ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

放射線被曝の胎児への影響について

2011年06月05日 | 周産期医学

放射線とは?

・ 放射線は、 高エネルギーの電磁波(X線・γ線など)や、運動エネルギーをもつ電子(β線)、原子核(α線)や中性子線などの粒子で、それが物質を通過するときに物質中の原子や分子に作用して電離したり熱エネルギーを与える能力をもつものをいう。

・ 放射性物質:放射線を放出する物質。

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電離放射線(ionizing radiation)とは?

・ 電離能力を有する放射線の総称。

・ 物質との作用で、直接あるいは間接に物質をイオン化(電離作用)する能力のことを電離という。

・ 電子、陽子、α粒子などの荷電粒子は直接電離放射線といい、γ線(電磁波)、X線(電磁波)、中性子線(非荷電粒子線)は間接電離放射線という。

※ 紫外線は電離作用を持つが、空気中を伝わる力が弱いので、電離放射線といわない。

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法律で定められた放射線の定義

・ 原子力基本法による放射線の定義:

「放射線」とは、電磁波又は粒子線のうち、直接又は間接に空気を電離する能力をもつもので、政令で定めるものをいう

註)原子力基本法第3条5号 昭和38年12月

・ 原子炉規制法による放射線の定義:

原子力基本法第3条5号の放射線は、次に掲げる電磁波又は粒子線とする。
1. アルファ線、重陽子線、陽子線その他の重荷電粒子線及びベータ線
2. 中性子線
3. ガンマ線及び特性エツクス線(軌道電子捕獲に伴って発生する特性エツクス線に限る)
4. 1メガ電子ボルト以上のエネルギー を有する電子線及びエツクス線

註)核原料物質、核燃料物質及び原子炉の定義に関する政令第4条 昭和32年11月

・ 電離則による電離放射線の定義:

「電離放射線」とは次の粒子線又は電磁波をいう。
1. アルファ線、重陽子線及び陽子線
2. ベータ線及び電子線
3. 中性子線
4. ガンマ線及びエックス線

註)電離則(電離放射線障害防止規則)労働省令第41号第2条 昭和47年9月

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放射能とは?

・ 放射能とは、物質が放射線を放出する能力をいう。

・ 放射能の強さは、1秒当りの原子核の崩壊数で表し、単位としてベクレル(Bq)を用いる。

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放射性同位体(放射性核種)

・ 原子核は+の電荷を持った陽子と電荷を持たない中性子で構成され、陽子の数が同じでも中性子の数が異なるものがあり、これらを同位体という。同位体のうち、放射能を持つものを放射性同位体(放射性核種)という。

・ 放射性同位体の例:
三重水素(3H)、炭素14(14C)、 カリウム40(40K)、ヨウ素131( 131I)

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アロファ(α)線

放射性同位元素が、α粒子(陽子2つ、中性子2つのヘリウム4の原子核)を放出し、原子番号と中性子数が2減る(すなわち、質量数が4減る)ことをα崩壊という。 α粒子の流れをα線という。

Fig1
原子核がα崩壊してα粒子を放出している。

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ベータ(β)線

放射性同位体はβ崩壊により同質量数で原子番号の異なる核へと放射性崩壊を起こす。 β崩壊する際に高速で放出される電子(または陽電子)のことをβ粒子という。 β粒子の流れをβ線という。

Fig2
原子核がβ崩壊してβ粒子を放出している。

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ガンマ(γ)線

原子核に残存している過剰エネルギーをγ線として放出する放射性崩壊をγ崩壊と呼ぶ。γ崩壊は、α崩壊やβ崩壊と違い、原子番号や質量数が変わらない崩壊である。

Fig3
γ線(高エネルギーの電磁波)

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エックス(X)線

・ 放射線の一種。電磁波のうち、波長が1pm~10nm程度の範囲のもので、軌道電子の遷移に起源をもつ。

・ ドイツのヴィルヘルム・レントゲンが、1895年11月8日に発見したので、レントゲン線とも呼ばれる。

・ 波長のとりうる領域がガンマ(γ)線と一部重なる。これは、X線とγ線との区別が波長ではなく発生機構によるためで、軌道電子の遷移を起源とするものをX線、原子核内のエネルギー準位の遷移を起源とするものをγ線と呼ぶ。

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単位とその持つ意味

グレイ(Gy)

ある物質が放射線に照射されたとき、その物質の吸収線量を示す単位。1Gyとは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収 があることを示している。(Gy=J/kg)

1Gy = 100 rad (rad:古い吸収線量の単位)

シーベルト(Sv)
人体が放射線を受けた時その影響の度合いを測る尺度として使われる単位。

Sv = Gy x 放射線荷重係数 x 組織荷重係数

放射線荷重係数(WR)は、放射線種によって値が異なり、X線・γ線・β線ではWR = 1、陽子線ではWR = 5、α線ではWR = 20、中性子線ではWR = 5~20の値をとる。

