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売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第31回

2014-08-15 12:40:08 | 小説
 台風12、11号襲来以来、梅雨のような天気が続きます。
 もう8月も半分が過ぎました。天気予報ではしばらく不安定な天気が続くようです。
 夏は終わってしまったのでしょうか?

 今回は『幻影2 荒原の墓標』31回目の掲載です。


            2

 美奈を通して、裕子に悲報がもたらされた。実家には上松署から連絡が行った。母親は宏明の死を聞いてふさぎ込み、外に出る気力も失ってしまったので、上松署には父親が向かった。
 DNA鑑定を行うまでもなく、遺体の歯の治療歴から、遺体は秋田宏明のものと確認された。裕子はしばらく休暇を取り、いなべ市の家に帰った。
 葬儀は家族だけで行われた。遺体は上松で荼毘に付され、父親が遺骨を持ち帰った。父親は息子が二年前から失踪し、さらに殺害されていたということで、とても恥ずかしくて世間に顔向けできないと、告別式を出さなかった。詐欺グループの一員としての疑惑もある。
 美奈たちにも告別式は行わない旨、裕子から連絡が入った。上松署から刑事が来て、いろいろ質問されたそうだ。
 晩夏とはいえ、まだ暑い時季に長袖の服を着ていることを怪しまれ、結局裕子のタトゥーは両親に知られてしまった。そして食品会社を辞め、ソープランドに勤めていることも告白した。茶色に染めた髪は、元のように黒く染め直すよう、父親に命じられた。
 家族での密葬が終わって一段落した段階で、裕子は父親からさんざん叱られたそうだ。秋田家は地元では名家として通っているのに、その娘がいれずみをしたり、売春まがいな行為をしていたとは、どういうつもりなのかと責められ続けた。父親から、もうおまえはうちの娘ではない、とっとと出て行けと宣告された。しかし母親が必死に裕子をかばってくれ、何とか勘当は免れたと、裕子から電話があった。
 美奈も半年ほど前、繁藤の事件で週刊誌などに書き立てられたことで、美奈がやっていることが兄に知られ、同じような苦労をしている。だから裕子の気持ちが痛いほどよくわかった。裕子がタトゥーを入れた原因の一つに、自分があると思うと、美奈は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「そんなことないですよ。タトゥーを入れたのは、あくまでも自分の意志だし、それで私は強くなれたんです。いやな過去を振り切ることができて。私がオアシスに勤めたのは、美奈さんとは何の関係もないことです。それより、そのおかげで、私も素晴らしい友達が得られたのだから、むしろ感謝しています。だから、美奈さんは全然気にする必要ないですよ。
 それより、ひょっとしたら、私、もうオアシスには戻れないかもしれないので、そのほうが辛いです。少なくとも、当分は名古屋に戻れません。でも、どんなことがあっても、美奈さんとは親友ですよ。メグさんも、美貴さんも。それから、さくらさんも」
 本当に裕子は強くなった、と美奈は思った。兄の遺体が見つかったという報を受けても、気丈に耐えていた。以前の裕子なら、父親にソープランドに勤めていることがばれ、怒鳴られれば、それだけで精神的に折れてしまったことだろう。以前のように鬱状態となり、当分は立ち上がることもできなかったかもしれない。

