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ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

母体死亡となった根本的な原因は?(私見)

2006年03月08日 | 大野病院事件

はじめに、今回亡くなられた患者様とその御遺族の皆様に対し、心より哀悼の意を表したいと思います。

以下、私見 ***************

今回の福島県立大野病院で起こった母体死亡事例において、

1)癒着胎盤を分娩前に診断することは不可能であり、現代医学においてもいまだ解決されてない問題である。すなわち、癒着胎盤は、現時点では、最高の医療水準であっても分娩前には診断できない。従って、今回の事例において、分娩前に癒着胎盤を予見し得たという主張には何ら根拠がない。

2)妊娠36週、後壁付着の前置胎盤の診断による帝王切開の手術適応にも問題はなかった。同病院で帝王切開を実施したことは、適正な手術適応による通常の医療行為であり、違法行為ではなかった。

3)今回の手術にあたって、術前に子宮摘出および輸血などの可能性も説明されており、患者本人・家族への説明にも特に問題はなかったと考えられる。1000mlの輸血用血液を術前に準備し、麻酔科医の全身管理のもとに、外科医に助手を依頼して手術を実施しており、同病院の医療体制下で考えられる最大限の安全対策が取られていたと判断される。

4)帝王切開で児娩出後に胎盤用手剥離を行うことは通常の医療行為である。癒着胎盤で用手剥離中に大出血が始まった場合には、短時間の間に10リットルを超える大量の術中出血量となる場合も時にあり得る。術中大量出血となった場合の母体救命のためには、大量緊急輸血、十分なマンパワーが必要となる。『事故報告書』を見る限りにおいて、今回は、同病院の不十分な輸血供給体制、マンパワー不足の医療体制の下で、緊急救命処置は可能な限り実施されたと考えられる。

5)担当医は、この手術中の死亡事故について、病院長への報告・相談もしており、病院のマニュアルに従い、医療過誤ではないため届け出の必要がなかったと判断したと聞いている。

1)~5)より、担当医師は、与えられた医療環境下で、医師として果たすべき義務はすべて果たしていたと考えられる。過失は特になかったと考えられる。

今回の手術中の死亡は、医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、臨床医の立場からは異状死とは断じて認められない。

ただし、この手術が、輸血供給体制・マンパワーが十分に整備された高次医療機関(総合周産期センターなど)で実施されていた場合は、術中死とはならなかった可能性が高いとも考えられる。従って、術中死となった根本的な原因は、同病院の不十分な輸血供給体制、マンパワー不足にあると考えられる。すなわち、医療供給体制の問題であり、担当医個人に帰する問題ではない。

警察が今回の担当医師逮捕の根拠にした『事故報告書』の記載内容にも、個人的には疑問を感じている。県が御遺族への補償金を出すに当たって、現行の法律上では担当医師の医療行為に『過誤』があったことにしないことには補償金を出せないという便宜上の理由から、担当医の『過誤』を認定するような『事故報告書』が作成されたという疑惑も拭いきれない。もしそうであったとするならば、『事故報告書』を作成した県や病院の責任者の初期対応にこそ大きな問題があったのではないか?と考えざるを得ない。今後、このようなことが2度と繰り返されないようにするためにも、『無過失補償制度』の産科医療への早期導入が望まれる。


福島県産婦人科医会からのメッセージ

2006年03月06日 | 大野病院事件

 福島県産婦人科医会

当医会では、3月1日臨時地区幹事会及び役員会を開催し、「加藤克彦先生を支える会」を立ち上げました。

 募金趣意書

 平成18年2月18日、福島県立大野病院の産婦人科医、加藤克彦先生が逮捕されました。容疑は平成16年に前置胎盤で帝王切開した女性が、術中出血多量で死亡した件に関し、業務上過失致死、並びに検死報告を警察に提出しなかった医師法違反のためとあります。医療に携わる我々として、この医療事故にて死亡された患者様、ならびにご遺族の方々には、大変痛ましく、また残念に思います。今後このような事故が二度と起こらないよう、今後の事故の徹底的究明、さらには地域における医療供給体制のあり方や医療内容の改善点の有無についても検討していきたいと思います。

