犬と猫と考える

レスキューした犬猫と考える。。生き物の大切さ。。

Pet Loss Syndorome (ペットロス症候群)

2011年02月14日 | 猫のこと
Pet Lossとは名の通り、”ペットを失う”ということ。

かわいがっていたペットが亡くなり、悲しみのあまり、何もできなくなること。うつ病に近い状態。


私はアメリカに来たとき、ドラッグ中毒になったことがあります。
これでは、自分の人生がだめになるとおもい、なんとか立ち上がろうとしたけれど、なかなかドラッグから抜けれることはできませんでした。

あるとき、カウンセラーに会うように勧められ、そのときに、”動物は好き?”という質問に、私はうなずきました。
そう、いままで動物なしの生活なんて、送ったことがなかったから、今回アメリカに来てはじめて、一人ぼっちで、寂しかったかもしれない。 

アパート住まいだったため、犬は禁止だったけれど、猫ならかまわいということだったので、早速、アニマルシェルターに行き、子猫をもらいにいってきました。

まだ、手のひらに乗るほどの小さい子猫。 名前は”イクラ”と名づけました。 生後2ヶ月足らず。。


今まで日本にいる頃は、犬や猫の世話というと、ほとんど母がしてきたから、今回はじめて、自分の”猫”ということで、なんだかうれしかったりしたものでした。

ある日、ドラッグをしすぎて、わけわからなくなってたときイクラがにゃ~と泣いてるのに気づきました。

”あ、そうだ。。猫飼ったんだっけ。。”

毎日のえさ、猫のトイレの掃除をしてあげないと、猫はきれい好きなので、トイレ以外で用をたしてしまう。。

”この子はわたしがいないと、ご飯も食べれない。。わたしが、ちゃんとしなきゃ。。”

イクラのおかげでわたしの生活はがらりと変わりました。 パーティーに行くのも、夜遅くのバイトもやめ、

もちろん、ドラッグからもきっぱり足を洗いました。 イクラのお陰で責任感ということがわかりました。

イクラのために、いろいろ勉強も始めようとも、思いました。

イクラはちょっと変わった猫で、よく言えば犬のような猫。 ボールを投げると犬のように戻ってきて、投げろという。
散歩にも出た。 犬みたい。。

イクラが2歳になるころ、今のデブサバを迎えました。 サバは生後3ヶ月。。イクラのことをママと思ったらしく、いつもイクラのそばから離れることはありませんでした。

ある日、私はサンフランシスコから、ゴールデンゲート渡った街に引越しを決めました。 

”サンフランシスコだと、車も多いし、イクラやサバを外に出すのは心配。。”

そう思って少し自然のが多いところに引越しをしようと。。


引越しをした先で、近所の人のワンちゃんたちを散歩に出してあげたりもしてたので、毎回イクラは一緒にくっついて犬と散歩をしてました。

”変な子やなぁ。。犬と散歩するなんて。。”  


サバはその当時、怖がりだったため、一歩も外にはでなかったんです。

ある朝、1匹の犬の散歩が朝早くに終わり、イクラはまだ外で他の猫と遊んでたので、私はコーヒーでも飲もうとアパートに行き、そして階段を上ろうとしたとき、車が猛スピードで走ってくるのが見え、

”まさか、あの車こっちにけーへんよな。。こんな狭い道に。。”と変な予感がよぎりました。。

階段をあがる私の姿をみて、イクラもこちらにこうようとしたとき。。


ば~んっ。。。。。 なんの音?と振りかえると。。。。。イクラ? イクラ? 

血だらけのイクラが私のほうまで歩いてる。。何? 何があったん?


先ほどの猛スピードの車が、まさかのこの狭い通りに入ってきたのです。。

近所の人がみてたので、車を止めてくれました。


運転してたのは、免許取立ての高校生。。。



”あ~、なんか見えたけど、ごみかとおもって、止まらなかったよ。”

その一言で私はぶちきれ、その高校生を思わず殴ってしまう。 その後は、正直記憶はありません。。近所の人がいうには、私は殺す勢いで、その高校生を殴り続けたという。。 そして、近所の人に止められ、もちろん、警察官の世話にもなってしまいました。。 警察官は私に同情してくれたのか、その足ですぐにイクラと私を動物病院まで連れて行ってくれたました。  いろいろとしてくれたのですが、すでにイクラは息を引き取っていました。


イクラは、血だらけになりながらも、私のところに戻ってきてくれた。。
わたしがあの時もう少し、気をつけてみていたら、こんなことにはならなかったのに。。

後悔しても、もうイクラは戻ってこない。。 イクラ、4歳のときでした。。
サバもショックのあまり、1週間、ご飯も食べず、クローゼットやベッドの下に引きこもるようになりました。。

わたしはというと、仕事もできないぐらい、落ち込み、お先真っ暗の状態。。 何をしてても、涙が止まりませんでした。。

ペットロス症候群。。。

また、ドラッグにつかりそうにもなりましたが、そのつど、サバがまだ生きてるからと自分に言い聞かせました。。

サバがおなかをすかしたのか、ベッドのしたから、にゃ~と弱々しい声で鳴ていました。。

”サバ、どうしたん? おなかすいたやろ? ご飯にするか?  寂しいのはママも同じやで。。ごめんな。。ごめんな。。 うちのせいやねん。。ママがなもっと気をつけてみてなかったから。。ごめん。。”

そうしたら、サバが私の膝にきて、泣いてる私の顔をぺろぺろなめてくれました。

その後、自殺も考えました。。 サバと一緒に死んで、イクラのところに行こうって。。そのたびにサバは私の膝にきては、”ママ、がんばろう。。僕まだ生きてるで。。”と、のどをぐるぐるならして、私を慰めてくれました。

”そうやな、がんばらんなあかんな。。ママ弱くなってたわ。。ごめんな。。”

すぐに仕事場に電話をして、明日から復帰するよう伝えました。

仕事場の人が、”Gumi, 虹の橋ってポエム知ってるか?” といってコピーをしてくれた紙をくれました。そして、ペットロス会というも知り、すぐ近所にあったので参加してみることに。。

週1回の会合に私は、がんばって出席。。
何ヵ月後かには、私は逆に、他の人を支えれるまで、自分が強くなってんです。





当時まだ、デジカメが出始めた頃だったので、残念ながら普通のカメラでしか、写真は残ってませんが。。


  


いつも一緒だった二人


2週間後ぐらいに、今いるエビをシェルターから引き取ることにしました。



いつも仲良しの二人。。




最愛のPetを亡くしたら、誰だって悲しいし、落ち込みます。 正直、私のように本当に自殺を考える人も多いんです。
たかが犬や猫かもしれませんが、その人にとったら、かけがえのないものなんです。

もし、お知り合いでこういう方がおられたら、どうか、やさしいお声をかけてあげて、そして、もしペットロスの会合または、今ではネットでも参加できることも可能ですので、参加するように言ってあげて下さい。

同じ気持を持った方なら、気持ちも通じ合うでしょう。

そして、ペットを亡くされた方、どうか、どうか、強くなってください。 たくさんの命がまだまだ、あなたの目の前にいます。 亡くなったPetは私たちの目の前から姿を消し、私たちには見えませんが、魂はいつまでも、いつまでも残ってるんです。 そして、動物たちはまた、何らかの姿で戻ってきます。 また違った形で私たちと会えます。

だから、どうか、どうか、強い心をもって、先に進んでください。