 恵と美貴も裕子から連絡を受けており、裕子のことを心配していた。勤務が終わってから、三人はなじみのファミレスで話し合った。
「大丈夫ですよ。裕子さん、きっとこの試練、乗り越えられると信じています」
 裕子のことを心配する恵と美貴に、美奈は断言した。美奈はそう信じている。
「そうね。私たちが裕子を信じてやらなくちゃ。ほんとに裕子、強くなったんだから。美奈のように」
「美奈も強くなったね。オアシスに入店したころとは、全然違う。裕子だって、変わったんだから。あたしも裕子、信じてるよ。たとえ裕子がオアシス辞めることになっても、あたしたち、ずっと友達」
 恵も美貴も美奈も、父親が風俗関係の仕事はもうやらせないと言っていることを聞いているので、しばらくは裕子に会えなくなることを憂えていた。裕子は今、自宅に軟禁状態だ。
 父親は裕子を連れて、皮膚科や美容整形外科にタトゥー除去の相談に行った。しかし黒っぽいアゲハチョウ一匹だけならまだしも、これだけ広範囲にあるタトゥーは、レーザー照射では完全に消すことはできず、皮膚の切除や植皮が必要だと言われた。レーザー照射は、黒いタトゥーには有効だが、それ以外の色に対しては、あまり効果がない。皮膚を切除すれば、大きな傷痕も残り、かえって醜くなってしまう。せっかくきれいな絵が入っているので、本人がタトゥーを後悔していないなら、無理に消して傷を残すより、必要なときにはファウンデーションやリストバンドなどでタトゥーを隠すようにしたほうがいいのではないか、とも助言されたという。
 さくらは卑美子やトヨに比べ、手彫りのように、針を深めに刺すので、インクが真皮のやや深いところまで入る。だからかさぶたが厚くなりやすい。しかしかさぶたをはがさないようにケアをきちんとすれば、色が鮮やかだ。繊細な色合いの卑美子やトヨとは、作風が異なる。針を深く刺す分、レーザーなどで除去するのは難しくなる。
 裕子も醜い傷痕が残るより、きれいなタトゥーのままでいたい、と父親に懇願した。タトゥーを消すことは父親も断念したようだった。裕子にしても、かつての同僚で、親友でもあるさくらが彫ってくれたタトゥーを、消したくはなかった。
 恵、美貴、美奈の三人は、裕子を信じ、再会できるのを楽しみに待とうと話し合った。裕子の兄を殺した犯人は、きっと三浦が探し出してくれる。宏明の事件の管轄は上松署だが、三浦や鳥居が担当している連続殺人事件と密接な関連がある。美奈は三浦が、裕子の悲しい思いを晴らしてくれるだろうと確信している。

 裕子は自宅に戻り、家に閉じこもっていることが多かった。父親からは当分家から出ず、反省しておれ、と命じられていた。父親が会計事務所に行って留守の昼間に、ときどき気晴らしに近所を散歩することがある。母親からはタトゥーが近所の人に見つからないように気をつけなさいと注意されていた。母親も世間体を気にしていた。散歩に出るときには、鈴鹿の山が間近に見え、その景観が裕子を慰めた。
 裕子は少し足を運んで、市役所の北にある、いなべ公園に行くことが多い。いなべ公園のシンボルタワーから見渡す鈴鹿の山がきれいだった。いつかは美奈たちと、あの山に登ってみたいと思った。

  

  
 いなべ公園 シンボルタワーからの眺め

中学生のころ、家族で宇賀渓にキャンプに行ったとき、兄と四九七メートルの砂山に登ったことがある。岩が積み重なったような小さな山で、砂山というよりは、岩山だった。山頂は周りに木が繁っていたが、眺望はよかった。眼前には大きな竜ヶ岳の勇姿があり、反対側からは伊勢平野を見下ろすことができた。砂山の山頂で、いつかはあの鈴鹿の高い峰に登って、きれいな景色を見てみたいと兄に伝えると、兄は 「そのうち鈴鹿の山に裕子を連れていってやるからな」 と応えた。しかしその約束は、果たされずに終わった。
 これからどうなるのか。おそらく、オアシスにはもう戻れないだろう。また美奈たちに会いたかった。もうすぐさくらの誕生日パーティーがあり、裕子も招かれているのだが、とても参加できそうにない。
 ある日の夜、自分の部屋で眠っているときに、何かの気配を感じて目が覚めた。
 誰かがいる。じっと裕子の方を見つめているようだ。誰? お兄さん? 裕子には、そこに兄がいるように思われた。
「お兄さん、お願い。もう人を殺さないで。もしお兄さんがあの事件の本当の犯人だとしたら。そして、どうか、安らかに高い霊界に行ってください。お願いします」
 裕子は美奈から教えてもらったように、心を込めて、兄に祈った。裕子の近くにいた影は、やがて消えた。