 本事故に関しては、福島県の事故調査委員会で調査をし、昨年3月に関係者の行政処分は済んでおります。一年後の今回突然の逮捕については、私どもも大変驚いておりますし、地域医療に携わる多くの医師にも動揺が見られます。

 地域住民のため、私生活を犠牲にして連日連夜、身を粉にして働いてきた加藤医師にとって、今回の逮捕という事態は無念この上ないものと思われます。加藤医師のこの無念さを晴らすため現在できうる限りの情報収集や真相の究明がなされているところであります。加藤医師には今後多額の保釈金、公判費用等がかかることが予想されます。

 そこで今回、加藤医師の一刻も早い名誉回復のために、物心両面より加藤医師を支える会を立ち上げることと致しました。先生におかれましては、何卒私どもの意をお汲み取りくださり、募金にご協力頂きますようお願い申し上げます。

 平成18年3月1日

 加藤克彦先生を支える会
 発起人

  永井 宏、斎藤 勝、小林 高 、村田純治、川越慎之介、幡 研一、本田 任、古川宣二、鈴木幸男、大杉和雄、武市和之、野口まゆみ、新妻和雄、武田正吾、山内隆治、山田吉兵意、菅原延夫、高橋秀輔


神奈川県産科婦人科医会の抗議声明

2006年03月06日 | 大野病院事件

 抗議声明

 はじめに、今回亡くなられた患者様とそのご遺族に対し心より哀悼の意を表したいと存じます。

 平成18年2月18日、福島県立大野病院産婦人科医師、加藤克彦先生が業務上過失致死ならびに医師法違反の容疑で逮捕された。神奈川県産科婦人科医会は、この逮捕が不当であると判断し、この暴挙に対して強く抗議すると共に、今後、この様な過ちが二度と起きぬよう、司法当局に強く要望するものである。

 本件の業務上過失致死容疑の理由は、現在の医療水準をもってしても完全には予見できない癒着胎盤を、あたかも超音波断層法やMRIを施行していれば予見できたはずとの誤った前提に基づいている。また当然のことながら、剥離を開始した癒着胎盤の出血量や子宮全摘術中の胎盤剥離部の出血量は、正確に予見できるものではない。神奈川県産科婦人科医会は、このような医学的にも未だ解決されていない医療結果に、刑事介入が起こり、更には医師を不当にも逮捕するという暴挙を断じて許すことはできない。

 「異状死の届け出」については、本件は医学的に合併症として、合理的に説明できる死亡であり、臨床医の立場からは異状死とは認められない。さらに、病院長への報告・相談もしており、病院のマニュアルに従い、医療過誤ではないため届け出の必要がなかったと判断したと聞いている。以上より、加藤医師が医師法違反で逮捕されるようなことでは断じてないと考える。

 このような当局の医療結果に対する誤った介入、医師の不当逮捕により、産婦人科医師は日常の産婦人科医療に対しても常に防御的、消極的となり、産婦人科医療の衰退を招き、結果的に国民から優れた産婦人科医療を受ける機会を奪う結果になることを認識されたい。神奈川県産科婦人科医会は、加藤医師不法逮捕に対し厳重に抗議すると共に、加藤医師への全面的な支援を表明する。

 2006年3月6日
 神奈川県産科婦人科医会


日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会からのお知らせ

2006年03月06日 | 大野病院事件

 お知らせ

過日、福島県の県立病院で平成16年12月に腹式帝王切開術を受けた女性が死亡したことに関し、手術を担当した医師が平成18年2月18日、業務上過失致死および医師法違反の疑いで逮捕されたとの報道がなされました。詳しい事情は不明ですが、報道された内容ならびに関係者の状況説明による限りでは、本件が逮捕拘留の必要があったのか否か理解しがたい部分があります。産婦人科医療体制の整備向上に対し社会的責任を有する両会としては本件の推移を重大な関心をもって見守っていきます。

