最近の統一家の混乱を見ると、結局「私たちは真の父母に何を期待し、何を求めて来たのだろうか?」と言うことに帰結すると思う。
人それぞれに、求めるものは違う。違って当然です。しかし、その求めるものと与えようとする者の意思や願いが食い違ってしまうと悲劇が起こる。
その最も悲惨な例がメシアをめぐる人々の願いと、神様の願いの齟齬なのかとういつきょうかいをもしれない。
今なお家庭連合にあって、真のお父様のみ言と異なる発言の目立つお母様と、お母様を担ぎ上げている幹部たちの願いや思いとは何なんだろうか!と思う。
お母様が何を語られたとしても、それ自体が問題になることはない。多少お父様の語られたみ言と異なるようなことを語られたからといって目くじらを立てるほどのことでもない。お父様ご自身でも、以前語られたことと逆のようなことを語られたことは枚挙に暇がない。
問題は何か!それは教団全体が天の伝統や精神から逸脱して、神のみ旨とは異なる方向にかじ取りをしてしまっては、問題が大きい。今実際にそのようになってしまっている。神の国実現と言う大きな目標が失われ、日常的な生活で一定の満足が得られればそれで良しとする風潮が教会全体を支配している。世の中の混乱や問題にはほとんどみんな無関心である。それはそれで仕方がないのかもしれない。しかしそれは創業者とも言える真の父母様、文鮮明先生が統一教会を創設され、今は家庭連合と名称を変更され、そのほか様々な団体を起こし運動を展開して来られた意志や願いとは大きくかけ離れている。
今のように、教会が分裂し、とりわけお父様の意思を継ぐと思われる子女様を排斥するような教会になるなどとは、だれが想像しただろうか!
結局、人類の救世主、メシア、再臨主、真の父母として、人類救済の大命題に向かってただひたすらその生涯を駆け抜けた真のお父様と、そこに従ってきた祝福家庭や弟子たちの思惑や願いがあまりにもかけ離れていたと言うことではなかろうか。だからこそ、真のお父様の聖和後、時を経ずして勧められた様々な変化に対して、祝福家庭の大部分が、大した違和感もなくしたがって来たのかもしれない。
例えば私など、ここブログ村で何のかんのと正論をぶちまけても、「なんだ!勝手なことを言っている」というくらいにしか受け止められていないのかもしれない。
それは、大半のブロガーも痛切に実感していることかもしれない。
どうやら、多くの食口たちを見ると、真のお父様は何かしら神通力か何かを持つ超人の如く思われていた節がある。お父様の言うことさえ聞いていれば何でもできる。あるいは必ず救われる、そう勘違いしていたのではと思う。そう勘違いしていたからこそ、そのお父様が聖和してしまわれたら何処にも頼るところが無くなって、「今度はお母様だ!」となってしまったような気がする。そうなてしまうとお母様も「私がやらなければ!」となる。そのための権威づけに「独生女論」はもってこいだった。お父様がそうだったように、あるいはお父様がそうだった以上に私は神様から選ばれた特別な存在なのだ!」、そのようにお母様が考えられたとしても仕方がない状況が生まれていたのである。
だから「独生女論」や、その他の諸問題の責任を真のお母様の責任だとしてしまうことはとんでもない間違いとなってしますう。
問題の根はそこではない。結局私たち祝福家庭が真のお父さまや真のお母様に求め続けて来たものが間違っていたのである。
我々祝福家庭が統一教会にそして今は家庭連合に導かれてきた動機は様々だろう。当然である。しかし、真のお父様が、統一教会(世界基督教統一神霊協会)を創設された目的は明確だった。それは、200年間のキリスト教が再臨のメシ4アを迎えて侍って、本来はイエス様が生きて為そうとされたみ旨の成就を果たすために来られた再臨の主とともに神様の創造理想そのままの世界を実現するはずだったにもかかわらず、そのみ旨に同参することが出来なくなってしまったために、再びその使命を果たすための教会として統一教会を創設されたのであった。
要は導かれてきた食口たちがどれだけこのような真のお父様が創設された協会創立の願いを理解して来たかと言うことである。そのことを教会員たちが正しく真のお父様と共有して来ていたならば、統一教会史上に様々な問題が生じるはずもなかったのではと思うのである。
お父様が掲げ続けられた世界平和理想の実現のビジョンに、本来真のお父様ご自身の家庭の完成と成就が不可欠であることを教会幹部や食口たちが理解して来たならば、真の子女様を排除したり蔑ろにするなどと言うことは起こりえないことだったに違いない。
今も真の家庭の子女様が辛酸をなめる状態が続いている。教会食口が口にするのは「真の御父母様のため!」という言葉であるが、真の家庭と真の子女様を蔑ろにして、真の父母様のためも何もあり得ないのではないか!
結局求めてきたものが違うがゆえにそのようになってしまったとしか考えようがないのである。
そのことは、真のお父様ご自身も十分承知のことだったと思う。十分承知はしておられたあとしても、そのことをしてカインの子女である祝福家庭を断罪することが出来なかったお父様でもあったのである。
様々な問題を抱えた幹部たちをお父様は切り捨てることをせず、時には真の子女様を厳しく叱責されながら、かえってカインの子女である祝福家庭や側近幹部を弁護するようなそぶりさえ見せて来られた真のお父様であった。
子女様たちがこぞって金孝律氏など側近幹部を忌み嫌っていたと言うことはよく聞き及んできたところのものである。
それでも真のお父様は金孝律氏などの側近幹部を使い続けて来られた。まさに、サタンを屈服させるにはそれしかないと覚悟を決めての所業のようにさえ思われた。
今現実の教会幹部たちが、どれほど真のお父様の伝統や精神を破壊し、真の家庭の伝統や精神を踏みにじり、真のお父様が遺された遺産を食いつぶし遺棄し続けていることか!許し得ないことの限りを尽くしながらも、祝福家庭を主管してその上に君臨し続けている。
今日の異常な状態を誰が予想しただろうか!しかし、今日の混乱は長い教会史の最後の結末として不可避なことだったのかもしれない。
最後の問題は私たち祝福家庭一家庭一家庭が、自分たちが教会に導かれたことの意義と価値が何処にあったのかをもう一度再認識し、悔い改めて再出発するかどうかにかかっている。
厳しい自省が必要であろう。真の家庭に問題があるのではない。問題は私たち自身にあったのだ!