全国の平成21年の出生数は1,070,035、出生率(人口千対)は8.5、出生の場所別の出生数の割合は、病院:51.6%、診療所:47.2%、助産所0.9%、自宅・その他:0.2%でした。それに対して、長野県の平成21年の出生数は17,310、出生率(人口千対)は8.1、出生の場所別の出生数の割合は、病院:69.2%、診療所:29.7%、助産所:0.7%、自宅・その他:0.2%でした。
すなわち、全国的には病院での出生数は診療所での出生数とほぼ同数ですが、長野県では病院での出生数が全体の約7割を占めています。
総合および地域周産期母子医療センター(9施設)の分娩件数(平成21年)は6,332で、県全体の分娩件数の34.6%を占めました。
地域周産期母子医療センター(8施設)の分娩件数は増加傾向にあり、平成21年の1施設当たりの平均分娩件数は765.4でした。信州大付属病院:732件、佐久総合病院:819件、諏訪赤十字病院:405件、伊那中央病院:1,131件、飯田市立病院:1,001件、長野赤十字病院:761件、篠ノ井病院:850件、北信病院:424件。
長野県の周産期3次医療は、県立こども病院と信州大付属病院とが担っています。
長野県は計10の医療圏(佐久、上小、諏訪、上伊那、飯伊、木曽、松本、大北、長野、北信)に分かれていて、周産期2次医療は各医療圏内でほぼ完結することが期待されてます。
しかし、上小医療圏では、現在、地域周産期母子医療センターである国立病院機構長野病院が分娩取り扱い休止中で、地域の周産期2次医療をほぼ100%近隣の医療圏に依存しています。従って、上小地域の周産期医療にとって、今、最優先で取り組むべき課題は、周産期2次医療を地域内で完結させることだと思います。将来の地域周産期医療を担う若手医師が地域に大勢集まって来るように、医療提供体制を根本的に変革する必要があります。五年後、十年後に周産期2次医療が地域内で完結しているために、今、最優先で実行しなければならないのは何なのか?ということを、地域で真剣に議論すべき時だと思います。
****** コメント(10月26日記載)
今回、上小医療圏が国の地域医療再生計画に選ばれ、三十数億円の税金が地域医療再構築のために投入されます。それだけの資金をうまく使うことができれば、周産期2次医療体制再構築の基礎を築くことがある程度は可能ではないかと思われます。
しかし、いくら国や県や大学などが働きかけようとも、地域の住民がそれを望まなければ医療体制再構築の方向に動いていくことは難しいのかもしれません。もしかしたら、上小地域の場合は、周辺医療圏の医療体制がしっかりしているのと、新幹線の駅があって交通の便が非常に良いこともあって、地域の住民がそれほど困り切った状況にまでは追い込まれてないのかもしれません。
飯田下伊那医療圏の場合は、二十数年前、地域内に小規模な産科診療所や助産所が多数存在しましたが、周産期2次医療機関は存在しなかったため、周産期の異変は地域内ではほとんど対処できない状況にありました。当時の産科診療所の先生方は周産期の異変が発症するたびに非常に苦労されてました。母児を救命するためには、患者さんを遠く昭和伊南病院や信州大学まで母体搬送するしか手はありませんでしたし、多くの場合は児の救命をあきらめざるを得ませんでした。当時は周辺医療圏も似たような状況で、地域の周産期2次医療を周辺医療圏に全面的に依存することはできませんでしたし、交通の便は県内最悪の地域ですから、当時、地域の住民が困り果てて何とかして欲しいという気運に満ちあふれてました。地域周産期2次医療体制を一から構築するために、多くの人々が全面的に協力してくれました。飯田下伊那地域の周産期2次医療体制は、この二十年間で大きく変化し続けてきました。今後も時代とともに変革を続けていく必要があると考えてます。
****** 参考記事:
「上田地域の周産期医療の展望」~信州大学の先生方による医療講演会~
****** 毎日新聞、長野、2010年10月21日
上田市:助産師を積極活用へ 新産院の基本計画発表
上小地域の周産期医療の柱となる新上田市産院の建設に向けて、同市は20日、一般市民向けに基本設計を発表した。市民ら約20人が建物の概要や機能、完成予想図などの説明を受けた。新産院は延べ床面積が現在の市産院の約2倍となり、医師だけでなく、助産師を活用した分娩(ぶんべん)を積極的に取り入れていくという。
新市産院は、鉄骨3階建て・延べ床面積約2970平方メートル。病床数は27床で、出産に家族が立ち会える病室を3部屋新設する。立体駐車場も併設し、総事業費13億円を見込む。11年度末に開設の予定で、13年度の分娩数の目標は630件(近年は平均約480件)という。築40年以上が経過している現産院の待合室が狭い▽トイレが男女共用▽エレベーターが無い--などの問題点も改善する。
一方、新市産院への移行後に分娩費用の値上げも検討されている。また新市産院は核家族化などにより家庭での育児が困難な母親を支援する施設「ゆりかご」も併設する。
市産院の村田昌功副院長は「新しい市産院は長野病院の近くに建設され、連携してより良い医療環境を作り出せる」と強調した。【渡辺諒】
(毎日新聞、長野、2010年10月21日)
一般診療所に不可能な高次医療の提供努力をすべき行政がそれを後回しにしている現実
周辺周産期センターに100%たよらなくてはならない現実は情けないですね
今日、日本産婦人科医会報のHPV対談で現京都大学前信州大学小西教授のお顔を拝見しました。
教授の上小地域周産期センター設立への的確な判断提案ご努力を思い起こします
これを地域住民・行政が理解するためにはまだ時間がかかりそうです
しかし、いくら国や県や大学などが働きかけようとも、地域の住民がそれを望まなければ医療体制再構築の方向に動いていくことは難しいのかもしれません。もしかしたら、上小地域の場合は、周辺医療圏の医療体制がしっかりしているのと、新幹線の駅があって交通の便が非常に良いこともあって、地域の住民がそれほど困り切った状況にまでは追い込まれてないのかもしれません。
飯田下伊那医療圏の場合は、二十数年前、地域内に小規模な産科診療所や助産所が多数存在しましたが、周産期2次医療機関は存在しなかったため、周産期の異変は地域内ではほとんど対処できない状況にありました。当時の産科診療所の先生方は周産期の異変が発症するたびに非常に苦労されてました。母児を救命するためには、患者さんを遠く昭和伊南病院や信州大学まで母体搬送するしか手はありませんでしたし、多くの場合は児の救命をあきらめざるを得ませんでした。当時は周辺医療圏も似たような状況で、地域の周産期2次医療を周辺医療圏に全面的に依存することはできませんでしたし、交通の便は県内最悪の地域ですから、当時、地域の住民が困り果てて何とかして欲しいという気運に満ちあふれてました。地域周産期2次医療体制を一から構築するために、多くの人々が全面的に協力してくれました。飯田下伊那地域の周産期2次医療体制は、この二十年間で大きく変化し続けてきました。今後も時代とともに変革を続けていく必要があると考えてます。