goo blog サービス終了のお知らせ 

CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)

神戸・岩国の最新情報を中心に紹介していきます。歴史や時事について調べた結果を紹介。

梅谷七右衛門清政が著した「愚胸記」について

2024年03月21日 04時58分56秒 | 神戸市以外の兵庫県
本日は梅谷七右衛門清政(1683-1762)が著した「愚胸記」を取り上げます。

梅谷七右衛門清政は播磨町、東本荘の庄屋であった梅谷家の4代目当主だった人物です。
 
上の写真は播磨町郷土資料館に展示の「愚胸記」の展示
書き出しの部分で享保17年(1732)8月の銘がある。
梅谷七右衛門清政(1683-1762)は天和3年(1682)、東本庄村の庄屋の家に生まれました。
18歳の若さで庄屋を継ぎます。当時の村は決して豊かではなかったので、その打開策として
新田開発を志し、その成功によって財を成します。
その財を活用して地域の神社や寺を建て直し感謝されています。
享保17年(1732)、50歳の賀を迎えた清政が静かにその一生を振り返り自らの署名を
記して書き上げたのが「愚胸記(當家立身巻)」です。
46歳から書き始めて4年間、執筆して書き上げたものです。
播磨町郷土資料館で活動している「古文書を学ぶ会」が約3年かけて纏め上げ
令和5年(2023)3月冊子として纏められました。
2023年8月31日の神戸新聞NEXTで紹介されています。
私は2024年3月6日に播磨町郷土資料館を訪問した際に500円で現代語訳された
「愚胸記」を購入しました。
その中から今後、活かせる資料などを整理しておきます。

梅谷七右衛門清政の年譜
上の写真は上述の「古文書を学ぶ会」が纏められた冊子のPage100に掲載の年譜

以下の文章は令和3年度播磨町郷土資料館特別展「梅谷七右衛門清政と播磨町の先覚者たち」
の資料からの引用です。
清政は跡継ぎの男子には恵まれませんでした。梅谷七右衛門孟政(以下「孟政」)は8番目に生まれた男の子でした。それまでに生まれた7人のうち、6人までが女の子、残る1人の男児は満3歳で亡くなりました。したがって孟政が清政にとって希望の星であったことは想像に難くないことでした。孟政は元禄8年(1695)の火事で焼失していた地蔵堂と地蔵菩薩立像を再建・修復しましたが、そのわずか2年半後の延享5年(1748)2月、32歳の若さで亡くなりました。残された父親、清政の悲しみがどんなに深かったか、察するに余りあります。彼は蓮花寺に孟政のための供養塔を建て、菩提を弔いますが、2年後の寛延3年(1750)、地蔵堂の境内に魚類成仏の供養塔として立派な宝篋印塔(魚介類供養塔)を建てて魚類の霊を慰めました。或いは息子の若死にが、自分たちの魚類殺生の祟りとでも考えたのではないでしょうか。

梅谷七右衛門清政については所縁の場所を巡りシリーズでブログを作成していますので
その最終回の記事(全部のIndexあり)にリンクしておきます。

また、「愚胸記」現代語訳の目次から7歳から49歳までの出来事のIndexを転記しておきます。
第1章 幼少時代から家督相続まで(7歳~17歳)        Page3~8
第2章 貧しい時代から新田開発と貸付金嘆願まで(18歳~21歳)Page9~17
第3章 魚問屋開業から阿閇神社 植林など(24歳~29歳)    Page18~26
第4章 屋敷新築・新地開発・蓮花寺再建など(30歳~36歳) Page27~33
第5章 庄屋・大庄屋代としての業績(33歳~49歳)     Page34~41
第5章以降(Page42~97)は梅谷家第4代当主の梅谷七右衛門清政が子孫に対して
生活信条、信心や人生哲学及び教訓を書いたものです。

今後、内容を理解して散策記を書く時の参考ににしたいと考えています。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

兵庫県立図書館の談話室「雀庵」でいただいたMISUGIYAで購入のわっぱ弁当 on 2024-2-29

2024年03月15日 05時11分07秒 | 神戸市以外の兵庫県
兵庫県立図書館は明石公園内にある公立図書館で、私はよく利用させて頂いています。
本日のブログでは表題のように2024年2月29日、談話室「雀庵」でいただいた
MISUGIYAで購入のわっぱ弁当を写真紹介します。

