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売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第29回

2014-08-01 06:48:48 | 小説
 昨日、近くの書店に行ったら、私の新刊『地球最後の男――永遠の命』が4冊売れていました
 発売1ヶ月で4冊なら、まあまあかな、とも思いました。チラシをまいた成果かもしれません。
 しかし全国的にはまだ知名度が低く、このブログのタイトルのように、“売れない作家”です
 “売れっ子作家”となれるよう、頑張りたいと思います


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 南木曽岳に登った翌日、美奈はオアシスの勤務が終わってから、誰もいないところで裕子に、 「裕子さんのお兄さん、右目の下に大きなほくろがありますか?」 と、そっと尋ねた。
「はい。兄は泣きぼくろみたいでいやだと言っていましたけど。でも、美奈さん、どうして兄のほくろのこと、知っているのですか? 兄の写真見せたことって、ありました?」
 裕子は不審に思い、聞き返した。そのことを言うべきかどうか、美奈はずっと悩んでいたが、いつかは真実を知らなければならないときが来るのだから、はっきり言おうと決意していた。以前の弱い裕子ならともかく、今の裕子は真実をしっかり受け止めてくれると信じている。ただ、いつものファミレスだと、恵と美貴にも聞かれてしまう。それでも大丈夫か、それとも場所を改めて話をするかを確認した。美貴は先にバイクでファミレスに行っている。
「はい。メグさんも美貴さんも親友だと思ってますから、一緒に聞いてもらいます」
 裕子はきっぱりと応えた。おそらく裕子には、美奈が伝えようとしていることが、ある程度は見当がついているだろう。それなのに、恵と美貴を親友と信じて、苦楽を共にしようという裕子の決意に、美奈は感動した。
 美奈はパッソに恵と裕子を乗せて、ファミレスに向かった。
オーダーしたものが届いてから、美奈はさっそく本題に入った。
「皆さんには私に千尋さんという守護霊がついていることは、もう話しましたよね」
 美奈の問いかけに、恵、美貴、裕子は頷いた。
「昨日、私は四人で南木曽岳に行ってきました。メンバーは今回の事件の関係者です。そのうちの一人、徳山優衣さんのお姉さんの久美さんは、裕子さんのお兄さんと付き合っていたと思われます」
「え、そうなんですか?」
 裕子が驚いた。
 優衣は初対面の美奈を、最初は警戒し、あまりしゃべらなかった。無責任な週刊誌に植え付けられた、悪女という偏見にとらわれていたからだ。話をするにしても、間に北村を介してだった。しかし一緒に山歩きをしているうちに、美奈は唾棄すべき女性ではないということがわかり、美奈を受け入れた。優衣は 「最初は姉の付き合っていた男(ひと)は、秋田県の人だと思っていたのですが、秋田という名前だったのかもしれません」 と美奈に話した。そのことを美奈はかいつまんで、裕子に話した。
「南木曽岳登山道から少し逸れた地点で、今回の事件の出発点ともいえる、あることが起こったのですが、私たちはそこに行きました。裕子さんにはとても言いづらいことなんですが、そこで、私の守護霊の千尋さんが、こう言ったのです」
 ここまで言うと、美奈は言葉を切った。というより、続けることができなかった。美奈の頬に、涙が流れ落ちた。その涙を見て、裕子は覚悟を決めた。
「ここに今は霊はいないけど、かすかに残存した意識の痕跡を感じます。この近くに、二五歳ぐらいで、右目の下に大きなほくろがある人が眠っています。千尋さんはそう言いました」
 美奈は涙声で、やっとそれだけを言った。その意味することは、三人とも理解できた。覚悟はしていたとはいえ、裕子はその場で泣き崩れた。深夜で、近くの席には客が少なかったのでよかった。
 恵と美貴は、今は裕子をそっとしておいてやるのが一番いいと思い、あえて声をかけなかった。
 しばらく泣き続けた裕子は、 「ごめんなさい。取り乱しちゃって。私、もう踏ん切りつきました。大丈夫です。美奈さん、教えてくれて、ありがとう。美奈さんには辛い役をさせてしまって」 と泣き笑いした。
「強くなったわ、裕子。寂しいでしょうけど、私たちはいつも一緒だからね。気を強く持ってね」
 恵が優しく裕子を慰めた。
「せっかく食べるもの来たんだから、早く食べようよ。料理が冷めちゃうよ。食べて、元気出しなよ、裕子」
 いつも明るく振る舞っている美貴も、涙ながらに裕子に声をかけた。
「ありがとう。私、いい仲間に巡り会えました。苦楽を共にできる仲間。こんなにいい友達がいるんですもん、寂しくなんかない」
 裕子は頭を上げた。まだ涙に濡れていたが、健気(けなげ)に笑顔を見せた。
「これ、兄の写真です。兄が家を出る前に写したのですが」
 裕子は携帯電話に保存した宏明の写真を見せた。携帯電話のカメラで古い写真を接写したので、やや不鮮明だった。しかし顔の特徴はよくわかる。宏明と裕子が並んで写っている。
「間違いありません。南木曽岳の近くで眠っている人は、その人です。しかし、まもなく見つかるでしょう」
 千尋の声が美奈の胸に響いた。写真を見て確認したので、やはり宏明に間違いないようだ。
「今守護霊の千尋さんからメッセージがありました。写真を見て、やはりお兄さんに間違いないそうです。でも、お兄さんはまもなく見つかるそうです」
「兄はもうすぐ見つかるのですね」
 裕子は早く兄を供養してあげたいと思った。
「裕子さん、これは私が体験していることだから、確信を持って言えることだけど、命というものは、たとえ肉体がなくなっても、形を変えて存在しているものなの。私の守護霊になっている千尋さんも、同じように二年間も冷たい土の中に埋められていたのよ。でも今は、守護霊となって、いつも私を見守っていてくれる。お兄さんだって、きっと裕子さんを護ってくれると思います。でも、今はお兄さんは苦しんでいると思います。まず、お兄さんの霊が高い霊界に行けるように、祈ってあげましょう」
 美貴と裕子は、美奈たちと一緒にファミレスで集うようになってから、守護霊の話を聞いた。二人は美奈の守護霊を信じている。いかがわしい宗教団体や怪しげな霊能者が言うことより、美奈の言葉のほうがずっと重みがあり、真実味がある。
 また、裕子自身、多少の霊感があるのか、ときどき誰もいないはずなのに、ざわざわした声が聞こえたり、影のようなものが見えたりすることがある。裕子は気のせいかと思っているのだが、ひょっとしたら、ということも考えていた。
「はい。一日も早く兄が安らかな境地で霊界に旅立てるように、祈ります」
 裕子はそう宣言した。