印象を持ちました。

あなたは、どう思いますか?



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』



では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。







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