組織荷重係数:臓器などの組織別の影響の受けやすさを表す。
・ 肺、胃、骨髄などが0.12
・ 食道、甲状腺、肝臓、乳房などが0.05
・ 皮膚、骨の表面が0.01

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確率的影響(stochastic effect)

発癌と遺伝的障害には、しきい線量がなく、発症の確率と被曝線量が比例し、被曝線量が非常に小さくても影響が発生する。(仮定)

Stochastic
(直線しきい値無し仮説)

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確定的影響(deterministic effect)

しきい線量を超えて初めて症状が起こり、線量が高いほど症状が重くなるような影響。確定的影響には、確率的影響(発癌と遺伝的障害)を除いたすべての影響が分類される。

Fig4

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確率的影響と確定的影響

Fig5

・ 小児癌、遺伝的影響が、胎児被曝の確率的影響として生じることが知られている。

・ 奇形発生、精神発達遅延などが胎児被曝の確定的影響として生じることが知られている。

・ しきい値は専門家の間でもあるのかないのか、あるとすればどこなのかについて長年論争の的になっており、現在も確定してない。

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放射線被曝の胎芽・胎児への影響

・ 流産(胎芽・胎児死亡)は着床前期に最も多く、器官形成期の被曝でも起こり得る。そのしきい値は100mGy以上である。

・ 外表・内臓奇形は器官形成期にのみ起こり、各器官でその細胞増殖が最も盛んな時期の照射に特徴的に発生する。100~200mGyがそのしきい値である。

・ 発育遅延は2週~出生までの時期で認められ、そのしきい値は動物実験より100mGy以上と推測される。

・ 精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。

・ 悪性新生物(癌)は15週~出生までに起こり、しきい値はICRPでは50mGy以上としている。白血病、甲状線癌、乳癌、肺癌、骨腫瘍、皮膚癌が主なものである。・遺伝的影響は高線量照射による動物実験では認められるが、ヒトの疫学調査では統計的有意差が見られていない。しきい値はUNSCEAR(原子力放射線影響に関する国際科学委員会、2000)では1000~1500mGyと推測している。

Fig6

****** 産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

妊娠中の放射線被曝の胎児への影響についての説明は?

1. 被曝時期と胎児被曝線量の確認が重要であり、被曝時期は、最終月経のみでなく、超音波計測値や妊娠反応陽性時期などから慎重に決定し、説明する。(A)

2. 受精後10日までの被曝では奇形発生率の上昇はないと説明する。(B)

3. 受精後11日~妊娠10週での胎児被曝は奇形を発生する可能性があるが、50mGy未満では奇形発生率を増加させないと説明する。(B)

4. 妊娠10~27週では中枢神経障害を起こす可能性があるが、100mGy未満では影響しないと説明する。(B)

5. 10mGyの放射線被曝は、小児癌の発生頻度をわずかに上昇させるが、個人レベルでの発がんリスクは低いと説明する。(B)

Fig7

? 解説

・ 通常の放射線診断で起こる被曝線量は50mGy以下である。

・ ACOGのガイドライン(2004): 50mGy以下の被曝は胎児奇形や胎児死亡などの有害事象を引き起こさない。

・ Osei EK et al. (1999): 妊娠2~24週に10~117mGyの被曝を受けた妊婦の前方視野的検討で、奇形や子宮内胎児死亡の発症頻度は、一般妊婦の発症頻度と同等であった。

・ 米国放射線防御委員会のレポート(1977): 50mGy以下の被曝による胎児奇形のリスクは無視できる範囲であるが、150mGy以上の被曝では胎児奇形のリスクが実際に増加する。

・ 受精後10日目までの胎児被曝の影響: 流産を起こす可能性があるが、流産せず生き残った胎芽は完全に修復されて奇形を残すことはない。(all or none)

・ 受精後11日~妊娠10週の胎児被曝の影響: 奇形発生の可能性がある。(50mGy未満の被曝では奇形発生率の上昇はない)

・妊娠10~27週の胎児被曝の影響: 中枢神経障害(IQ低下)を起こす可能性がある。(100mGy未満の被曝では確認されてない)

● 胎児被曝と小児癌発症のリスク

・ 被曝なしの胎児が20歳までに癌にならない確率は99.7%であるが、10mGy、100mGyの胎内被曝により、それぞれ99.6%、99.1%となり、その個人が癌になる確率はごくわずかな上昇にとどまる。確率的影響(stochastic effect)

・ 社会全体では胎児被曝により小児癌の発症率が上昇するのは事実であり、不要な妊婦被曝を抑制する努力は必要である。

● 胎児被曝の遺伝的な影響

・ 放射線が生殖細胞のDNAを損傷し、生殖細胞に遺伝子異変が起こり、その影響が次世代に及ぶ可能性がある。

・ DNA損傷リスクは、線量が増えると高まるが、損傷が起こる線量のしきい値は確認されていない。

・ 放射線被曝によるヒト遺伝子異変が不都合を起こした事例は確認されていない。

****** 問題

胎児の放射線被曝で確率的影響(stochastic effect)はどれか。1つ選べ。

a. 小児癌
b. 精神遅滞
c. 自然流産
d. 胎児発育遅延

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正解:a.

