Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

紅い戦闘機。

2007-02-19 | 夢十六夜
「紅い戦闘機が・・」
「え?」

 夢とも現ともつかないまま、目を閉じて私は続けた。

「紅い戦闘機がね、グライダーのような小さな飛行機に誘導されて、物凄い傾斜のある山の斜面すれすれに、まるで垂直に空に向かうの。深い緑色をした杉の山にね、戦闘機の大きな影と小さなグライダーの影とが並んで昇ってゆくの。山は夏の色をしていて、戦闘機を目で追っていたら、あまり高いところに行ってしまうから逆光で眩しくて、最後にはもう紅い色なんてこれっぽっちも見えないで、黒い影になっちゃうの。」

「それは、どんな形をしているの?」

「時代がかっていてね、鼻先が丸い感じがするの。羽もなんだか丸い感じで、私の好きな最新鋭のステルスなんかとは似ても似つかない。もしかしたら、プロペラなんかも付いているかもしれない。よく見えないけど。」

 私は、既に醒めてしまったあとでも夢の尻尾を追いかけて目を開けようとはせず、緑の山に映える紅の戦闘機が飛び去るのをずっと見ていた。
口元は、恐らく微かに笑っていた。


「薬を・・」
 目を閉じたまま片手をすいと伸ばす私の掌に、気管支拡張剤という名の筋弛緩薬がそっと手渡される。たった一秒の服用のあと、指で摑まれたようだった気道はふっと緩み、同時に脳までほんわりと柔らかくなり、薬を冷たい掌にぽんと手渡すとそのままうつ伏せに倒れこんで再びの眠りに墜ちようとする。薬が毒であることを最も強くそして甘美に実感するひとときだ。


「そろそろ、行くよ。」
落ちてゆく意識の端っこで、頭を撫でられるのを感じる。
目を決して開けぬまま私は微笑み、手探りで金属のような冷たさを持つ掌を捕まえると自らの頬に押し当てる。

右目の裏の上のほうを、紅い戦闘機の陰が小さく横切っていった。



「いってらっしゃい。」