SpiMelo! -Mie Ogura-Ourkouzounov

L’artiste d’origine Japonaise qui mélange tout sans apriori

フランス流の出産と育児

2013-10-10 17:35:26 | Essay-コラム
ご無沙汰しておりますが、出産しておりました。

いろいろ不思議な事が重なった出産だった。まず、去年の11月、私の夫がタクシーに乗ったとき、全く面識もない運転手に「一年以内にあなた、子供が産まれますよ」と予言された事。
10年前、病院内のチャペルで演奏したときに夫が聴きに来ていて、私たちの初めての出会いとなったその場所、パリのトゥノン病院で出産した事、などなど。。。

諸々の事情で予定帝王切開だったので、その前に緊急で出産となった人をふたりほど先送りにして待った。
普段の生活とかけ離れた、赤ちゃんの泣き声が夜中じゅう響き渡る夜の病院の雰囲気に圧倒されて緊張し、前夜は殆ど眠れなかった私とは裏腹に、朝の病院ではフランスらしく、なかなか気楽そうに事が運んでいた。

「よっし、ちょっと帝王の準備すっかな!」
「今日切るのだれ?」
「ジョフロワ。」
おいおい、先生とか付けないで呼び捨てかい!(笑)

この病院は大学病院というだけあって、スタッフの年齢層が若い。
で、私が運ばれていく間、運んでくれたおにいちゃんは、
「あんた、どこ出身?日本?いいよなあー。一回行ってみたいんだよなー」
もちろん私はそれどころではない状況なわけですが、こういうのは緊張がほぐれてちょうど良いかも知れない。
で、体中をいろんな管にさんざんつながれ、下半身麻酔をされ、これから料理されるまな板の上の魚のようになり、首から下が見えないようにカーテンを張られる。
下半身では手術が進行しているのだが、カーテンをもってる左右のスタッフさんたちは私の顔の上で
iphoneの写真を見せ合って「おー、良い写真じゃん!それ、どこで撮ったの」なんて言ってました。
だから、出産中に私がみていたものは、実はiphoneの裏のリンゴのマークなのですね。

このようにフランスは「大事なところ」はしっかり押さえ、あとは「気を抜く!」という呼吸が絶妙なお国柄である。

実際、肝心の私の傷跡はどの看護師さんからみてもきれいで、芸術的とも言っていいほど完璧な出来映えである。

はい、足でましたよ、頭でましたよ、というスタッフの実況中継の後、9ヶ月もお腹の中でいて、想像に想像を重ねていたあの子と初対面、このときはまだ実感がなく、ただただ私は上の空で彼女の名前を何度も呼んでいました。すべて終わって、若き天才ジョフロワ先生は「おめでとうございます。全てはうまく行きました。ご心配なく」
本当に心配の吹き飛ぶ最高の笑顔で言ってくれたのでした。

そして翌日から、フランス式スパルタ産後教育が始まった。看護婦さんたちは優秀な教師という感じで、音楽の先生をしている私にも大変勉強になった。まず、この人たちは、私がどんなに弱音を吐いても、ベビーがどんなに嫌がっても、後々良いことについては絶対に諦めさせない。母乳についても、術後歩行についても。フランスでは「赤ちゃん様様」ではない。ママがベビーに寄り添うのでなく、ベビーがママに寄り添うのだそうだ。まさに「我思う、故に我あり」だよね。あれっ、これって、楽器はお客様ではなく、自分が楽器を操るのだ、という私がやってきたやり方と同じだ。
 帝王切開になる前もそうだったけど、逆子ということで、最初から帝王切開を望んだ私に対して、最後まで自然分娩を諦めないよう私の意思をコントロールし、しかも最後のところでリスクの方が大きいことが分かったときに、潔く翌日帝王切開の判断を下した。こういう我慢強さと、潔い判断力は本当のプロのやり方で、頭が下がる思いがする。私は、諦めてしまうことのほうが、多かったかなあ。。。この病院で働く人々から学んだ事は、これから教職に復帰するときに、それに娘を教育するときにも、きっと役にたつと思う。

 妊娠期間中の仕事、心配事などから一気に解放されて、娘の顔を見ているだけで、ただただ涙が出て止まらないことがある。これが俗にいう、マタニティーブルーってやつなんでしょうねえ。けど、ほんとは全然ブルーなんじゃなくて、これまで感じた事の無かった次元での感情が、この一週間の入院期間中にぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、それが解きほぐされて流れているんじゃないかなあ。人生のなかでまったく新たな次元の感動を知り、娘の誕生を心から喜んでくれた人たちに支えられ、新たな家族を迎えて、これまでの自分一人のエゴから解放されていく、とてもとても疲れたけど、そうしてまた音楽が出来る日が、とても楽しみ!!

では、腹筋切られた帝切ママが元通りフルートを吹けるようになるか?!また冒険が始まります。