・ 確率的影響: 発癌と遺伝的障害には、しきい線量がなく、発症の確率と被曝線量が比例し、被曝線量が非常に小さくても影響が発生する。
・ 被曝なしの胎児が20歳までに癌にならない確率は99.7%であるが、10mGy、100mGyの胎内被曝により、それぞれ99.6%、99.1%となり、その個人が癌になる確率はごくわずかな上昇にとどまり、個人レベルでの発癌リスクは低い。

****** 問題

電離放射線に含まれるのは次のうちどれか。1つ選べ。

a. ジアテルミー(高周波電気治療)
b. マイクロ波
c. ラジオ波
d. ガンマ線

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正解:d.

電離則による電離放射線の定義:
電離放射線とは次の粒子線又は電磁波をいう。
1. アルファ線、重陽子線及び陽子線
2. ベータ線及び電子線
3. 中性子線
4. ガンマ線及びエックス線

****** 問題

妊娠と気がついてなかった妊娠7週の患者が、排泄性尿路造影(3方向)を受けた。子宮の電離放射線の被曝線量はどれか。

a. 1-2 mGy
b. 0.8-1.6 mGy
c. <0.001 mGy
d. 上記のいずれでもない

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正解:d.

排泄性尿路造影における胎児の平均被曝線量は1.7mGy、最大被曝線量は10mGyである。従って、3方向で検査した場合、平均被曝線量は5.1mGy、最大被曝線量は30mGyとなる。

****** 問題

胎児の放射線被曝で精神遅滞のリスクが最も増す妊娠週数の範囲はどれか。1つ選べ。

a. 4~6週
b. 8~15週
c. 18~24週
d. 28~36週

------

正解:b.

精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。

****** 問題

500mGy(50rad)の放射線被曝について、正しい記述はどれか。1つ選べ。

a. 通常の放射線診断で到達する被曝量である。
b. 神経管閉鎖不全のリスク増大と関連する。
c. 第1トリメスターのどの妊娠期間においても精神遅滞の原因となる。
d. 胎児被曝の時期が妊娠25週以降であれば、精神遅滞と関連しない。

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正解:d.

a. 通常の放射線診断で起こる被曝線量は50mGy以下である。
b. 近年葉酸の摂取が神経管閉鎖不全のリスクを低下させることが知られている。
c. d. 精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。

****** 問題

放射線の線量はグレイ(Gy)で表わされる。1Gyに相当するのはどれか。

a. 1 rad
b. 10 rad
c. 100 rad
d. 1000 rad

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正解:c.

グレイ(Gy):吸収線量 の単位。 放射線の作用により物質がどれくらいのエネルギーを吸収したかを表すもので、 1Gyとは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収 があることを示している。

ラド(rad) :古い吸収線量の単位。

1 rad=0.01 Gy  または 1 Gy=100 rad

****** 問題

評価の過程で実施されるCT検査の胎児被曝量が最も大きい疾患はどれか。1つ選べ。

a. 子癇
b. 尿路結石症
c. 虫垂炎
d. 肺塞栓症

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正解:c.

Fig7

****** 問題

胎児への放射線の影響で正しいのはどれか。1つ選べ。

a. しきい線量未満であっても奇形発生のリスクはある。
b. 胎児の発癌に関する放射線の感受性は成人と同じである。
c. 妊娠10週以降のしきい線量以上の被曝では精神発達遅滞のリスクがある。
d. しきい線量以上の被曝では妊娠4週未満よりも妊娠4~10週の方が胎児死亡のリスクが高い。

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正解:c.

a. 50mGy以下の被曝は胎児奇形や胎児死亡などの有害事象を引き起こさない。ACOGのガイドライン(2004)

b. 10mGyの放射線被曝は、小児癌の発生頻度をわずかに上昇させるが、個人レベルでの発がんリスクは低いと説明する。

c.  妊娠10~27週では中枢神経障害を起こす可能性があるが、100mGy未満では影響しないと説明する。

d. 受精後10日目までの胎児被曝の影響: 流産を起こす可能性があるが、流産せず生き残った胎芽は完全に修復されて奇形を残すことはない。(all or none)


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