CHIKU-CHANの神戸・岩国情報

神戸・岩国の最新情報を紹介していきます。また、最近のキーワード についてメモを作成していきます。

比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その13 伝教大師像と伝教大師伝

2018年01月29日 06時32分21秒 | 滋賀県情報
2017年10月10日から10月12日まで比叡山延暦寺と坂本を訪問しました。

本日はその第13回として2017年10月11日に訪問した峰道レストラン前の
伝教大師像と東塔地区に掲示されている伝教大師伝を写真紹介します。


本シリーズの過去12回の記事一覧
 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その1 日吉東照宮

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その2 ケーブル坂本駅

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その3 求法寺走井元三大師堂

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その4 日吉大社

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その5 穴太衆積み石垣

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その6 慈眼堂(恵日院) 

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その7 滋賀院門跡

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その8 三井寺(園城寺)

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その9 琵琶湖第一疎水のトンネルと大津閘門

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その10 大津城跡

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その11 延暦寺(横川地区)

 比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その12 延暦寺(西塔地区)



上の写真は峰道レストランの前の駐車場の脇に立つ伝教大師像です。

伝教大師最澄上人(766~822)は一乗止観院(根本中堂)を創建して比叡山を開山し、
入唐求法の後、天台宗を公認させ布教活動もしました。
天台宗では「宗祖」と仰いでいます。 最澄の宝号は「南無根本伝教大師福聚金剛」と言い、
正式には「南無円戒高祖一乗禅密根本伝教大師福聚金剛」と称しています。


詳しくは下に添付した伝教大師伝の写真をご覧ください。

御誕生


最澄の生誕は2説あり確定されていない。
  1.神護景雲元年(767)出生説

  2.天平神護2年(766)出生説


坂本の生源寺の境内に延暦寺を開いた伝教大師最澄が産湯を使ったという井戸が残る。
最澄は、古市郷(膳所から南郷あたり)の生まれとの記録もあるが延暦寺のお膝元の
坂本には最澄出生にまつわる旧跡が多く、他に出産時の胞衣(えな)を埋めた塚や
父でこの地方豪族として知られた三津首百枝(みつのおびと ももえ)の屋敷跡
(現在の本堂の位置にあった)などがある。
最澄の母、藤原藤子(とうし)は貴族の出であった。

生誕の地坂本の生源寺に関する写真を添付しておきます。(撮影:2017-10-10)



上の2枚の写真は生源寺の山門と本堂




上の2枚の写真は生源寺境内の産湯に使ったとされる井戸跡と現地説明板


上の写真は生源寺境内の最澄像


上の写真は生源寺境内に掲示の最澄の年表

神童広野さま


幼少期の俗名は三津首広野(みつのおびとひろの)と呼ばれていました。

仏門に入る


最澄14歳、宝亀11年(780)11月12日近江国分寺で得度し、法名を最澄と称す
東大寺戒壇院で具足戒を受けたのは延暦4年(785)4月6日。最澄19歳

仏舎利のふしぎ


比叡山に入る


三尊仏を刻む


比叡山寺の創建と不滅の燈


比叡山寺の落慶


法華の宣布と高雄講教


入唐求法


天台山での受法


天台宗の開立


弘法大師との交際


東国教化と広済、興詠の両院の建立


奈良仏教との対立


学生式の制定と大乗戒の独立運動


ご入滅

弘仁13年6月4日(新暦換算では822年6月26日)、比叡山の山上の中道院で没、
享年56歳(満54歳没)
没後7日目の6月11日、大乗戒壇設立は、弟子・光定と、藤原冬嗣、良岑安世の斡旋により
勅許(許可が下りる)

滅後の余光


光仁14年(823)2月26日一乗止観院に桓武天皇ゆかりの年号延暦を冠した
延暦寺の寺号を賜る。

貞観8年(866)7月14日最澄に伝教大師の諡号(しごう)が贈られた。
日本で初めての大師号である。以後「伝教大師最澄」と称される。




上の2枚の写真は東塔地区の根本中堂の入口付近の伝教大師童形像



『国内旅行』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
« 広東小菜と点心 黄老 さんち... | トップ | 節分に関する話題 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

滋賀県情報」カテゴリの最新記事