本題に入る前に兵庫県立図書館の基本情報と談話室「雀庵」について書いておきます。

兵庫県立図書館の基本情報  
住所:明石市明石公園1番27号 TEL:078-918-3366
開館時間:9:30~18:00 休館日:毎週月曜日、毎月第3木曜日、年末年始(12/29~1/3)
蔵書数:666,912冊(令和4年1月末現在) 
貸出:個人36,279件、公共図書館など11,612件(令和4年1月末現在)
レファレンスサービス:3,544件(令和4年1月末現在)

所在地のGoogleマップを添付しておきます。

次に談話室「雀庵」の紹介です。
雀庵は2022年2月9日 に新聞の閲覧室であった場所にオープンしています。
椅子10席、テーブル10台がゆったりと置かれ食事をとるのに便利なスペースです。


談話室「雀庵」の詳細は下記ブログで書いています。


前置きが長くなりました。
今回の主題であるMISUGIYAの「わっぱ弁当」の写真紹介に移ります。

上の写真がMISUGIYAの「わっぱ弁当」です。537円(税込)です。
飲み物は談話室「雀庵」の入口付近の自販機で購入できます。
MISUGIYAはJR明石駅のコンコースに面してあるスーパーマーケットです。
具だくさんで美味しくいただきました。

上の写真は開封前のわっぱ弁当

上の写真は談話室「雀庵」の内部の様子です。

現状では談話室「雀庵」の利用者は少ないようです。
快適な食事スペースですので是非ご利用ください

当日は下に添付の3冊の本を借りました。




内容があまりないブログですがこの辺でアップします。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ニコニコ カレー 宝殿本店でのランチ on 2024-3-6

2024年03月07日 09時55分07秒 | 神戸市以外の兵庫県
2024年3月6日、JR宝殿駅の南側すぐのニコニコ カレー 宝殿本店でランチを
いただきましたので写真紹介します。初訪問です。

当日は宮本武蔵の生誕地とされる米田地区を散策するために来ていました。

ニコニコ カレー 宝殿本店の基本情報  
住所:加古川市米田町平津456 1F  TEL:079-433-2222
料理ジャンル:カレー専門店 テークアウトが中心だが店内でも食事できます
英文名:NICONICO CURRY
営業時間:11:00~20:00
定休日:不定休(年末年始お休み )
運営会社:株式会社クロカワキッチン
公式サイト:


所在地のGoogleマップを添付しておきます。



上の写真は当日、注文したタレトリカレー517円(税込)
上の写真はタレトリカレーが掲載のメニュー表です。
上の写真はお店の看板メニューの極み卵のオムカレー660円(税込)




上の3枚の写真はお店の内部 カウンター席6席、4人テーブル席1、2人テーブル席1、合計14席

上の写真はお店の外観です。

上の写真はお店の看板イラスト


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

尼崎名産 ヒノデ阿免で水飴を購入 on 2024-2-27

2024年02月28日 05時25分54秒 | 神戸市以外の兵庫県
2024年2月27日、阪神尼崎駅から南へ徒歩5分ほどの所にある久保商店で水飴を購入しました。
ヒノデ阿免の水飴などを写真紹介します。
ヒノデ阿免本舗さんは創業百有余年の老舗で尼崎を代表する名産品「水あめ」を
製造販売されています。「水飴」著名人のファンも多いそうです。

久保商店の基本情報  
店名:琴城 ヒノデ阿免本舗 久保商店
住所:尼崎市開明町1丁目36番地 TEL:06-6411-0340
営業時間:9:00~19:00
定休日:日曜日、祝日
創業:明治11年(1878)

所在地のGoogleマップを添付しておきます。




上の写真が当日購入したヒノデ阿免本舗の「みず飴」です。1,300円(税込)

厳選された上質のもち米だけを使い日本古来の製法で丸3日間かけて作られているとのこと。
早速、家で試食、丁寧に作られており優しい上品な甘さが喉にも良いし美味しかった。
辛口の奥様も美味しいと言っていました。
砂糖不使用の無添加、無着色の水飴なので喉に良い事は勿論、健康にも良い。
上の写真は中に入っていた注意書きです。



上の2枚の写真はお店の外観です。
テレビで紹介されているのを観たことがあります。
上の写真はお店の看板。創業百有余年の文字が光ります。
上の写真はお店のショウウィンドーに飾られた「水飴」

