金容成のブログを読み解いている雪風さんから新しい投稿をいただきました。
「時系列に沿ってブログを整理してみると、混乱の様子がよく分かります」とのことです。読みやすく、見やすく整理してくれています。読んでみてください!
<以下、金容成のブログより> 雪風
2015年12月03日
摂理的概観、2000年~20004年 金容成ブログより
教権勢力の反乱は母子協助時代から始まっていた。
家庭連合は、1997年12月IMF危機による外的危機。翌年の8月、洪蘭叔の暴露本による内的危機に直面し絶望感に浸っていた。
お父様は父子協助時代を言及する前に、アダム家庭のことを語られたが、その核心は、長子が系統を継ぐことであった。 教権勢力は、お母様を中心とした基盤を形成していて、父子協助時代に関する正確な情報を手にすることができた。教権勢力は、母全権時代を開く為に徹底した準備を企画し推進したはずだ。
1999年9月9日9時9分9秒にお父様が天に報告された時、すでにお母様の基盤は堅固なものであったとみなければならない。そうでなければこの日以来、何度も「お母様を中心とした巣を作ってはならない」と厳しく繰り返して語られるはずがない。
お父様が父子協助時代を宣布した後に、UCが父子協助体制で進行されたならば、2004年に「アボジの継代を継ぐのは長子しかない」「母子協助の蕩減救援時代は過ぎ去り」「母子協助時代を片付けてしまいなさい」などといったみ言を語られはしなかった。 これはUCが父子協助体制で行われておらず、お父様の指示はお母様と教権勢力によって、選択的に遂行されてきたという決定的な手がかりとなる。
2001年からは、長子を前面にたてて行く時代である、とお父様は明らかにされた。それにもかかわらず何故それが具現されなかったのだろうか。これをみるとこの時既に、教権勢力による反摂理体制が固着されたとみるべきであろう。
父子協助時代の絶対指針に従いなさいと語られたお父様。
2000年9月24日、顯進様への祝福執典権移譲宣布式が行われた。
2001年1月30日、40歳以下の指導者に関する教育と人事権を移譲された。
2001年2月25日、顯進様に48歳未満の指導者に関する権限を移譲された。
この措置は、お父様の継代を継ぐ者は顯進様であると発表することである。しかしお母様と教権勢力は、お父様の決心を無視したとみ言選集は証言している。絶望的な状況の中で、お父様は教権指導者に本音を率直に語られた。
それから約1年後の2002年3月6日郭錠煥会長、朱東文氏、梁昌植氏に、顯進様について具体的に言及された。その内容は「父子協助時代において顯進が長子権を受け継ぐことは天理原則であり、変わらない原則である」
顯進様を立てたのは、一代で全ての摂理を終了させようとするお父様の意地であるとされた。また、条件的基準は全て立てられたので、お父様がいなくても父子協助体制をもって必ず神様のみ旨は成就されると語られた。
それから7ヶ月後の2002年10月8日、同じように郭錠煥会長、朱東文氏、梁昌植氏に顯進様と一つになるようにと語られた。「三人の指導者が顯進と一つになることは論理的基準において正しいことである」
「 三人が、顯進と一つになれなければ、顯進も曲折が生じるしかなく、三人が一つになっても、そこに顯進が共にいなければ、三人もみ旨を成すことができない」と証言された。続いて2年後の2004年には、1999年9月9日から言及されて来た父子協助時代に関するみ言をそのまま繰り返された。これは、お父様の摂理に対する絶対的指示はもはや効力を発揮できない反摂理体制が固着されたことを意味する。
この9月のみ言を最後に、父子協助時代に関するお父様のみ言はない。この時を分岐点に、お父様は違う方法で摂理を経綸するしかなかったのだ。この頃から、亨進氏と國進氏がUCの表舞台に登場してくる
2004年以降UCは、父子協助時代を永遠に廃棄しようとするお母様を中心とした教権勢力と、この勢力を克服し、顯進様を立てて父子協助時代の命脈をつなぎ、基元節勝利を通して神様の創造理想を完成してみせるというお父様との闘争史となった。