着信アリ  まだ生きています

2014-08-13 12:04:31 | 日記
 11日に、8月12日午前2時23分付のメールが届きました
 未来からメールが来るなんて、あり得ないことです。
 どうしたらそんなことができるのか、ちょっと不思議ですが
 着信時間は発信者の携帯やスマホ、パソコンなどの時計が示す時刻になるのでしょうか?
 それなら、発信者の時計が1日進んでいたということになります。
 日本は世界でも日付の変更が早い国のひとつなので、欧米諸国の時差ということは考えられません。
 その辺のことは私にはよくわかりませんが。とにかく、翌日付のメールを見て、映画の『着信アリ』を思い浮かべました。
 未来の自分から、死の着信メロディとともに着信があり、その時刻に死ぬというホラー映画です。
 私も冗談半分に、そのメールにある12日午前2時23分に死ぬのかな、なんて考えました。
 もちろんその時刻が過ぎても、ぴんぴんしています。

 かなり以前から、英文で1ヶ月10,000ドルから20,000ドルの報酬で仕事をしないかという勧誘のメールが頻繁に来ます
 今回もそんな内容のものでした。
 もしそれが本当なら、すぐにでも仕事を受けたいのですが、下手に返信すれば、めんどうなことになりそうです。
 女性から、メル友になってくださいというメールも来ますが、返信すれば、怪しげな出会い系サイトに導かれます。もちろんそんなメールは無視します

着信アリ 未来からのメール

2014-08-11 08:10:27 | 日記
 今朝、目を覚まして携帯電話を見ると、メールが届いていました。
 着信の日にちを見ると、なんと8月12日、午前2時23分になっていました。
 明日からの着信!! そんな馬鹿な
 これって、『着信アリ』の死のメール? 眠っていて、着信音は聞いていませんが、あの死のメロディーが鳴っていたのでしょうか?
 内容は最近よく届く迷惑メールのように、英文で、月給1万ドルで仕事をしませんか、というようなことだと思いますが。
 面倒なので、よく読まないで消去してしまいました。
 しかし、未来からの着信なんて、あるのでしょうか?
 本物なら、私の余命はあとわずかです
 誰かに転送しようにも、もう消してしまいました。
 今考えると、そのメールの着信時刻の画面を写して、間違いなく未来からのメールだという証拠をこのブログに載せればよかったと思います。
 気味がわるかったので、すぐ削除してしまいました

『幻影2 荒原の墓標』第30回

2014-08-08 17:56:18 | 小説
 最近は台風12号、11号の影響で、雨が多くなっています。
 一昨日はすぐ隣の名古屋市守山区で、1時間に100mmもの豪雨だったといいます
 何年か前には、守山区で庄内川が氾濫して、多くの家が床上、床下浸水の被害を受けました。
 私が住んでいるところは標高100mで、近くに氾濫するような川はないのですが。
 台風11号は明日西日本に接近、上陸の恐れがあります。被害を最小限に食い止められればいいのですが。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』第30回です。いよいよ最終章です。