上の写真は店内のショーウィンドー
「みやげ(土産)」として複数個入りのセット商品が多い。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明石公園のラクウショウと明石城の坤櫓 on 2024-1-4

2024年01月06日 05時28分22秒 | 神戸市以外の兵庫県
2024年1月4日、明石公園 坤櫓の南側の兵庫県内で最大のラクウショウの写真を
撮りましたので紹介します。
当日は兵庫県立図書館へ訪問するのがメインの目的でした。

上の写真は2024年1月4日に撮影した明石公園の落葉したラクウショウ
背後の坤櫓とのコントラストが素晴らしかったので写真を撮りました。
ラクウショウはスギ科の落葉樹で漢字では落羽松と書きます。
別名はヌマスギで、沼地や湿地などを好んで生育することに由来します。
現在、県下最大のラクウショウといわれ、県の郷土記念物に指定されています。 
「ひょうごの巨樹・巨木100選」によれば、幹周:3. 05m、樹高:25m、樹齢:123年(2024年現在)
樹齢123年の根拠:
明石公園のラクウショウは明治34年(1901)、この地にあった県立農業高校の
第一期生の記念植樹が育ったものだそうです。

ラクウショウ   学名:Taxodium distichum (L.) Roch. 
         俗名:Bald Cypress 又はSwamp Cypress
スギ科の木で北アメリカ中南部に広く分布しているようです。
USAルイジアナ州の州木にも指定されているようです。 


上の写真は県内最大のラクウショウ。郷土記念物 明石公園の大ラクウショウ
と書かれた説明碑 撮影:2024-1-4

参考として葉が茂った状態のラクウショウの写真を添付しておきます。
上の写真は明石公園のラクウショウ 撮影:2023年10月15日
ラクウショウのある場所はトーカロ球場の北東側です。
 
ラクウショウの紅葉時期は11月中旬~12月中旬 ですが明石公園の落羽松(ラクウショウ)の
写真が無いので神戸市立森林植物園の長谷池の畔にあるラクウショウ の紅葉写真を添付
しておきます。(下の2枚の写真 撮影:2009-11-13 )



関連ブログ&サイト


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その16(最終回)春日神社 

2023年12月01日 04時54分28秒 | 神戸市以外の兵庫県
2023年10月4日(水)、城下町「丹波篠山」を散策してきました。
今回はその第16回(最終回) 春日神社をテーマに書いていきます。
シリーズ完結までずいぶん時間を要しましたがなんとか完結でき嬉しく思います。
丹波篠山へは2011年10月30日に「丹波の王墓、雲部車塚古墳の謎にせまる」という
シンポジウムがあり訪問しており、今回が2回目の訪問です。


城下町「丹波篠山」散策記のIndex 
 第1回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その1 JR福知山線 篠山口駅の観光案内掲示物など - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その2 河原町妻入商家群 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その3 普門山 観音寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その4 平尾竹霞 誕生之地碑 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)











丹波篠山の春日神社秋の祭礼能舞台が有名な神社です。
地元では「かすがさん」の愛称で親しまれているようです。

春日神社の基本情報
住所:丹波篠山市黒岡1015(黒岡75)  TEL:079-552-0074
御祭神:1)健甕槌命(たけみかづちのみこと)
    2)経津主命(ふつぬしのみこと)
    3)天児屋命(あめのこやねのみこと)
    4)姫 大 神(ひめのおおかみ)=天照大神(あまてらすのおおかみ)
創建:貞観年間(859-877)に奈良・春日大社より勧請

所在地のGoogleマップを添付しておきます。



入口門(随身門) 


由緒書き(現地説明板) 

由緒について要約して転記(一部加筆)
篠山市黒岡鎮座の春日神社は平安時代初期の貞観18年(876)、日置荘を領有していた
藤原基経(もとつね)と時平(ときひら)父子が、藤原氏の氏神である奈良・春日大社より
ご分霊を迎え、「笹山」と呼ばれていた黒岡村南部の小山に勧請し、氏神として
お祀りされていたが、慶長14年(1609)、篠山城築城の際に現在の地に遷された。
境内の能楽堂は国の重要文化財に指定。絵馬殿には黒神馬があり、市の指定文化財に指定。


