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ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

ガストーネ・リマリッリ、メロッキ先生の指導を受ける

2010年08月07日 | オペラ
Arturo Melocchi teaching Limarilli


ここで大変珍しい録音です。
「西部の娘」で最初予定されていたマリオ・デル・モナコの急病で、代役として来日したリマリッリが、デル・モナコの唯一の師、メロッキ先生の指導を受けているところ。
もちろん、発声である。

デル・モナコはほとんど独学でカルーソの録音を聴いて勉強したと言っていたが、唯一、このメロッキには感謝していた。
「有名な先生のところも回ったが、まるでジーリのような歌い方を強制するんだ。
そしてしばらくすると、変な声になっている。自分には合わない、と思って無名のメロッキ先生のもとへ発声を習いに行った。
先生は全部フォルテで歌わせた。こうして私は声を取り戻したのだ。
リマリッリが私のもとに来た時、彼はオーディションやコンクールを50回受けてすべてダメだったとしょげていた。
事情をきくと、彼に会わないレッスンを受けていたんだ。
その頃私は忙しかったし、丁寧に教える暇はなかったので、メロッキ先生のところに行かせた。
こうして、リマリッリは素晴らしく変わったのだ。」

ここに、そのメロッキ先生の発声のレッスンを受けているリマリッリの声が聴ける。
デル・モナコもリマリッリもみんな自分の声を録音して聴き直し、また練習したという。

ぐらっぱ亭様、かつてのご友人をなつかしく思い出されることでしょう。
リマリッリは海賊版ではたくさん録音があるようです。

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6 コメント

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これは奇跡だ!! (モナコ命)
2010-08-07 16:22:02
これは奇跡だ!著名な歌手のレッスン風景を録音で聴いたのは、フラグスタートに続き2人目である。それもモナコ将軍のレッスン風景。伝説のメロッキ氏のレッスン!これは奇跡だ。アリアアルバム以上の価値があります。イタリア語は全く分からない私にもレッスンでの2人の様子、緊張感、高揚感、息づかいまでも感じることができます。基本的な音型の発声練習であるにもかかわらず、まさしくモナコの歌がここにある!これは奇跡の記録です!世界の宝と言えます。発売されたら真っ先にCDショップの前に並びます。
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これはリマリッリがレッスンを受けています。 (ベッラ・カンタービレ モナコ命様)
2010-08-07 17:45:20
あまりにも似ているでしょう?デル・モナコの弟子であるガストーネ・リマリッリが、デル・モナコの恩師であるメロッキ先生のレッスンを受けています。デル・モナコではありません。
デル・モナコはリマリッリを基本から教える時間がなかったので、恩師メロッキ先生のところに行かせたのです。
でも素晴らしい声ですね。
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パッサージョ (Ken)
2010-08-07 22:36:33
声を取り戻すというのは結局もう一度、パッサージョアクートの形を取り戻させるということだ、ともう一度再認識するような動画でした。
デル・モナコをひそかにパッサージョ・アクートの神だと思っているぼくですが、どうもそれはメロッキの指導に負うてるようですね!

ちなみにジーリのような指導、すなわち喉を開き横隔膜を張ったままうたう、という指導はごく当たり前のようで、実際はとても応用的なものだとぼくは思ってます。
ジュゼッペ・ジャコミーニも若いときはデル・モナコそっくりですし、、、。
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ジーリ (ベッラ・カンタービレ Ken様)
2010-08-07 22:58:21
ジーリは昔、深夜テレビで彼の主演音楽映画を連夜放映していたので、その歌に酔いました。
今も覚えているのは「タクシー運転手」です。
ジーリの伴奏ピアニストだった人のレッスンを受けたことがあります。厳格でしたが、基礎基本だけ何度もレッスンされました。
リリー・レーマンの本を読んだことがあります。当時イゾルデからノルマ、と幅広いレパートリーを持ち、そしてファーラーを教えたり、教師としても有名な人で、年間で最高のコンディションなど数日もない、それをいかに歌うかだ、と述べていました。テトラツィー二も然り、ただ、私はジーリのむせび泣きや音楽の過剰な崩し方をヴェルディのオペラにも多用するジーリは好みではありません。
ディ・ステファノは一時、ジーリにレッスンを受けていました。
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ジーリとディ・ステーファノ (Ken)
2010-08-08 03:28:29
ぼくのマエストラはスキーパの弟子だからでしょうか、泣きのアッポジャトゥーラのようなものを入れると凄く怒ります。スキーパはあくまでプリートでしたから、、、。
ディ・ステーファノの見事な呼吸コントロールはジーリから受け継いだものなんでしょうか。
実際、ジーリは横隔膜の圧縮が上手くいかないとき、ディ・ステーファノに代役を頼んでたそうですし。
リリー・レーマンの「私の歌い方」はパリの古書店で買って以来、ぜんぜん開いてないですが、もう一回読んでみます!
舌の使い方や形なんかは勉強になりました。
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ジーリの嫉妬で師弟関係は幕 (ベッラ・カンタービレ Ken様)
2010-08-08 04:49:01
ディ・ステファノは神父を志していたそうです。歌手になってよかったと思います。(笑)
最初はジーリにレッスンを受けていましたが、だんだん上手くなると、ジーリは嫉妬するようになり、ディ・ステファノを追い出したそうです。完全にライバルとして見たようです。
このころのジーリは神経質でした。
戦争でファシスト賛歌を歌ったりファシストを応援したもので、もはや仕事を干されていたのです。あの頃、ファシストを応援したとされる音楽家の中に、マスカー二、レスピーギもいます。世間は手のひらを返したように冷たくなり、鬱になっていったようです。
ディ・ステファノに「一番好きなソプラノ歌手は?」ときくと「ニルソンです」と答えていました。尊敬できるって。
ティト・スキーパは正統的なテノールです。
自分より背の高い美人の奥さんをもらって、幸せでしたが、引退後、貧しい生活をしていたそうです。五十嵐さんが弟子で音楽の友に書いていました。(これが子供の時、はじめて買った音楽の友で1月号でした)
スキーパはタリアヴィーニをほめていたそうです。でも五十嵐さんとスキーパちは???です。
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