はじめに、今回亡くなられた患者様とその御遺族の皆様に対し、心より哀悼の意を表したいと思います。
以下、私見 ***************
今回の福島県立大野病院で起こった母体死亡事例において、
1)癒着胎盤を分娩前に診断することは不可能であり、現代医学においてもいまだ解決されてない問題である。すなわち、癒着胎盤は、現時点では、最高の医療水準であっても分娩前には診断できない。従って、今回の事例において、分娩前に癒着胎盤を予見し得たという主張には何ら根拠がない。
2)妊娠36週、後壁付着の前置胎盤の診断による帝王切開の手術適応にも問題はなかった。同病院で帝王切開を実施したことは、適正な手術適応による通常の医療行為であり、違法行為ではなかった。
3)今回の手術にあたって、術前に子宮摘出および輸血などの可能性も説明されており、患者本人・家族への説明にも特に問題はなかったと考えられる。1000mlの輸血用血液を術前に準備し、麻酔科医の全身管理のもとに、外科医に助手を依頼して手術を実施しており、同病院の医療体制下で考えられる最大限の安全対策が取られていたと判断される。
4)帝王切開で児娩出後に胎盤用手剥離を行うことは通常の医療行為である。癒着胎盤で用手剥離中に大出血が始まった場合には、短時間の間に10リットルを超える大量の術中出血量となる場合も時にあり得る。術中大量出血となった場合の母体救命のためには、大量緊急輸血、十分なマンパワーが必要となる。『事故報告書』を見る限りにおいて、今回は、同病院の不十分な輸血供給体制、マンパワー不足の医療体制の下で、緊急救命処置は可能な限り実施されたと考えられる。
5)担当医は、この手術中の死亡事故について、病院長への報告・相談もしており、病院のマニュアルに従い、医療過誤ではないため届け出の必要がなかったと判断したと聞いている。
1)~5)より、担当医師は、与えられた医療環境下で、医師として果たすべき義務はすべて果たしていたと考えられる。過失は特になかったと考えられる。
今回の手術中の死亡は、医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、臨床医の立場からは異状死とは断じて認められない。
ただし、この手術が、輸血供給体制・マンパワーが十分に整備された高次医療機関(総合周産期センターなど)で実施されていた場合は、術中死とはならなかった可能性が高いとも考えられる。従って、術中死となった根本的な原因は、同病院の不十分な輸血供給体制、マンパワー不足にあると考えられる。すなわち、医療供給体制の問題であり、担当医個人に帰する問題ではない。
警察が今回の担当医師逮捕の根拠にした『事故報告書』の記載内容にも、個人的には疑問を感じている。県が御遺族への補償金を出すに当たって、現行の法律上では担当医師の医療行為に『過誤』があったことにしないことには補償金を出せないという便宜上の理由から、担当医の『過誤』を認定するような『事故報告書』が作成されたという疑惑も拭いきれない。もしそうであったとするならば、『事故報告書』を作成した県や病院の責任者の初期対応にこそ大きな問題があったのではないか?と考えざるを得ない。今後、このようなことが2度と繰り返されないようにするためにも、『無過失補償制度』の産科医療への早期導入が望まれる。