手水舎 
上の写真は手水舎を正面から撮ったもの
上の写真は側面から撮った手水舎 右手には皇太子殿下(現天皇陛下)雅子妃殿下御成婚記念碑
が建っています。

絵馬殿 

上の写真は絵馬殿の建物
上の写真は絵馬殿の中の市指定文化財の説明板



上の3枚の写真は絵馬殿の中の絵馬

本殿・拝殿


上の2枚の写真は拝殿正面及び斜め横から撮った拝殿の遠景写真
上の2枚の写真は拝殿正面の上部に掲示の秋祭りで巡行する9基の山車
上町4台(左の写真)
三笠山(上河原町)、鳳凰山(下河原町)、孔雀山(上立町)、高砂山(下立町)
下町5台(右の写真)
剣鉾山(呉服町)、猩々山(上二階町)、諫鼓山(下二階町)、蘇鉄山(魚屋町)、鏡山(西町)

上の写真は拝殿の扁額


上の写真は本殿の側面、嘉永2年(1849)4月の建築だそうです。 

能舞台


上の2枚の写真は現在、修復工事中の能舞台 来年(2024)3月に工事終了予定
能舞台は、文久元年(1861)、能楽愛好家として知られた篠山藩第13代藩主・
青山忠良(ただなが)により寄進されたものです。
建築は稲山嘉七・永井理兵衛が担当し、能舞台の背景の松は松岡曾右衛門の筆になり、
藩主の趣向によって正統性を踏まえた上で、能舞台として工夫を凝らした設備が整えられています。
柱と框(かまち)が松で出来ており、床は檜張り、舞台の床下には床板を踏む音響効果を
高め反響させるための、7個の丹波焼の大甕(おおがめ)が埋めてあるそうです。
その反響させるための向きや伏せ方の完全なことなど、全国でも屈指の能舞台であることから、
昭和52年(1977)3月29日に県指定有形文化財となり、平成15年(2003)5月30日には
国の重要文化財に指定されています。

上の写真は青山忠良公顕彰碑(平成2年(1990)11月、春日神社奉賛会建立)

神輿の保管庫
上の写真は秋祭りで巡行する4基の神輿が保管されている建物

境内社・天満宮他 
上の写真は境内社の天満宮の祠
上の写真は境内社の大神宮



上の2枚の写真は境内社

10月の秋季大祭 
篠山城下の鎮守、春日神社の祭礼に鉾山が最初に登場するのは寛文3年(1663)。
鉾山の数は現在9基になっています。4社の金神輿 、8台の太鼓御輿 が街中を練ります。



上の2枚の写真は2023年の「春日神社秋祭り」のリーフレットより日程概要と9基の山車。

2023年10月14日(土)、10月15日(日)の秋祭りの様子についてYoutube動画で公開
されているサイトにGooで共有させていただきました。
春日神社の秋祭り(2023年10月15日)

【字幕入】まるいのTV11月号(2023年10月27日配信)  

110年ぶり「鉾」復活巡行 春日神社の今秋祭礼「鉾山巡行」に向けてお披露目 丹波篠山市(サンTV)

20231015丹波篠山春日神社秋祭01  

令和5年丹波篠山春日神社秋祭り《宵宮》鋒山巡行 青山通り・春日神社2023年10月14日~110年振りの鉾建て巡行~#丹波篠山#鋒山巡行#秋祭り#篠山城#tambasasayama
 
 私立篠山中年学舎開学の地

上の写真は篠山中年学舎開学の地の石碑

上の写真は私立篠山中年学舎開学の地の現地説明板
明治4年(1871)廃藩置県とともに「振徳堂」は廃校となり建物は現存しないが、
その教育精神(青山忠朝や忠高の教育精神)は継がれて明治9年(1876)篠山藩13代忠良の子
(青山家の21代当主) 青山忠誠(ただしげ )が篠山に人材を育てる学校がなければならないと、
中学を興し「郷里の師弟を養育して国家有用の人物」を輩出ことを掲げ漢文・数学の
授業に加え慶応義塾創始者の福沢諭吉にはかり、英語・物理化学の2教師を派遣してもらい、
其の意を受けた安藤直紀(後の初代篠山町長)等在郷有志により、 篠山中年学舎
現在の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校が設立され受け継がれています。
因みに当時の藩校数は全国で274校であった。
春日神社社務所の小桃源には篠山中年学舎より先に「共茂舎」創設されていた

