今日はムシムシとした朝。
そして、いよいよ、明日からは夏のお天気に変わるようです。
最近の雨で、川も増水して、先週小鮎釣りを楽しんだ河口も
様相が変わってしまいました。

濁ってます。

小鮎がいそうにもありませんし、釣り人もなしでした。
さて、金沢②です。
21世紀美術館で、わけのわからない展示は早々に退散しまして、
というより、芸術音痴の自分が恥ずかしくですが、
金沢城へ向かいます。
自分の頭の中では、絶対にこっちと思って歩き出しましたが、
金沢城が見えない。
おかしいなぁ。
なんせ21世紀美術館は円形のため、方向が分からなくなってしまいました。
市役所の方じゃないのに気づけば市役所の横の道を通ってます。
そして、ありゃ、ここは歌劇座ではないか。
ということで、もう一度仕切り直して進むと、21世紀美術館の出口を出て右と左を間違っていました。
それだけで全然違う方へと行ってました。
円形は分かりにくいですね。

それでは、歩いていくと目に飛び込んできた石垣、高いです。


以前金沢城マラソンに参加したとき、この前の広場がスタートでした。
そして、とにかく石川門を目指すべく位置を確認。

しっかり理解してから進むと見えてきました。

陸橋を渡ります。

いよいよ石川門です。

ちなみにここは大手門ではありませんが、みなさんついつい大手門の正門と思ってしまいます。
江戸時代から残る重要文化財です。
石川門を入ると案内所があります。
実はまだ完結してませんが日本100名城を始めたところがここ金沢城でした。
10年前にジャーニーのコンサートに来た時からです。
10年経ったか・・・。
さて、今回はガイドさんをお願いしました。

詳しく説明が聞けるので楽しみです。
入って正面の五十間長屋前の広場からスタート。

ここ金沢城は、全国で一番入場者が多いらしいです。
というのも、まずは名勝兼六園へ行かれた方がそのまま流れてこられることが多いから。
それと、入場がタダだから、とのことです。
なるほど。
ここは明治以降、陸軍が入っていました。
戦後は、金沢大学でした。
大学が手狭になり、角間キャンパスへ移りました。
その跡地を国から払い下げを受けて、金沢城公園と整備をされてきています。
ちなみに私の長男は金大でお世話になっていましたが、キャンパスが移ってからですので、お城内ではなかったのでちょっと残念です。
Master's courseまでいたので、私は何度も金沢は訪れてました。
そのため、とても親しみがあります。
それと、この四月から36歳にして、またまた長男は金大にお世話になっています。
今度は、何を思ったのかDoctor's courseへ。
千葉から時々通っているようです。
ホンマ、何を考えているのやら・・・。
それでは、金沢城に戻ります。

ここ金沢城の石垣は種類がいろいろあり、石垣大好きの方たちはとても楽しめます。
それと、瓦が貼られたなまこ壁の工夫も教わりました。
鉄砲を撃つ「狭間」が瓦を割ると出てくるようになってます。
ただ、一度も戦には遭遇してません。

こんなことはガイドがおられればこそ知ることができました。。
そして、タモリさんが絶賛されていた玉泉院丸庭園。

玉泉院と言うのは、前田利家がつかえていた織田信長の息女とのことで、
嫁いでからも前田家はとても大切にしていたようです。
その庭園につながる石垣。

縦の石があります。


とても珍しい作りです。
石垣大好きな私は、しばし感動。
そして、またまたタモリさんが案内人の方に尋ねられたことが、
菱形の石についてです。
これは、だれも気付いていなかったようで、説明ができなかったとのこと。
タモリさん、流石です。
なので、タモリ石と呼ばれているような、いないような・・・。

こちらは、刻印などが入った石垣。

この刻印は、石の採掘現場の石場を表しているのでは、とのこと。

五十間長屋につながる菱櫓。

実は菱形になっていて、敵の攻撃が分かるように、
すべての門が見えるようになっているらしいです。
橋爪橋を渡ります。
この橋は武士のみが渡れました。
そのため、お付きの者や馬が待機するため、広い広場が必要だったので、
この広さ。


橋爪門院櫓。

五十間長屋。

内部。

ということで、ガイドさんにいろいろと説明していただき勉強になりました。
高島市今津に実は加賀藩の飛び地があります。
そこから京へ船で向かったようです。
この話をガイドさんにすると、やっぱり知っておられました。
恐れ入ります。
ガイドさんありがとうございました。
そして、名残惜しいですが金沢城を出て、兼六園横で休憩。

金箔がチラリ。

さて、ぼちぼち時間となりました。
TOTOのコンサート会場へ移動です。
金沢②でした。