       第五章 対決


            1

 夏目陽一は妻籠(つまご)から馬籠(まごめ)に通じる木曽街道を歩いていた。しかしどこかで道を間違えてしまったようだ。
「ちょっとおかしいんじゃない? 道、間違えていない? 戻ったほうがいいと思うよ」
 一緒に歩いている菅原朋子(すがわらともこ)が陽一に意見した。
「いや、道はバスが通る大きな道だから、間違えるはずはないよ。もう少し歩けば、馬籠峠に出るはずだ」
 陽一は今さら間違いを認めたくはなかった。それに、道はわかりやすい一本道のはずだ。先日、文豪島崎藤村のことを、 「ふじむらとうそん」 と言って、朋子の前で恥をかいてしまったので、これ以上間違いを認めたくないと思った。
 二人は東京の私立大学の四年生だ。同じ学年とはいえ、陽一は一年浪人しているので、一歳年上だ。この夏休みは、卒論のめどは何とかついたものの、就職活動で忙しかった。せめて夏の最後に思い出を残そうと、朋子が好きな島崎藤村ゆかりの木曽路を二泊三日で歩こうということになった。藤村の生まれ故郷である馬籠宿が属する長野県木曽郡山口村が、平成の大合併による越県合併で、昨年岐阜県中津川市に編入された。朋子は信濃の藤村が美濃の藤村になってしまったことが、大いに残念だった。
 前日、早朝ののぞみで名古屋に来て、中央本線を走るワイドビューしなのに乗り換えた。南木曽まで約一時間の乗車だった。昨日は妻籠宿をのんびり散策して、近くの民宿に宿泊した。そして今日は馬籠に行くことになっていた。最初はバスで行く予定だったのを、陽一が 「今日は時間がたっぷりあるんだから、馬籠まで旧中山道をゆっくり歩こうよ。パンフレットには、三時間で行けるし、道中の景色もいいと書いてあるよ」 と提案した。
 木曽路をのんびり歩いてみたいという気持ちが強かった朋子は、二つ返事で了承した。そんなわけで、二人は慣れないハイキングをしていた。
 陽一は地図を取り出した。地図といっても、民宿でもらった、イラストを多用した観光用のマップで、それほど精確なものではない。それによれば、妻籠から馬籠まで、約九キロメートル、徒歩二時間半から三時間とある。雄滝(おだき)、女滝(めだき)がかかる男(お)だる川も眼下に流れている。まだ歩き始めて、一時間も経っていない。もう少し歩けば、馬籠峠に出ると陽一は考えていた。
 陽一が方位磁石(コンパス)を持っていれば、今向かっているのは、馬籠宿がある南ではなく、東の方角だと気付くはずだが、陽一はコンパスを持っていなかった。コンパスを使う習慣がなかった。観光地である妻籠、馬籠で迷うはずはないと高をくくっていた。陽一が男だる川だと思っている川は、蘭(あららぎ)川だった。男だる川は蘭川の支流だ。旧中山道を行くには、国道二五六号線を途中で右に折れなければならなかったのを、そのまままっすぐ進んでしまったのだ。
 さらに一時間ほど歩いて、大きなホテルの近くに出た。そのホテルを見て、道を間違えていたことを認めざるを得なかった。
「どうしてくれるのよ!? 暑い中、こんなに歩かせて。全然違った方向に来てしまったじゃないの。だから私が早く引き返そうと言ったのよ」
 八月末の木曽路といっても、まだ暑い。信州は涼しいかなと思ったら、とんだ見込み違いだった。東京と変わらない。汗だくになった顔をフェイスタオルでぬぐいながら、朋子は陽一に抗議した。朋子に言われたときに引き返していれば、ほどなく正しい道に戻れたはずだった。
「そんなこと言ったって、今さらどうしようもないじゃないか。バス停探して、バスで戻るしかないよ。さっきバスとすれ違ったから、どこかにバス停があるはずだ」
 陽一は謝ったほうがいいと思いながら、素直になれなかった。
「何よ、その言い方は。人をさんざん歩かせておいて。一言ぐらい謝ったらどうなの?」
 朋子は陽一を置き去りにして、足早に歩いていった。
「おい、待てよ。謝るよ。謝るから、そう怒るなよ」
 陽一はそう叫びながら、朋子を追いかけた。
「それで謝ったつもりなの? きちんと謝りなさいよ」
 そう言いながらも、朋子は、まあ、いいか、許してやろう、少しすねてやれば、すぐに態度を軟化させるので、陽一はかわいいもんだ、と考えた。
 それから一〇分ほど歩き、バス停を見つけた。時刻表を見ると、妻籠方面に戻るバスは、少し前に出たばかりで、次のバスまでは、二時間もある。
「さっきすれ違ったバスがそうだったんだ」
「こんなところで二時間も待つの?」
「しかたないだろ、タクシー呼ぶほどのゆとりもないし。それより、ちょうど昼時だから、めしでも食おうよ。近くに集落があるから、なんか食わせる店でもあるだろう。信州はそばがうまいぜ」
 食事をすることに、朋子も異存なかった。
「それじゃあ、陽一のおごりよ」
「わかったよ。めし食っていれば、時間もつぶせるよ」
 二人は尾越の集落に向かった。やっとのことでレストランを見つけ、そこに入った。広い駐車場がある、意外としゃれた店で、そばがおいしかった。
「ああ、うまかった。やはり信州はそばだよな」
 陽一は自分の失敗を糊塗するような口ぶりで言った。
 天ぷらそば定食を食べ終えても、次のバスまで、まだ一時間以上ある。
「まだ時間があるから、ちょっとこのへんの自然に親しんでおこうよ」
 陽一はそう言って、森のほうに向かった。近くには小川も流れている。東京の都会の中に住んでいる二人にとって、得がたい自然ではある。
「もう、そういうところは子供みたいなんだから」
 取り残されるのが不安で、朋子は渋々陽一についていった。とはいえ、たまにはこういうところを探検するのもわるくはないかな、と思った。陽一はどんどん森の中のかすかな踏み跡を進んでいった。
「あまり奥まで行って迷子にならないでよ。次のバスに乗り遅れたら、タクシーおごらせるからね」
 朋子は陽一に釘を刺した。踏み跡を進んでいくと、小さな空き地に出た。空き地といっても、背が高い草が生い茂っている。そのとき、朋子は急に尿意を感じた。さっきレストランに入ってすぐにトイレに行ったのだが、出るときにもう一度お手洗いに行っておけばよかったと思った。
「陽一、ちょっとお花摘んでくるから、ここで待っててよ」
「お花摘みって、このへんに花なんかあるのか?」
「バカ、わかってるくせに」
 朋子は陽一の後頭部を、平手でパカンとはたいた。そして姿を隠せる草むらの中に入っていった。
 用を足し終わり、朋子は立ち上がろうとした。さっきの小川で手を洗わなくちゃ。そう思いつつ、斜め前方を見ると、そこだけたくさんのハエがたかっている。そういえば、いやな臭いがする。
「いやだな、何か動物の死骸でもあるのかしら」
 早くその場を立ち去ろうとしたとき、朋子の気配に驚いたのか、ハエの大群が今までたかっていた物体から一斉に離れた。一瞬その物体に目を向けた朋子は、それが容易ならざるものであることに気がついた。