入口の鳥居など

上の写真は二階町からの正面の鳥居 扁額には「春日宮」と書かれています。
左手の祠は恵比寿神社と鳥居です。

上の写真も二階町側からの入口遠景です。
上記鳥居の近くに上二階町の山車「猩々(しょうじょう)山」に関する説明書きが
ありましたので添付しておきます。(下の写真)
上の写真の説明書きは判読が難しいので要約して記載しておきます。
上二階町の猩々山(しょうじょうやま)は貞享4年(1687)に寄進され、当初は小舟山と
呼ばれていました。その後3回ほど改造され、現在の猩々山は文化元(1804)年に
修復もしくは新造されています。猩々とは想像上の動物で、能の謡曲としても
謡われているめでたいものの象徴です。
鉾頭は葉菊の上に月と太陽を掲げています。菊、月、太陽、猩々はいずれも長生悠久を
象徴した目出度いものです。見送りは唐獅子が描かれており、魔を祓い、世を祝う意味があります。
上の写真は上二階町の鉾山「猩々山」
出典:篠山まちづくり協議会編「春日神社祭礼」(2018)Page16



上の写真は篠山簡易裁判所側からの入口鳥居です
上の写真は上に添付の鳥居で境内側から撮ったもの
大正11年(1922)に建立との銘があります。

境内の鹿のモニュメント
上の写真は境内の斜面に設置されている鹿のモニュメントです。
鹿は神の使いとして大切にされています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その15 歴史美術館

2023年11月25日 05時15分18秒 | 神戸市以外の兵庫県
2023年10月4日(水)、城下町「丹波篠山」を散策してきました。
今回はその第15回で丹波篠山市立歴史美術館をテーマに書いていきます。
丹波篠山へは2011年10月30日に「丹波の王墓、雲部車塚古墳の謎にせまる」という
シンポジウムがあり訪問しており、今回が2回目の訪問です。


城下町「丹波篠山」散策記のIndex 
 第1回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その1 JR福知山線 篠山口駅の観光案内掲示物など - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その2 河原町妻入商家群 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その3 普門山 観音寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その4 平尾竹霞 誕生之地碑 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)











歴史美術館は明治24年(1891)篠山地方裁判所として建築され、昭和56年(1981)6月まで
使用されていました。昭和57年(1982)3月20日重要建造物として旧篠山町の文化財に指定。
歴史美術館として生まれ変わりました。


歴史美術館の基本情報  
住所:丹波篠山市呉服町53 TEL:079-552-0601
入館時間:9:00~17:00  休館日:月曜日 年末年始(12/25~1/1)
入館料:大人300円、大学・高校生200円、中学・小学生100円
 4館(篠山大書院、武家屋敷安間家史料館、歴史美術館、青山歴史村)共通券
 大人600円、大学・高校生300円、中学・小学生150円
オープン:昭和57年(1982)4月
公式サイト:丹波篠山市立歴史美術館の公式ページ - withsasayama

所在地のGoogleマップを添付しておきます。


内部の展示については写真撮影禁止のためありません。

建物外観写真 


上の2枚の写真は丹波篠山市立「歴史美術館」の建物外観

旧篠山地方裁判所平面図 
上の写真は明治24年(1891)時の篠山裁判所平面図
土地面積:2,100㎡ 本館面積:564.2㎡

上の写真は廊下から撮ったもの

昭和50年代の裁判所

上の写真は昭和50年代の裁判所の建物です。

現地説明板


旧篠山地方裁判所法廷



上の2枚の写真は法廷の内部


上の写真は法廷における傍聴人の心得の掲示

篠山地方裁判所の歴史



源氏物語 須磨・明石の蔵
上の写真は入口前の看板に掲示されていた源氏物語 須磨の巻
篠山藩第12代藩主の青山忠裕(ただやす)がお抱えの狩野派絵師・栄保展繁(えいほみちしげ)
らに描かせた絵巻。江戸期に描かれた源氏物語の中でも、須磨・明石の絵巻は
全国的に残っておらず、人物や風景が細密に描かれた逸品。

展示物
展示品の写真が無いの歴史美術館のリーフレットよりどの様な展示品があるのかを
把握するために引用添付しました。(下の写真)


特記事項として上に添付した以外の蔵品としては鼠草紙があります。

特別展 「武の姿」
私が訪問した10月4日には開催されていなかったが10月11日~12月3日に
特別展 「武の姿」が開催されています。リーフレットを添付しておきます。
(下の2枚の写真)


4つの歴史館めぐり
今回の歴史美術館で丹波篠山市の4つの歴史館を全部、観覧したことになります。
安間家史料館第10回で紹介
篠山大書院については第11回で紹介
青山歴史村については第12回で紹介