平成18年2月24日

 社団法人日本産科婦人科学会
  理事長 武谷雄二

  社団法人 日本産婦人科医会
  会長  坂元正一


東京都医師会の声明文

2006年03月06日 | 大野病院事件

 唐澤祥人東京都医師会会長と河北博文東京都病院協会会長は、3月3日、厚生労働省内の厚生労働記者会、厚生日比谷クラブにおいて記者会見を行った。

 この記者会見は、福島県県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡した事例について、異状死を24時間以内に警察に届け出なければならない医師法21条違反等の疑いで担当医師が本年2月逮捕されたことを受け行われた。

 唐澤会長は、早急に関係団体および自民党と協議を行い、二度とこのような事例が起こらないように、医師法の改正を含めた法整備をすすめて行く見解を述べた。

 河北会長は、医師法21条における異状死と届出に関する明確な基準が必要であり早急に結論を出すように当局に要求するとともに、医師の偏在問題も本件根本問題であると見解を述べた。

 この記者会見で下記声明文を発表した。

          声明文 

県立病院医療ミス、医師逮捕のニュースに関して

 福島県立大野病院で平成16年12月に腹式帝王切開手術を受けた女性が死亡したことに関し、手術を担当した医師が平成18年2月18日、業務上過失致死および医師法違反の疑いで逮捕されたとの報道がなされました。

 現在詳しい事情については資料を集め検討中ではありますが、住民の生涯にわたる地域での医療を担当する私どもといたしましても、重大な関心をもっております。

*はじめに、今回亡くなられた患者さんとそのご遺族に対し深い哀悼の意を表したいと存じます。

*今回の場合は、異状死の場合には24時間以内に警察に届け出なければならないという医師法第21条に違反した容疑も逮捕の理由の一つと理解しております。

 医師法21条にある異状死とは警察へ届出なければならない死のことであり、その届出の性質については本来、殺人など犯罪の認知と通報を通じた司法警察への協力であると意識されてきました。しかし昨今、医療事故や医療過誤に対する医療界内外からの批判が高まり、医療に厳しい目が向けられる中で医師本来の業務である医療行為を警察への通報対象とする傾向が現れてきました。

 このような状態での24時間という制限は非常に大きな問題を含んでいます。まず当該医療が過誤や事故であるかどうかは、しばしば判断自体が難しい事柄であり、医療行為の評価が専門的になされてはじめて判明するような難問であることも少なくありません。判断には多大な時間と手間が必要であることがあります。

 胸を刃物で刺された人が病院に運ばれてきて死亡したといった事例と同様に扱おうというのは無茶な話です。しかしこのような事例が今後増加することは容易に考えられます。これらに対応するためには医師法21条の解釈も含めた法律の整備を早急にしなければ、医師の不安は増大し、結果として萎縮診療になり患者さんの不利益にもなります。

 私は関係団体、自民党と精力的に協議をし早急に医師法の改正を含めた法整備を最重要課題として取り組み、さらに産科医師の不足の問題も含めて、医療の安全と国民の安心の環境づくりを目指します。

  平成18年3月3日

  東京都医師会 会長  唐澤祥人
  東京都病院協会 会長  河北博文


福島県の地元紙の報道内容

2006年03月03日 | 大野病院事件

****** 私見

癒着胎盤を分娩前に予測することは非常に困難(ほとんど不可能)です。どの妊婦さんでも癒着胎盤の可能性は否定できません。児娩出後に胎盤剥離徴候があるかどうかで癒着胎盤の有無を判断しているのが現状です。従って、従来のままの一人医長の不備な医療体制を続けていれば、次にいつまた産婦人科医が逮捕されるか全くわかりません。もしかしたら、今日にでもまた誰かが逮捕されるかもしれません。福島県立医大産婦人科が一人医長の病院に対する医師派遣を取りやめる決定をしたのは(患者さんと医局員の身の安全を守るためには)止むを得ない当然の判断だったと思いますし、ぐずぐずしないで即刻実行すべきだと思います。

