January 21, 2019
あれ、穏やかだった2018年と、全然違うぞー?(笑)
まあ年明けから色んな事が起きたんだけど、今日は10歳の生徒、R君の話題を。
R君とは昨年、派遣されている小学校の初心者アトリエで出会った。
ア トリエ6人目の生徒として学年半ばで入ってきた彼は、他の進んでいる生徒や私の様子を観察しながら数ヶ月、特に教えていないのに、一人で見よう見まねでフ ルートの吹き方を覚えてしまった。シャープやフラットや拍子だって、説明する前に論理を知らずとも感覚的に分かってしまうのだ。
彼がフレーズを吹くと、何というか、単なるフルートの音から音を繋げているのではなく、背後に音楽が聴こえているのが分かった。単旋律の後ろに、隠された深みがある。それはこれまで15年教えてきたどの子供とも違っていた。
これは何としてでも私が見たいと、ご両親と規範の例外を極端に嫌う音楽院の上司を説き伏せ、(現在パリ市音楽院の初心者席はクジ引きで決まるので、先生が個人的に特定の生徒を推薦することは基本タブーである)なんとか音楽院の私のクラスに入れることが出来た。
個 人教授をし始めて驚いたのは、彼は「一点からどんどん周りに宇宙が広がっていくように」物事を学ぶ、ということだ。普通はレンガを下から積み上げるように 教える。この子はピアノを弾き始め、(これまで弾いたこともなかったのに、教室でピアノを見たとたん「教えろ!」と言い張り、たった3ヶ月で簡単な耳コピ したものは和音を付けて弾けてしまうまでになった)、次から次へとやりたい希望曲があるので、レッスンの後にある私の貴重な30分の休憩さえ食いつぶして しまう。フルートよりもまず音楽の構成に興味があり、フルートやピアノは単に作曲したり即興したり、美しい曲を発見したりする手段に過ぎない。私はそれを とてもよく分かる。しかし、この小さなモンスターを前に、私のこれまでの作り上げられた教育ノウハウは無残にもガラガラと音を立てて崩れ去ってしまった (笑)
ただし音楽教育の難しさは、驚きと発見に満ち溢れた1年目ではない。自己に規律を着せなければならない2年目以降だ。
才能に溢れたR君は、自分の世界に入り込んで、実際的な楽器の技術、読譜の習得に全く興味を示さない。
し かし音楽とは、自分のやりたいことだけをやっていて出来るものではない。専門的技術を覚えるには教えをそのまま実行させ、しかも我慢強く家で繰り返すこと を学ばさねば、何処にも辿り着けない。何とか私は彼の感覚を保護しつつ、彼にエゴの殻を乗り越えさせなければならない、断固として!!
才能とエゴの区別 は大変難しい。エゴとは最大の才能のエサであり、才能を邪魔する最大の武器にもなるのだ。えっ?これって私も若い時N先生に言われていたっけ?!もしやコイツは私と同類項?
しかもこのR君、どうやらクラスでの態度は頗る悪い、学校一のとんでもない悪ガキであった。その悪名高さは今年に入って私の前でも遺憾無く発揮され始めた。
「こらー楽器を振り回すな!!」
「先生が教えている時は同時に喋るな!」
「どこ見て吹いてる?!楽譜を読みなさい!!こないだ渡した楽譜は何処?無くした?なに、あった?ぐちゃぐちゃじゃないかっ!」
「そのおかしな自己流の右手のポジションを直しなさいっ!」
「こら、こらー!!先生のマネをするな!どこまで礼儀がないんだっ!!」
先 日もフルートでビートボックスをやって(笑)遊んでいて落として壊した挙句に「他のフルートを今すぐちょうだい!」とのたまうRを叱りつけ、心は自分の教 育に対する疑念に曇り、暮れなずむ夕方の学校を肩を落として出ようとしたその時、とある指導員さんに腕をそっと掴まれた。
「R が楽器壊したんだって?(笑)でもね、知ってる?あんたがRの人生を変えたのよ!あの子に5年間どれだけ困らされたことか!!ええもう、あっち向いた瞬間 にはまたRがどうしようもない事を始めるのよ。それがね、彼が音楽院に行き始めてからというもの、なんという変化なの!母親、今年に入って一度も呼び出さ れてないじゃないの!これはね、変化なんてものじゃないの。彼は生まれ変わったのよ。あんたは大した先生よ!!指導員一同からお礼を言いたくてね。出来れ ば私の給料の1パーセントでも献上したいぐらい!!」
私はもう開いた口が塞がらなかった。生まれ変わった?!あの〜。あ・れ・で・前より良いのかい?!?!すると一体前はどんなんやったんやぁーー!!!
そのやりとりを聞いていた副指導員長が言った。「あんたはね、Rのことを見放さなかったわね。それこそが素晴らしいことなの。どんな子供だって、見放されるには値しないのよ。」
え、え、え、、なんとか〜〜!!あなた達は天使かいな。指導員さん達のイキナリの心のままの物言いに、じいんときて、思わず涙がにじんじゃった。
だっ てねえ、、、音楽院でだって、同じように一人一人見放さずに教えてる。それこそが私のやりたい事なのかも知れない、もしかしたら。でも、その見返りは「な んなんだこの君の生徒の音は」だったり「せっかく我々が音楽院に入れてやったんだぞ、それなのにこの態度は何事だ」なんだよ。あの人たちは自分の方が上な んだ、という自意識を捨てきれないのかしらねえ。
前にも説明したように、小学校の指導員さん達は9割が「アラブ=アフリカ系」のフランス人だ(対照的に教諭は9割が白系フランス人)。
このマイノリティ社会で育ってきたであろう指導員さんたちの心の温かさに、私はどれだけ救われていることか。学校に派遣された当時は新しい環境に馴染むのに大変だったけれど、今ではほとんど音楽院よりコッチの方が好きになってしまったわ(笑)。