4つの歴史館めぐりのリーフレットを添付して筆を置きます。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その14 伊能忠敬笹山領測量の道の碑

2023年11月24日 03時15分52秒 | 神戸市以外の兵庫県
2023年10月4日(水)、城下町「丹波篠山」を散策してきました。
今回はその第14回で伊能忠敬笹山領測量の道の碑をテーマに書いていきます。
丹波篠山へは2011年10月30日に「丹波の王墓、雲部車塚古墳の謎にせまる」という
シンポジウムがあり訪問しており、今回が2回目の訪問です。


城下町「丹波篠山」散策記のIndex 
 第1回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その1 JR福知山線 篠山口駅の観光案内掲示物など - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その2 河原町妻入商家群 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その3 普門山 観音寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その4 平尾竹霞 誕生之地碑 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)














伊能忠敬は1814年(文化11)2月3日から12日まで笹山領内を測量していて、
「伊能忠敬測量日記」に記された史実が石柱に刻まれています。
笹山領内では12カ所にこのような石碑があるそうです。

石碑の設置場所は青山歴史村に隣接する駐車場の近くにあります。
石碑は平成28年(2016)11月、篠山城下まちづくり協議会、伊能忠敬笹山領探索の会の
尽力で建立されています。丹波篠山市呉服町の山本石材店が施工。
石碑に刻まれた文章をそのまま転記しておきます。
文化11年(1814)2月5日曇、伊能忠敬測量隊10名は131人の労役村民を従えて、
笹山市中 西町、西町口木戸番所、魚屋町、二階町、右大手門、青山下野守居城まで測量
同町内測所前に二(二の丸)印杭を打止 止宿
6日曇 早朝より東岡屋村に向け出発 10日午後、笹山城下二階町に着、止宿は同前、夜晴 天体観測
11日曇 早朝より5日に打止の二(二の丸)印杭より始め、呉服町、河原町、京口門番所、
大字川の京橋20間を渡る

伊能忠敬測量の道の石碑の何か所かを廻ってブログにされているサイトを
見つけたのでリンクさせていただきました。


上の写真は石碑のある場所の南側の駐車場方面を撮ったものです
上の写真は石碑の北北東にある大正ロマン館
上の写真は石碑の北側にある篠山観光案内所
当日は多くの観光客が二階町方面を目指して歩かれていました。

関連サイト

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その13 箱鮨の名店 澤藤 箱鮨解説

2023年11月22日 04時51分46秒 | 神戸市以外の兵庫県
2023年10月4日(水)、城下町「丹波篠山」を散策してきました。
今回はその第13回で箱鮨の名店 澤藤 箱鮨解説をテーマに書いていきます。
丹波篠山へは2011年10月30日に「丹波の王墓、雲部車塚古墳の謎にせまる」という
シンポジウムがあり訪問しており、今回が2回目の訪問です。


城下町「丹波篠山」散策記のIndex 
 第1回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その1 JR福知山線 篠山口駅の観光案内掲示物など - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その2 河原町妻入商家群 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その3 普門山 観音寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その4 平尾竹霞 誕生之地碑 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)








河原町妻入商家群の散策を終え、丹波篠山跡方面に歩いている途中に箱鮨の名店「澤藤」の
店の前に出ました。時間的に11時より前であったのでランチは頂かなかったが
店のリーフレットが店頭に置かれており、その中に箱鮨に関する解説があったので紹介します。
箱鮨とは
日本の寿司の原点です。その当時は「こけら鮨」と言われていました。
今現在は箱ずしになっています。現在、箱鮨が残っている所は篠山、京都、大阪です。
こけら鮨誕生から数年後に「つかみ鮨」が出来ました。
それが今では「にぎり鮨」になっています。
一度すしの原点である箱鮨をご賞味ください。     店主
上の緑色着色文はリーフレットをそのまま転記したものです。


上の写真はリーフレットに添付されていたものです。
9月~3月の限定メニューとなっています。
次回、丹波篠山訪問時のランチの候補店の一つと考えています。

箱鮨の名店「澤藤」の基本情報
住所:丹波篠山市東新町15−1  TEL:079-552-0188
営業時間:11:00~14:30
定休日:木曜日

所在地のGoogleマップを添付しておきます。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その12 青山歴史村(丹波篠山デカンショ館)