地元マスコミの報道内容から判断すると、警察は拘留の延長を決定して取調べを続行し、警察サイドの一方的な情報を地元マスコミにリークして、あくまでもK医師を有罪にしようと必死になっているような印象を受けます。

産科診療に従事していれば、癒着胎盤の大出血に遭遇する可能性はいつでも誰にでもあり得ます。万一、『この国では、産科診療中に癒着胎盤の大出血に遭遇した場合には、診療の結果次第で、担当医が逮捕され有罪となることを覚悟しなければならない(!?)』ということになれば、危なくてこの国では誰も産科診療には従事できなくなってしまいます。はたして警察は事の重大性をちゃんと認識しているのであろうか?

(以下、引用)

****** 2006年3月3日、福島民友

忠告無視し執刀か 逮捕の産婦人科医

 大熊町の県立大野病院で一昨年十二月、産婦人科医が帝王切開した女性を死亡させた医療過誤事件で、業務上過失致死と医師法違反の疑いで富岡署に逮捕、送検された執刀医の○○○○容疑者は、手術前に病院関係者から手術の危険性を指摘されながら独断で手術に踏み切った疑いが強いことが、二日までの同署の調べで分かった。○○容疑者は、女性の手 術に当たって十分な設備やスタッフがそろったほかの病院に移送すべきといった忠告も受けていたという。同署は引き続き、病院関係者から事情を聴くなどして手術の経緯や対応 などを調べるとともに、当時の病院側の対応も含め事件の全容解明を進めている。同署は事件発覚後、医療の専門家に分析を依頼するなど約一年にわたり捜査。その結果、○○容 疑者が手術の危険性を認識していたとの見方を強め、逮捕に踏み切ったとみられる。調べでは、○○容疑者は一昨年十二月十七日、胎盤の癒着で大量出血する可能性を知りながら 、十分な検査や高度医療が可能な別の病院への転送などの安全対策をせず、楢葉町の女性の帝王切開手術を執刀。癒着した胎盤を手術器具で無理にはがし、大量出血で女性を死亡 させた疑い。また、女性の死体検案を医師法で定められている二十四時間以内に警察に届けなかった疑い。

医師派遣取りやめへ/県立医大産婦人科

 勤務する産婦人科医が逮捕された大熊町の県立大野病院への医師派遣取りやめを決めている県立医大産婦人科は2日までに、産婦人科のあるほかの3つの県立病院のうち会津総合、三春両病院の医師派遣を取りやめる方針を固めた。県などとの調整は残っているものの、同科は「専門医1人では医療事故を防ぎきることはできない」として理解を求めていく。大野病院への医師派遣を10日で取りやめる同科は、医師逮捕の事態を受けて、同病院と同様、産婦人科医が1人しかいない会津総合、三春、南会津の3県立病院の現状を検討してきた。その結果、「患者の命を守るためには1人態勢を改善すべき」として会津総合、三春の両病院への派遣を取りやめる方針を固め、「時期は流動的だが、できるだけ早く実現したい」(同科)としている。

(以上、引用終わり)


続・今回の母体死亡事例に関する私見

2006年02月28日 | 大野病院事件

私には法律に関する知識は全くなくてよくわかりませんが、報道によれば、K医師が逮捕された理由は、『業務上過失致死と医師法違反の容疑』とのことでした。すなわち、『癒着胎盤で、大量出血の恐れがあることを認識しながら、輸血準備などが不十分なまま、十分な検査や高度医療が可能な病院への転送などをせず、はさみで胎盤を子宮から無理に剥離し、女性を死亡させた疑い。また、医師法が規定する24時間以内の警察への届け出をしなかった疑い』なんだそうです。