 長野県木曽郡南木曽町の山林から、白骨死体が見つかったという知らせは、小幡署に詰めている鳥居と三浦にももたらされた。
 旅行に来ていた東京の大学生から一一〇番通報を受け、南木曽交番の警察官が現場に向かった。その後、上松(あげまつ)署からも検死官や警察官が大勢詰めかけた。
 遺体は一部白骨化している。地中に埋められていたため、腐敗の進行は緩やかだったが、熊か野犬が嗅ぎつけ、掘り出したようだ。遺体は二〇歳から四〇歳ぐらいの男性で、死後半年から一年、腕や肋骨、頬骨などに亀裂骨折がある。交通事故による負傷というより、暴行を受けたことによる骨折であると思われ、上松署では殺人事件と判断した。
 まもなく秋田の遺体が見つかるだろうと美奈から聞いていた三浦は、遺体の特徴を聞くと、すぐに秋田ではないかと考えた。場所も南木曽岳から近い。
 その報を聞き、三浦は倉田警部を通じて、“矢田川河川敷殺人事件”の捜査本部長である小幡署長に、上松署にさらに詳しく問い合わせてもらった。身体特徴は、秋田宏明のものに一致している。秋田宏明は二年前、三重県いなべ市内の交番に、家出人捜索願の届け出がされている。小幡署からの連絡を受け、上松署は北勢署にも照会した。


ヨーグルトメーカー

2014-08-05 09:47:06 | 日記
 先日ヨーグルトメーカーをネット通販で買いました。
 近くの家電量販店を3軒見ましたが、なかったので、インターネットで注文しました。

 

 昨日届いたので、早速作ってみました。
 できあがりは、これまでの保温ポットで作ったものとそれほど違いはありません。
 ただ、保温ポットで作るときは、牛乳の温度は堪でやっていましたが、ヨーグルトメーカーは自動で適温にしてくれるので、失敗することが少ないと思います
 時間も保温ポットより短くてすみます。
 友人は私が買ったものより高機能のヨーグルトメーカーで、いろいろなヨーグルト作りを楽しんでいるそうですが、私もいろいろなメーカーの市販ヨーグルトを種にして、楽しんでみようと思います。