2023年11月19日 05時47分11秒 | 神戸市以外の兵庫県
2023年10月4日(水)、城下町「丹波篠山」を散策してきました。
今回はその第12回で青山歴史村(丹波篠山デカンショ館)をテーマに書いていきます。
久しぶりのシリーズ記事の復活です。
丹波篠山へは2011年10月30日に「丹波の王墓、雲部車塚古墳の謎にせまる」という
シンポジウムがあり訪問しており、今回が2回目の訪問です。


城下町「丹波篠山」散策記のIndex 
 第1回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その1 JR福知山線 篠山口駅の観光案内掲示物など - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その2 河原町妻入商家群 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その3 普門山 観音寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 城下町「丹波篠山」散策記 on 2023-10-4  その4 平尾竹霞 誕生之地碑 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)








青山歴史村の基本情報
住所:丹波篠山市北新町48 TEL:079-552-0056
開館時間:9:00~17:00
入館料:大人300円、大学・高校生200円、中学・小学生100円
 4館(篠山大書院、武家屋敷安間家史料館、歴史美術館、青山歴史村)共通券
 大人600円、大学・高校生300円、中学・小学生150円



所在地のGoogleマップを添付しておきます。



上の写真は青山歴史村の入口遠景 篠山藩主・青山家の別邸「桂園舎」が敷地となっています。

敷地内には藩校で使用する教科書を印刷していた版木、篠山城石垣修理伺い図面、
藩政始末略、印判など篠山藩関係の史料を展示する「版木館」や日本遺産デカンショ節の
ふるさと丹波篠山の文化遺産を紹介する「丹波篠山デカンショ館」、別邸「桂園舎」があります。

入口(旧澤井家長屋門) 

上の写真は青山歴史村の入口、「旧澤井家長屋門」が移築され入口受付として使用されています。

鏝絵の展示 

上の写真は入口を出てすぐ左手に展示されている鏝絵の展示です。
馬も展示されています(昔馬屋があった場所か?)

上の写真は鏝絵に関する現地説明板
上の写真は桂園舎に展示の「鼠草紙」絵巻

青山家の別邸「桂園舎」



上の3枚の写真は桂園舎の建物外観
上の写真は桂園舎の由来の説明板


上の2枚の写真は桂園舎の内部に展示の人力車と説明パネル
上の写真は桂園舎の内部の部屋


上の2枚の写真は「桂園舎」内の展示
上の写真は右手の「桂園舎」の傍にある井戸の囲み屋
22代青山忠允の妻 青山元子
「桂園舎」内の展示で22代青山家当主の青山忠允の妻の青山元子について写真とパネルより
紹介します。





青山会の由緒


丹波篠山デカンショ館

上の写真は入口付近のデカンショを踊る踊り子像











上の9枚の写真はデカンショ館の展示よりピックアップしたものです。

青山歴史村の公式サイト内のデカンショに関するYoutube動画をGooで共有させていただきました。
丹波篠山デカンショ物語【ダイジェスト版】

版木館
上の写真は版木館の建物外観です。
内部の写真は撮影禁止のため有りませんが藩校で使用する教科書を印刷していた版木、
篠山城石垣修理伺い図面、藩政始末略、印判など篠山藩関係の史料が展示されています。

篠山藩主青山家家紋入り瓦


金櫃の展示



敷地内の栗の植栽
上の写真は敷地内に植栽されていた栗

万尾時春の顕彰碑



上の3枚の写真は万尾時春の顕彰碑と現地説明板
万尾時春(まおときはる) 1683-1755は数学(和算家)の権威者です。
六兵衛と称し、丹波篠山の藩士にして、村井昌弘に測量術を受ける。
「見立算規矩分等集」や農業経済書「算法入勸農固本録」などを著す。

篠山城惜別の碑 


最後の城主青山忠敏が、明治2(1869)年に廃藩により東京に去られるに当り、
家臣たちに ”今よりは学問に心を至し、国の光をそえよ”とのおさとしに感激して
藩士安藤直紀は、篠山城惜別の碑を二の丸に建立し、明治8(1875)年旧城に学校を開き、
童児らが学問の道に励み、万代までの弥栄を青山の代々の霊に祈り奉り、後世に伝えんと
記したものである。
二の丸整備復元計画により、昭和59(1984)年8月当青山会柱園舎庭園に移築された。 

碑文の内容などの詳細は下記サイトに記載されています。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする