さいとう・たかを 『太平記 マンガ日本の古典 上中下』中央公論社,1995-1996年

太平記は日本最大の軍記物語。原文は華麗な和漢混交文でつづられている。標題の本書が対象とした時代は、後醍醐天皇が31歳で親政を始めたときから、足利尊氏が将軍在位のまま54歳で亡くなるまで。後醍醐天皇、足利尊氏、楠木正成、新田義貞等が活躍した戦いが概観できる。戦(いくさ)のシーン、とくに首斬りのシーン、斬られた首がさらされるシーンが頻出する。読者におかれては気をたしかに読むべし。最後のページ(下巻p.268-279)は、南北朝の動乱がおさまった時期の将軍、足利義満がつくった鹿苑寺金閣、ようやくほっとできる。
著者さいとう・たかを氏(昭和11年生まれ) の「あとがき」(下巻p.270-271)によると、昭和20年の敗戦後、国民学校の生徒は教科書に墨塗りを命じられた。その際に消された箇所に「忠臣」楠木正成や新田義貞が書かれていた由。さいとう・たかを氏が本書を引き受けた動機はここにある模様。「あとがき」にあるように、合戦のシーンは劇画がふさわしく、映画よりもはるかに経済的。楠木正成がひときわ男前に描かれているのが興味深い。参考ながら、楠木正成については明治期に建てられた騎馬像が皇居外苑にある。
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イェーリング著/村上淳一訳『権利のための闘争』岩波文庫(白13-1),1982年

著者はドイツの法律家(1818-1892年)。本書は1872年春にウィーンの法律家協会で行われた講演にもとづくもの。
本書の冒頭の「権利=法の目標は平和であり、そのための手段は闘争である。」などの箴言がいまも輝く。裁判所に置かれている「正義の女神」が秤(はかり)と剣(つるぎ)を持っている理由が第2段落に書かれている。名著。

なお、私事だが、『法学セミナー』1977年12月号付録で初めて「イェーリング権利のための闘争」に接したことが思い出深い。これをもとにつくられたのが、
小林孝輔・広沢民生訳『イェーリング権利のための闘争』日本評論社,1978年
以上
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