インターネット上で公開されている『事故調査委員会の報告書』に記載されているように、今回の症例が、後壁付着の前置胎盤であったとすれば、胎盤付着部は前回帝王切開の子宮切開創とも無関係ですし、通常の検査では癒着胎盤を予想することは不可能です。

この病院が地域で唯一の(1次も2次も兼ねていた)産科施設であったことから、前置胎盤の帝王切開で遠方の大学病院などに母体搬送しなかったのは当然であると考えられます。(私自身、今までに、前置胎盤の帝王切開を理由に大学病院に母体搬送したことは一度も記憶にありません。)

また、この事例では手術前に術中の出血に備えて1,000mlの輸血用の血液(濃厚赤血球)が準備されていました。報告書では、輸血準備量が1,000mlでは不十分で少なくとも2,000mlは準備すべきであったなどと記載されていますが、実際の出血量は20,000ml!であったわけですから、輸血準備量が1,000mlであろうと2,000mlであろうと実際問題としては焼け石に水で、いざという時には準備血液量が2,000mlばかりでは全然足りません。

手術時の状況の詳細はわかりませんが、K医師は困難な状況の中で子宮摘出手術は完遂しているわけですし、与えられた不十分な環境の中で産婦人科医として実施すべき仕事は全力を尽くして立派にやり遂げているわけです。オーダーした輸血用血液が到着するのに1時間以上かかったのは、血液センターとの距離の問題であり、K医師の責任ではありません。

病院では毎日多くの患者さんが医療の甲斐なく亡くなってます。産科診療も例外ではなく、医師が全力を尽くして医療を行っても、結果として母体や胎児・新生児が死亡することはいくらでもあり得ます。医療ミスによる死亡でない場合は、24時間以内の警察へ届け出の義務はありません。

今回の事例で、万一、担当医師の有罪が確定するようなことがあれば、『このような医療環境下で帝王切開を実施したこと自体が罪に問われる』ことになってしまい、『我が国において、この病院と同じ条件の病院では帝王切開の実施が法的に一切禁止された』と解釈せざるを得なくなります。また、通常の経膣分娩であっても、分娩経過中に胎児仮死などでいつ緊急帝王切開が必要になるかわかりませんから、『産科医、新生児科医、麻酔科医などのマンパワーが充実し、いつでも大量輸血に対応できる病院以外では、産科業務は今後一切法的に禁止された』と解釈せざるを得なくなってしまい、地方の産科医療は完全に絶滅すると思います。また、そうなれば影響は医療全般に及び、産科だけの問題では済まないと思います。


話題となっている母体死亡事例に関する私見

2006年02月26日 | 大野病院事件

癒着胎盤の帝王切開中の出血量は、時にあっという間に10~20リットルとかになってしまい、半端な出血量ではありません。いくら術前に血液を準備していたとしても、通常の輸血準備量では全く足りないことも時にあり得るので、大量の輸血用血液を手術中にただちに用立てることがきるかどうか?が患者の生死を分ける非常に大きなポイントとなります。産科医にとっても麻酔科医にとっても非常に対応が難しい、救命困難な疾患です。医師個人の能力というよりも、病院の体制として対応可能かどうかの問題です。

今回話題となっている癒着胎盤の母体死亡事例で、手術中に母体死亡となってしまった一番の原因は、マンパワー不足と、輸血の対応の遅れ(大至急で血液をオーダーしても血液が病院に届くのに1時間以上を要したらしい)であったことは誰もが認めているところです。

妊娠したのに我が子を抱くこともできず亡くなられた患者様やそのご家族の皆様のご無念は筆舌に尽くしがたく、心よりご冥福をお祈り申し上げます。その思いは、全力を尽くしても患者様の命を救うことができなかった担当医だった先生が一番強く感じておられることと推察いたします。

報道等で今までに判明している事実から普通に推察されることは、今回逮捕されたK医師は、死亡した患者様と同様に、不備な医療システム(マンパワー不足、大量輸血に対応できない病院の体制)の『犠牲者』であり、決して、法を犯したり、医療ミスを犯してそれを隠蔽しようとした犯罪者ではないと考えられます。むしろ、その不備な医療システムのもとでの産科業務をK医師に命じ、その不備な医療システムを不備と知りながら放置し続けた行政や病院幹部にこそ非常に大きな責任があると考えられます。

K医師は、納得できるような理由が全く不明のまま、なぜか突然逮捕され、今も留置所に拘留され続けています。逮捕後にはこの事件に関するマスコミの続報は全くありません。現代の法治国家の中で、こんな理不尽なことが許されるのでしょうか? 

一体全体、どうなっているのでしょうか?


母体死亡事例の少し詳しい経緯

2006年02月25日 | 大野病院事件

*********** 私の主観

情報が真実であるとすれば、K医師は与えられた環境の中で最善を尽くし、実施すべき仕事はちゃんと普通に実施していたことになると思われます。癒着胎盤で予期せぬ大出血が始まったら、分娩場所がどこであれ、母体の救命は困難となります。マンパワーが充実し、かつ大量の輸血がいつでも可能な施設であれば、母体を救命できる確率は少し高くなりますが、それでも全例において母体を確実に救命できるという保証は全くありません。ましてや、産婦人科医一人だけの病院、血液のストックがなくて血液センターまで遠距離の病院、麻酔科医のいない病院などでは、母体の救命はきわめて困難と思われます。病院は決して医療の結果を保証することはできません。それぞれの病院の状況により、救命率に天と地ほどの大きな差が生じるのは当然です。自宅から遠くて通院に不便であってもより安全な病院を選ぶのか?、自宅近くの通院に便利な病院を選んで危険は十分に覚悟の上で分娩に臨むのか?は、妊婦さん自身がそれぞれの自己責任で選択することだと思います。

ネット上の情報: 後壁付着の前置胎盤で、妊娠36週の予定帝王切開だった。助手は外科医で、麻酔科専門医の管理下の手術(硬膜外麻酔+脊椎麻酔)であった。事前に濃厚赤血球5単位の準備がしてあった。子宮摘出の可能性も事前に説明してあった。手術中に大出血が始まり、事前に用意した輸血を使い果たし、新たに血液をオーダーしたが、その血液の到着に時間がかかりすぎた。手術中に全身麻酔に移行し、子宮摘出は完遂したが、結局は術中死となった。手術中の総出血量は約20,000mlで、手術中に濃厚赤血球25単位、新鮮凍結血漿15単位の輸血を行った。


癒着胎盤で母体死亡となった事例

2006年02月19日 | 大野病院事件

************私の感想

癒着胎盤は非常にまれで、事前の予測は不可能なことがほとんどです。正常の妊娠経過で正常の経膣分娩後であっても、児の娩出後に胎盤が剥がれず大量出血が始まれば、そこで初めて癒着胎盤を疑い、緊急で子宮摘出手術を実施しなければなりません。その際には、大量の輸血も必要ですし、手術中に大量の出血により母体死亡となる可能性も当然あり得ます。

どの癒着胎盤の症例でも、児が娩出する前には癒着胎盤を疑うことすら不可能の場合が多いです。今回報道されている事例は、帝王切開ですから、当然、手術前には癒着胎盤の診断がついてなかったと思われます。手術中に、児を娩出した後、胎盤がどうしても剥離しないで大量の出血が始まり、初めて癒着胎盤とわかったと考えられます。大量の輸血の準備をして帝王切開に臨むことは通常ありえません。また、帝王切開は腰椎麻酔で実施されることが多いですが、大量の輸血の準備もなく、腰椎麻酔のままでは、帝王切開から子宮摘出手術に移行すること自体が非常に危険です。麻酔科医がその場にいなければ、手術中に腰椎麻酔から全身麻酔に移行することも不可能です。

ですから、今回の事例では、誰が執刀していても、母体死亡となっていた可能性が非常に高かったと思われます。帝王切開をしてみたら、たまたま癒着胎盤であったケースで、母体を救命できる可能性があるのは、いつでも大量の輸血が可能で、複数の産婦人科専門医が常勤し、麻酔科医も常駐している病院だけだと思います。そういう人員・設備が整った病院であっても、帝王切開中に突然大量の出血が始まれば、全例で母体を救命できるという保障は全くありません。

今回の事例は、術前診断が非常に困難かつ非常にまれな癒着胎盤という疾患で、誰が執刀しても同じく母体死亡となった可能性が高かったのに、結果として母体死亡となった責任により執刀医が逮捕されたということであれば、今後、同じような条件の病院では、帝王切開を執刀すること自体が一切禁止されたと考えざるを得ません。

産科診療に従事していれば、母体や胎児の生命に関わる症例に遭遇することは日常茶飯事です。我々は、この生命の危機に直面した母児の命を助けるために帝王切開などの危険な緊急手術を日常的に実施していますが、手術の結果が常に患者側の期待通りにいくとは全く考えていません。産科では、予測不能の母体死亡、胎児死亡、死産は、一定頻度でいつでも誰にでも起こり得るという事実を全く無視して、結果責任だけで担当医師が逮捕される世の中になってしまえば、今後は危なくて誰も産科診療には従事できません。今後の産科診療に非常に大きな影響を与える重大事件だと思います。

新聞記事より*****

帝王切開で出血死、福島県立病院の医師逮捕

 福島県警富岡署は18日、同県大熊町、県立大野病院の産婦人科医師○○○○容疑者(38)(大熊町下野上)を業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の疑いで逮捕した。

 医師が届け出義務違反で逮捕されるのは異例。

 調べによると、○○容疑者は2004年12月17日、同県内の女性(当時29歳)の帝王切開手術を執刀した際、大量出血のある恐れを認識しながら十分な検査などをせず、胎盤を子宮からはがして大量出血で死亡させた疑い。また、医師法で定められた24時間以内の所轄警察署への届け出をしなかった疑い。胎児は無事だった。

 医療ミスは、05年になって発覚。専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪。加藤容疑者は減給1か月の処分となった。

(2006年2月18日  読売新聞)

****************** 

癒着胎盤での帝王切開は未経験

…逮捕の産婦人科医

 福島県大熊町の県立大野病院の産婦人科医師○○○○容疑者(38)が業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反容疑で逮捕された事件で、○○容疑者が数多くの出産に立ち会っていたものの、今回死亡した被害者のように、子宮と胎盤が癒着している状態での帝王切開手術の経験はなかったことがわかった。

 県病院局によると、○○容疑者は、医師免許を取得して9年目の中堅医師で、2004年4月に同病院に赴任後、唯一の産婦人科医として年間200回の出産に立ち会っていた。

 しかし、「癒着胎盤」の状態で帝王切開が行われたのは03、04年度、産婦人科がある4つの県立病院で今回のケースが唯一で、○○容疑者も経験がなかったという。

 県は昨年1月、専門医らで作る調査委員会を設置。同3月に、事故の要因を「癒着した胎盤の無理なはく離」「対応する医師の不足」「輸血対応の遅れ」などと結論づけ、遺族に謝罪していた。県は遺族と補償問題について交渉中という。

 会見した秋山時夫・県病院局長は、警察へ届け出なかったことについて、「当時、医療過誤という判断はなかった」と釈明した。

(読売新聞) - 2月19日0時30分更新